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心が変われば世界が変わる
 ―一念三千の現代的展開―(26)
 立正佼成会会長 庭野日敬

仏を見、神を見る

錦戸新観師の尊い体験

 目(ま)の当たり神仏のお姿を拝したり、お声を聞いたりしたという体験は、古往今来無数に伝えられています。どの時代にも、どの民族にも、どの宗教の信仰者にも、いや、格別の信仰をもたない者にも、共通して同じようなことが起こるということは、否定し難い客観性をもつものだと思います。よく言われるように、自己暗示による幻覚などばかりでないことは、私の身辺に起こった数多くの事実によっても、自信をもって断言できます。それらの事実は(庭野日敬自伝)にいろいろ述べましたので、ここで繰り返すのをやめ、他の方々の体験を二、三紹介することにしましょう。
 私共の会の大聖堂に祀られている本尊(久遠実成釈迦牟尼世尊像)や、同じく法輪閣に安置されている(十一面千手観音像)を謹刻された錦戸新観師は、たんなる彫刻家ではなく、ほんとうの意味の信仰をもった方でありますが、その錦戸師は次のような尊い経験をもっておられます。
 昭和二十四年三月、不動明王像を制作して日展に出品することを発表された師は、「不動尊は無相の法身、虚空同体」とお経に説かれているその意味を体得しようと思い立ち、出家修行にも等しい荒行を始められました。毎朝午前三時に起床、水を浴びて身を清め、(般若心経)百遍、(不動経)を百遍読誦されました。また、毎月十五日には、栃木県栃木市出流町にある出流山満願寺に参拝し、その境内にある(大悲の滝)に打たれて祈念されました。

真っ白い姿の不動明王が…

 こうして三ヵ月が過ぎた六月の十五日、滝に打たれる荒行のあと、本堂でご本尊の千手観音の前に端座・瞑目して、(般若心経)と(観音経)を読誦されました。すると、お数珠をサラサラと揉んだとたんに、どうしたことか、まだ新しいお数珠がパッと切れて、玉があたりに飛び散ったのでした。師は「滝に打たれたため糸が弱くなったのだろうか」と思ったり、「わたしの願いが間違っているというお示しなのか」と不安になったりされましたが、そういう気持を振り切ってふたたび瞑目して読経を続けられました。
 そのうち、読経をしながらフト目を開けると、すぐ前に灯されているロウソクが、風もないのにフッと消えてしまったのです。「まるで刀で切り払ったような感じでした」と師は語っておられます。またまた言い知れぬ不安が生じ、身の細るような感じに迫られましたが、そうした弱い心を抑えつけ、勇気を奮い立たせて読経を続けられました。そのうち邪念が消え、三昧の境地に入って行ったある瞬間、一秒の何分の一かの一刹那に、真っ白い姿の不動明王が、まるで電光のように師の全身をつらぬいたのでした。師は「ああ、ありがたい。これが感得というものか」と、何ともいえぬ法悦に打たれ、全身が明るく輝き立つ思いがした、ということです。
 こうして、二年後に不動明王像は完成しましたが、芸術的な美のみを対象とする日展当局者は、師の信仰一途の制作を完全に理解することができませんでした。師は、それを機に(鑑賞のための仏)を制作することをスッパリとやめ、(信仰するための仏)の謹刻に生涯を捧げる決意をされたのでした。

何気なく拝んでいた神仏が

 格別の信仰をもたなかった人の見仏・見神の例を、それもごく最近の生々しい体験を紹介しましょう。カンボジアの外交官夫人だった内藤泰子さんが、革命政権の大虐殺の地獄の中から脱出しようとし、途中で、夫と二人の子を失い、ボロボロになりながらも奇跡的に生還されたのは、周知の通りです。
 泰子さんは、きょうは死ぬか、あすは殺されるか、という極限状況の中で、何とか生き残って日本に帰りたい、そして亡き夫や愛児のお弔いをしたいと、日夜神や仏に救いを求め続けられたといいます。すると、優しいお顔をされた観音さまが、白い雲に乗って何度となく夢の中に現れ、絶望の底から救ってくださったというのです。内藤さんを救出に行ったNHKの取材班島村矩生記者にもこう語っておられます。「地獄としか言えない生活でしたから、自分でも奇跡だと思います。神を信じない方にはわからないでしょうが、今度という今度は神があると思いました」。
 そして、その手記『カンボジア わが愛』に、こう書かれています。「成田に着いた翌日、浅草の観音さま、人形町の道了さま、巣鴨の地蔵さまにお礼参りした。信心をしたことのない私なのに、観音さまは夢に何度が出てきて私に力づけてくださった。道了さまと地蔵さまは、小さいころ母に連れられてお参りしたことがある。本当に苦しいとき、知らず知らず私は手を合わせ、お願いをしていた。そして無事に生きることができた」。
 「苦しい時の神頼み」でも、その願いがひたすらであり、一心こめたものであれば、よくよく噛みしめてみる必要があると思います。(つづく)

 仏頭(アフガニスタン)
 絵 増谷直樹

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