第2章 真理の探求

1935
1944

「この教えこそ自分が求めていたものだ。世界中の人間を一人残さず救いとる完全無欠の網だ」

「一人残らず救える法則はないだろうか」と、さまざまな宗教的研磨を重ねる。商売に精を出していたが、次女の病気をきっかけに『法華経』に出遇う。「この教えこそ自分が求めていたものだ。世界中の人間を一人残さず救いとる完全無欠の網だ」と確信した。その自信は終生ゆるがなかった。 『法華経』の教えを広めるべく、布教・教化きょうけに邁進していたころ、後の長沼妙佼脇祖を導く。昭和13年「人を救い、世を立て直す」の一念で、『立正佼成会』を創立した。庭野日敬開祖と長沼妙佼脇祖の信仰指導によって、多くの人々が「貧・病・争」の苦しみから救われ、仏道に導かれていった。

昭和10年
1935

1月〜3月

28歳

二女・羌子きょうこの嗜眠性脳膜炎を機縁に、知人の助産師の勧めで霊友会の新井助信師宅を訪ね、即日、入会。新井法座に所属。総戒名をまつり、ご供養をすると一週間後に羌子の病気が快復。

昭和11年
1936

3月

29歳

長沼政(後の脇祖長沼妙佼)を導く。昼夜を分かたずの布教活動のため、時間に余裕がある牛乳販売業に専念する。

【日本の動き】 二・二六事件勃発

昭和12年
1937

4月

30歳

霊友会新井支部の副支部長になる。

【世界の動き】 ヒンデンブルク号爆発事故

昭和13年
1938

3月

31歳

5日 脇祖と共に、在家仏教教団「大日本立正交成会會」を創立。 開祖は「日敬」、脇祖は「妙佼」を法名とする。 本部は当時の開祖宅の2階(牛乳販売店)とする。 

3月

31歳

長男・浩一(現・日鑛会長)誕生。

【日本の動き】  国家総動員法施行
【世界の動き】 アメリカでオーソン・ウェルズ演出のSFドラマ「火星人来襲」(原作:H・G・ウェルズ "The War of the Worlds":邦題「宇宙戦争」)が放送される。

昭和15年
1940

4月

33歳

宗教団体法施行により、「宗教結社大日本立正交成會」規則を制定。東京府知事に届出。

本部「御旗みはた」制定。

【世界情勢】 日独伊三国同盟成立
【日本の動き】 敵性語追放:タバコ改名(バットが金鵄きんし、チェリーが桜)

昭和17年
1942

5月

35歳

妙佼殿の敷地に本部道場完成。牛乳販売店を廃業し、布教に専念する。

【世界の動き】 ミッドウェー海戦

昭和19年
1944

8月

37歳

ご神示に従って妻子を郷里・菅沼の実家へ疎開させる。
これより10年間、妻子と別れ法華経研鑽に打ち込む。