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開祖 (19571005A) 故恩師妙佼先生追悼説法会
【音声】
開祖 (19571005A) 故恩師妙佼先生追悼説法会
1
...法話コード=開祖-1957-10-05-A 先生名=庭野日敬開祖 行事名=故恩師妙佼先生追悼説法会 日 時=1957(昭和32)年10月5日 録音分=31分 場 所=第二修養道場 出席者=庭野日敬会長(葬儀委員長)、長沼理事長(遺族代表) 会員約5万人 掲 載=『交成新聞』1957(昭和32)年10月15日号1面 見出等 「恩師妙佼先生追悼会」 ...
開祖 (19571005A) 故恩師妙佼先生追悼説法会
2
...○司会 ただいまは、遺族を代表していただきまして、長沼理事長さんのごあいさつをちょうだい致しました。 それでは次に、葬儀委員長としての会長先生より、ごあいさつを賜りたいと思います。(一同 拍手) 会長先生より、ごあいさつをちょうだい致します。(一同 拍手) ○庭野会長(咳払い) え、この度の妙佼先生ご遷化に対しましては、先ほど来、副委員長の柴田先生からご報告がありましたようの経路をたどりまして、(咳払い)支部長さんはじめ幹部諸氏の絶大なるご協力によりまして、滞りなく葬儀は立派に終了致しました。本日まで(咳払い)26日を数えました。なお、ただいま理事長さんからもお話がありましたように、支部長さん方によりまして、毎日お山におきまして、ご給仕をさせていただいております。 先生の思い出は、もう語れば、どこまでいっても果てしがないのであります。なお、岩船さんからも、そういうようなことがいわれましたが、先生を失いまして、まだ、20数日たちますけれども、頭の中はすっかりと整理ができませんで、先生の思い出は皆さんの前になんとか綴って、せいとうい(正当位)にお話をしなければならない、思いつつもそのことがまとまらないのでありまして、ただ漠然とこの5日のご命日に追悼会をやる、その時ごあいさつをしなければならない。こういうようなことで本日まで、日(ひ)を過ごしてまいりましたような次第でございます。皆さん方の追悼の言葉を伺っているうちに、次から次へとあれもそうであったな、そういうこともあったなと、そう思い出しておったような次第でございます。第七(だいなな)支部長さんが、会の創立当時、一緒に歩くというと、体格が違うので、わたしのあとからとぼとぼと歩くのに、駆け足のようにして一緒に歩いたと、この言葉をひとつ聞きましても、全くそうであった。しかも、先生はわたしよりお年が17(じゅうしち)も上である。現在のわたしは、ちょうど先生が交成会が始まって3年目ぐらいの時期の年である。しかるに、どこへ行くのにもいろいろ皆さん方の真心によりまして、本当に下駄を履いてとぼとぼと歩くというようなことなく、車に乗って歩かしていただいている。しかも、体格も先生よりもこれだけ大きな体格に恵まれている、こういう、るるの条件を考えましても、いかに、体をすり減らすような修行をされたか、全く無理の修行を重ねて、させてしまった。非常に求道の友として、善知識として、本当にいい師匠であり、友でありましたが、それに任せて、自分の体の血気に任せて、次から次へと無理を重ねさせてしまった。 こういうことを考えますときに、もう感慨無量でございます。...
開祖 (19571005A) 故恩師妙佼先生追悼説法会
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...いつもほうぼうを歩きますのに、よくあんたは手を振りますね。とそんな悪口をいったのであります。先生は本当に真剣で歩くのですから、どうしても歩くのに勢いこの手をこう振らなければ続いて歩けないから、一生懸命で足だけでは歩けないので手を一生懸命使って歩いたんでありましょう。そうして毎日のように、信者のところを、少し遠いところは自転車に乗っけて、さらにもっと遠いところでは、現在のようでなくいろいろ乗り物は不都合でありまして、沼袋まで乗りまして、第八支部のほうへまいりますときには、電車に乗ったもんでございます。または、(咳払い)野方方面のあの辺には、ほとんど歩いていつも出かけたのであります。そうして、夜遅くまで、あちらこちらと、その信者のために、あそこに行かなくちゃ、ここに頼まれているということで夢中になって、わたしどもは交成会の創立当時を思いますと、大きな会をつくろうとか、人に認めてもらおうとか、そういう考えは毛頭ございません。ただただ自分にまつわるところの因縁に、そうした不運不幸な方とそうした縁を結ばれまして、一人でも多くの人が早く幸せになっていただきたいと、それよりほかに何も考えませんで、映画を一度観に行くでなし、芝居に行くでなし、もう22年前にお導きをさせていただきましてからというものは、毎日(まいじつ)のようにご法のことよりほかになんにも考えないで、一意専心、もうそのことだけに、一切を投じられたわけでございます。 いたって、のんびりしておりますので、先生のようにのんきでは困ります。そんなにのんきなことをいってはおられませんというので、常にむち打っていただいたのでありますが、それにもかかわらず、おいでになるうちはついわがままをいったり、よく先生が、人間の皮をかぶっているうちは、なかなか人間は正しいことができないんだ。全く真のサンゲに徹しられて一代でございました。確かに人間の皮をかぶっているあいだは、(咳払い)いろいろの感情あり、欲あり、いろいろの周囲の環境あり、その支配を全然受けないということはこれは不可能でございましょう。これをはっきりと、先生はつかまえての言葉であったんでありましょう。人間の皮をかぶっているうちはなかなか正しいことはできないんだといわれました。その先生が、いま、不滅の道(みち)に入られまして、いよいよ先生にはもう、そういう一切の業障というもの、一切の障りのない、本当の無垢清浄の魂になられまして、常に皆さんが道場の輪のなかで語られておりますところの陰の守護の役に回られたわけでございます。その後(ご)のいろいろの出来事を見ましても、いかに陰の守護の甚大であるかということを如実に現わしていると思うんであります。...
開祖 (19571005A) 故恩師妙佼先生追悼説法会
4
...こういうことは最近のはやりだという、ただ自分の慰みだといわれればそれだけでありますが、例えて申し上げてみまするならば、(咳払い)過日も(咳払い)東京都の選抜チームとして野球が、野球チームが東京都で8チームの中に選ばれて、選抜野球大会に、駒沢大学の、あのグランドに行きまして、やったのでありますが、実際にそのチームの力としてはお互いに同等のように皆さんが非常に練磨を積みまして、軟式野球としてはほとんど現在ではこの8チームとも五分五分でございます。 ところがその試合が、いずれも最後の九回の裏にいって初めて、最後のサヨナラの1点を入れるとか、または10回戦によって、人事を尽くして最後のご守護をいただくとか、これは準決勝も決勝も2回ともそういう刹那にいきまして、もう人間同士の、チーム同士の力は全然差のないところを、交成チームにその凱旋をいただいたというあの状態も、先生は一切の貯金を全部下げられたときに「野球部員はどうしているだろう」わたしがそばに行きますといいましたら、非常にあのスポーツは骨の折れるスポーツで、体でもって、ちょうど法華経と同じように、皆さんが本当に異体同心となって9人のチームが、チーム・ワークがとれて、心の疎通が本当に一糸乱れぬところのチーム・ワークができて、初めてその成果が上がるんだ、そのために非常に皆さんは重労働以上のあれは過激の労働でございます、いう話をしましたら、そうだ、会長先生と岡野さんが好きだから、それじゃ、これをもってって選手にあげて下さい、いってお金を十万円下さいました。さっそく岡野さんを呼びまして、これを野球部員に伝達したわけでございます。 そういうようなことが、ことし、わたくしどもは悲しみのなかに、先生を失って本当に悲しんでるなかに、それほど交成チームが特別の選手をほうぼうから引いたわけでもなく、成り行きにまかして、皆さんの精進にまかして、皆さんのチーム・ワークによってこういう成果が現われる、いうことも、やはりこれは目に見えないところの陰の守護があればこそ、そういう成果があるんである。また、ほうぼうの、こんどの大会におきましても、名古屋におきまして、雨に降られれば、雨が降ったことによりまして、お百姓さんが、だいぶ忙しいのに、雨のために悠々とお話を聞きに来られたというので、あの有名な体育館が、もう、立錐の余地もないほどたくさんの方がお集まりになって、その説法会を聞くことができた。いろいろなことを思い合わしてみますると、本当に生前中、いっときも、ご飯を食べながらもご法の話以外の話はちっともしない人で、ですから普通の方でありますというと、どうも面白くもない、明けても暮れてもご法の話だと、こういうようにいわれた方もあるのであります。...
開祖 (19571005A) 故恩師妙佼先生追悼説法会
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...人がなんといおうと、ひとたびこの法華経の菩薩修行に入られましてからというものは、22年間のあいだ、病の床の中にあっても、ひたすらに人さまのお幸せになること、いかにしたら皆さんが幸福になるか、どうしたら世の中が救えるかということより、何もほかのことは考えておらなかったのでございます。こういう先生が、何回か皆さんにもこういうことを、そばにおる方々には申し上げたのでありますが、わたくしは非常に体も恵まれておりますし、割合と生まれた環境が両親も19歳までおりまして恵まれておりました。そして、いろいろの角度から自分は非常に人さまに奉仕的の気持ちをおじいさんに教えられて、自分で考えておった関係か、奉公にいっても、兵隊にいっても、小言をいわれたことがない、こういうようなうぬぼれた自分は考えをもっていた。 陰ひなたなく稼いで、他人さまに、良心に恥じないような行ないさえしてれば、主人といえども、又、軍隊のあの、軍規の中においても、人さまに決していろいろなことをいわれる必要はないんだ。わたしの通ってきた人生というものは、真心で、自分がまじめにやっていれば、何も小言をいわれる必要はない、こういうようにうぬぼれた、わたしは考えをもっている人間でございます。いろいろのご法に、信仰上あっちこっちと行きましたが、どこの先生に行きましても、ほめてはいただきますが、叱られたことはなかったのであります。 ところが、交成会になりまして、一生懸命に火花を散らしてふたりで、いろいろ皆さんをお導きをする、そのなかに、いろいろな角度からわたしの欠点をいって下さる方は、妙佼先生以外にないのであります。箸の上げ下ろしにいろいろの小言をいわれ、いわれることに一理あるなというふうに有り難く感じて、受けているときもありますが、時によるというと、わたしは親にも小言を言われたことがない人間だ、あんたばかりはよくそう小言をいいますねときには、いろいろの信仰者として恨んではいけない、憎んではいけない、憤って(いきどおって)はいけないとか、いろいろのことをいいますので先生は、悔しくなければ、小言はいえないのだよ、悔しくしていただいて、小言いわしてもらうのだというようなことまでいって、いろいろ鞭撻してくだったのでございます。 そうして一代あれほど小言を、箸の上げ下ろしまいっていただいた方が、なんと最後に何をおっしゃるかと、思いますと、かつて交成会の顧問でいらっしゃいますところの、波木井さんが、波木井さんのお母さんが、非常に波木井さんに小言をいったそうでございます。36歳になっても、何かちょっと返答致しますというと、たたみこまれて、お座りなさいといって小言をいわれたということを聞かされております。...
開祖 (19571005A) 故恩師妙佼先生追悼説法会
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...そのお母さんが、最後に、遺言の中に、遺言状の中に、亡くなったら、岩田上人に大導師として引導を渡していただきたいということを書いてあったそうでございます。それと同じように、これほど小言をいってくだすった方が、亡くなる15日ぐらい前ですか、気分のいい時にいろいろの想い出話をしておるうちに、わたしは、本当に人間の皮をかぶっているものというものは、ことごとく信じられないものばかりだと、本当に信じられるものというものは、世の中にいないと思っておった。しかし、会長先生だけは信じましたね、先生の言葉をわたしは信じて、22年寿命を増益しました。こういうことをほっといわれましたので、びっくりとしたのでございます。こんなに小言をいって、わたしのことをいろいろおっしゃってくださった方が、そんなに信じておっくださったのかと、不思議に思ったのであります。ま、いろいろな話を、その日は気分がよくてされたのでありますが、そのころから、もっとも本当によく岩船さんが、かゆいところに手の届くように、夜、休んでおりましても、ちょっと咳をひとつしても、すぐに起きて、おなかを押さえるというように、岩船さんは、全然毎晩眠らないのじゃないか。 右と左に、両側にわたしと岩船さんと休ましていただいておりましたんですが、いつ咳をしても、わたしが、早く押さえてあげようと思って目を覚まして、ひょっと起きるうちに、もう岩船さんがちゃんと咳を始めると、おなかを押さえている。こういうふうにやっていただきましたので先生が、岩船さんには本当に世話になった。本当に有り難い、これをくれぐれもいっておりました。 また、次にいわれることは、交成会が、今日(こんにち)こうして会長先生を自分のそばに看病にいていただいて、三月(みつき)も四月(よつき)もこうして会のことをちっともかまわないで、わたしのことにかまけていただいているんだと、しかし会は、ちっとも心配なく、すくすくとこうして育っておることは、幹部さん方のご努力なんだよ。、本当に幹部さん方には頭が下がるといって、皆さんに対して心から感謝をされておりました。ともども本当にその通りで、幹部さんあればこそ、こうして毎日、わたしどもはそのお役として、先生のそばで看病さしていただけるんだと、いうことを語りあったのでございます。 しかし、だんだんと食べものも細くなってまいりますし、いろいろの角度から、いよいよ不吉を感ずるようの思いが、1週間、10日(とおか)ほど前からしたのでございます。しかし、最後になればなるほど先生は非常に朗らかになりまして、それまでは多少足がかったるいとか、あそこが痛いとかいうこともありまして、夜でも、少しもんでくれとか、さすってくれとかいうことがあったのが、亡くなる10日(とおか)くらい前から、もうあんた方もたいへんだからというので、咳でもして目が覚めて起きますと、もう咳が定まるというと、ほっておきなさい、ほっておきなさいほっておきなさいと自分で、笑いながら、それじゃほっておきましょうというようなことで、合言葉で、一緒に岩船さんと両方に寝かしていただいたわけであります。...
開祖 (19571005A) 故恩師妙佼先生追悼説法会
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...そういうよう、全く病人のそばにいるようでなく、むしろわたしどもを喜ばしてくれるような言葉をはかれて、ちっとも苦痛というような顔をされないで、10日(とおか)ほどのあいだは、誠に愉快な状態であったのであります。 最後は、先ほど第一支部長さんがなされましたように、8日(ようか)の夕方だけは、いつも夕方、第一支部長さんと理事長さんが、本部のほうがすっかり終りますというとおいでになる。そうすると、もう早く帰りなさい、うちへ早くお帰りなさいといって、追い返すようにいつもいった。ところがその日に限って、理事長さんが階段の下りるところにまいりますというと、もうお前帰るのか。いや、帰るわけじゃありませんが、いまこの戸をはずしたのでございます。ま、わたしがそういいますと「そうか」といいますから、わたしが目で合図をしますと、理事長さんは帰ってこられる。そうすると、先ほど第一支部長さんもおっしゃったように「少し、他人さんにこんなに世話になっているのだから、あんたは少し代わりなさい」ということをいわれまして、わたしにお風呂に行ってきてくれといいますので、わたしはお風呂へ、お風呂をいただきに下に下りたのでございます。 お風呂場に行ってほんの5分もたたないうちに理事長さんがおいでになったから、「どうしました」と聞きましたら、「もうとてもよく休まれました」。こういうことで、「そうですか、それはよかったですね」いうのでわたしも安心を致しまして、お風呂をいただいて2階に上がって見ますると、本当によく休みまして、いつもにない非常に呼吸も楽で、すやすやお休みになっているので、安心して、その晩は、ひと晩中ちっとも起こされないで、3時ごろ1度目を覚まして見たのですが、相変らずいい気持ちで、高いびきで寝てられますので、そのまま朝まで休みました。朝になって、病院の主治医さんをお迎えするまでは、本当に熟睡しているものとばかり考えておりました。主治医さんをお呼びしますというと、岩淵先生が非常に丹念に診察をされますので、どういうわけかと聞きますと「ちょっと様子がおかしいです」ということで「どういうわけですか」と、「こんなによく休んでいるのに」「これはただではありません」ということで慌てたのでございます。 そういうように全く、病気をされてもすべてのことを、全部自分がなすべきことをされて、そして、しかも残されたものは全部、「会長先生と岩船さんで、皆さんのおかげでこんなにわたしは幸せにしてもらったのだから、残った品物は、全部支部長さんや皆さんに分けてやってください」ということを頼まれまして、えー、「理事長さんもみんな知っているんだから、いいやなあ、先生と岩船さんにもう、みな、すっかりお願いしておくから」というようなことを20日(はつか)ほど前いわれた。...
開祖 (19571005A) 故恩師妙佼先生追悼説法会
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...その後、亡くなる2、3日前になって、またさらに、一切のことを全部お願いしますというようなことをいわれますので、なんだかどうも変だと思っておりましたところが、やっぱり先生は、自分ではもう時期が来てるということをおわかりになったんでしょう。わたしどもの目から見ますると、よく休んだとか、食べものを毎日、普通1日3度ずつ、3度の食事を、間違いなく食べていただける、こういうことで安心しておりましても、自分ではもういろいろのこと、「もう、ただではないよ」というようなことを前、前の日にいわれました。前の日は、お医者さんを呼んでくれということを四度(よたび)いわれました。しかし、外見から見ていますというと変わりがないようなので、わたしどもには、どこがどの程度苦しいのかわからなかったのでありますが、先生には、相当9日(ここのか)の日は苦しかったんだろうと、いまになって想像するのでありますが。 そういう経過をたどりまして、まったく久遠のかなたへ、眠るがごとく大往生されて、滅せられたのでございます。 その後(ご)、(咳払い)全国の会員の皆さん、または幹部の皆さま方が、おのおのがそのお役お役を全うされまして、立派のこんな葬儀もしていただき、さらに亡くなられてその後(ご)、ずっと切らさず、毎日支部長さんが五、六人(ご、ろくにん)ずつ交代に毎日夜も徹夜でお給仕をしていただき、皆さんの真心からなるあの告別式、いろいろのことを思い合わせて見ますると、どんなにか故人は満足されて、皆さま方に心から合掌していられると思います。 またわたしどもの、一生懸命、今後正しいご法をお伝えするというこのお誓いに対して、先生は、陰から、いままで以上に大きな力をもって、わたしども守護してくださることをわたしは信じて疑いません。一代を法華経に捧げられまして、色心二法を本当に行じられましたところの立派の大導師を、あの偉大なる宗教家を失いましたことは、わたしどもとして誠に、返す返すも惜しいことでございますけれども、これは生者必滅、会者定離の約束でございまして、なんとも致し方ございません。 お釈迦さまがご入滅の前に、大導師を失ったあと、どうしたらよろしいでしょうか、という質問をされたところが、お釈迦さまは、だれを中心に法をいきましょうかという質問に対して、だれもいらない。自分を灯明として行けよ。法をともしびとして行けよ。自灯明と法灯明ということを教えられたのでございます。宗教は、お互いに縁によりましてお導きを受けて、むちを打たれて、お互いが手をとられて最初は出発致しますのですが、人さまの、人さまを媒介致しまして、いろいろの教団の組織とか、または熱心の信者とかいう方の媒介によりまして、信仰に導かれて、そしていろいろな方便をもちましてお導きをいただくのでございますが、最後へいきますというと、一切のことはやはり自分でありまして、自分をともしび、自分が間違ったことをしておって、どんなに仏さまや神さまにお願いしても、ご利益は出ません。...
開祖 (19571005A) 故恩師妙佼先生追悼説法会
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...自分そのものの行動が、皆さま方に亡くなられた後(のち)までも慕われるような人にもなり、または25万の方々から、本当に惜しまれた告別式にお送りもしていただけるということも、これは本当に自分そのものが、立派にご法をともしびとして、ご法のとおりの行ないをしたことによりまして、初めてそういう成果があるのでございます。 わたくしども仏教徒と致しまして、おのおのが、仏心を持ちましたところの、最初はお導きをしたとか、されたとかいうことは、縁はそれにありますけれども、終局におきましては、自分自体が本当に正しい、仏さまとおんなし気持ちになって、同じ理想をもちまして、同じ立場に立たれまして、世の中のために、社会のために、宇宙のために、世界人類のためにわたくしどもは働かなければならない。そういうご法が、すなわちわたくしどもの日々(にちにち)、所依の経典としておりますところの法華経の経典でございます。その経典、ご法のとおりにわたくしどもが精進することによりまして、ご法をともしびとしていくことによりまして、わたくしどもは2陣3陣と妙佼先生と同じような人格を完成して、そして大往生を遂げて、人間としての生きがいを感ずることができるのだと、わたくしは信じておるのでございます。 どうか仏教の本質をわたくしどもは考えまして、お釈迦さまは最初にお悟りを開きましてお説きになりました最初に、四諦の法輪を説かれて「生老病死を説き、涅槃を究竟せしめ、辟支仏を求めるものには、十二因縁の法を説き、諸々の菩薩のためには阿耨多羅三藐三菩提を説いた」ということでございます。 その涅槃にいうところの大法(たいほう)というものは、やはり自分が本当に仏教の教義に則りまして、戒定慧の三学を行じまして、六度の教えをわたくしどもが忠実に実行しまして、菩薩道を行ずることによりまして、一人ひとりが仏さまに近くなり、仏さまに近い人格をわたくしどもが完成をしまして、一代の修行としなくちゃならないのであります。 どうかこの際に、先生をお慕いする気持ちを、本当にご法に一切を捧げて、先生と同様の生活をすることを、ここに大本尊の前にともどもにお誓いを致しまして、今後の精進に拍車をかけることをお願い致しまして、本日のごあいさつに代える次第でございます。 ありがとうございました。(一同 拍手) ○司会 ただいまは、会長先生より、ごあいさつを賜りました。 それでは、お題目を三唱させていただきます。...
開祖 (19911115A) 法燈継承式
【音声】
開祖 (19911115A) 法燈継承式
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...法話コード=開祖-1991-11-15-A 先生名=庭野日敬開祖 行事名=法燈継承式 日 時=1991(平成3)年11月15日 録音分=26分 場 所=大聖堂 出席者=庭野日敬開祖 掲 載=『』 見出等 ...
開祖 (19911115A) 法燈継承式
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...〇司会者 それでは続きまして、開祖さまにご登壇をいただきまして、親しくご法話を賜りたいと存じます。 開祖さま、お願い申し上げます。(一同 拍手) ○庭野開祖 (一同 拍手)(咳払い)皆さま、本日は誠におめでとう存じます。(一同 拍手) えー、85歳という年を迎えまして、ま、おかげさまで極めて健康でございますので、えー、何よりこれはわたくしの、おー、ほんとの持ち分として、神さま仏さまからちょうだいしている、何ものでもない自分の宝でございますが、えー、いままた、えー、2代目会長が、皆さまに、自分の信じている法華経観を、極めてわかりやすく説明をしておることを、これまた陰で聞かしていただいて、えー、有り難いことだと心から感謝を致しております。(一同 拍手) (咳払い)またこの、わたくしの誕生日と併せて、法燈の継承の儀をこのように行わしていただきますということに対しまして、皆さまから、えー、陰に陽に、物心両面の、おー、ご芳志をいただいて、皆さまからたくさんのお祝いをちょうだい致しまして、盛大にこういう行事ができるということは、たいへんなことなのでありまするが、これ何事もないような顔をしているほど、皆さんはおかげさまで、えー、知らないうちに菩薩さまになっちゃっている。 ですから、普通ではちょっとできないようなことが、皆さまからたくさんのお祝いをちょうだい致して、えー、誠にもったいない話だと思うわけでありますが、えー、そしてまた、これ見ておりますると、気持ちよく仏さまの説法を聞いているんだなというように、その、皆さんのご芳志がちっとも苦にならないでやってなさる方、たくさんのお布施をなさるような方は、どういうふうかと思って見ておりますると、とても、いつ見ても、美しい顔をして、えー、お釈迦さまはそんなことをおっしゃってます。前世に功徳をたくさん積んだ人は、美人に生まれているだろう。(一同 笑) ま、そういうのかなと思うほど、(一同 笑)功徳を積める人は、どんどん救われていってしまうんですね。えー、何とかかんとか文句いってぶすぶすいっている人は、なかなか楽にならない。 そういうところをこう考えてみますると、わたしどものこの会の始まった時分の脇祖になってくだすったあの妙佼先生。えー、信者が、物のない時分であります。えー、昭和13年に会を立てて、えー、16年からもう大東亜戦争始まってきたわけですから、えー、皆さんがその、生活は苦しい。なかなか十分に物がまわってこない。そういうなかにあって、何かというと妙佼先生は、自分のうちの米びつを持ってきて、えー、米のない人が来ると与えてやると。...
開祖 (19911115A) 法燈継承式
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...そういう状態ですから、えー、岡島という、わたくしがいつも皆さんに申し上げる、あの岡島さんという人は、佼成会の幹部という名前を付けたのが、幹事長という名前を付けてしたのはその岡島という人がいちばん初代なんだ。その人が、えー、わたくしに、もうびっくりしるような、何でも惜しげなしに皆さんに持ってきて、妙佼先生は施してしまう。そのことを非常におもしろい表現をされた。 えー、わたくしに対しては、自分はその、岡島っていう人は、肺病で入会してきた人ですが、その、肺病だから仕方がないから自分では信仰してると、ま、こういう説法の仕方がなかなかおもしろい人であります。会長のように体が丈夫で家族が皆健康で、自分も家族も病人なんかいないというこの健康のこの状態を見ると、こんな条件であったらわたしはとても拝むことはできないと。えー、しかるに、自分が丈夫で、家族がみんな丈夫で、それで一生懸命に寝るめも寝ないで拝めるっていうんだから、これは会長というより仕方がないわと。(一同 笑) こういう人間だというんで、わたしの人間像をそういう説明でみんなに、こういうふうにできれば、会長になれるんだと、いうようのことをいわれたことを覚えてますが。 ま、そのように、妙佼先生は施すことのまずお手本を示してくだすった。そういう、まあ、あの、ことで、今日(こんにち)まで来てしまったわけでありまするが、えー、こうして、53年を数えますると、とにかくローマの法王さまから、メッセージがちょうだいできる。えー、こくせ、国連の事務総長のメッセージを、事務総長、次長、事務次長さんの明石先生がわざわざその、国連の事務総長さまのそれを代読してくださるようにおいでを、お出ましをいただくと。まあこのように、世界中から、いちばんお忙しい、たいへんなお役の方が、わざわざこの、わたくしどもの法燈継承の式典をするというときにお祝いがちょうだいできたということは、これはもう皆さんのおかげなんですよ。それは、どんな素晴らしい人であっても、一人や二人では目につかない。ところが佼成会の皆さんが本当に人さまのためにというこの菩薩行を真剣にとらえて、修行しなければならない、仏さまのみ教えのごとく生活をしなければならない、そのように生きなければならないと。そういうことが佼成会の人には、十分に、この外から見ておってもわかるほど、本当に信仰して幸せの人だなあと、いうふうに見えてきたと。こう申し上げていいと思うんであります。えー、ローマの教皇さまからも、こうしてメッセージをちょうだいできたと。 先般も、わたくしども、おー、ネパールへ平和会議に行ってまいりました。...
開祖 (19911115A) 法燈継承式
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...そこでも、ネパールで、もうどこからどういうふうに聞いているのか知りませんが、佼成会の人は、わたくしがいまお話をしたような、非常によく施す人たちで、菩薩のような人であるという意味のことを、あらゆるところで耳にすることができました。 ま、やっぱりこれは、大勢の方が、精進をいただかなければ、一人や二人では目につかないことなんですが、もう世界中にそういうふうに、ご覧になっていただけるほど、皆さんが一生懸命にこの菩薩道に精進してくだすってる。その菩薩道に精進できてるっていうことは、本化の菩薩さまと、やっぱり行をしているんですから、えー、日蓮聖人のお言葉のように、それこさもう、百千万劫にもあい難いこの法を、地涌(じゆ)の菩薩にあらずんば唱え難き題目。ですから何でもなさそうで、題目を唱えるぐらいは何でもなさそうに思いますが、地涌の菩薩でなければ唱え難いんだと、いわれるその、お題目を皆さんは、自分で唱えると同時に、えー、人さまにも唱えてもらうべく、唱える心を起こさせるような、いまだ発心せざる者に菩提心をおこさしめ、と、無量義経にありますように、菩提心を起こして、本当に菩薩行を精進しようという、そういう方をどんどんつくってくだすって、そして今日(こんにち)になってきたと。 まあ、こういう順序次第で、きょうはまた、理事長さんが、たいへん素晴らしい、えー、詩をつくられたなんということで、ま、そのように、皆さんが、いつのあいだにそういう心境になられたかと思うような素晴らしいことが発表できる。これはやっぱり、四法成就せば、という、に、このー、二十八番目のお経文のなかにありますように、「諸仏に護念せらるることを為(「う」と発音)」、一には諸仏に守られることが得られる、ということをいわれる。二には諸の徳本を植える、と。「三には正定聚に入り」と。そういうところまで行くと、4番目には「一切衆生を救うの心を発せるなり」。これ極めて簡単なようでありまするが、この、四法成就しておれば、諸仏、し、諸仏諸天善神にご加護をいただけると。 ご加護をいただけるといま申し上げましたように、功徳を積むことが喜ばしくなってくる。喜んで施しができる。ですから「諸の徳本を植える、と。そうすると今度は、一人で徳本を植えても、一人のもう限界がある。えー、一人より二人、二人より3人、皆さんがお導きを一人をしなさいというと、えー、一人できればその人にまた導きのお子さんができて、二人にもなると。 その、体験をすると、お経の有り難みがはっきりとわかってじっとしていられない。不幸の人を見ると声をかけて、何とか幸せになっていただきたいという気持ちがのり出してくる。...
開祖 (19911115A) 法燈継承式
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...ですから、仏さまはそのことの順序を四法成就という形で、あの勧発品の中でおっしゃっているんだと思いますが、えー、「一には諸仏に護念せらるることを為(「う」と発音)、二には諸の徳本を植え、三には正定聚に入り」、そこまで行きますると、今度は自分で幸せだけでは満足できなくて、「一切衆生を救うの心を発せるなり」と、最後の4番目になっております。生きとし生けるすべてのものをみな生かしたいというような気持ちまで出てくると、いうように、仏さまは勧発品の中ではお示しになっております。 ま、そのように、やってみないとわかりませんが、やってみて、ご法門の功徳は、歴然としてることを体験しますと、これはどうしても自分でやらざるを得ない。 まあ、きょう、うー、佼成会の2代目の会長という、これがまた、えー、不思議のことに、ことしという年は、えー、九紫火星の年でありまするから、えー、わたしがホテルへ行きましても、えー、不思議に、うー、二百何十何号というようなことで、えー、その番号を見まするというと、2と7(なな)という数字がある番号のところの部屋にことしはどこに行っても泊めてもらう。えー、これがちょうど2代目というのが、その九紫の年の数(すう)なんでありますが、九紫の数(すう)というのは、2とか、幼数では2であって、老数では7(ひち)になるわけです。それから5たすと7(ひち)になります。5ひけば2になりますが、そのように、2代目がこう決まるという、ようのこと、そういう、年の回り合わせがそういうふうな年の回り合わせ。そんなことがあるのかなと思っていると、うー、まだわからないか、まだわからないかというので、行くとこ行くとこにそういう、えー、同じ部屋の番号でも、えー、217号とか、というようの部屋に泊めてもらう。ですから、うっかり歩いているようですけれども、歩まされている。ここまでわかってきますと、四法成就の諸仏に守られてるんだということがわかってくると、じっとしていられなくて、諸(もろもろ)の徳本を植えなくちゃならないと思い、そうなると、お導きをさしていただいて、サンガの数(かず)を増やさなければならない、幸せの人を増やさなくちゃならないというのが、この菩薩の役であります。 で、そういうことになりますると、自然とそういう動きが出てくる。ま、そういうことを、これは、修行してみますると、不思議にちゃんと当てはまっておる。次から次へと出てくる。数字にまで出てくる。そういうことでお互いさまに、導きのお子さんが、どういう方法、方法で、どういうことをしてなさるか、ということを見ておりますると、いま申し上げましたような、やっぱり諸(もろもろ)の徳本を植えるという、施しを喜んでするというような人には、どんどん幸せが寄ってくる。...
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...えー、ま、そういう、この、菩薩行というのは生きている。 えー、知らずのうちに、口をかけておいた人が訪ねてきたと。そしてその方がお導きを始めたら、どんどんやると。妙佼先生なども「信仰して病気が治るならば」っていうようなことをいって、お医者さんに見放されたといって46歳、7歳ぐらいの年に、たいへん、自分の気持ちを痛めておった。そしてわたしが導きに行って、導いた。それで導いてしまするというと、不思議に、「おれは、わたくしは天理教をやっているんだと。天理教をやっているんで、拝んで治るくらいならもうとうに治っているはずだけれども、いっこうに治らないで、お医者さんがもう手をやいているんだ」と。 天理教という天の理を司るのには、地の理をちゃんと歩まなけりゃならないんだと、ということをわたしがいいますると、「地の理とは何だ」という。地の理というのは、自分が生まれてきたのは、きょうも日鑛が縷々(るる)述べておられましたが、親から生まれてきたんだ。そのまた親は先祖さまだ。だから先祖供養を何でもないようですけれども、わたくしどもは毎日、朝な夕なに先祖供養を一生懸命でやっているというのは、地の理を誤らんように進もうとしているわけだ。 その、地の理というのは先祖の供養。「先祖の供養はどうすればいいんだ」という、いうから、先祖の、ちゃんとお戒名を、夫婦は、親子は1世、夫婦は2世という、その2世の契(ちぎ)りというんだから、夫婦になるのには、もう前世から因縁が決まっておったんだと。その因縁によって今世夫婦になっている。その2世の契(ちぎ)りのなかから子どもが生まれてくるんですから、この先祖からの順序次第を、地の理を完璧に歩まなけりゃならないんだと、という話をしましたら、それで自分でその気になって、自分の里、だんなさまの里、うー、うちへ、早速、埼玉県の自分の実家のほうへ、両ほうへお手紙を出して、そして戒名を集めて、信仰を、過去帳にのせて信仰を始めた。 そうしましたら、子宮内膜炎で出血をしている、胃下垂でもう腹が非常に苦しくてしょうがないという、そういう状態なのが、出血がもう1週間でぴったり止まった。そうしますると胃下垂も気分的に治ってしまった。そして有り難くて、地の理とは素晴らしいことだというので、え、来る人来る人に、自分でもう真剣になって話を聞かせる。そしてまた、さっきも申し上げましたように岡島さんじゃありませんが、惜しげなしにもう自分のある物は何でも、自分の、あしたはもうそれあげてしまったらなくなるなと思っても、思い切ってこう人さまに施しができる人。そういう人だったから、もうどんどんどんどん、わたし以上に妙佼先生の導きの数(かず)が増えていく。...
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...そしてなかなか要領がよくてですね、話が仏教の話ならその、できないと思う人には、聞かせなきゃならんと思うときには、3時になるといい先生が来る、というのはわたしのことをいっているわけ。(一同 笑) で、わたしが3時に回っていくと、大勢、話を聞きたい人を集めておるから、非常に能率的なんだ。(一同 笑) でそういう、要領でどんどんどんどん導いてくだすったから、佼成会が今日(こんにち)になったわけだ。 ですから会を始めたときには、わずか20人ぐらいの人であったんですが、それが、ま、今日(こんにち)に、600万とかいわれておりますが、ま、それだけの方が入会をしてくだすったというのは、もう、どんどんどんどん導くというような人がほうぼうにいなければ、とてもそんなには導けないわけなんですが、ま、そういうようのことをこう考えましても、え、本当に神さま仏さまがいらしって、本当に守護してくだすってんだなということは、体験を通すと、もう極めてわかりやすく、なんでございます。 えー、ずっとこう、お経を、ま、読んでみますると、方便品でも最後のところを見ますると「心に大歓喜を生じて 自ら当に作仏すべしと知れ」と。大歓喜、大喜びでこの道をちゃんと正しく行けば、必ず仏になれるんだという大歓喜をもって拝めば、その、必ず成仏するんだと、ということを仏さまは太鼓判を押しているわけであります。 でありまするから、えー、わたくしどもお互いさまに、無条件に、喜んで心から仏さまに感謝ができる。有り難いという本当の真心でご供養ができる。そうするとご先祖さまがお喜びになる。成仏をなさる。そうすると、その、ご先祖さまのその、力によって、というよりも、自分の信心の力によって、自分そのものが幸せになっていく。そして心に大歓喜をもって、ま、きょうも、こうして、えー、全国からして信者の方においでいただきたいというと、この統制して、まあかなり広い場所が、普門館など広い場所があるようなんですが、これがとにかく入りきれないで、よほど面倒をして、幾日(いっか)も、おー、会議をして、皆さんがこのちゃんと、式場に入れるように、説法を聞くのに座って聞けるようにということで、ま、一生懸命に努力をしているわけでありまするが、ま、そういうように、入るとこが狭くて困るほど集まってくるという性質をもっている。それには、やっぱり仏さまの仰せのとおりに大歓喜をもてといったら歓喜をもって法を行じれば、そのような形になってまいります。 ですから、まず皆さまの心構えをひとつ、えー、日鑛は、ま、会長という新しいひとつの役について、いまちょっとびっくりしているような状態であるかもしれませんが、しかし、(一同 笑)説法を聞いておりますると、皆さんとは、みなご縁があって親子なんだと、きょうだいなんだと、みな親せきなんだと、そういうやっぱり法縁によって、結ばれているんだと。...
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