法難にもめげず
法華経護持──日蓮聖人
本日は、私どもの会として三大行事と言われる、最も活発な行動の祭典でございます。
日蓮聖人のご入滅のお逮夜となりますと、悲しい思いのような気もいたしますが、しかし聖人のような方は、肉体は亡くなられても不滅の大聖人になったわけでありまして、そういう意味では、仏教で言う因縁所生で、なすべきことをなされて霊界からお守り頂くということになったのです。
大聖人は非常に威勢のいい言葉を残しています。「二陣三陣と続けよかし」というようなことで、お題目を唱えるのに、またこの経は保ち難いが、この経の功徳は無間地獄のふたもするような、地獄に落ちることの絶対ないという大功徳を持っているのであるから、私のあとについて二陣、三陣と続けよという号令を残されているのです。
今日になってみますと、聖人様のお言葉の通りに、法華経のご法門の通りに精進をすれば、どんなに因縁が悪いと言っている人でも、全くそれは見違えるようになって、善因縁になって幸せになっておるわけであります。
あと四年で亡くなって七百年を迎えるという、六九六回でございますが、約七百年の伝統を持っている大聖人の叫び、これをお互いさまに、本日の万灯行列を通じてこの末法の時代に本当の灯をともそうという心意気を、今日は発揮するわけでございます。
日蓮聖人は、法華経を行ずる者に法華経の行じ方法というものを、非常にわかり易くお示し下さったのでございます。「日蓮は何れの宗の元祖にもあらず、また末葉にもあらず」ということも言われております。大聖人のご在世中は、大難四箇度、小難数知れずというほど、正しい法華経を叫ばれるために大変な難に会って、六十年の生涯を通されたのです。
大聖人の時代には、あのように正しく行じても島流しになったり、焼き討ちに会ったり、首切りの座に乗せられるというようなこともあったわけです。しかし今日でしたら、正しくご法を守っていたら、決して難に会うということがないという、まことに我々は幸せな時期に生まれているわけであります。