仏教者のことば(30)
立正佼成会会長 庭野日敬
人のかなしみ時には擔(にな)い
よろこびを人に送りて
みづからをむなしくはする
女人(にょにん)われこそ観世音ぼさつ
岡本かの子・日本(岡本かの子全集・九巻)
観音経の好きだった人
かの子女史は、岡本太郎画伯の母堂、明治から大正にかけて傑出した歌人・随筆家・小説家として華やかな生涯を送りましたが、じつは深い内省の人で、仏教に対する理解と帰依も並々ならぬものがありました。その全集(冬樹社刊)全十五巻の中でも、九巻と十巻は仏教論で占められています。
仏教経典の中でも法華経が、法華経の中でも観音経(観世音菩薩普門品)がいちばん好きだったようで、全仏教論の中でも『観音経』が最も光っています。その中で、こういうことを言っています。
「折伏門(しゃくぶくもん)というのは徹頭徹尾不良の箇所を指摘しこれを叱り伏せて嬌め直そうとする消極的方法であります。摂受門(しょうじゅもん)というのは、褒め励ますことによって自信に導こうと企つる積極的手段であります」
(庭野注・折伏を積極的と考えている人が多いが、その反対の意見がおもしろく、しかもそれが正しいと思う)
「(法華経の)他の品では、いくら慈門が開かれてあっても、必ず多少の折伏門が含まれているのであります。含まれていないのは無いのであります。つまり信仰及び理解に就いてのお叱言(こごと)や注意や教習が必ず含まれているのです。ところが、普門品は徹頭徹尾、摂受門であります。極端に言えば、甘やかし一方です。ねだれば与え、頼めばして呉れる。叱言や教戒は絶対に言わない。
(中略)
其処を大層面白く感じまして、私自身他の経典では可なり叱られたり、考えさせたり、頭を絞ったりさせられつけていますので、まるで厳格な寄宿舎から、日曜日に母親のところへ戻るような気持でこの品に入って行きます」
婦人に観世音菩薩の心を
あらゆる仏・菩薩の中で、観世音菩薩ほど素朴な庶民に親しまれ、慕われ、信仰されているお方はないでしょう。インドを初めとする東南アジア諸国を回ってみますと、仏像といえば、ほとんどお釈迦さまと弥勒菩薩と観世音菩薩です。現世利益の霊験物語の多いのは観音さまが随一です。ですから、観世音菩薩普門品は法華経二十八品の一品なのに、『観音経』という独立した経典のようにして信仰されているのでしょう。
さて、観音さまは女性なのか男性なのか、よく問題になります。通説では、どちらでもない象徴的な存在だ、ということになっていますが、周兆昌(中国)という人の『観世音菩薩伝』には、ヒマラヤ北方の一国の王女として生まれ、深く仏法に帰依し非常な霊力の持ち主となり、多くの人々を救った実在の女性であると、その来歴が詳しく記されています。
観世音菩薩の絵像がすべて女性の顔貌や姿態に描かれていることから、女性説のほうが有力のようです。しかし、その外形はともあれ、本来の女人が持っている無私の母性本能、人を温かく抱き取る心、細かいところまで手の行き届く愛情の表現、それこそまさしく観世音菩薩であると思います。
この観世音菩薩の本性が、現代の女人から失われつつあるのではないか。とすれば、男性にとっても、子供たちにとっても、世の中全体にとっても、たいへん悲しいことだと思います。かの子女史が激越な口調で、
女人われこそ観世音ぼさつ
と言い切ったこの歌を、世の多くの婦人方に深い心で読み返してもらいたいと願われてなりません。
題字 田岡正堂
立正佼成会会長 庭野日敬
人のかなしみ時には擔(にな)い
よろこびを人に送りて
みづからをむなしくはする
女人(にょにん)われこそ観世音ぼさつ
岡本かの子・日本(岡本かの子全集・九巻)
観音経の好きだった人
かの子女史は、岡本太郎画伯の母堂、明治から大正にかけて傑出した歌人・随筆家・小説家として華やかな生涯を送りましたが、じつは深い内省の人で、仏教に対する理解と帰依も並々ならぬものがありました。その全集(冬樹社刊)全十五巻の中でも、九巻と十巻は仏教論で占められています。
仏教経典の中でも法華経が、法華経の中でも観音経(観世音菩薩普門品)がいちばん好きだったようで、全仏教論の中でも『観音経』が最も光っています。その中で、こういうことを言っています。
「折伏門(しゃくぶくもん)というのは徹頭徹尾不良の箇所を指摘しこれを叱り伏せて嬌め直そうとする消極的方法であります。摂受門(しょうじゅもん)というのは、褒め励ますことによって自信に導こうと企つる積極的手段であります」
(庭野注・折伏を積極的と考えている人が多いが、その反対の意見がおもしろく、しかもそれが正しいと思う)
「(法華経の)他の品では、いくら慈門が開かれてあっても、必ず多少の折伏門が含まれているのであります。含まれていないのは無いのであります。つまり信仰及び理解に就いてのお叱言(こごと)や注意や教習が必ず含まれているのです。ところが、普門品は徹頭徹尾、摂受門であります。極端に言えば、甘やかし一方です。ねだれば与え、頼めばして呉れる。叱言や教戒は絶対に言わない。
(中略)
其処を大層面白く感じまして、私自身他の経典では可なり叱られたり、考えさせたり、頭を絞ったりさせられつけていますので、まるで厳格な寄宿舎から、日曜日に母親のところへ戻るような気持でこの品に入って行きます」
婦人に観世音菩薩の心を
あらゆる仏・菩薩の中で、観世音菩薩ほど素朴な庶民に親しまれ、慕われ、信仰されているお方はないでしょう。インドを初めとする東南アジア諸国を回ってみますと、仏像といえば、ほとんどお釈迦さまと弥勒菩薩と観世音菩薩です。現世利益の霊験物語の多いのは観音さまが随一です。ですから、観世音菩薩普門品は法華経二十八品の一品なのに、『観音経』という独立した経典のようにして信仰されているのでしょう。
さて、観音さまは女性なのか男性なのか、よく問題になります。通説では、どちらでもない象徴的な存在だ、ということになっていますが、周兆昌(中国)という人の『観世音菩薩伝』には、ヒマラヤ北方の一国の王女として生まれ、深く仏法に帰依し非常な霊力の持ち主となり、多くの人々を救った実在の女性であると、その来歴が詳しく記されています。
観世音菩薩の絵像がすべて女性の顔貌や姿態に描かれていることから、女性説のほうが有力のようです。しかし、その外形はともあれ、本来の女人が持っている無私の母性本能、人を温かく抱き取る心、細かいところまで手の行き届く愛情の表現、それこそまさしく観世音菩薩であると思います。
この観世音菩薩の本性が、現代の女人から失われつつあるのではないか。とすれば、男性にとっても、子供たちにとっても、世の中全体にとっても、たいへん悲しいことだと思います。かの子女史が激越な口調で、
女人われこそ観世音ぼさつ
と言い切ったこの歌を、世の多くの婦人方に深い心で読み返してもらいたいと願われてなりません。
題字 田岡正堂