本日は妙佼先生の祥月命日ということで、大聖堂のほかに、普門館のほうにも全国から五千人余りの方々が、代表参拝にお見えになっており、ありがとうございます。
ついこのあいだご遷化なさったように感じるのに、もう四半世紀の歳月が流れています。ご在世中のごようすなどを偲ぶご説法を聞いていると、やはり、いろいろなことが思い出されるわけです。
さて、現在は禅ブームと言われるほど、仏教から何かを学びたいという機運が西欧で高まっているようです。これは鈴木大拙先生のご尽力が発端になっているのですが、大拙老師の偉大なところは、禅宗でありながら、浄土真宗、特に親鸞聖人の信仰を大いに取り入れて説いておられるところです。〝信〟を中心とするキリスト教で育った西欧の人に、仏教を理解させる手段だろうとは思いますが、このように〝禅なら禅だけ〟という独善に陥らないところが、また仏教そのものの大きな特質でもあるわけです。
ところが、今でこそ仏教思想に対して世界的な関心が高まっていますが、終戦から昭和二十五年ごろまでは、占領軍の中には「日本の宗教家が愚かで、仏教徒でありながら祭礼など神道の行事に喜んで参加するようなことだったから、日本は軍国主義になったのだ」というようなことを言う人まであって、私どもも肩身の狭い思いをしたことがあるわけです。
だいたい世の中というものは、五年ごとに変わってくるように感じているのですが、昭和三十年ごろになると、こんどはどのようにして日本人が複数の宗教をもてるのか、を理解しようとする姿勢に変わってきました。そして三十五年ごろからは、世界の宗教が相互に理解を深め、人類の平和に貢献する道を仏教から学ぼうとするまでになったのです。
そして昭和四十年、カトリックの第二・バチカン公会議の席上、二百六十二代目の教皇・パウロ六世猊下が歴代教皇の排他独善性を懺悔し、「キリスト教徒が仏教徒のために祈り、仏教徒がキリスト教徒のために祈るというような、相互協力なしに宗教が平和に貢献する道はない」と世界に向かって表明されたのです。
思えば今から三十年前、昭和二十五年ごろから新宗連の結成という形で進められてきた日本の宗教協力が、こうして世界にまで輪を広げたわけです。