親子の名のりを待っている仏様
私は常々皆さまに、「お導きをしなさい」と申し上げておりますが、それは多くの人々にこの尊い教えを実践していただき、平和な社会をつくりたいという心からの願いがあるからです。
お導きがたいへんなことは、よく承知しておりますが、そのお導きによって悩み苦しんでいる人々が本当に救われていくわけです。
「縁なき衆生は度し難し」と説かれていますように、お釈迦さまでもやはり、救いがたい者もおり、手を焼いた者もおったと思います。
ですから、お導きは言うことは簡単ですが実行に移すことは大変なことです。
しかし、佼成会の発足当時、わずか三十人足らずの会員であったものが、四十五年たった今日では五百七十万人にも達しているのです。
ヨーロッパの宗教家の皆さんは、この事実を「奇跡」だと評しております。「佼成会には奇跡が現れている」と。
なぜ奇跡かというと、ヨーロッパあたりでも信仰に入る人が、年々少なくなってきているという状態の時に、戦後の日本において、このような大勢の信者を有する教団になったのは、不思議なことだというわけであります。
お経をよく読んでごらんなさい。
仏さまの方では、私共に対して親子の名のりをされようと真剣になっておられるのです。
ところが、こっちのほうは、なかなか仏さまの方を向こうとしないのです。
仏様の苦労を真摯に受けとめて
つまり、私どもがいかに業障であるかということが、あの法華七譬の中に説かれています。
これをよくかみしめてみると、ご法というものは、仏さまが大慈大悲をもって私どもに対して、幸せになる道をわからせようと、こんなにご苦労されている。
この仏さまのご苦労を、私どもが真っ直ぐに受けとめなくては申し訳ないという気持になるわけです。
また、そういう気持でお経を読誦させていただきますと、有り難くて有り難くて仕方がなくなってまいります。
朝、目が覚めるともうもったいなくて寝ていられなくなり、お経を上げられるようになるのです。
そういう意味で、一人でも多くの人にこの尊い法華経の功徳と、自分の体験を正直にお話して、この喜びをお伝えすれば、どんな方々ともご縁が結べるのであります。
皆さまが、まずお導きをさせていただき、そして心の中から歓喜してジッとしていられないという心になることこそ、妙佼先生が霊界でお喜びになってくださることと、私は思うのであります。
どうか、妙佼先生のご回向のためにも、一人が一人をお導きできますようにご精進のほどをお願い申し上げます。
(文責在記者)