先日、京都でWCRPの常任委員会が開かれた前日、比叡山の坂本にお住まいの山田恵諦猊下をお訪ねしたところ、家内と私のために、一対の扇子をわざわざ作っていてくださいました。
そして、それには「随喜更隨縁」という五文字が書かれていました。これは、中国の趙樸初先生の詩の中の言葉です。
これについて山田猊下から伺ったところによると、今度、中国の天台山に、天台大師と伝教大師、それに伝教大師の師匠で天台大師の流れをくむ方、このお三人の碑が建てられ、天台宗の方々が団体でご参拝されることになったそうです。
このことで山田猊下が趙樸初先生とお会いになった際、法華経の話に花が咲いて、この「随喜更隨縁」に話が及んだということです。
比叡山といえば、天台山で勉強された伝教大師が開かれたお山で、日本仏教の祖師となられた方々が、皆ここで勉強なさった、いわば、現在、生き生きと繁栄している日本の仏教の〝母山〟です。
ところで、中国の仏教界のほうは、プリンストン会議に初めて参加された後、ようやく最近、憲法の中に〝信教の自由〟がうたわれ、いよいよ活動が始まったという情勢なのですが、この中国の宗教界をまとめておられるのがこの趙樸初先生なのです。
趙先生は「インドの霊鷲山、中国の天台山、そして日本の比叡山の三山は、一つの精神で繋がっている。今、天台山に碑を建立するにあたり、比叡山の座主とこうして法華経の話ができるのは、まことに、ただならぬ縁である。前世、仏さまの前で共に随喜したことが、さらに縁となってここに実を結んだのだ」と、涙をこぼして喜んでおられたとのことです。「随喜更随縁」とは、このことなのです。
私どももまた、前世に仏さまにお会いしご指導を頂いた、その因縁が今世ここに実り、こうして佼成会というサンガの中に入って修行ができるという、これは、まことに不思議な因縁と言わねばなりません。
思想的にも複雑で、何を信じてよいかわからないようなこの時代に、たまたま法華経の教えを聞き、しかも、それが自分の内なる仏性に響き、こうした仏縁に結ばれた、これが隨縁です。仏さまから離れることのできない因縁を、自ら持っているわけです。仏さまは、私どもを懐に入れてしっかり抱きしめ、育ててくださっているのです。
Title
Founder Dharma Guidance Text "Isshin" 1982 "Day of Memorial and Peace Prayer for the War Dead" Ceremony
Creator
Rissho Kosei-kai
Date Created
1982-08-31
Language
jpn
Volume Title
Isshin
Volume
no.210
Subject – Event
Day of Memorial for the War Dead and Prayer for Peace
Subject – Keyword
1982-08-15
Description
Convey the Spirit of the Lotus Sutra to the People of the World Until Peace Is Realized (Ceremony for the Day of Memorial for the War Dead and Prayer for Peace)