「随喜更隨縁」ということ
思えば、あの一面の焼け野原で終戦の詔勅を拝聴してから三十七年、この平和憲法を基盤に、日本人の優秀性、勤勉性というものが、極めて短期間に見事な復興をなし遂げ、今や〝こんなに幸せでいいのか〟という状態にまでなったのです。
それなのに、お互いの信頼も築かれ、開発のお手伝いもさせてもらおうという最も親しい中国、韓国から、今、こういう問題が出されたということ、さらに、アジアや近隣の国から、再び軍国主義の日本になりはしないかと心配されるようになっていること。こういうことを思い合わせますと、私どもはもう一遍、終戦の日の、あの〝国民総懺悔〟の気持を思い起こし、過去の軍国主義的な考え方をどのように改めればいいのか、世界のために、日本はどのようなことをしたらよいのか、よくよく考え直してみなくてはならないのではないかと、思うのです。
署名運動の成果に示されているような平和を願う佼成会員の熱意、こういう気持で日本人全体がいるのなら、このような問題は起こってこないでしょう。
その意味で、私ども一人一人が一個の人間として、仏さまがお示しくださった法華経というものを、もう一遍、隅から隅まで、よくかみしめて拝読せねばならないのではないでしょうか。
法華経には、世界中の人類、いや人類だけでなく、生きとし生けるもの、一切衆生のすべてに魂があり、お互いに生かし合っているのだ。お互いが共同体なのだということを、仏さまが、繰り返し繰り返しお示しくださっています。
この法華経の精神を、私どもは世界中の人類にお伝えしなくてはなりません。
七百年前、日蓮聖人は法華経を広めようとなさって島流しに遭われました。そういう時代に比べて現在の私どもは、この法華経を読誦し、解説し、書写し、また人さまにご法を説いても、その正しい精進に傍の人が賛嘆こそすれ、とやかく非難されたりすることはないという、大変素晴らしい、ありがたい時代に生まれ合わせています。
これは、私どもが過去世において仏さまにお会いして大歓喜を生じ、何回となく生まれ変わって今日ここに生まれてきているという、まことに不思議な因縁によるものなのです。