徳川三百年の大平の源は
インドのガンジー翁は無抵抗・無防備でインドの独立を勝ち取った。無抵抗・無防備で……。これと似た例として、日本の政治家の中で言うならば、まあ、徳川家康公ということになると思うんですね。昔から、徳川家康公はタヌキ親父だなんて言われてた。ところが、山岡荘八さんが小説「徳川家康」を書いた。
山岡荘八という人は、その名のごとく陰陽に入ったすばらしい因縁の人だけに、もう歴史を調べに調べ抜いて、事実を追求し抜いて本当のことを書いた。ウソッぱちを書いたのでは、とても本は売れない。そうしたら徳川家康の評価がまるで変わってしまった。
世界中を見回しても、300年も大平の世を維持し続けた政治家というのはいないんですよ。本当に……。日本の、あの戦国時代を一変して、大平の時代を300年も維持させた。こういう政治家は、徳川家康を除いては世界にいない。まあ、世界一の政治家であったと言ってもいいと思うんです。
その大平の世は、どうして保てたのかと言いますと、家康公は天下を取ってから、毎日毎日「南無阿弥陀仏」を日記のように、今日は三百遍、今日は五百遍と書いておられた。それほど信心深い人だった。百遍の日もあれば三百遍の日もあったそうであります。多い日と少ない日とがあったそうですが、その日は何月何日だったとちゃんと書いていたそうであります。朝起きるというと暇さえあれば「南無阿弥陀仏」と書いていたというんですね。このように、徳川年の大平の世というものは、実は家康公の信仰心に源があったんですね。
日本も、戦国時代の頃には、たくさんの殿さまがいたわけですから、日本各地で戦争という不幸が起きる。ところが、家康公は稲刈が終わり穫入れが終わらないと、戦を絶対にしかけなかった。また、どうしてもしなければならない時以外には戦はしなかった。戦をしても、とにかく田んぼの稲を踏んづけてダメにするようなことは絶対にしてはいかんと、そういうことだったそうであります。家康公は、冷静にそこまで気を配られていた……。