妙佼先生のご神示
私がお導きしたのは、先生が四十八歳という壮年期から老年期に入ろうというころで、その上、病気持ちの体であったのです。しかし、お導きしたところが、たちまちに病気が治った。病気が治ったということは、仏さまのみ心にかなった気持になったから、仏さまはちゃんと整えてくださったわけで、非常にありがたいことなのです。そこでそのご恩返しをしなければならない、ということで、それからの二十年間、明けても暮れても昼夜常精進そのものであったのです。そのため仏さまのご功徳を頂いて、皆さんから、「妙佼先生、妙佼先生」とお母さんのように慕われ、本当に素晴しい人生を送られたわけです。
妙佼先生はまた「今、このような考え方をしていると、空から火の雨が降るよ」というようなことも言われた。「空から火の雨」というのはどういうことだろう、と思っていると、空襲が始まって、空から火の雨が降ってきた。次に、「浮浪者が多くなって、片目、片足の人が周辺を歩くようになる」と言われたが、実際そういう人が続々現れた。広島、長崎の爆弾の落ちたところなどは、見るも無残な状態となった。半面、「この法を保っている者は必ず神さまは救われる。だから絶対に心配ないんだよ」とも言われ、事実、不思議にも、東京はほとんど焼土と化したのでありますが、この和田本町は、お言葉どおり焼けなかったのです。
このように、次から次へと不思議なことが現れた。そしていつも申しますように、「この法華経は、佼成会をもととして、世界万国に弘まる」ということを言われる。そんなことあるのであろうかと思っていたが、昨年、六月十二日には、国連の軍縮会議におきまして、世界の宗教者を代表して提言するということで、時間を十二分間頂きました。その時、世界百五十ヵ国の政治家の皆さんを前にして法華経というものを紹介させていただき、さらに、佼成会のヒゲ題目を中心に『天壌無窮』『異体同心』と書かせていただいたものを、百五十ヵ国の大使の方々に配ったのです。
「天下万民悉く異体同心となって、世界平和を願うように」ということを、一宗教家として提言するお役が私に回ってきたということは、まさに世界に向かって法華経というものが伝えられる条件をつくっていただいたわけです。つまり創立当初から、神さまがご降臨になって、妙佼先生をとおして言われたことが実現してきたわけです。