そして、大会が終って、もう一晩泊まったら、また二日目には、あと二人入会者ができまして、四人お経をあげる人ができてしまった。(拍手)
そしてお経をあげる人を見物する人たちが、後ろの方で、──廊下に見物人が六人ばかり来た。そういうことで、みなさんがさっそく話を聞かしてくれというので、次から次へと入会をする方が出ました。まあこれで私は、今年の役目を一つ果たしました。そういうことで、ほんとうに特別堅くならなくても、話を当り前にすれば、ちゃんと人は入ってくるんです。
そうすると不思議なことですな、当番を断わった人、この人はまったく気の毒ですな。入会した人たちの話を聞いているもんだから、これはバカみたなあと、うすうす腹の中で思ったようです。各部屋に冷蔵庫があるんですが、飲んだり食べたりして、後は計算の時に払えばいいんですから、どこのホテルでもそうなっているわけです。
ところがその人は、そんな窮屈なところはいやだなんていって、宗教家を嫌ったために、二日間ですね、お客が飲んだり食べたりしたものをですね、全く計算に入れるのを忘れてしまった。お客は、泊まった料金と食事の分だけ支払って、帰ってしまった。後になって冷蔵庫を開けてみたところが、ああこれが計算に入っていないというので、その女中さんが弁償することになってしまった。この方が言うには、ほんとうに神さまを嫌ったから罰があたったというんで、これはまったく気の毒で、泣かんばかりになりまして、ほんとうにお伽ばなしのようですが、実際の話なんですよ。
そんなことで、宗教を嫌うと罰のあたるような時代になっているんです(拍手)──。みなさん、その辺をですね、決して罰をあてようなんてことは、神さまのほうではないんです。仏さまや神さまというのはそんなことはないんですが、正しい道を求めていこうという、そういう精進の心がけがないというと、これは仏さま嫌っているんです。もう、少しでもいいことならば触れてみよう、正しいことをいう人ならば会ってみようと、こういう気持でいけばいいんですが、どうも宗教団体に対するイメージがですね、まだ暗いものがあるわけです。これは、一面には宗教家の責任もあるわけです。同じ宗教であっても、嫌な人がたくさん世の中にいるからかもしれません。そういうことになりますと、これは相手が悪いのじゃなくて、こちらの宗教家の方に罪があるわけです。これは大いに、われわれが反省しなければならないと思うのであります。
宗教家が窮屈なもんだとか、嫌なもんだなどということではなく、宗教家ならば、話を聞いてみたい、会ってみたい、たずねてみたいとそういう気持にみなさんになっていただけるようになれば、お導きはどんどんできるようになると思うのであります。
Title
Founder’s Dharma Guidance Text, “Gudo,” 1975 Ullambana Ceremony
Title (Transcription)
カイソサマゴホウワテキスト『グドウ』 1975ネン ウラボンエ
Creator
立正佼成会
(
リッショウコウセイカイ
)
Date Created
1975-08-25
Language
jpn
Volume Title
Gudo (Seeking the Way)
Volume
no.63
Subject – Event
Ullambana Ceremony
Subject – Keyword
1975-07-15
Description
Ullambana Ceremony, July 15
Dharma Guidance by the President / Deep Appreciation for the Merit of Offering
—The Essence of Buddhism Is to Teach How to Make One’s Death Meaningful—
Dharma Guidance by the President / Deep Appreciation for the Merit of Offering
—The Essence of Buddhism Is to Teach How to Make One’s Death Meaningful—