メインコンテンツに移動
ユーザーアカウントメニュー
ログイン
Toggle navigation
Main navigation
ホーム
コレクション
お知らせ
規約について
お問い合わせ
利用ガイド
絞り込み
全資源タイプ
機関紙誌
教団史
動画
音声
写真
法話(テキスト)
貴重書
検索
すべて
メタデータ検索
全文検索
リセット
表示件数
20
40
60
80
100
並び順
関連度
作成日 昇順
作成日 降順
タイトルヨミ 昇順
タイトルヨミ 降順
詳細検索
コレクション
- すべて -
『庭野日鑛会長のこころ』~つれづれに想うこと~
『庭野日鑛会長のこころ』~書初めから~
法話選集
年頭法話
庭野日敬法話映像作品集(平和への願い)
心に生きる開祖さま
庭野日敬法話映像作品集(仏教三大行事と釈尊伝)
心が変われば世界が変わる
仏教者のことば
経典のことば
法華三部経の要点
庭野日敬法話映像作品集(教団史)
人間釈尊
お会式
スポーツ
立正佼成会映像作品集
らしんばん
e-story
- すべて -
庭野日敬の世界
資源タイプ
- すべて -
Text
Image
MovingImage
Sound
タイトル名
作成者
公開責任部署
- すべて -
アーカイブズ課
伝道メディアグループ
開祖顕彰資料室
佼成図書館
作成日(西暦 or 和暦)
地理空間情報
ヘルプページ
278 件中の 21 件目~ 40 件目を表示
リスト
サムネイル
9
...祖父の薫育 一 大家族の中心となる存在は、祖父でした。ノンビリした、愉快な性格の人で、私ども孫たちをとてもかわいがってくれました。それも、今思い出してみますと、いわゆる、チヤホヤ甘やかすというかわいがりかたではなく、そのなかに一本の筋金が通っていたように思われます。 四つか五つの遊びざかりのころは、冬になると、…
10
...菅沼と庭野家 一 菅沼には、昔は四十二戸の農家があった。耕地面積は田畑合わせて二十六ヘクタールである。一戸当たりの面積は、昔風にいえば五反歩しかない。祖父が若いころには白い米のごはんを食べるのは、一年のうち三日ぐらいで、稗めしや大根の葉を煮込んだめしを常食とし、夜は松の根を灯して囲炉裏ばたで緒を撚って、なりわいの足しにしたという。 …
11
...暮らしぶり 一 私のうちは大家族でしたから、母の役はたいへんだったと思います。機も織れば、蚕も飼っていました。お針もよくやりました。私の兄弟は、男の子は五人ですが、それだけでなく、家じゅうの者の針仕事を、全部引き受けてやっていました。 それも、今の人には想像もつかないことでしょうが、着物など、私どもは、上から下までおなじ縞、…
12
...家事の手伝い 一 農家の子は、ずいぶん小さいときから生産活動の手伝いをさせられます。(中略)それを辛いとも思わなければ、不服にも感じませんでした。農家の子にとっては、まったくあたりまえのことだったからです。朝になると、お日さまが出て、夕方になると、お星さまが輝きだすのとおなじように、天然自然のことだったのです。(中略) …
13
...小学生の頃 一 私がかよった小学校は、生徒は百人ほどいましたが、先生は校長と代用教員のふたりだけでした。校長先生が四年生から六年生までを受け持ち、代用教員の先生は、一年生から三年生を受け持って一つの大きな教室で教えたのです。そんなわけで、国語を教えるときでも、巻一から巻十二までの教科書を、順を追っていかないで、三年生のときは四年の国語を教え、…
14
...師の恩 一 私の家は小さな農家で、兄弟も多く、経済的に恵まれてませんでしたから、十歳ぐらいでいっぱしの手伝いをさせられ、からだで百姓を経験いたしました。そのようななかで学校へ行き、勉強できる時間が与えられるのですから、登校できるのがうれしく、その気持ちで先生の教えられることを聞くわけですから、先生を神さまのように敬ったものです。いわば、…
15
...竹馬の友 一 私は小さいときから背が高く、(中略)相撲でも、徒競走でも一番だったし、それやこれやで、いつのまにかクラスの大将格になった。 勉強のほうは、まあ中以上といったところだったが、だんだんできるようになって、四年生のころからはずっと二番だった。一番は、仲が良かった高橋宗太郎君で、家は大池部落にあったが、代々秀才の家柄というか、…
16
...家業と人間形成 一 小学校時代、私が学校から帰ると「家にきたら仕事しろ。勉強は学校でしてくるだけで上等だ」といわれるので、九歳になるころから、親から命じられた家の仕事の一端をしなければならなかったわけです。 (昭和52年08月【求道】) 家には馬や牛を飼っていたので、朝早く草刈りもしなくてはならない。養蚕もやっていたから、…
17
...百姓は楽し 一 小学校を卒業すると、家ではもはや半人まえ以上の働き手として期待している。卒業式がすむと、まず雪の消えていない山林にはいって、ボイの伐り出しだ。私どもの田舎ではこの作業を〈春木山〉と呼んでいるが、この時期に次の一冬をしのぐための燃料を用意しておくのだ。 それから、部落共同の〈道割り〉、田んぼの苗代づくり、代掻き、田植え、…
18
...青年期の体験 一 土地の慣わしで、数え年十五歳になると青年団の仲間入りをしなければならなかった。今では二十歳で成人となるわけだが、当時の農村では、十五歳になれば、たしかに成人並みに近い働きをしたもので、けっして早くはなかったようだ。(中略) 青年団員にならせてもらった私は、その実はまだ子どもであったけれども、なんだかおとなになったような気がして…
19
...願いをもって働く 一 米の取り入れが終わってから、中津川の水力工事に働きに行った。〈冬扶持かせぎ〉といって、雪に閉じこめられる期間によそへ出て働くのが土地の習わしで、前の年は撚糸工場に行ったのだが、ことしは一つ思いっきり骨の折れる仕事で自分を試してみたいとう気持ちもあって、十六の若者には、ちょっと無理なその仕事を志望したわけだった。 中津川は、…
20
...上京のとき 一 新潟県の山の中の貧乏百姓の次男坊に生まれた私ですから、家にいたのでは、とうていりっぱな百姓にはなれないのです。なぜかというと、小さな百姓だけに、もし兄から田畑を分けてもらって半分ずつにしたら、子どもを教育するどころではなく、生活も困難になってしまうからです。それも、男の兄弟が五人もいたので、兄に全部の財産をそっくり渡すためには、…
21
...関東大震災に遭遇して〈災害に対峙する心構え〉 一 あとで思えば、十一時五十八分、主人が、「もうそろそろ昼食にしようか」と言ったので、仕事にひとくぎりつけよう───と思ったとたん、ゴーッという地鳴りがし始めた。 おやと思う間もなく、家じゅうがグラグラッと揺れ出した。一瞬にして、落ちた壁土の埃があたりにもうもうと立ちこめ、その中で棚の物は落ちる、…
22
...傍を楽にする働き〈職業観・勤労観〉 一 私が(中略)炭屋に奉公したときには、それまで田舎で畑仕事をしても平気だった手に、アカギレができたものでした。夜おそく血の流れる手で、一生懸命にマキ割りをしていたころがなつかしく思い出されます。そのころはまだ子どもですから、なんになるという具体的な目標はなくても、…
23
...働く喜び 一 日本の中央の東京、そして、東京の中央でもある日本橋。とにかく、日本の政治の中心地である東京の真ん中だということで、あこがれて田舎から出てきたのですが、関東大震災を経験したあとは考え直しました。 東京の中心だけに、このあたりには空き地もなければ、逃げ場も隠れ場もありません。震災が起こったとき、…
24
...奉公とは世間に仕えること 一 中野の石原さんという、炭屋に奉公して働いていましたが、同郷の同じ年ごろの友人が、休みの日に遊びにきて話すのを聞くと、こっちが十五円の月給なのに、向こうは四十円ももらっているのです。それに仕事も楽で、働く時間も短いことを聞くと、正直な話、「割に合わんなあ」と感じたこともありました。それでも、…
25
...海軍での体験(1) 一 私は明治三十九年生まれで、大正十五年に徴兵検査を受けました。当時は軍縮の絶頂の時代でした。私どもの田舎の若者は、みんな強健な体格でしたが、そのとき百三十人検査を受けて、合格したのは、たった十一人です。しかも、海軍は私ひとりでした。ですから、当時の日本の軍隊は、ほんとうにりっぱな体格をもって、忍耐力も強く、…
26
...海軍での体験(2) 一 幸いなことに海軍に行きましたら、手箱の中に勉強用具が入っていて、夕食のあと毎日、勉強があるのです。まわりの人たちは、中学校や高等学校出の人たちですし、当時の海軍兵学校出の少尉さんともなると、ものすごくできる人ばかりで、数学など何をきいても教えてくれたものです。そういう人が周囲にいるものですから、一生懸命に勉強しました。 …
27
...行商での体験 一 海軍時代にも、長い休暇が与えられると、石原さんの漬物屋に手伝いに行った。 連合艦隊では、年末の組と正月の組に分けて十日間の半舷上陸(休暇)があった。みんなは正月に休みたがったけれども、私は漬物屋の忙しい暮れにもらうのがつねで、正月に割り当てられても、暮れに割り当てられた水兵と代わってやって喜ばれた。そして、十日間、…
28
...結婚観・夫婦観 一 店の状態も上向いてきたので、石原さんは、ひとつ合資会社にして大いにやろうじゃないかとはりきり始めた。 それには人手が足りないというので、私は菅沼の実家に手紙を出し、隣村の軽沢にある親戚、阿部家の娘サイ(現在は直子)にきてもらいたいと申し出た。 私とは、またいとこに当たり、お祭りとか、田植えとか、…
ページ送り
先頭ページ
«
前ページ
‹‹
Page
1
カレントページ
2
Page
3
Page
4
Page
5
Page
6
Page
7
Page
8
Page
9
…
次ページ
››
最終ページ
»