人間釈尊(12)
立正佼成会会長 庭野日敬
新しい求道の旅へ…
二人の高名な師に就いたが
菩薩(もはや太子ではなく、衆生を救う道を求める修行者ですから、今後こう呼ぶことにします)は、都の付近にはすぐれた宗教家や哲学者がいるので、そうした師を求めて王舎城に来たのでした。
第一に就いた師はアーラーラ・カーラーマという名高い仙人でした。非常に深遠な境地に達した人でしたが、菩薩はその指導によって短時日のうちに師と同等の境地に達しました。仙人は、――ここにとどまって一緒に弟子たちを指導してくれないか――と懇請しましたが、菩薩は辞退しました。
なぜならば、師の教えは(教え)というよりは師弟一対一の研さんによって得られる特殊な境地であって、とうてい多くの大衆を現実の苦しみから救うことなどできないものだったからです。
次に訪れたのは、これまた高名なウッダカ・ラーマプッタという仙人でした。ここでもしばらくのうちに師と同等の高い境地に達し、――共に弟子たちを指導しよう――と誘われましたが、やはり自分が出家した本来の目的は達成できないと見定め、そのもとを去りました。
菩薩は考えました。――もうこうなったら自分自身の修行と思索によるほかはない――。そう決意して新しい求道の旅へと出発したのです。
菩提の地は美しかった
王舎城から西南の方へ徒歩の旅を続けていた菩薩は、ガヤ山という小さな山に突き当たりました。なんとなく心ひかれた菩薩は、その山に登り頂上を極めてみると、北方の眼下に緑の平野が開け、ネーランジャナー河の青々とした流れを挟んで、美しい林や村々が点々と望まれます。
一本の樹の下に座ってその平和な風景を眺めているうちに、この地こそ自分が修行するのにふさわしい土地ではないか……という思いがきざしてきました。山を下りてあたりを歩きまわってみますと、村人たちはいかにも淳朴(じゅんぼく)そうで静かな生活をしていますし、川の水は清らかですし、林に入ると物音ひとつ聞こえず、木々の精ともいうべき香ぐわしい空気が漂っています。
「よし、ここだ!」
菩薩は林の中の平らな地を選んで草を敷き、禅定の場としました。と、そのとき思いがけないことが起こったのです。ラーマプッタ仙人の所で相弟子だった五人の修行者が突然木々の陰から現れてきたのです。
「ゴータマよ」
「おお、あなた方は……」
「そうです。ぼくらは長い間、師の下で修行してきましたが、どうしても師の教えられるような境地に達することができませんでした。それなのに、後から来たあなたはほんのしばらくの間にそれを達成された……」
「しかも、それにも飽き足らず、さらに高い境地を目指して立ち去って行かれた」
「だからわれわれは――あの人と一緒に修行しようじゃないか――と相談して、こっそり後をつけてきたのです。邪魔はしませんから、どうかおそばで修行させてくださいませんか。お願いします」
菩薩はしばらく考えていましたが、やがて無言でうなずきました。
五人は喜んで、それぞれに林の中に自分の場をしつらえ、そこに落ち着きました。
この五人の修行者こそ、のちに仏の悟りを得られた釈尊が初めて法を説いて教化された、いわゆる五比丘にほかなりません。
法華経序品の最初に出てくる阿若憍陳如(あにゃきょうぢんにょ)もその一人ですし、のちに舎利弗がその端正な相貌を見て驚き、それが舎利弗入門のきっかけになった阿説示(あせつじ)もその一人です。縁というものの、なんという意味の深さでしょう。
題字 田岡正堂/絵 高松健太郎