人間釈尊(11)
立正佼成会会長 庭野日敬
ビンビサーラ王との出会い
見知らぬ若い修行者
王舎城は昼近くなっていました。
名君ビンビサーラ王は、いつものように城の外壁の望楼から人民たちの暮らしの様子を眺めていました。
と、托鉢を終えたらしい見知らぬ若い修行者がすぐ下の通りを静かに歩いています。スラリとした長身は姿勢が正しく、色白の顔は輝くように澄み、いかにも気品に満ちていました。
王は傍らの侍臣たちに尋ねました。
「おまえたち、あの修行者を知っているか」
「いいえ、見たこともない人です」
「ごらん。誠に美しく、気高く、清らかで、目を下に向けて歩いている。並の人ではない。かの人を追え。どこに住んでいるか突き止めて来い」
(目を下に向けている)のに気づいたのはさすがに炯眼(けいがん)で、当時のすぐれた修行者は、地を這う小さな虫を踏み殺すことがないように、常に前方の地面を見つめながら歩いていたのです。
いまどの仏像(如来像)を拝しても、やはり目を半眼にしてやや下を向いておられます。一切衆生をいとおしむ大慈悲のみ心がその半眼に表れているのを知るべきでしょう。
さて、家来たちはさっそく城を出て、修行者の跡を追います。修行者は相変わらず静かに歩を進めながら、王舎城の町を巡る五山の一つパンダヴァ山に登って行きます。そして、その中腹にある洞くつへ入って行くのでした。
城に帰った家来たちがその旨を報告しますと、王は、
「よし、わたしはあの人に会いに行く。すぐ馬車の用意をせよ」
と命じました。
重臣たちは――どこのだれともわからぬ若者に会うために、大王がわざわざお出かけになるとは――と意見しましたが、王は耳をかそうともしません。
聖なる約束が交わされた
王はパンダヴァ山のふもとで馬車を降り、険しい坂道を登ってくだんの洞くつに達しました。入り口近くに端座している若い修行者に丁寧にあいさつし、その身分を尋ねます。修行者は答えました。
「わたくしはカピラバスト国の太子であったゴータマと申します。思うところがあって出家した者です」
「そうでしたか、やっぱり……。少し話をしたいが、どうですか」
「結構です。どうぞお座りください」
二人はすぐ打ち解けてさまざまな話を交わしましたが、やがて王はこう切り出しました。
「あなたはまだ青春に富み、どんなことでもできる人だ。わたしはあなたに精鋭な軍隊と多くの財産を分けて上げましょう。そして二人でマガダ国をますます繁栄させようではないですか。あなたも、そうして大いに人生を楽しんではどうです」
修行者は即座に答えました。
「お志は有り難いが、お断りいたします。わたくしはもろもろの欲望には憂いがつきまとうことを見て、すべてを捨てて出家した身です。そして人間最高の境地を求めて励もうとしています。その修行をむしろ楽しんでいるのです」
王はあきらめざるを得ませんでした。
「わかりました。だが、あなたが最高の悟りを得られたならば、ぜひこの町へ来て教えを聞かせてください。ぜひとも……」
「はい。お約束しましょう」
王はなにか心が洗われたようになって山を下りて行きました。
後に劇的に展開されるビンビサーラ王と釈迦牟尼世尊の深い交わりは、この会見がそもそもの端緒だったのです。
題字 田岡正堂/絵 高松健太郎
立正佼成会会長 庭野日敬
ビンビサーラ王との出会い
見知らぬ若い修行者
王舎城は昼近くなっていました。
名君ビンビサーラ王は、いつものように城の外壁の望楼から人民たちの暮らしの様子を眺めていました。
と、托鉢を終えたらしい見知らぬ若い修行者がすぐ下の通りを静かに歩いています。スラリとした長身は姿勢が正しく、色白の顔は輝くように澄み、いかにも気品に満ちていました。
王は傍らの侍臣たちに尋ねました。
「おまえたち、あの修行者を知っているか」
「いいえ、見たこともない人です」
「ごらん。誠に美しく、気高く、清らかで、目を下に向けて歩いている。並の人ではない。かの人を追え。どこに住んでいるか突き止めて来い」
(目を下に向けている)のに気づいたのはさすがに炯眼(けいがん)で、当時のすぐれた修行者は、地を這う小さな虫を踏み殺すことがないように、常に前方の地面を見つめながら歩いていたのです。
いまどの仏像(如来像)を拝しても、やはり目を半眼にしてやや下を向いておられます。一切衆生をいとおしむ大慈悲のみ心がその半眼に表れているのを知るべきでしょう。
さて、家来たちはさっそく城を出て、修行者の跡を追います。修行者は相変わらず静かに歩を進めながら、王舎城の町を巡る五山の一つパンダヴァ山に登って行きます。そして、その中腹にある洞くつへ入って行くのでした。
城に帰った家来たちがその旨を報告しますと、王は、
「よし、わたしはあの人に会いに行く。すぐ馬車の用意をせよ」
と命じました。
重臣たちは――どこのだれともわからぬ若者に会うために、大王がわざわざお出かけになるとは――と意見しましたが、王は耳をかそうともしません。
聖なる約束が交わされた
王はパンダヴァ山のふもとで馬車を降り、険しい坂道を登ってくだんの洞くつに達しました。入り口近くに端座している若い修行者に丁寧にあいさつし、その身分を尋ねます。修行者は答えました。
「わたくしはカピラバスト国の太子であったゴータマと申します。思うところがあって出家した者です」
「そうでしたか、やっぱり……。少し話をしたいが、どうですか」
「結構です。どうぞお座りください」
二人はすぐ打ち解けてさまざまな話を交わしましたが、やがて王はこう切り出しました。
「あなたはまだ青春に富み、どんなことでもできる人だ。わたしはあなたに精鋭な軍隊と多くの財産を分けて上げましょう。そして二人でマガダ国をますます繁栄させようではないですか。あなたも、そうして大いに人生を楽しんではどうです」
修行者は即座に答えました。
「お志は有り難いが、お断りいたします。わたくしはもろもろの欲望には憂いがつきまとうことを見て、すべてを捨てて出家した身です。そして人間最高の境地を求めて励もうとしています。その修行をむしろ楽しんでいるのです」
王はあきらめざるを得ませんでした。
「わかりました。だが、あなたが最高の悟りを得られたならば、ぜひこの町へ来て教えを聞かせてください。ぜひとも……」
「はい。お約束しましょう」
王はなにか心が洗われたようになって山を下りて行きました。
後に劇的に展開されるビンビサーラ王と釈迦牟尼世尊の深い交わりは、この会見がそもそもの端緒だったのです。
題字 田岡正堂/絵 高松健太郎