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経典のことば(1)
立正佼成会会長 庭野日敬

この小児の布施した土をもってわが房を塗れ
(賢愚経 17)

土を布施しようとした子供

 ある朝、お釈迦さまはいつものように阿難を連れて舎衛城を托鉢していらっしゃいました。
 舎衛城といっても、インドでは外敵から守るために町全体が城壁に囲まれていて、その中には王宮もあれば、武士たちの館(やかた)もあれば、長者の邸(やしき)もあれば、さまざまの民家もあるのです。
 インドの町では朝がいちばん活気を呈します。米や粟や麦を平たいザルに入れて並べている商店、さかんに客を呼んでいる香辛料の店、野菜をてんびん棒でかついで売りに来た農婦、羊の群れを追って草原へ急ぐ少年など、たいへんなにぎわいです。
 その中を、お釈迦さまは静かにゆったりと歩いていらっしゃいます。それと知って、ていねいに手を合わせてごあいさつする者もあれば、そしらぬ顔で通り過ぎて行く者もあります。お釈迦さまは、どんな応対を受けようが、すこしも表情をお変えにならず、あいかわらずゆっくりと歩を進めていらっしゃいます。
 ところが、ある広場にさしかかりますと、三、四歳ぐらいの子供たちが泥遊びをしていました。土を集めて水でこね、宮殿のようなものをつくったり、倉のようなものをつくったりしていました。倉の中には、小さく丸めた土を盛っています。米や麦のつもりです。
 その中の一人が、お釈迦さまが来られるのを見ると、仲間たちに向かって、
 「あの沙門の方にこの米や麦を布施しようではないか」
 と言い出しました。仲間も、それがいい、それがいいと賛成しました。
 お釈迦さまが目の前に来られるとその子は、「どうか、この米と麦をお受けください」と、もみじのような手いっぱいに土団子を盛って差し出しました。お釈迦さまは、ニッコリとほほ笑みながら立ち止まられました。

恭しくお受けになった釈尊

 子供はたいへん小さく、お釈迦さまは人一倍長身のお方でしたので、手が届きません。子供は仲間の一人に、肩車をさせてくれといい、肩の上に乗りました。それでも、まだお釈迦さまのおなかのあたりの高さしかありません。
 お釈迦さまは、身をかがめ、頭を低くして、恭しくその土団子を鉄鉢にお受けになりました。そして、それを阿難にお渡しになり、こうおっしゃいました。
 「この土でわたしの房を塗りなさい」
 祇園精舎に帰られますと、阿難はおいいつけどおり、お釈迦さまの部屋の一隅にその土を塗りました。ほんの少しの土ですから、ひとところを汚しただけですぐなくなりました。阿難が衣服をあらためて仏さまの前に進み、
 「かえってお部屋の一隅を汚しただけでございます」と報告いたしますと、お釈迦さまは、
 「それでいい。それでいい。あの子供が歓喜して施した土は、何よりも尊い布施なのである」とおおせられました。
 わたしは賢愚経のここのくだりを読んだとき、思わず涙ぐんでしまいました。お釈迦さまはなんというお優しい方であろうか。小さな子供も人間としてひとしなみにごらんになる、なんという心の広い方であろうか。ひとの心情に対してなんという理解の深い方であろうか……と。
 そして、布施というものの真実の意味をも、つくづくと思い知らされたのでありました。
題字と絵 難波淳郎

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