人間釈尊(42)
立正佼成会会長 庭野日敬
死刑となる五百人を助命
罪人の悲泣を耳にされて
そのころ舎衛国と毘舎離(ヴァイシャーリー)国とは仲が悪く、毘舎離の野盗どもがしばしば群れをなして舎衛国の村落を掠奪したり、破壊したりしていました。
たまりかねた舎衛国の役人たちが大挙して野盗狩りをし、五百人もの盗賊を捕らえて帰りました。町の広場に一同を引き据え、一斉に処刑することにしました。
さすがの荒くれ者どもも、いよいよ首を斬られるとなると、恐怖のあまり声をあげて泣き叫びました。
「死にたくない。助けてくれ……」
「もう悪いことはしません。命だけは……」
その慟哭(どうこく)の声はお釈迦さまの耳にも達しました。
「比丘たちよ。大勢の泣き叫ぶ声がするが、どうしたことなのか」
「世尊。五百人もの盗賊どもが、王の命令で処刑されようとしているのです」
「そうか……」
世尊はしばらく考えておられましたが、傍らに控えていた阿難におっしゃいました。
「すぐ王宮に行っておくれ。そして国王に、わたしがこう言ったと伝えなさい。『あなたは国の王です。民をいつくしむことはわが子のごとくでなければならないのに、なぜ一時に五百人もの人間を殺すのですか』と、そう聞いてきなさい」
阿難が王の所へ行って、その通りを伝えますと、王は、
「尊者よ。そんなことはわたしも心得ております。しかし、この賊どもはたびたび村々を襲っては家を打ち壊し、財産を掠奪して始末におえません。もし世尊が、この者どもが二度と盗賊をはたらかないようにしてくださるなら、釈放してやってもよろしいでしょう」
と答えました。
阿難が王の言葉を世尊に申し上げますと、こう言いつけられました。
「もう一度王の所へ行ってわたしがこう言ったと伝えなさい。『王よ、無条件に釈放されるがよろしい。わたしが二度と悪事をしないようにはからいましょう』と、そう言いなさい」
阿難の機転のはたらき
ところが阿難は、機転をはたらかせて、王の所へは行かず刑場に直行し、刑吏に「この罪人どもは仏陀がお救いになったのだから、殺してはなりませんぞ」と釘を刺してから、罪人どもに尋ねました。
「おまえたちは出家する気があるか、どうか」
賊どもは、
「いたします。いたします。わたくしどもが早く出家していたら、悪いこともせず、こんな恐ろしい目に遭わずにすんだでしょう。どうぞ出家させてください」
と哀願します。
「よろしい。そのように取りはからってあげよう」
そう言いおいて阿難は王の所へ行き、初めて世尊のお言葉を伝えました。王はすぐ役人たちに、「五百人の命だけは助けてやろう。しかし、まだ縄を解いてはならぬ。そのまま世尊のもとへ連れて行けば、仏陀が彼らを放たれるであろう」と命じました。
罪人どもが刑吏に連れられて行くと、世尊は路地に座って待っておられました。そのお姿を見るやいなや、戒めの縄はひとりで解けてしまったのでした(と『摩訶僧祇律』第十九巻は伝えています)。
そこで世尊がこんこんと法を説き聞かせられたところ、みんなが本心を取り戻して出家し、清らかな生活に入ったと言います。
お釈迦さまの、罪を憎んで人を憎まぬ大慈悲心と、阿難の頭の良さの一端をうかがうことのできる一挿話であります。
題字 田岡正堂/絵 高松健太郎
立正佼成会会長 庭野日敬
死刑となる五百人を助命
罪人の悲泣を耳にされて
そのころ舎衛国と毘舎離(ヴァイシャーリー)国とは仲が悪く、毘舎離の野盗どもがしばしば群れをなして舎衛国の村落を掠奪したり、破壊したりしていました。
たまりかねた舎衛国の役人たちが大挙して野盗狩りをし、五百人もの盗賊を捕らえて帰りました。町の広場に一同を引き据え、一斉に処刑することにしました。
さすがの荒くれ者どもも、いよいよ首を斬られるとなると、恐怖のあまり声をあげて泣き叫びました。
「死にたくない。助けてくれ……」
「もう悪いことはしません。命だけは……」
その慟哭(どうこく)の声はお釈迦さまの耳にも達しました。
「比丘たちよ。大勢の泣き叫ぶ声がするが、どうしたことなのか」
「世尊。五百人もの盗賊どもが、王の命令で処刑されようとしているのです」
「そうか……」
世尊はしばらく考えておられましたが、傍らに控えていた阿難におっしゃいました。
「すぐ王宮に行っておくれ。そして国王に、わたしがこう言ったと伝えなさい。『あなたは国の王です。民をいつくしむことはわが子のごとくでなければならないのに、なぜ一時に五百人もの人間を殺すのですか』と、そう聞いてきなさい」
阿難が王の所へ行って、その通りを伝えますと、王は、
「尊者よ。そんなことはわたしも心得ております。しかし、この賊どもはたびたび村々を襲っては家を打ち壊し、財産を掠奪して始末におえません。もし世尊が、この者どもが二度と盗賊をはたらかないようにしてくださるなら、釈放してやってもよろしいでしょう」
と答えました。
阿難が王の言葉を世尊に申し上げますと、こう言いつけられました。
「もう一度王の所へ行ってわたしがこう言ったと伝えなさい。『王よ、無条件に釈放されるがよろしい。わたしが二度と悪事をしないようにはからいましょう』と、そう言いなさい」
阿難の機転のはたらき
ところが阿難は、機転をはたらかせて、王の所へは行かず刑場に直行し、刑吏に「この罪人どもは仏陀がお救いになったのだから、殺してはなりませんぞ」と釘を刺してから、罪人どもに尋ねました。
「おまえたちは出家する気があるか、どうか」
賊どもは、
「いたします。いたします。わたくしどもが早く出家していたら、悪いこともせず、こんな恐ろしい目に遭わずにすんだでしょう。どうぞ出家させてください」
と哀願します。
「よろしい。そのように取りはからってあげよう」
そう言いおいて阿難は王の所へ行き、初めて世尊のお言葉を伝えました。王はすぐ役人たちに、「五百人の命だけは助けてやろう。しかし、まだ縄を解いてはならぬ。そのまま世尊のもとへ連れて行けば、仏陀が彼らを放たれるであろう」と命じました。
罪人どもが刑吏に連れられて行くと、世尊は路地に座って待っておられました。そのお姿を見るやいなや、戒めの縄はひとりで解けてしまったのでした(と『摩訶僧祇律』第十九巻は伝えています)。
そこで世尊がこんこんと法を説き聞かせられたところ、みんなが本心を取り戻して出家し、清らかな生活に入ったと言います。
お釈迦さまの、罪を憎んで人を憎まぬ大慈悲心と、阿難の頭の良さの一端をうかがうことのできる一挿話であります。
題字 田岡正堂/絵 高松健太郎