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開祖 (19571005A) 故恩師妙佼先生追悼説法会
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開祖 (19571005A) 故恩師妙佼先生追悼説法会
1
...法話コード=開祖-1957-10-05-A 先生名=庭野日敬開祖 行事名=故恩師妙佼先生追悼説法会 日 時=1957(昭和32)年10月5日 録音分=31分 場 所=第二修養道場 出席者=庭野日敬会長(葬儀委員長)、長沼理事長(遺族代表) 会員約5万人 掲 載=『交成新聞』1957(昭和32)年10月15日号1面 見出等 「恩師妙佼先生追悼会」 ...
開祖 (19571005A) 故恩師妙佼先生追悼説法会
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...○司会 ただいまは、遺族を代表していただきまして、長沼理事長さんのごあいさつをちょうだい致しました。 それでは次に、葬儀委員長としての会長先生より、ごあいさつを賜りたいと思います。(一同 拍手) 会長先生より、ごあいさつをちょうだい致します。(一同 拍手) ○庭野会長(咳払い) え、この度の妙佼先生ご遷化に対しましては、先ほど来、副委員長の柴田先生からご報告がありましたようの経路をたどりまして、(咳払い)支部長さんはじめ幹部諸氏の絶大なるご協力によりまして、滞りなく葬儀は立派に終了致しました。本日まで(咳払い)26日を数えました。なお、ただいま理事長さんからもお話がありましたように、支部長さん方によりまして、毎日お山におきまして、ご給仕をさせていただいております。 先生の思い出は、もう語れば、どこまでいっても果てしがないのであります。なお、岩船さんからも、そういうようなことがいわれましたが、先生を失いまして、まだ、20数日たちますけれども、頭の中はすっかりと整理ができませんで、先生の思い出は皆さんの前になんとか綴って、せいとうい(正当位)にお話をしなければならない、思いつつもそのことがまとまらないのでありまして、ただ漠然とこの5日のご命日に追悼会をやる、その時ごあいさつをしなければならない。こういうようなことで本日まで、日(ひ)を過ごしてまいりましたような次第でございます。皆さん方の追悼の言葉を伺っているうちに、次から次へとあれもそうであったな、そういうこともあったなと、そう思い出しておったような次第でございます。第七(だいなな)支部長さんが、会の創立当時、一緒に歩くというと、体格が違うので、わたしのあとからとぼとぼと歩くのに、駆け足のようにして一緒に歩いたと、この言葉をひとつ聞きましても、全くそうであった。しかも、先生はわたしよりお年が17(じゅうしち)も上である。現在のわたしは、ちょうど先生が交成会が始まって3年目ぐらいの時期の年である。しかるに、どこへ行くのにもいろいろ皆さん方の真心によりまして、本当に下駄を履いてとぼとぼと歩くというようなことなく、車に乗って歩かしていただいている。しかも、体格も先生よりもこれだけ大きな体格に恵まれている、こういう、るるの条件を考えましても、いかに、体をすり減らすような修行をされたか、全く無理の修行を重ねて、させてしまった。非常に求道の友として、善知識として、本当にいい師匠であり、友でありましたが、それに任せて、自分の体の血気に任せて、次から次へと無理を重ねさせてしまった。 こういうことを考えますときに、もう感慨無量でございます。...
開祖 (19571005A) 故恩師妙佼先生追悼説法会
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...いつもほうぼうを歩きますのに、よくあんたは手を振りますね。とそんな悪口をいったのであります。先生は本当に真剣で歩くのですから、どうしても歩くのに勢いこの手をこう振らなければ続いて歩けないから、一生懸命で足だけでは歩けないので手を一生懸命使って歩いたんでありましょう。そうして毎日のように、信者のところを、少し遠いところは自転車に乗っけて、さらにもっと遠いところでは、現在のようでなくいろいろ乗り物は不都合でありまして、沼袋まで乗りまして、第八支部のほうへまいりますときには、電車に乗ったもんでございます。または、(咳払い)野方方面のあの辺には、ほとんど歩いていつも出かけたのであります。そうして、夜遅くまで、あちらこちらと、その信者のために、あそこに行かなくちゃ、ここに頼まれているということで夢中になって、わたしどもは交成会の創立当時を思いますと、大きな会をつくろうとか、人に認めてもらおうとか、そういう考えは毛頭ございません。ただただ自分にまつわるところの因縁に、そうした不運不幸な方とそうした縁を結ばれまして、一人でも多くの人が早く幸せになっていただきたいと、それよりほかに何も考えませんで、映画を一度観に行くでなし、芝居に行くでなし、もう22年前にお導きをさせていただきましてからというものは、毎日(まいじつ)のようにご法のことよりほかになんにも考えないで、一意専心、もうそのことだけに、一切を投じられたわけでございます。 いたって、のんびりしておりますので、先生のようにのんきでは困ります。そんなにのんきなことをいってはおられませんというので、常にむち打っていただいたのでありますが、それにもかかわらず、おいでになるうちはついわがままをいったり、よく先生が、人間の皮をかぶっているうちは、なかなか人間は正しいことができないんだ。全く真のサンゲに徹しられて一代でございました。確かに人間の皮をかぶっているあいだは、(咳払い)いろいろの感情あり、欲あり、いろいろの周囲の環境あり、その支配を全然受けないということはこれは不可能でございましょう。これをはっきりと、先生はつかまえての言葉であったんでありましょう。人間の皮をかぶっているうちはなかなか正しいことはできないんだといわれました。その先生が、いま、不滅の道(みち)に入られまして、いよいよ先生にはもう、そういう一切の業障というもの、一切の障りのない、本当の無垢清浄の魂になられまして、常に皆さんが道場の輪のなかで語られておりますところの陰の守護の役に回られたわけでございます。その後(ご)のいろいろの出来事を見ましても、いかに陰の守護の甚大であるかということを如実に現わしていると思うんであります。...
開祖 (19571005A) 故恩師妙佼先生追悼説法会
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...こういうことは最近のはやりだという、ただ自分の慰みだといわれればそれだけでありますが、例えて申し上げてみまするならば、(咳払い)過日も(咳払い)東京都の選抜チームとして野球が、野球チームが東京都で8チームの中に選ばれて、選抜野球大会に、駒沢大学の、あのグランドに行きまして、やったのでありますが、実際にそのチームの力としてはお互いに同等のように皆さんが非常に練磨を積みまして、軟式野球としてはほとんど現在ではこの8チームとも五分五分でございます。 ところがその試合が、いずれも最後の九回の裏にいって初めて、最後のサヨナラの1点を入れるとか、または10回戦によって、人事を尽くして最後のご守護をいただくとか、これは準決勝も決勝も2回ともそういう刹那にいきまして、もう人間同士の、チーム同士の力は全然差のないところを、交成チームにその凱旋をいただいたというあの状態も、先生は一切の貯金を全部下げられたときに「野球部員はどうしているだろう」わたしがそばに行きますといいましたら、非常にあのスポーツは骨の折れるスポーツで、体でもって、ちょうど法華経と同じように、皆さんが本当に異体同心となって9人のチームが、チーム・ワークがとれて、心の疎通が本当に一糸乱れぬところのチーム・ワークができて、初めてその成果が上がるんだ、そのために非常に皆さんは重労働以上のあれは過激の労働でございます、いう話をしましたら、そうだ、会長先生と岡野さんが好きだから、それじゃ、これをもってって選手にあげて下さい、いってお金を十万円下さいました。さっそく岡野さんを呼びまして、これを野球部員に伝達したわけでございます。 そういうようなことが、ことし、わたくしどもは悲しみのなかに、先生を失って本当に悲しんでるなかに、それほど交成チームが特別の選手をほうぼうから引いたわけでもなく、成り行きにまかして、皆さんの精進にまかして、皆さんのチーム・ワークによってこういう成果が現われる、いうことも、やはりこれは目に見えないところの陰の守護があればこそ、そういう成果があるんである。また、ほうぼうの、こんどの大会におきましても、名古屋におきまして、雨に降られれば、雨が降ったことによりまして、お百姓さんが、だいぶ忙しいのに、雨のために悠々とお話を聞きに来られたというので、あの有名な体育館が、もう、立錐の余地もないほどたくさんの方がお集まりになって、その説法会を聞くことができた。いろいろなことを思い合わしてみますると、本当に生前中、いっときも、ご飯を食べながらもご法の話以外の話はちっともしない人で、ですから普通の方でありますというと、どうも面白くもない、明けても暮れてもご法の話だと、こういうようにいわれた方もあるのであります。...
開祖 (19571005A) 故恩師妙佼先生追悼説法会
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...人がなんといおうと、ひとたびこの法華経の菩薩修行に入られましてからというものは、22年間のあいだ、病の床の中にあっても、ひたすらに人さまのお幸せになること、いかにしたら皆さんが幸福になるか、どうしたら世の中が救えるかということより、何もほかのことは考えておらなかったのでございます。こういう先生が、何回か皆さんにもこういうことを、そばにおる方々には申し上げたのでありますが、わたくしは非常に体も恵まれておりますし、割合と生まれた環境が両親も19歳までおりまして恵まれておりました。そして、いろいろの角度から自分は非常に人さまに奉仕的の気持ちをおじいさんに教えられて、自分で考えておった関係か、奉公にいっても、兵隊にいっても、小言をいわれたことがない、こういうようなうぬぼれた自分は考えをもっていた。 陰ひなたなく稼いで、他人さまに、良心に恥じないような行ないさえしてれば、主人といえども、又、軍隊のあの、軍規の中においても、人さまに決していろいろなことをいわれる必要はないんだ。わたしの通ってきた人生というものは、真心で、自分がまじめにやっていれば、何も小言をいわれる必要はない、こういうようにうぬぼれた、わたしは考えをもっている人間でございます。いろいろのご法に、信仰上あっちこっちと行きましたが、どこの先生に行きましても、ほめてはいただきますが、叱られたことはなかったのであります。 ところが、交成会になりまして、一生懸命に火花を散らしてふたりで、いろいろ皆さんをお導きをする、そのなかに、いろいろな角度からわたしの欠点をいって下さる方は、妙佼先生以外にないのであります。箸の上げ下ろしにいろいろの小言をいわれ、いわれることに一理あるなというふうに有り難く感じて、受けているときもありますが、時によるというと、わたしは親にも小言を言われたことがない人間だ、あんたばかりはよくそう小言をいいますねときには、いろいろの信仰者として恨んではいけない、憎んではいけない、憤って(いきどおって)はいけないとか、いろいろのことをいいますので先生は、悔しくなければ、小言はいえないのだよ、悔しくしていただいて、小言いわしてもらうのだというようなことまでいって、いろいろ鞭撻してくだったのでございます。 そうして一代あれほど小言を、箸の上げ下ろしまいっていただいた方が、なんと最後に何をおっしゃるかと、思いますと、かつて交成会の顧問でいらっしゃいますところの、波木井さんが、波木井さんのお母さんが、非常に波木井さんに小言をいったそうでございます。36歳になっても、何かちょっと返答致しますというと、たたみこまれて、お座りなさいといって小言をいわれたということを聞かされております。...
開祖 (19571005A) 故恩師妙佼先生追悼説法会
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...そのお母さんが、最後に、遺言の中に、遺言状の中に、亡くなったら、岩田上人に大導師として引導を渡していただきたいということを書いてあったそうでございます。それと同じように、これほど小言をいってくだすった方が、亡くなる15日ぐらい前ですか、気分のいい時にいろいろの想い出話をしておるうちに、わたしは、本当に人間の皮をかぶっているものというものは、ことごとく信じられないものばかりだと、本当に信じられるものというものは、世の中にいないと思っておった。しかし、会長先生だけは信じましたね、先生の言葉をわたしは信じて、22年寿命を増益しました。こういうことをほっといわれましたので、びっくりとしたのでございます。こんなに小言をいって、わたしのことをいろいろおっしゃってくださった方が、そんなに信じておっくださったのかと、不思議に思ったのであります。ま、いろいろな話を、その日は気分がよくてされたのでありますが、そのころから、もっとも本当によく岩船さんが、かゆいところに手の届くように、夜、休んでおりましても、ちょっと咳をひとつしても、すぐに起きて、おなかを押さえるというように、岩船さんは、全然毎晩眠らないのじゃないか。 右と左に、両側にわたしと岩船さんと休ましていただいておりましたんですが、いつ咳をしても、わたしが、早く押さえてあげようと思って目を覚まして、ひょっと起きるうちに、もう岩船さんがちゃんと咳を始めると、おなかを押さえている。こういうふうにやっていただきましたので先生が、岩船さんには本当に世話になった。本当に有り難い、これをくれぐれもいっておりました。 また、次にいわれることは、交成会が、今日(こんにち)こうして会長先生を自分のそばに看病にいていただいて、三月(みつき)も四月(よつき)もこうして会のことをちっともかまわないで、わたしのことにかまけていただいているんだと、しかし会は、ちっとも心配なく、すくすくとこうして育っておることは、幹部さん方のご努力なんだよ。、本当に幹部さん方には頭が下がるといって、皆さんに対して心から感謝をされておりました。ともども本当にその通りで、幹部さんあればこそ、こうして毎日、わたしどもはそのお役として、先生のそばで看病さしていただけるんだと、いうことを語りあったのでございます。 しかし、だんだんと食べものも細くなってまいりますし、いろいろの角度から、いよいよ不吉を感ずるようの思いが、1週間、10日(とおか)ほど前からしたのでございます。しかし、最後になればなるほど先生は非常に朗らかになりまして、それまでは多少足がかったるいとか、あそこが痛いとかいうこともありまして、夜でも、少しもんでくれとか、さすってくれとかいうことがあったのが、亡くなる10日(とおか)くらい前から、もうあんた方もたいへんだからというので、咳でもして目が覚めて起きますと、もう咳が定まるというと、ほっておきなさい、ほっておきなさいほっておきなさいと自分で、笑いながら、それじゃほっておきましょうというようなことで、合言葉で、一緒に岩船さんと両方に寝かしていただいたわけであります。...
開祖 (19571005A) 故恩師妙佼先生追悼説法会
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...そういうよう、全く病人のそばにいるようでなく、むしろわたしどもを喜ばしてくれるような言葉をはかれて、ちっとも苦痛というような顔をされないで、10日(とおか)ほどのあいだは、誠に愉快な状態であったのであります。 最後は、先ほど第一支部長さんがなされましたように、8日(ようか)の夕方だけは、いつも夕方、第一支部長さんと理事長さんが、本部のほうがすっかり終りますというとおいでになる。そうすると、もう早く帰りなさい、うちへ早くお帰りなさいといって、追い返すようにいつもいった。ところがその日に限って、理事長さんが階段の下りるところにまいりますというと、もうお前帰るのか。いや、帰るわけじゃありませんが、いまこの戸をはずしたのでございます。ま、わたしがそういいますと「そうか」といいますから、わたしが目で合図をしますと、理事長さんは帰ってこられる。そうすると、先ほど第一支部長さんもおっしゃったように「少し、他人さんにこんなに世話になっているのだから、あんたは少し代わりなさい」ということをいわれまして、わたしにお風呂に行ってきてくれといいますので、わたしはお風呂へ、お風呂をいただきに下に下りたのでございます。 お風呂場に行ってほんの5分もたたないうちに理事長さんがおいでになったから、「どうしました」と聞きましたら、「もうとてもよく休まれました」。こういうことで、「そうですか、それはよかったですね」いうのでわたしも安心を致しまして、お風呂をいただいて2階に上がって見ますると、本当によく休みまして、いつもにない非常に呼吸も楽で、すやすやお休みになっているので、安心して、その晩は、ひと晩中ちっとも起こされないで、3時ごろ1度目を覚まして見たのですが、相変らずいい気持ちで、高いびきで寝てられますので、そのまま朝まで休みました。朝になって、病院の主治医さんをお迎えするまでは、本当に熟睡しているものとばかり考えておりました。主治医さんをお呼びしますというと、岩淵先生が非常に丹念に診察をされますので、どういうわけかと聞きますと「ちょっと様子がおかしいです」ということで「どういうわけですか」と、「こんなによく休んでいるのに」「これはただではありません」ということで慌てたのでございます。 そういうように全く、病気をされてもすべてのことを、全部自分がなすべきことをされて、そして、しかも残されたものは全部、「会長先生と岩船さんで、皆さんのおかげでこんなにわたしは幸せにしてもらったのだから、残った品物は、全部支部長さんや皆さんに分けてやってください」ということを頼まれまして、えー、「理事長さんもみんな知っているんだから、いいやなあ、先生と岩船さんにもう、みな、すっかりお願いしておくから」というようなことを20日(はつか)ほど前いわれた。...
開祖 (19571005A) 故恩師妙佼先生追悼説法会
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...その後、亡くなる2、3日前になって、またさらに、一切のことを全部お願いしますというようなことをいわれますので、なんだかどうも変だと思っておりましたところが、やっぱり先生は、自分ではもう時期が来てるということをおわかりになったんでしょう。わたしどもの目から見ますると、よく休んだとか、食べものを毎日、普通1日3度ずつ、3度の食事を、間違いなく食べていただける、こういうことで安心しておりましても、自分ではもういろいろのこと、「もう、ただではないよ」というようなことを前、前の日にいわれました。前の日は、お医者さんを呼んでくれということを四度(よたび)いわれました。しかし、外見から見ていますというと変わりがないようなので、わたしどもには、どこがどの程度苦しいのかわからなかったのでありますが、先生には、相当9日(ここのか)の日は苦しかったんだろうと、いまになって想像するのでありますが。 そういう経過をたどりまして、まったく久遠のかなたへ、眠るがごとく大往生されて、滅せられたのでございます。 その後(ご)、(咳払い)全国の会員の皆さん、または幹部の皆さま方が、おのおのがそのお役お役を全うされまして、立派のこんな葬儀もしていただき、さらに亡くなられてその後(ご)、ずっと切らさず、毎日支部長さんが五、六人(ご、ろくにん)ずつ交代に毎日夜も徹夜でお給仕をしていただき、皆さんの真心からなるあの告別式、いろいろのことを思い合わせて見ますると、どんなにか故人は満足されて、皆さま方に心から合掌していられると思います。 またわたしどもの、一生懸命、今後正しいご法をお伝えするというこのお誓いに対して、先生は、陰から、いままで以上に大きな力をもって、わたしども守護してくださることをわたしは信じて疑いません。一代を法華経に捧げられまして、色心二法を本当に行じられましたところの立派の大導師を、あの偉大なる宗教家を失いましたことは、わたしどもとして誠に、返す返すも惜しいことでございますけれども、これは生者必滅、会者定離の約束でございまして、なんとも致し方ございません。 お釈迦さまがご入滅の前に、大導師を失ったあと、どうしたらよろしいでしょうか、という質問をされたところが、お釈迦さまは、だれを中心に法をいきましょうかという質問に対して、だれもいらない。自分を灯明として行けよ。法をともしびとして行けよ。自灯明と法灯明ということを教えられたのでございます。宗教は、お互いに縁によりましてお導きを受けて、むちを打たれて、お互いが手をとられて最初は出発致しますのですが、人さまの、人さまを媒介致しまして、いろいろの教団の組織とか、または熱心の信者とかいう方の媒介によりまして、信仰に導かれて、そしていろいろな方便をもちましてお導きをいただくのでございますが、最後へいきますというと、一切のことはやはり自分でありまして、自分をともしび、自分が間違ったことをしておって、どんなに仏さまや神さまにお願いしても、ご利益は出ません。...
開祖 (19571005A) 故恩師妙佼先生追悼説法会
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...自分そのものの行動が、皆さま方に亡くなられた後(のち)までも慕われるような人にもなり、または25万の方々から、本当に惜しまれた告別式にお送りもしていただけるということも、これは本当に自分そのものが、立派にご法をともしびとして、ご法のとおりの行ないをしたことによりまして、初めてそういう成果があるのでございます。 わたくしども仏教徒と致しまして、おのおのが、仏心を持ちましたところの、最初はお導きをしたとか、されたとかいうことは、縁はそれにありますけれども、終局におきましては、自分自体が本当に正しい、仏さまとおんなし気持ちになって、同じ理想をもちまして、同じ立場に立たれまして、世の中のために、社会のために、宇宙のために、世界人類のためにわたくしどもは働かなければならない。そういうご法が、すなわちわたくしどもの日々(にちにち)、所依の経典としておりますところの法華経の経典でございます。その経典、ご法のとおりにわたくしどもが精進することによりまして、ご法をともしびとしていくことによりまして、わたくしどもは2陣3陣と妙佼先生と同じような人格を完成して、そして大往生を遂げて、人間としての生きがいを感ずることができるのだと、わたくしは信じておるのでございます。 どうか仏教の本質をわたくしどもは考えまして、お釈迦さまは最初にお悟りを開きましてお説きになりました最初に、四諦の法輪を説かれて「生老病死を説き、涅槃を究竟せしめ、辟支仏を求めるものには、十二因縁の法を説き、諸々の菩薩のためには阿耨多羅三藐三菩提を説いた」ということでございます。 その涅槃にいうところの大法(たいほう)というものは、やはり自分が本当に仏教の教義に則りまして、戒定慧の三学を行じまして、六度の教えをわたくしどもが忠実に実行しまして、菩薩道を行ずることによりまして、一人ひとりが仏さまに近くなり、仏さまに近い人格をわたくしどもが完成をしまして、一代の修行としなくちゃならないのであります。 どうかこの際に、先生をお慕いする気持ちを、本当にご法に一切を捧げて、先生と同様の生活をすることを、ここに大本尊の前にともどもにお誓いを致しまして、今後の精進に拍車をかけることをお願い致しまして、本日のごあいさつに代える次第でございます。 ありがとうございました。(一同 拍手) ○司会 ただいまは、会長先生より、ごあいさつを賜りました。 それでは、お題目を三唱させていただきます。...
開祖 (19760528A) シュバイツア賞受賞式
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開祖 (19760528A) シュバイツア賞受賞式
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...法話コード=開祖-1976-05-28-A 先生名=庭野日敬開祖 行事名=第1回ユニクェスト・シュバイツァ賞受賞式 日 時=1976(昭和51)年5月28日 録音分=18分 場 所=大聖堂 出席者= 掲 載=『』 見出等 ...
開祖 (19760528A) シュバイツア賞受賞式
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...○司会 どうもありがとうございました。それではここできょう、ユニクェスト・シュバイツァー賞をお受けになりました会長先生から、ごあいさつをいただきたいと存じます。(一同 拍手) ○庭野会長 (一同 拍手)えー、(咳払い)本日は、えー、わたくしどもの教団のご命日、しかも八幡大菩薩さまのご命日のよき日に、えー、どういう関係か、えー、想像もされなかった、シュバイツァー賞の第1回の、この受賞の光栄に浴しまして、えー、どのように、この、表現してお礼を申し上げたらよろしいか、迷っておるような次第でございます。 (咳払い)え、しかし、いま、あー、このシュバイツァ賞に対しての、おー、お言葉を、おー、ラバン氏から伺いますると、えー、わたくしども佼成会員の活動が、えー、皆さま方の目に映って、えー、特に、このIRFの、おー、方々のお目にとまって、えー、そして世界中に佼成会の、お、菩薩道という、この姿勢が、ちょうどこの、うー、シュバイツァ博士の生涯の活動、それによく精神が似ておるという、えー、自ら聖なる生活を送って、そしてまた、えー、自らこの、おー、望んで他人のために奉仕をする、こういう心の姿勢でございます。これはまさに、えー、法華経の中の、「四無量心」というのがあります。慈悲、喜捨という言葉がございます。えー、方等経は慈悲が主なりといわれておりまするが、その慈悲、そして、え、他人に奉仕をすることを非常の喜びとする、この慈悲、喜捨、この四無量心の、おー、修行というものが、物語っておると思うのであります。え、そういう意味で、わたくしはこの受賞は、決してわたくしにもらったものでなくて、え、仏さまのみ教えを、自分が体験をしたことを人さまに伝え、そしてまた、その伝えられた信者の皆さまが、本当に仏さまのお説きになった理想のごとく行動をされる。そういうところが世界中の宗教者のお目にとまったということでありまして、これは決してわたくしの努力ではないのであります。会員皆さまの、菩薩道実践が、本日のこの光栄に浴したのであります。えー、よく、この、うー、人が組織をつくり、組織がまた人をつくるといわれます。えー、そういうことを考えますると、わたくしどものこの、あー、会員だけではなくて、この光栄に浴すことのできた、え、ひとつのきっかけというものを考えますると、例えば新宗連という連合体のできる、その産婆役をしてくだすったのは、新宗連、えー、この専務理事の大石秀典(おおいししゅうてん)先生が、これは日本中の新しい宗教を、宗教の目的というものは一つなので、説き方や多少の修行の方法違うけれども、それはやはり世界の平和、人類の福祉ということにあるんであろうと。...
開祖 (19760528A) シュバイツア賞受賞式
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...そこであなたとおなし考えの人があちらにもこちらにも、相当の教団の指導者である方がいらっしゃる。その方と一度会ってみないかということから、始まって新宗連の、おー、結成ができたわけであります。それはいまより25年前であります。で、そういう結成ができますると同時に、これまた国際的の問題というなかにわたくしをお導きいただきましたのは、え、IRFの、お、日本の代表でずーっと長いことご苦労願いました今岡信一良(いまおかしんいちろう)先生であります。で、先生に、新宗連ができたことによってお目にかかる機会があった。そしてこの世界宗教協力協議会というものをつくったことがございます。で、そういう関係から、えー、今度は、次の日米宗教者の会議というのを、えー、これはシュバイツァさんと違う、インドのガンジー翁が生誕100年ということを、お祝いを、そのお祝いを、お祝いをするのでなくて、えー、近代の聖者として、このガンジー翁ほど平和に徹した、非暴力で素晴らしい人はいない。え、こういう意味で100年祭を記念して、世界の宗教者が心を一つにした会議を持ちたいと。こういう問題を、うー、日本に持ってアメリカの方々がいらっしたのであります。で、そのだいたいおおかたの方が、えー、ユニテリアンの方、いわゆるその、お、IRFの方々であったわけであります。で、そういう関係を結んでいただきましたのは、これは今岡先生のお導きによるものでありまして、で、そういう意味から、世界の場所でわたくしのようの者を認めていただけたというのは、これは一(いつ)に今岡先生の、お、お導きのたまもの、ということに相なるのであります。 えー、そういう意味で、きょうはまた、この受賞式に、いー、くしくも、このIRFの、お、日本においての会議で、えー、世界中から70人もの、来賓の先生方がおいでになって、えー、いま、この向こうのロイヤルボックスにお座りを願っておるわけでございます。(一同 拍手) えー、今度の会議は、特にこの、おー、事務総長でありまするところの、え、ギヤアマン博士、そして、えー、このIRFの副会長のヒューリッタマン博士、えー、をはじめ、70名の方々が、えー、これはもう国際的に非常に活躍をなすってる方々が、こうしてずっといらっしてるわけであります。えー、わたくしにこの受賞のなかのいちばんの問題は、IRFに協力をしたということ、そしてWCRPの、この、おー、まあ日本の、おー、代表として、え、発起人の一人で、あの70年の第1回、えー、そしてルーベンの第2回、そういうWCRPの、この活動というようなことが、あー、ちゃんと示されてあります。...
開祖 (19760528A) シュバイツア賞受賞式
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...そうしますると、これは日本の宗教界の皆さま方が、えー、わたくしのような者を推して、あのWCRPの大会を成功裏に導いていただきました、日本中の宗教家の皆さま方のご後援のたまものでもあるわけであります。 (一同 拍手)で、そういう意味で、本日はわたくし自身の受賞ではなく、日本の宗教界の受賞であり、また新宗連の受賞であり、佼成会の受賞でもあると、わたくしはそのように考えておるものでございます。(一同 拍手) で、そういう意味で、この今日(こんにち)のこの、お、光栄をここにもたらしました皆さま方に対し、え、衷心より厚くおん礼を申し上げる次第でございます。ありがとうございます。(一同 拍手) (咳払い)なお、本日はこの、お、受賞に当たりまして、わざわざ、この、おー、スペンサー、ラバン博士、または婦人代表のホーワ女史、え、それに、えー、カルジュン先生、このお三方(さんかた)が、わざわざこの、おー、受賞、わたくしにこれをお授けくださるために、え、おでましをいただきましたのでございます。このお三方(さんかた)に衷心より感謝を申し上げたいと思います。(一同 拍手) (咳払い)えー、(咳払い)わたくしどもの会員の綱領でありまするが、これもやはり、えー、自己のこの完成ということを目指して、えー、仏教による働きをする、というのであります。そして、え、自分の人格の完成を目指して、自己の練成をとおして、家庭、そして社会、そして国家、世界の平和境を建設することを期す、このように佼成会の綱領は結んであるのでありまして、えー、この綱領を実現をできるということは、(咳払い)いちばんのその中の、え、しん、このバックボーンになるものはといいますると、これは三宝帰依ということになります。えー、仏さまに帰依する。そしてお説きになられた法門に帰依する。そして最後に、僧に帰依す、であります。この三宝に帰依するというこのことは、言葉にわたくしは昨年、えー、カナダにおきまして会合のありましたときに、IRFの会合で、「万教同根」ということを申し上げたんであります。これは、法華経の中には一仏乗といわれております。えー、いろいろの宗教がたくさんある。それはインドのガンジス河の砂の数ほどある。そういうたくさんの教えがあるけれども、決して二つないのである。真の宗教というものは一つである。教えの根本は一つであると。こういうことをお釈迦さまが教えておられるのでありまして、わたくしどもはよりどころとする経典が法華経であります。その法華経の精神、さらにまた、シュバイツァ博士の、この、おー、論文の中に、えー、この生命の畏敬という問題がございました。...
開祖 (19760528A) シュバイツア賞受賞式
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...これはまさに如来寿量品にありますところの、人間の生命の尊厳ということであります。神さま、仏さまに、われわれはいのちをいただいて、生かされているということであります。ま、これは永遠にわれわれの生命はあるので、今世だけのものでないのであって、そこで今世の結果だけを追求しないで、永遠の大生命に向かってわたくしどもが正しい信仰をずーっと続ける、こういうことの重大さをいっておるのであります。 で、そしてもう一つ、「不言実行」という言葉が書いてございました。えー、不言実行、これは普賢菩薩という菩薩さまが法華経の中にはございますが、普賢菩薩さまのところは、本当に法華経行者の実行すべき項目をきちっと並べてあるわけであります。で、そういう意味で、法華経のこうした、思わぬ功徳、本日のこのシュバイツァ賞の受賞などは、本当に望みもしない大功徳が、こうしていただけるわけであります。えー、法華経の中には、わたくしは功徳がいっぱいある、功徳じゅうであるっということをいうのであります。まさに本日もその功徳でございます。 えー、シュバイツァ博士のことに対しましては、本日おいでいただきました3人の、おー、お先生方から、特別、これはもう、おー、言葉たくさん、素晴らしい言葉でシュバイツァ博士を表現されておりますので、わたくしの申し上げる、うー、ことも、お、無駄だと思います。えー、そういう意味で、わたくしどもの菩薩道というものが、このように世界的に認められたということは、これは三世諸仏の説法の儀式といわれて、お釈迦さまがお説きになっておられますが、その法華経の功徳、帰依三宝の功徳、その何ものでもないと、わたくしは思っております。 えー、どうぞ、そういう意味で、わたくしどもにこのような栄誉を本日ここまで、えー、わざわざお持ちをいただきまして、えー、わたくしにお授けくださいました、この、お、ご三方(さんかた)に衷心より感謝を申し上げまして、わたくしの、おー、ごあいさつにしたいと思います。 ありがとうございます。(一同 拍手)どうも失礼致しました。 ○司会 どうもありがとうございました。...