宗教は体験の世界
──入会即布教師の修行
先般、自由宗教連盟の方がおいでになった。そのときにそういうことを皆さんがね、佼成会はどうして三十八年ぐらいの間に四百五十万もの信者ができたのかと、その秘訣を教えてくれという、そういう話があったわけですね。ですから私は、その秘訣をそれでは申し上げましょうと。キリスト教の方では、不合理なるがゆえに信ずるという。どうも合理的な理論がないから信ずるんです。これは偉いですね。世界一の宗教になったからそういうことで事は運ぶわけです。ところがなかなか、全然不合理なものを信じろと言ってもこれは無理な話ですね。その無理がいま、ヨーロッパでもアメリカでも、どうも大学を出たようなりっぱな人が信じなくなって困ったというので、いま非常に苦労している。そういう人たちの質問ですから、中途半端なことを言っても仕方がない。そこで本当のことを言って聞かせなければ皆さんが信じませんよ。
そこで、佼成会の信者というのはきょう入会するともう布教師になっちゃうんだと。今年は特に全会員総手どりというので、入会して先祖を拝んで、こういうふうにしていればこういうふうになりますよと──こう言って聞かせるというと「はあっ、さようでございますか」きょう入会して、その結果、もう自分で心の中がすっとしたとか、順序次第がわかった人は、もうあしたは「あなたも入会しなさい。入会すれば救われますよ」というので、すぐにこれは布教師になっているわけなんです。
そういうふうに、自分が導いてみようと思って行くとですね、そんなこととは知らずに行ってお導きをしてみるというと、どういう悩みを持っているかと、自分のもと持っていた悩みとおんなじ悩みをちゃんと持っているんです。これは因縁によって導かれるんですから、そのお導きの親ごさんと子供というものはまことによく似ているんです。それこそうり二つなんだね。そこでなるほどと。こういうふうにもう体験をしてしまうと疑うなんていう余地がなくなってくる。宗教というのは理論だけではなくて体験の世界なんです。信じて、行じて、そしてそこに信・行によって証というものがあらわれる。信じて行じてみると証、結果があらわれる。
この結果を一つ自分が体験すると疑うことができなくなってまいります。そういう疑うことのできない仲間というのが佼成会の会員の姿なんですよ、ということをお話しをしましたら、わかったのか、わからないのか、目の色を変えていました。外人だから目の色が変わってるのね(笑い)。これはまあ冗談でありますが、目の色を変えるほど不思議なんですね、よそから見ると。不思議なんですけれども、これはもう皆さん、体験をした人には疑いなさいと言っても疑うことはできない。これは事実なんです。