chapter1 inner conflict

1938
1970

「どうして親子・夫婦がこんな暮らし方をしなければならないのか」

 

 庭野日鑛は3男3女の長男として生まれ、浩一(こういち)と名付けられた。小学1年の夏、戦禍を避け、母、姉弟と父・開祖の故郷菅沼(新潟県)に疎開。終戦後も菅沼に留まり東京で仏道修行を続ける父との別居生活は10年に及ぶ。帰京後も特殊な家族の形に浩一青年は父や佼成会、後継者に指名されたことへの葛藤を覚える。しかし、家族との触れ合いや恩師、周囲の支えを得て、公式行事への出席や大聖堂の式典で読経供養の導師を務めるなど、少しずつ青年宗教者としての道を歩んでいく。1967年に結婚、翌年には長女・光代(光祥次代会長)が誕生した。