新しく興ってくる西洋の思想は総合性をめざしているから、この新しい要求を満たす材料を仏教の真理の蔵から選び出すことを、むしろ希望するであろう。 C・ハンフレーズ・英国(仏教・原島進訳)
【機関紙誌】
才市やどんどこ、はたらくばかり。いまわ(は)あなたに、く(苦)をとられ、はたらくみこそ、なむあみだぶつ。 浅原才市・日本(妙好人浅原才市集)
この地上を全部牛の皮で覆うならば、自由にどこへでも跣足(はだし)で歩ける。が、それは不可能である。しかし自分の足に七寸の靴をはけば、世界中を皮で覆うたと同じことである。 河口慧海・日本(山田無文《手を合わせる》より)
【写真】
仏法は功を用ゆる処なし。ただ是れ平常(びょうじょう)無事なり。 臨済禅師・中国(臨済録)
畏れとは、人間を越えたもの、絶対者--神や仏--に対する畏怖心。一方、水、空気、光に対する畏敬の感情です。近代化はこの畏れをなくする方向に進んだ。ドイツの哲学者ニーチェによって、「神は死んだ」と言われたわけです。 東昇・日本…
過去に法華経の行者にてわたらせ給えるが、今、末法に船守の弥三郎と生れかわりて、日蓮をあわれみ給うか。 日蓮聖人・日本(船守御書)
人のかくす事をあからさまにいう。 おしはかりの事を真実になしていう。 いきもつきあわせず物いう。 このんでから言葉をつかう。 学者くさきはなし。 良寛禅師・日本(…