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開祖 (19631028A) 核兵器禁止宗教者平和使節団帰朝報告会
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...ところが戦争後(ご)、まだ傷は決して西ドイツも治っておりません。相当、戦争の罪の深さは深い。東ドイツはやっぱり、これはあのソ連のほうで、まあ、わたしどもにこの見学させる場所1時間ぐらい、バスで見学させるその場所、表通りだけはたいへんによく繕って、きれいにしてあります。ところが、ちょっとこう裏のほうを見ますというと、これはまた人間はだいたい数が少なくてどんどん西ドイツに逃げてこられるってことですから、復興するはずがないんですよね。ですから裏のほう見るというと、これはひどい。これはどっちもですね、けんか両成敗(「りょうさいばい」と発音)という言葉をよく聞いてるんでありますが、まったくもうけんかをしてはならない、戦争しちゃならないっていうことをですね、あのドイツの東西(ひがし、にし)両方あそこの本当のまあ一つの線を引いて、鉄条網の大きな輪をこしらったりいろいろしてその、たいへんのまあその、現在でも、ま、戦争状態といってもいいと思うんであります。ベルリンの町のこの広い町にわざわざですね、バスの通るだけにただ5寸ぐらいの余裕だけでもって行くように広いバスが5台ぐらい並んで行ける道にですね、コンクリでもって、ずーっとこの、何枚もコンクリの5寸ぐらいの厚みの板をこう、コンクリートをこう重ねていく。そして、通れないようにこう道をしてですね、広い道をせまーくして、その一口(ひとくち)からして入って、入るというと、全部、この、ビザを取って、検査をして、え、それだけならまだいいんですが、全部バスで、ま、観光のわれわれはみんな入るわけですが、バスに乗ったそのバスの下のですねトランクまで開けてみんな検査してですね、だれかここへへえってやしないかっていうわけで、ただ、それほど警戒をして、それでしかもその、案内をするガイドがみんな変わっちまうん。 運転手からガイドはもうとにかく東ドイツから西ドイツに変わる時には、バトンタッチをしてそして、向こうの見学は、向こうのコースで東ドイツのほうで案内してくれると。ま、こういう状態でありますから、まあこの、戦争は致しましたけれども日本(にほん)は、幸いにして、国は二つにならなかった、38度線っていうようのものなかったと。この東、西のあのベルリンのようの状態がなかったと、ま、こういうこともわたしどもに大きな恵みを与えてくだすった。 そりゃまあ日本(にほん)はそういう意味からいいますというと、戦争のつめ、もうほとんど治ってですね、どっからどこまで、まあ、いろいろの問題は非常に解決してる。どこを見ても戦争以前よりも非常に、ま、何回もわたしはもう全国布教で回っておりますけれども日本(にほん)の国は、非常にそういう点では恵まれている。...
開祖 (19631028A) 核兵器禁止宗教者平和使節団帰朝報告会
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...え、そしてまたその、先ほどの社会保障の問題というようの問題でありますが、お年寄りになってやっぱりわれわれは希望を持ってですね、孫の成長や、その自分の子どもさんの、孫さんをその成長させるその努力に、まあ、おじいちゃんおばあちゃんになっても協力してですね、自分の生きてるうちはやっぱりできるだけの協力を惜しまないと。で、しかもそういう暇があったらですね、ま、年寄りだけの場所じゃなくて現在若い人が最も必要なんでありますけれども、若くても年寄りも同じでありますけれども、そういう状態になってきてるんだから、いよいよわたしどもは、本当にこの宗教心を起こしてですね、かつては戦争前、戦争中などは、わたしどもが、この法座を開いているというと、当時のジャーナリストが来てですね、わたしにこういうことをいう記者があった。この忙しい戦争下にですね、なんでももう品物を作らなくちゃならん時に、顔を見るというとみんなお宅へ来てるの一家の主婦だと。年ごろもですね、確かにそうなんです。こういう人を集めているなんて国賊だということいわれた。ま、なるほど、一人でも多く軍事工場で働かなくちゃならないって時には、そういうことも、いう筋もあるかも知れません。ま、しかしそういうことをいわれながらも、わたしどもは真剣に、修行を積んできたわけであります。ま、そういう時にそういう修行した方々が、いま、皆支部長になっているわけですけれども。 ま、そういう、わたしどもは過去からしてのいろいろのことをこう考えた時に、もう少しですね、日本(にほん)国民はやっぱり、わたしどもこれから大いに声を大にして、国際的っていうことになると、決してその頑固だとか、排他的だとかですね、独善的だとかってんでなしに、日本(にほん)国民はもう少し日本(にほん)の国というものをどうするかという国の、国という単位がですね、国際的の場合には国っていう単位が非常に貴重なんだと。 こういうことを考えた時に、われわれがやっぱり安泰であり、日本(にほん)という国が本当に安泰で団結して、そして国が繁栄してるっていうことが、世界のいろいろの間違った国にそういうその、お、示唆を与え、そしてそういう方々を導いて、これから東南アジアあたりのこの、後進国をやっぱりこれから導くという場合にですね、どうしてもこの国の中でもってわれわれがその勝手のことをいって、まちまちのことをその、醸し出そうというようの考え方の人間がどうも、多すぎるようの気がするんですね。やっぱり日本(にほん)の国というやっぱり、国家なんていうことをいうとこれは、庭野会長まだ明治時代の人間だから、頭古いというか知らないけれど、やっぱり、わたしは愛国心、この国家を守るという国家をもっと繁栄させるという、この愛国心ですね。...
開祖 (19631028A) 核兵器禁止宗教者平和使節団帰朝報告会
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...本当に人類、愛すという意味からいったならば、やはり国を愛すということで、日本(にほん)の国民そのものがもっとはっきりとしたところの、指導の立場に立つというこの、大きな使命が日本(にほん)国民にあるんじゃないかと。ま、そういうことをわたしは痛切に、い、今度、お、感じてきたわけであります。 イギリスへまいりますというと、空港で、非常に物騒のほどですね、やかましいような態度を取られたんでありますが、非常にやかましいようの態度を取ったかと思うといっぺんに、この使節団は簡単に、え、税関も通していただいて中へ入れていただいた。で、中に入っていろいろ聞いてみるというと、この前の、いー、岸総理大臣の当時に、岸さんがちょうどお回りになった時分には、岸さんが向こう回るという話を聞くというとたちまちに、フィリピンのあたりでもって、その残虐行為をした日本(にほん)人のその、戦争をした日本(にほん)人、そういう国の首相(「しゅそう」と発音)が来るんだというようのことで、たいへんに新聞でもうたたかれたそうであります。そういう状態の中を、岸首相(「しゅそう」と発音)は忍耐してですね、ずーっと回って来られて、しかもそういう国から、いま現在の東海村の原子力の、おういう原子炉などをですね、買い入れたりして、ま、こういうことをこう考えても、政治家というものはやっぱり大きな考えを持って、いろいろの国策というものによって、世界を導いていくという意味においては、われわれよりやっぱり視野が広くて、その専門家だけに素晴らしいことをしてなさるなっというふうにわたしは感じたわけであり。そのおかげでですね、そういういろいろの日本(にほん)の政治家がみなそういう考えで、やってきていただいたおかげに、6年前のその、岸さんのいらした時分の状態と、ここんとこ3年間というものはもう、イギリスの方がガラリって変わってですね、もういろいろの面で、もうすべてのことを、日本(にほん)人というものの見方が違って非常の信頼感をもって、付き合っていただけるようになったと。 ま、こういうことを、も、聞いてきたわけであります。 どこ、行っても、非常に日本(にほん)人は、ソ連に行っても人気がございます。非常に大切に日本(にほん)人だというと大切にしてくださる。ま、こういうことを考えても、先にわたし(「わし」と発音)申し上げましたように、日本(にほん)国民というものの優秀性っていうものを世界中の人類ことごとく認めてると、ことがいえると思うんであります。 それから最後のアメリカへまいりますというと、あのアメリカで、黒人問題っていうようの問題で、わたしどもは遠くで見ているというと、黒人問題、アメリカはけしからんと。...
開祖 (19631028A) 核兵器禁止宗教者平和使節団帰朝報告会
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...この、自由国家であっていながら、そのおういうその、こと、しちゃいかんというようのことを、わたしどもは頭んなかへひらめくんであります。ところがこれをですね、実際にその、そばにいる方々の話を聞いてみますというと、これもなるほど、そうせざるを得ないっていうところに黒人のほうもザンゲがあるなということを、まざまざと聞かせられた。こういうこともまたわれわれの、こん、今後の、考え方っていうものに、大きなこれ一つの役割があるんじゃないかとこう思うわけでありますが。なぜ黒人を嫌うかというと、ホテルで泥棒があったといっても、お店で、かっぱらいがあったといってもですね、ほとんどがその犯罪というようのものを、不良の少年というようのもののですね、悪(あく)行為が非常に黒人に、ぶ、この数(かず)が多いという。そこで日本(にほん)人、非常にアメリカの人は信頼してるっていうことはですね、日本(にほん)人は絶対に犯罪を犯さないっていうんです。これはですね、日本(にほん)の中に、え、ひどいのがたくさんいるのに、アメリカへ行った人だけはですねえ、ちっとも犯罪犯さんというんですが、これは誠にお恥ずかしい話でわれわれもう、国にいるものはお恥ずかしい話だけど。それが特にですね、このう言葉がですね、2世ぐらい、まず1世は絶対犯さんそうです、言葉のできないようの、日本(にほん)語でなきゃ話せないようの人はもう全然悪いことをしないそうです。3世になると多少あるそうです。もうこれは全然、言葉、こっちの言葉はわからないで、向こうの言葉だけの人。ま、これがなるほど、まあ、その絶対に悪いことしないというようの、それだけを手放しでほめるわけにもいかないっていうその、一つの理屈もまたあるわけですね。それはどういうことかというと、言葉が通じないからすぐあれ日本(にほん)人だとはっきりわかる、ね。自分が正しくならなければ人さまが正しく用いてくださらないから、自分というものを、護身用のためには、自分が正しくならざるを得ないという条件に置かれるわけなんですよ。ですから、これはやっぱりわたしどもはよほど考えてみなくちゃならんとこだと思うんです。自由が利くからという、自由、自由といって、自由でさえあればいいという主張がだいぶ多いんですが、人間に自由っていうものをあんまり自由放題に与えると何をしだすかわからない現在の日本(にほん)の、犯罪の多いことがそこにあると思うんです。 そういうことで、全然もう日本(にほん)人はひとっつも悪いことしない。その、そういうことがはっきりもう、こんどは統計上出してそのアメリカで信頼してる。お金を貸せば必ず返すっていうんですね、ま、そういう信頼感。...
開祖 (19631028A) 核兵器禁止宗教者平和使節団帰朝報告会
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... で、戦争の時に、日本(にほん)の2世がとにかく非常にこの、自分の本当の国だから、母国であるから、その国に対して何かその寝返りでも打ちやしないかっていうようの向こうで心配したん。ところがもういちばん信用の始まりがそこからだそうですが、日本(にほん)の2世はやっぱり自分の住んでるその国土というものを愛してですね、アメリカに協力したんですね、2世が。非常に勇敢であった、忠実であった。これで日本(にほん)人はやっぱり自分の住んでおるところのその郷土、国土と自分の、す、住んでるところっていうものを守るというその、非常に素晴らしい国民だということで、え、日本(にほん)人を信頼し始めて、それからずーっと調べてみると犯罪は一つも犯していない。公共の事業に非常に力を尽くすと。ま、いろいろの点ですね、正直で絶対にその金を貸しても返すという。ま、そういういろいろの条件を取り上げて日本(にほん)人をアメリカでは信頼してんだと。 ところが、黒人はなかなかそうはいかないんで、あっちでもこっちでも悪いことしたってばもう黒人だろうといってですね。ま、その悪いことをするからまあ、多少また白人のやったのまで片づけられるかも知れませんな。うん、そういうことで損してるかも知れませんが、学校などでは、ですから黒人の子どもが来て、道徳の、その守れない、無作法な、そういう人が学校へ入ってくるというと、白人系の人はもう、おういうのがたくさん来たんじゃ子どもをあの学校置けないっていうので、どっか移転をしてしまわなくちゃならない。そういうような苦労が非常に、あちらにもこちらにもあるので、黒人の中でも心あるものは、これは黒人自体がですね、嫌われないようの国民にならなくちゃいけない。こういうことを中でですね、指導にある人は非常に反省をしつつあるということを聞いてきたんです。 まあ、ですから、ま、終極へまいりますと、わたしどもお互いさま、自分ということになるわけです、自分というものが清くなり、自分というものが正しくなる、自分というものが明るくなると、自分ってものの考え方っていうもの変えるということがですね、自分を守る自分を安泰ならしめるという、そのいちばんの条件だということはもう、これもう、仏法の因縁、善因善果、悪因悪果の法則からいっても当たり前のことでありますが、え、まざまざと、そういう問題を見せつけられて、ま、きたわけであります。 でありまするから、わたしどもは本当に、ただ、わたくしどもの会、という、まあ、やっぱりこの日本(にほん)の国っというものにわたしはさっき力を入れて申し上げたように、宗教団体を本当にそういう方向に、皆さんがともに手を携えていけるような、ことになるのにはやっぱり、相当、佼成会というものがやっぱり、本当に中でですね、われわれの一つの同志が、本当の異体同心となって、仏さまのみ心を体したところの立派の人格者がここへ団結してですね、そして、わたしどもが大いにその、頑張らなければやっぱり日本(にほん)の宗教界を動かすっていうことは、一応、旅行ではうまくいってまいりました。...
開祖 (19631028A) 核兵器禁止宗教者平和使節団帰朝報告会
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...これはいま、申し上げましたように、外へ出るというと、頼るものは自分たちのグループだけだ、ね。言葉の通じるのはグループだね、そういうことんなるからもう、仲よくならざるを得ないという条件に置かれたから仲よかったかも知れない。まあ、そんなことをいうと、人さまにお恥ずかしいんですけども、われわれはそれほど人間皆一人ひとり横着のものなんです。なんとか、のさばられるところはのさばるんだけれど、のさばりようがなくて仲よくしよう、言葉の通じるですね、まあ、目的を同じゅうしてるっていう者は、これこれだってことんなると、仲よくなるのに決まってるん。 ま、そういう意味で、今度、国帰って来てもですね、その時の気持ちのようでお互いが、各教団が行ければこれは大したもん、ね。そうなれば、いま、申し上げたことはわたし取り消します。条件によってわれわれは仲よくしたんじゃなくて、本質的に、やっぱり自分は理の上に立ってですね、人間本質の上に立って仲がいいんだと、いうことんなります。そういう状態を、日本(にほん)宗教界が、全部がそういう気持ちになって、もう一歩脱皮してですね、宗教界のやっぱり独善的な考え方や排他的の考え方をやめて、もっと大乗仏教の仏さまのこのみ教えの、要するに妙法華経(みょうほけきょう)の精神っというものによって、教えによって一貫したところの国民の宗教心を盛り立てると、そういうその大きな力を、わだ、わたしどもが、課せられてるんだと。ま、こういうところで、わたしどもの布教がですね、本当のこの、法華経の精神にのっとった、仏さまのみ心にかなった活動を展開して、そして、慈悲、に、日本(にほん)の宗教界が、本当にその、こぞって皆さんが手を携えていけるようの条件をわたしどもは真剣になってつくると。そういうことが今後の平和の問題のわたしはいちばんの要諦じゃないかと。 大いに、幹部、諸公にも話し合ったり、いろいろして、他教団との関係もわたしは、本当に仲よく、力を、お互いに、いー、手を携えていきたいと思っておりますけれども。しかし、本当に他教団をそうして動かすっていうことになると、われわれの教団の中がやっぱりそういう人柄がですね、みんな、一人ひとりがみんなそういう円満の人で、そして堂々と皆さんが説いてごらんなさい。日本(にほん)でまだその、よその宗教界をけなしたりなんしなくてもですね、宗教がなくて、宗教を持たないで、まだ縁がなくて、知らないで、そして本当に迷ってる人がたくさんいるんです。だからどっかの宗教についてる人は、どうかするとですね、この宗教に好きな人は、あっちの宗教へこっちの宗教へ宗教遍歴をして満足してる人がたくさんいる。...
開祖 (19631028A) 核兵器禁止宗教者平和使節団帰朝報告会
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...たまたまどうかするとお導きは、喜んでいると宗教遍歴の人がたまたまですね、観光客みたいなのが来ることがある。で、皆さん導いたと思って喜んでると、またいい加減しばらくたつとまたどっかへですね、40日(よんじゅうにち)たつとまた移転するかもしれない (一同 笑い)。 そういう意味で、まあ、あ、その、そういうことを排斥する必要ありませんよ、おいでになったの観光客は大事にして、そのうちに、あ、その、その居つくかもわかりませんから。まあ、そういうこともありますけれども、宗教を持たない人にですね、広くわたくしどもが、大きな、宗教の本義というものをかかげてですね、堂々と布教すると、そういう態勢をわたしどもがとって、そして教団というものが、本当に教団の中にいる人がその立派であり、外との関係も立派のお付き合いができるような内容であって、え、そして教義がちゃんと、これだけの仏さまの教えを立派にわたしどもが行じたならば、これはもう期せずしてですね、教団も大きくなるし多くの人に喜んでもいただけるようになるし、え、多くの方をそうしてわたくしどもが、お導きをさしていただくというその使命感に立って努力をすると、おのずからですね、人さまをどうしても正しくなってもらいたいというそういう願いを込めて一生懸命で努力をしているというと自分が、知らないうちに、だんだんと自分が円満になっておるはずでございます。自分だけなんとかなろうとか、自分だけの顔を売ろうとかですね、どっちか、あっちにもこっちにも顔を売ろうとかなんとかいっても、これはもうたかが知れてる、そのー、姑息(こそく)のことを考えても。それよりも一生懸命で人さまのよくなること人さまの完成することを願って一生懸命に朝っから晩まで一生懸命やってるとね、知らないうちに自分が円くなってるんです。知らないうちに、わたしはそうなると思う。 皆さんが、お導きをした時は、なかなかさまざまのことをいっておる方がですね、このあいだも、こういう人がニューヨークでですね、杉並支部の青年部であったそうですが、コジマカズロウという人が、いま、英語を勉強に行っております。きょうご親戚の人いらっしゃるかも知れませんが、その方がですね、電話をかけてきまして、え、自分はこうして来てるんだから、不都合であったら案内さしてもらおうかっていうんで、うんで、あの電話きた。ああなんにも不都合ないけれども、ちょうどいまお夕飯食べようと思ってるんだから、話をそれじゃするのに、いー、お夕飯ごっそうするから来なさいっていうんで電話かけまして、来てもらった。そしていろいろ話をしてみるとですね、この人の体験などを聞いてみるというと、まったくそれは因果の道理を実によくその現してですね、ま、こんなにやっぱりなるほど、純粋な気持ちになれたかなと思うほど、その青年はですね、奥さんをとにかく北海道へ、お子さんと、お子さんが一人しかいないんですね。...
開祖 (19631028A) 核兵器禁止宗教者平和使節団帰朝報告会
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...え、そして奥さんを北海道へ帰して、自分がその佼成会に入って一生懸命でその青年部活動をしてみたら、英語の先生として現在のようの形ではまだ物足りないと。もっとその自分の責任上、本当の英語をですね、使える英語を教えてみたいと、そういう考えで、いま、ニューヨークの学校へ入って、え、一生懸命で先生を自分が、あー、本当の英語の先生になるために、先生なった人が、行って勉強してるわけです。 それ奥さんを北海道へ帰してやってるんですなあ。あー、もう素晴らしい考えでわたしは本当に、その方に合掌しました。 そして、そういう気持ちになった人を聞いてみるとですね、全然信仰気(ぎ)のない人が、東京へぽつんと来て、そして下宿のおばさんから導かれて、そしてまあ、入ってきて、で、だんだんだんだんといろいろの体験をしてるうちに、体中にノミが食ったとかですね、据え風呂が漏った(「むった」と発音)とか、まあいろいろの現象が不思議にあってですね、そのたびごとにですね、支部長さんに結んでもらうというと、ノミがとにかくどうしようもないほどわいたってんですからちょっと東京でノミのわくなんてのはあんまりないんですけれども、この方が、そのー、たいへんに自分で勝手の欲をもってるんですね。兄さんに、相当のその親の財産わけてもらって、そしていても、まだその足りないで、お、兄さんとけんかをして東京へ出て来て、そしてまだその兄さんの分け前(「わけめい」と発音)が少ないっというようの気持ちで欲張った気持ちでやってるというと、ノミが食ってもうどうしようもない、体中がみんなもうおできになるほどノミが食ったっていう、ね。そして、もうその、ノミの食うのがその欲だなんてばかな話はないと思って自分じゃね、ばかにしてたっていうん。ところがだんだんいわれていろいろの体験からですね、奥さんのいろいろの態度やいろいろのことを結んでもらううちに、確かにわたしは欲だなあ、この汚い根性がいけないんだと思ってですね、ザンゲをしたらピタッとノミがいなくなっちゃったっていう(一同 笑)。いやその青年がね、そういうその体験してるんですね。そういう、今度はお風呂がですね、買ったばかりのお風呂が、その漏って(「むって」と発音)ですね、どうにもならない。そして、まあそのいろいろのことでもう、青年のこれ、夜間法座へ出ていろいろこう結んだり、いろいろしてんの聞いてるもんだから、これは、そのー、こういうところがその、お前は全然その信仰気(ぎ)がないと。そういうところを見せてこういう順序なんだから、これを本当に目覚めればね。この、そのお風呂は漏ら(「むら」と発音)なくなるんだということをそのだんなが奥さんにその自信もってゆったというんですからまあ、ちょっと怪しい材質もあったそうです。...
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...気分的には少々まあ、その、心配であったけれども、まあこの時も「信ずる者は幸いなり」になったわけですが(一同 笑)、まあ、その先輩のいうこと信じて、その前のノミのことがあったもんだから、自信もってゆったってんですねえ。そうしたら奥さんがやっぱりそのいろいろのことを順々こう見せられるもんだから、本当に自分がいけないんだという気持ちになって、奥さんも合掌する気になって、そのー、きたっていうんですね。そうしたところがピタッと、そのー、据え風呂が、漏れ(「むれ」と発音)が止まったっていうんです、ね。 これはまあ、ノミとかね、据え風呂っていうのはこれは、まあ、あのー、外から来るもんだから、これまあ外因縁(がいいんねん)のほうですから、このほうはまだ問題が少ないんですが、もう一つあるんですね。 もう一つはどういうことかっていうと、法座へ来てすぐその、いろいろの話をして、結婚して何年何年たってる、というと、お子さんがいないわけです。お子さんがいなくて寂しいでしょうっていったところが、まあ勉強するっというようのこともあったり、結婚してすぐその肺病になって、1年ほど別れていたと。その次に今度は財産の問題で腹立って東京へ飛び出して来たんで、この時また奥さん1年ぐらい別々になって、いたと。ま、そういうような、非常な不遇の生活、夫婦だけれどもその、結婚してっからその、もう2度もそういうまあ破滅になった。そういう状態してる人だもんだから、わたしどものようの状態ではね、子どもを生んでも育てられないんだと、欲しいと思いませんよ。なんてや、その負け惜しみをいってですね、若夫婦だから子ども欲しくないことはないんですけども、やせ我慢で、結婚して5、6年にもなってるんで欲しいんですけれども、ゆったというんですね。そしてまあ、いろいろのことだんだん聞かされるうちに、そういう考えはこれは罰のあたった言葉を先輩に吐いたとこう思ってですね、そして、ま、その、親不孝の人は七面山に行くというと、そのたいへんにいろいろの因縁が出るからということ聞かされて、七面山をお参りに行って来たと。ところが七面山に行くという問題に対してもその時は、ま、少々、半ば不平があった。不平があって、そのー、わたしに行けって、ほかの人が行く人がたくさんあるのにね、わざわざおれに命令するとは何事だっていうようなまあ考えをまたしたり。ところがそれを素直(「すなわ」と発音)になって行かなくちゃだめだっていうことで、素直(「すなわ」と発音)になって行ってきて、そいで行って帰ってきたところが、知らんうちにですね、赤ちゃんがちゃんと始まっちゃったいう、ね、ね。...
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...これ、まあその、今度自分の肉体が治っちゃったんですね。そして夫婦がですね、もう思わず知らずのうちに、この、ちゃんと法の、はま、中へはまっちゃった。で、そうして今度の夫婦で別れているのに対してはですね、奥さんも、本当の先生をするっていうのには当然それだけの修行が必要だというので、賛成をしてだんなさまをニューヨークのその学校へやってですね、そういう気持ちだったら、兄さん金を出してくれて、ニューヨークへいま、学校留学してるわけです。ま、そういう話をですね、わたしはニューヨークへ行って佼成会の功徳話聞こうと思っていなかったけれども(一同 笑)、ね。まあ、そのー、そういう人会いたいというからお会いして一ついさめてやろうと思ってまあ、君なんでも、その留学してるというから学生だっていうんだから、いちばんおいしいごっそう、ごっそうしようっていうわけでですね、その、うんと厚いテキを食べさしてですね、一杯飲ましてそしてお夕飯食べて、まあ部屋でもってそういう話を、ホテルの部屋でいろいろ聞いたんでありますが。 まあそういう話を聞いているうちにですね、本当にこの仏法の因果の法則というものは、本当に素直(「すなわ」と発音)になって聞かなけりゃならないんだなっていうことをですね、コジマさんに聞かされてですね、人にしゃべっているんですよ、わたしはもう40年もしゃべってるんだこういうことをね(一同 笑)。ま、しゃべってるんですけど、あまりにもその人がこうてきぱきとこの、いま、現在にその、生々しいそのザンゲによってすべてのことの変わって行く状態を聞かされるとですね。ああー、もっとこれは精進しなくちゃいけないと、もっとこういう苦しみをしてですね、ですからまあ、おそらくあの誘拐を企てる人とか、意志の弱い人で、何かを見て欲しくなってむらむらと泥棒しる人とか、ま、いろいろの人が皆このですね、因果の法則がわからないでですね、そういう間違ったことを犯してると思うんです。これはやっぱりですね、一人もそういう者がいなくなるという状態をお釈迦さまは願ってですね、われわれ人類全体をとにかく、人類救済のために説いた法門なん。で、その法門がいま、こう、使ってみてですね、こんなにはっきりとこうわかるということが自分たちはわかって認識をしていながら、われわれの努力が足りないために、まだ罪人(ざいにん)を次から次へとかもしだしているっていうことは、これ誠に申し訳ない、と考えなくちゃならないと思うんであり。 そういう意味で、旅行中にですね、いろいろの宗教団体の状態を聞いて、きのうもちょっと申し上げましたが、ジュネーブにおきまして、WCCの、委員長さんがとうとうとこれはですね、キリスト教が、あー、この、プロテスタントだとか、聖公会だとか、ギリシャ教だとか、えー(咳払い)、この、ローマのようのカソリックだとか、そういうようにこのキリスト教の中でもいく色分かれておりますが、そういう考え方をやめて、まず、キリスト教は1本になってですね、正しくその神の声を聞き、この、本然(ほんぜん)のキリスト教にならなくちゃいけないということを提唱しているのが、ば、WCCであります。...
開祖 (19631028A) 核兵器禁止宗教者平和使節団帰朝報告会
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...その方々がですね、そういうことは提唱してるんですが、これはまあちょっとね、自慢のようのことになりますので、キリスト教の、もし方がいらして、お気に障ったら、ま、あ、ご勘弁を願いたいと思うんでありますが。でまあ、いろいろこの世界の平和っていうことをもたらすために、根本的の理論はないかというので一生懸命で研究してるけれどその根本理がわからないというようの状態の話になっちゃったん。話をしてるうちに。その時にたまたま仏教界のほうへ行っていましたところの、法相宗の橋本凝胤(「はしもとりゅういん」と発音)先生のお弟子さんで、安田っていう方が随行で行っておりました。で、その方が、あのう、その、非常にこの具体的な、どうしたらなるだろう、こうしたらなるだろうっていうことを研究してるっていうんで、いろいろのこう例をあげて向こうでいってるけれども、その根本理は何かっていうことを聞いたら、向こうで、じゃあパーンとこないんですね。 なかなかそのはっきりしたこの根本理がどうして、す、世の中はこう、この、平和にならないかと。人間はどうしてこういうふうになるかっていうことで、まあ、ああいうふうにして、どういうふうにしてって、まあいろいろの具体的の、その方法論ではたくさん出ているけど、根本理がどうもはっきりまだしてない。というと、その法相宗の坊さんが質問をしたわけです。これどうもちょっと向こうで、困ってですね、仏教のほうじゃありますかと今度は聞いてきたわけですよ。そこのところは、ま、これはまあ、さっそくですね仏教側では待ってましたとばかしに、もう、この禅宗の佐瀬さんと、わたしとまあ二人でもうこれをやろうじゃないかっていうわけだ。あの佐瀬さんは、とにかく最後はもう庭野さんあんたやるのに、おれに先やらせろよっていうわけだ(一同 笑)。それでまあ、花を持って、それじゃあまああんたやってくださいってことで、佐瀬さんに花を持たしたわけであります。あとのくくりは、ま、庭野さんやってくださいよっていうようの話だったん。ところが佐瀬さんがはっきりいっちまったから、わたしはいう必要もないからいいませんでしたけれども、それで佐瀬さんいうわけですよ。 仏教のほうでは、人間は貪・瞋・痴というですね、この三毒があるために争いが起こるんだ。三毒を滅しなきゃならないという根本理をはっきりお釈迦さまは教えてるんだという、ま、話になったわけであります。それからあとは、いろいろの雑談でああそうかっていうようのことでありましたが向こうの方はよくわかったかわからないか知りませんが、ま、そういう場面にちょうど出くわしてですね、いろいろこう話をしてみるというと、キリスト教のほうに、根本理がないってことはない、あるかも知れません。...
開祖 (19631028A) 核兵器禁止宗教者平和使節団帰朝報告会
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...しかし、え、いろいろの具体策として、こういうああいうということをいっても仏教のようにそういう、はっきりとしたですね、「諸苦の所因は 貪欲これ本なり」と。わたしどもはまあ、お互いさまにですね、例えば、共産主義というものは絶対争いなんて起こらない、理論で割り切れて、それに賛成したものは争いがないとこういうことを豪語したところの共産党がですね、マルクス主義がどうでしょう、現在ではもう、ソ連と中共が割れてきちゃった。こういうことになるとやっぱりですね、共産党も絶対理論で、ま、結ばれて、イデオロギーで結ばれて絶対別れないっていうこといい切れない。資本主義はけんかをする、戦争をする、一つの何になるけれども、社会主義、共産主義は絶対ないとこういっていたのがそうもいかない。ちゃんとそういうものは世の中へ出てきた、これはどこの主義でもイデオロギーでもですね、人間がやっぱりそこだと思うんです。やっぱり国が違うというと国の、損得ということがある、利害ということになるというと、中共とですね、ソ連がやっぱり一国を、統治するところの毛沢東とフルシチョフとでは、やっぱり国の利益という立場んなると、ああいうことにならざるを得ないと思うん。 これを見ても、貪欲(とんよく)がもとになっておるということがはっきりしてるわけです。ま、そういうこと、われわれはもう教義の上では、2,500年前にお釈迦さまお悟りを開いてピタッとこうお示しになってるんですね。これはあのキリスト教のほうでは具体的のことから一生懸命取り上げて、根本理はわからんけれども具体的に行こうとしてる。仏教のほうでは、理の上ではわかっているけれども、やらんでいるっていうことんなると、これは仏教のほうが罪がちょっと深いようの気がしますな。わたしどもわかっていてやらないというの、まあ歌でも、わかっちゃいるけどやめらんねえっていう歌ありますから(一同 笑)、仕方がないっていえば仕方がないですけれども、そういうような意味で、わたしども仏教徒はですね、本当にこの際、謙虚の態度で、仏さまのこのみ教えというものをもういっぺん、真剣にその、仏の恩情をよく心に感じてですね、ちゃんとこういう形で、人間がこういうふうの改革をして、こういうふうな、われわれの三毒を滅して、そしてもう円満の人になれば、争わんでいい世界ができるんだと、いうことをお教えになってるわけであります。 どうか、そういう意味で、皆さまはもうすでにそういうことに気がついて、それを実践してるんでありますけど、わたしども自体、自分自体が、ということでなしに、もっと多くの人に、この仏法の法則っというものを守らせるということに、もっと力を入れたならば、必ず、社会はもっと明るいですね。...
開祖 (19631028A) 核兵器禁止宗教者平和使節団帰朝報告会
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...聞きにくいニュースが少なくなるという世界が、まず日本(にほん)という国をよくするということ、そして、外に向かっては、いま、申し上げたように、平和提唱ってようのことで。あらゆる精神界の方々と手をつないで、あらゆる方法もって、この核兵器っていうようのものを禁止して、そして、に、人間本然(ほんぜん)のものに目覚めるような時間までですね、この地球は破壊されたっていうようのことの恐ろしい、そういうことの来ないようの方法すると同時に、一人ひとり着実の、われわれの宗教活動としての積み上げ方式をわれわれは取って行かなきゃならない、ということが、わたしどもに課せられる使命じゃないかとこう考えるわけであります。 どうか、その意味で、層、一層の、わたくしどもの、広宣流布、要するに、われわれの修行、昼夜常精進の、修行と、こういうことをわたくしどもは、この、お誓いし合っていかなきゃならないのじゃないかと思うわけでございます。 本日は、たいへんに、くだらないようのことに話があっちこっち、なりましたけれども、まとまらないようの話になったようでございますが、報告はだいぶちょっとそれて、説法調になりましてたいへん恐縮でございましたが、どうか、この、わたしどもの、今度の、平和提唱も、皆さんの朝な夕な、また皆さんのこの何かの時に、いー、会員綱領として読み上げる、この平和境建設、寂光土の建設、というこのスローガン、それには、菩薩道に挺身することを期す、と最後にありますように、菩薩道をわたしども進めて行くっていうことが、わたしどものいちばんの要諦(ようたい)であるわけであります。...
完成間近の大聖堂をスケッチする山下清
【写真】
大聖堂の貼り絵 山下清画
【写真】
オリンピック中央前年祭 国立競技場
【写真】
完成に近づく大聖堂(三)
【機関紙誌】
庭園
完成に近づく大聖堂(四)
【機関紙誌】
菩提樹の彫金
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