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南無妙法蓮華經
【教団史】
お会式
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人間釈尊16
【機関紙誌】
阿摩羅識に合致した菩薩の魂
人間釈尊16
阿摩羅識に合致した菩薩の魂
1
...人間釈尊(16) 立正佼成会会長 庭野日敬 阿摩羅識に合致した菩薩の魂 悪魔が攻撃してきた 菩薩がピッパラ樹のもとで禅定に入っている夜半に、この欲界(欲望を離れることのない者の住んでいる世界)に大きな勢力を持つ魔王が手を替え品を替え悟りの邪魔をしたことが、どの仏伝にも述べられています。 まず若くて美しい自分の娘たちをやって誘惑させます。しかし、菩薩は少しも心を動かさず魔女たちをやさしく諭しましたので、かえって菩薩の立派さに感服してしまい、父のもとへもどって「ムダな反抗はおよしなさい」といさめます。 怒りたけった魔王は、今度はおどろおどろしい怪物たちをやって苦しめようとします。しかし、菩薩は恐れもしなければ、敵意もいだきません。怪物たちはむなしく引き返してしまいました。 そこで魔王は戦法を変え、ずる賢い知恵をはたらかせ、問答のペテンにかけて菩薩の精神を引きずりまわそうとしました。しかし、これも失敗に終わりましたので、絶望した魔王は気を失って倒れてしまったのです。 この魔王の攻勢の順序を日常的な事象に置き換えて考えてみますと、まず物質的・肉体的な欲望への誘惑をこころみ、つぎに暴力によって脅迫し、最後に知的なワナにかけて理性を混乱させようとしたのです。現代のわれわれの周囲には、これとそっくりなことが起こっているわけです。 降魔の二つの解釈 さて、夜半に菩薩を襲った悪魔を降伏させた事実については、二つの解釈が考えられます。 第一は、見えざる世界にこうした魔、すなわち心魔があるけれども菩薩は強い精神力によってそれを寄せつけなかった……という解釈です。つまり、次のようなわけです。 ――座禅のような精神統一の行を適当な指導者なしで行えば、誤ってただポカーンとした恍惚境に入ることがある。そうした精神の空白状態の場合に憑依(ひょうい)することが往々にして起こる。 菩薩の場合も、まだ十分な三昧境に入りきらぬ時そうした憑依が起こりかけたのではないか。幸い菩薩はそれまでに十分な修行を積んでいたために、見事にそれらの悪霊らを撃退し、かえって聖者たるの自信を得たのではないか――と。 第二は、深層心理学的な解釈である。 ――人間の表面の心(顕在意識)の下には底知れぬ隠れた心(潜在意識)が存在している。それは、表面に近いほうから末那識(まなしき)・阿頼耶識(あらやしき)・阿摩羅識(あまらしき)の三層から成っている。 いちばん上にある末那識は、自己中心の心情を引き起こすもので、すべての煩悩の根源である。その奥にある阿頼耶識はあらゆるものごとから受けた印象をそのまま貯蔵し、一切の心作用の原因となるものである。いちばん底にある阿摩羅識は宇宙の大生命に直結する清浄無垢の魂である。つまり仏性です。 さて、禅定に入った菩薩の心がまだ澄み切らぬうちはその末那識からさまざまな迷妄がわき上がって精神をかき乱した。菩薩は冷静にその迷妄の一つ一つを吟味し、しょせんそれらが空(くう)であることを悟った。それが(降魔)である。 そうすることによって潜在意識の底の底までが清まり、菩薩の魂はついに阿摩羅識に合致してしまった。宇宙の根源と合致してしまった! それが仏の悟りの境地である―― この第二の解釈のほうが現代人には納得できるのではないかと思われます。 題字 田岡正堂/絵 高松健太郎...
人間釈尊17
【機関紙誌】
宇宙の全存在の実相を実感
人間釈尊17
宇宙の全存在の実相を実感
1
...人間釈尊(17) 立正佼成会会長 庭野日敬 宇宙の全存在の実相を実感 この世の実相は光明だった それは十二月八日の朝まだきでした。 深い紺青の空に金星がキラキラと輝いていました。その神秘的な光明を見た瞬間に、宇宙の全存在の実相がアリアリと見えてきました。それは何ともいえず美しく光り輝く状態だったのでしょう。 そのうち夜が明けてきました。静かにあたりを見わたしてみますと、すべての風景が昨日までとは打って変わっているのです。空も、森も、山も、川も、すべてが光り輝いています。野良へ出て行く村人も、たきぎ拾いをしている農婦も、尊く輝いているのです。 天地すべてのものが清らかで、美しく、完全な調和の姿でした。ああ、これがこの世の実相というものか! 菩薩は長い間うっとりと大いなる歓喜にひたっていたのでした。 悟りの内容は何だったか 世尊(すでに仏の悟りを得られたのですから、これからは世尊・仏陀とお呼びしなければなりません)は、うっとりした大歓喜の心境からわれに返られると、こうつぶやかれたといいます。 「奇なるかな。奇なるかな。一切衆生ことごとくみな如来の智慧・徳相を具有す。ただ妄想・執着あるを以ての故に証得せず」 ――不思議だ。不思議だ。一切衆生はみんな仏と同じ智慧と徳との姿をそなえている。ただ残念なことに、仮の現れである自分の体(からだ)が自分自身だという妄想をもち、その仮の現れに執着しているために、本来の自分というものが証(さと)れないでいるのだ―― これです。これが仏教の源流なのです。後世の人はこの(如来の智慧・徳相)を(仏性)の一語に凝縮しました。そして八万四千の法門といわれる仏の教えは、つまるところその仏性を覆いかくしている妄想・執着を取り除くという一点に帰着する、と要約したのでした。 世尊ご自身も、ピッパラ樹の下に座したまま、そのことについての瞑想・思索の跡をじっくりと振り返ってみられました。 最後の禅定に入られてから、まず心中に確立した真理は(縁起の法)だったでしょう。縁起の法というのは(存在の法則)です。万物・万象はどのように存在するのか。――此れあれば彼れあり。此れ生ずれば彼れ生ず。すべては相依相関して存在し、生滅する―― ――宇宙間のあらゆる物象はこの法則によって発生し、存在し、消滅する。したがって、人間にとって最大の問題である生・老・病・死の苦も、その他のもろもろの憂悲苦悩(うひくのう)も、この法則によれば必ず解決できるものなのだ―― この悟りに基づいてさらに思索を重ね、憂悲苦悩の原因である妄想・執着の発生の順序を悟られたのが(十二因縁)の法門であり、その解決の道を見いだされたのが(四諦)(八正道)の法門だったのでした。 仏の悟りを得られてから七日の間はピッパラ樹(その下で菩提を成ぜられたので菩提樹と呼ばれるようになった)のもとの金剛宝座に座したまま、静かにその悟りをかみしめておられましたが、やがて宝座から立ち上がられると、東の方へ数十歩の間をゆっくりと往復しながら七日間瞑想を続け、その経行道(きょうぎょうどう)の東端からさらに七日の間じっと菩提樹をみつめておられたのでした。 いまもブッダガヤ大塔にお参りしますと、その場所に純白の小さな塔が立っています。観樹塔と名づけられています。七日の間ここから菩提樹をみつめておられた世尊のみ心には正覚を成ずるまで仏身を守護してくれた菩提樹に対するしみじみとした感謝がこめられていたのです。 思うだに美しくも尊い情景です。 題字 田岡正堂/絵 高松健太郎...
人間釈尊18
【機関紙誌】
五比丘より先に在家の信者
人間釈尊18
五比丘より先に在家の信者
1
...人間釈尊(18) 立正佼成会会長 庭野日敬 五比丘より先に在家の信者 最初の信者は商人だった 世尊は悟りを開かれてから四十九日の間菩提樹下やあたりの林の中で静かに悟りの喜びをかみしめておられましたが、その間にいろいろなことが起こりました。 第二週目に一人のバラモンが通りかかり、問答をしかけました。 「あんたはバラモンでもないのに、そんな姿をしている。どうしてだい」 世尊は答えられました。 「バラモンとは生まれによるものではない。その人の徳性によってバラモンと呼ばれるかどうかが決まるのだ」 傲慢なそのバラモンは、フフンと鼻で笑って行ってしまいました。世尊の第一番目の弟子となるべきチャンスを、傲慢さのゆえに逃がしてしまったのでした。 そのチャンスをつかんだのはタプッサ、パッリカという二人の旅の商人でした。成道されてから七週目のことです。何台もの牛車に商品を積んで林の中を通っていますと、先頭の牛が急に立ち止まって動こうとしません。不思議に思っていますと、林の神が現れてこう告げたというのです。 「心配することはない。ゴータマ・ブッダという尊師がこの林の中におられる。四十九日のあいだ何も召し上がっておられない。行って麦菓子と蜜団子を差し上げなさい。そのお布施は長年月の間そなたたちに利益と安楽をもたらすだろう」 二人はさっそく世尊をさがし出し、麦菓子と蜜団子をご供養しました。世尊は石の鉢でそれをお受けになり、召し上がってくださいました。二人は世尊の両足に額をつけて礼拝し、 「尊いお方よ。わたくしどもは世尊と世尊の教えに帰依いたします。どうかわたくしどもを在俗信者としてお認めください」 世尊はおうなずきになり、人間としての生き方をわかりやすくお説きになりました。二人は喜びを満面に現しながら、ふたたび世尊の両足を拝しました。 「よろしい。そなたたちが仏と法に帰依したことを認めます」 出家修行者としてお弟子となったのは(初転法輪)のときの五比丘ですが、それより先に在家の者がまず信者になったこと、これは後世のわれわれにとって大いに考えさせられる事実です。 次に女性が在家信者に 右の事実は『五分律』巻十五に明記してありますが、つづいて女性の信者も現れたことが述べられています。 世尊はかつて六年のあいだ苦行されたウルヴェーラーの村に托鉢され、セナーニーというバラモンの門前に立たれました。すると、その家の娘(先に、苦行をやめた菩薩に乳粥を供養した)スジャータはただちに仏鉢を受け取り、おいしい食物を盛ってご供養しました。世尊はそれをお受けになりますと、 「そなたが仏に帰依し、法に帰依することを許します」 と仰せられました。これが女性の信者としてのナンバー・ワンです。 その後、世尊はたびたびこの家に托鉢され、四人の姉妹みんなに同じ許しを与えられました。 のちに僧伽(サンガ)が出来てからは、三自帰(帰依三宝)が仏教信者としての証(あかし)となりましたが、この時期まではまだ(仏)と(法)への二自帰だったわけです。 それにしても、お釈迦さまとその教えに帰依する真心を表した最初の人間が商人だったこと、その次が四人の女性だったことは、大変重要な事実です。のちにお説きになった六波羅蜜の教えの最初に(布施)をあげられたこととも思い合わせて、大きな示唆を感じとらざるを得ません。 題字 田岡正堂/絵 高松健太郎...
人間釈尊19
【機関紙誌】
成道後の二つの決意
人間釈尊19
成道後の二つの決意
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...人間釈尊(19) 立正佼成会会長 庭野日敬 成道後の二つの決意 恭敬の対象は(法)のみ お釈迦さまはブッダ(覚りをひらいた人)となられてからもやはり人間であった。神になられたのではなく、やはり人間であった。これが後世のわれわれにとっては大変ありがたいことです。そこに人間仲間としての懐かしさも生じ人間の生き方の最高の手本としておん跡を辿っていきたいという気持ちも起こるのです。 雑阿含経・尊重経によりますと、覚りをひらかれたあとの瞑想の中で、ふとみ心をかすめたのは「恭敬(くぎょう)する相手のいないのは苦しいことである」という思いでした。畏れ敬い、帰依する相手があれば、それを心の依りどころとし、手本として生きることができる。そのような相手がいないのは、なんとなく不安である。心細いことである。そういう、いかにも人間らしい思いでした。 そしてお釈迦さまは、そのような相手はいないものかといろいろと思いめぐらしてみられましたが、どうしてもそれがみつかりません。そこで、熟慮のあげく、次のような決意に達せられたのです。 「わたしが恭敬し、奉事するのは(法)しかない。わたしを目覚めさせた正法しかない。法こそがわたしの依りどころである」 これは、ひらかれた正覚の上に加わった(第二の覚り)と言ってもいいでしょう。 また、南伝相応経典六・一によりますと、やはり成道後の瞑想の中で、次のように考えられたといいます。 説法の決意が人類を救う 「わたしの覚った真理は深遠で、難解で、頭脳による思考の域を超えている。世の人々は身のまわりのものごとに執着し、その執着を楽しんでいる。そのような人々に、わたしが覚った(縁起)の道理などとうていわかるものではあるまい。わたしがこの道理を人に説いたとしても、わたしは疲労するばかりだ。憂慮するばかりだ」 そして、積極的に人々に説くことはすまいと考えられた。そのとき、梵天(世界の主とされていた神)がそのみ心の中を知って、このように嘆いたといいます。 「ああ、この世は滅びる。ああ、この世は消滅する。正しい法を覚った人が、何もしたくないという気持ちに傾いて、説法しようとは思われないのだ」 そして梵天はお釈迦さまの前に現れ、「どうか世の人々のために法をお説きください」としきりに懇願し、ついに説法の決意をして頂いた……と仏伝は伝えています。 中村元博士はこのことについて、次のように述べておられます。(『ゴータマ・ブッダ』二一八ページ) 「梵天が説法に踏み切らせたということは、当時最高の神が勧めたということによって説法開始を権威づけたのであろう。ここで注目すべきことは他の多くの世界宗教におけるように最高の神が命じたのではない。人格を完成した人間であるブッダに命令を下し得るものは何も存在しない。決定する者は人間自身なのである」 この解説のように、おそらくお釈迦さまご自身の心中の「説こうか、説くまいか」という二つの意向の葛藤(かっとう)にご自身が決断を下されたのでしょう。「説かなければ覚りは完成しない」これがお釈迦さまの第三の覚りだったということができます。そしてこの第三の覚りがあったからこそ、後世のわれわれは仏教という無上の宝を得ることができたのです。 もし二十世紀のいま仏教がなかったら、梵天の「ああ、この世は滅びる。この世は消滅する」という嘆きが事実となる公算が大いにあります。思えば、この説法の決意こそは人類生き残りのための重大極まる決意だったのです。 題字 田岡正堂/絵 高松健太郎...
人間釈尊20
【機関紙誌】
まず一人を導こう
人間釈尊20
まず一人を導こう
1
...人間釈尊(20) 立正佼成会会長 庭野日敬 まず一人を導こう 手はじめに旧師と旧友を 「世の人々のために法を説こう」と決意されたからといって、直ちに「多くの大衆を相手に」などと考えられたのではありません。極めて地道に、「だれかこの法を理解してくれる人はないか。まずその人に話してみよう」と考えられたのです。 最初に頭に浮かんだ相手は、旧師アーラーラ・カーラーマでした。あの人にこそと考えられたけれども、すでに死亡していることがわかりました。それならばと、やはり旧師のウッダカ・ラーマプッタを思い浮かべられましたが、これまた、もうこの世にはいないことがわかったのです。 そうなると、次に考えられるのは、かつて苦行を共にした五人の修行者です。五人は、菩薩が苦行をやめたのを見ると、その地を離れてどこかへ去ってしまったのでした。世尊は天眼(てんげん)をもってその行方を探してみられると、ヴァラナシの鹿野苑にいることがわかりました。ヴァラナシは今のベナレスで、当時から仙人や修行者たちの集まる宗教の一大中心地だったのです。 世尊は、思い立つとすぐ出発されました。ブッダガヤからヴァラナシまでは三百キロ以上離れています。その道のりをハダシで歩いて行かれたのです。おそらく十日ぐらいの旅だったでしょう。その熱意にはただただ頭が下がります。 三度拒否されても諦めず 鹿野苑に着かれたのは夕方近くでした。午後のめい想を終えた五人の比丘は、大きく枝を広げたニグローダ樹の下に集まって、くつろいでいました。昼間の暑熱も少しおさまり、木陰にはひんやりした空気が流れていました。 「あ、あれはゴータマではないか」 突然、憍陳如(きょうじんにょ)が西の方を指さしながら言いました。 「えっ。ゴータマ?」 「そうだ。違いない」 「ぼくらに気づいたようだ。こっちへやって来る。だけど、あれは苦行を途中でやめた落ちこぼれだ。敬意を表するのはやめようぜ」 「そうだ。食べ物だけはやってもいいが……」 五人の相談は一決しました。ところが、世尊が目の前に近づいて来られると、全身から光明を発するようなその尊いお姿に打たれて、じっとしてはいられなくなりました。だれからともなく立ち上がり、礼拝して迎え、衣鉢を受け取り、足を水で洗って差し上げたのです。 「ゴータマよ」 ある一人がこう呼びかけました。すると世尊は厳かに宣言されました。 「もうわたしをゴータマと呼んではいけない。わたしはすでに仏陀となったのです。すでに不死を証得したのです。これをあなた方に説いてあげよう」 五人は、法を聞くことだけは拒否しました。三度もそうおっしゃったのに、三度とも拒否しました。しかし、拒否されればされるほど世尊の教化の熱意は燃え上がってきました。その熱意に打たれて、五人の抵抗の気持ちは次第に砕けていき、ついにその夜半、世尊が覚られた正しい生き方の道を、人間として初めて聞くことができたのです。これを初転法輪(しょてんぽうりん)と言います。 それにしても、お釈迦さまのような方でも、 第一に「まず一人を導こうとお考えになったこと」。 第二に「わずか五人を教化するために三百キロもの道を十日もかかって歩いて行かれたこと」。 第三に「三度拒否されても諦めず、ついに教化を果たされたこと」。 この三つは二千五百年後の布教者であるわれわれにとって絶大なる手本であると思います。よくよくかみしめねばならぬ事実です。 題字 田岡正堂/絵 高松健太郎...
人間釈尊21
【機関紙誌】
初めてサンガができた
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