【機関紙誌】
如法に生くる夫(お)と妻は 互いに愛語して かれらの福利いや栄(さか)に 安穏楽は生まれ来る
落ち穂を拾うて生き、妻を養いつつも、乏しき中から他に施すは、善業道の法を歩むものなり。
自らなせる功徳は、未来のその友なり。
恭敬(くぎょう)する相手のいないのは苦しいことである。
阿難よ。堅固な大樹でも、大きな枝が先に枯れることもあるのだ。
忿(いか)りの領に行くことなかれ。
法の集会においてなすべきことは、法について語り合うことと、聖なる沈黙である。
東方は父母、南方は師、西方は妻、北方は朋友、下方は召使、上方は聖者と思って礼拝せよ。
若いからといって軽んじてはならない。
法には、沙門と婆羅門と同じものと、同じでないものがある。わたしは、同じものはこれを取り、同じでないものは捨ておく。
人の命ははかない。智者はこれを頼みとせず、ただ徳を修めて精進し、道を求めて怠らぬのみである。
リッチャヴィ人たちよ。わたしはすでに明日、娼婦アンバパーリの供養を受けることを約束したのだ。
与える前には心楽しく、与えつつある時は心を清浄ならしめ、与え終わっては心喜ばし。
広く人を救おうという大心の灯は、大海の水を注ごうとも、嵐の烈風を以てしても、消すことはできない。
毒矢で射られた人が、だれが射たかを知らぬうちは矢を抜いてはならぬと拒否したら、どうなるだろうか。
すべての世を知る正覚者によって甘露の門は開かれた。
自らを灯明とし、自らをよりどころとせよ。法を灯明とし、法をよりどころとせよ。
阿難よ。チュンダに「そなたの捧げた食事について後悔することは決してない」と伝えよ。