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...業・共業 一 「業」というのは、簡単に言えば「行為」ということです。われわれのなすすべての行ないが「業」なのです。そして、われわれのなす行ないは、どんな些細なことでも、われわれの身体や環境や心に、その痕跡を残すものなのです。 行為があれば必ずその結果というものがあります。私達の、現在の瞬間におけるあり方というものは、すべて過去において自分がやってきたことの結果なのです。たとえば、今この本を読んでいるという事実は、この本を手に入れた、という行為の結果であり、また、人によってその間の事情には違いがありますが、とにかく、この本を読むという現在の時間を生み出したのは過去のいろいろな行為の結果なのです。こういう行為にともなう結果を「報」と言うのです。 また心の持ち方も、身体に痕跡を残すものです。一番はっきりしているのは、顔に残る痕跡です。いやしい心の人は、どんな美しい顔の人でもどこかにいやしい陰があります。いつも怒ってばかりいる人は、顔つきが険しくなります。心の柔和な人、知識の深い人、威徳のある人は、よしんば顔立ちはよくなくても、なんとなく福々しかったり、頭がよさそうに見えたり、威厳が備わっていたりするものです。また、職業によっても、顔つきが変わってくることは、ご承知のとおりです。われわれの心の動きや行ないの痕跡は、一部は記憶・知識・習慣・知能・性格などという、どちらかと言えば「心の表面」に残り、一部は「心の奥底」の潜在意識に残ります。それにわれわれが気がつかないうちに、外界から受けた影響、およびまだ生まれない前(人類がはじまって以来)の経験による影響も、残らず「潜在意識」の底に沈んでいます。これらの一切をひっくるめたものを「業」と言うのです。そこで、さきほどは「業」というものを簡単に「われわれの行ない」と言いましたが、実は人類が発生してから、いやそれ以前からの「われわれの経験と行ない」のすべてが積み重なったものが業なのであり、それを「宿業」と言います。そして、その業のなす働きを「業力」と言うのです。 それも、現代の学問で言う潜在意識の働きで、ちゃんと説明できます。たとえば、われわれがトカゲやアオダイショウのようなものを見ると、それがすこしもわれわれに害を与えないにもかかわらず、なんとなく気味悪く、恐ろしく感ずるのは、何十万年か前にそういう爬虫類が地球上で一番はばをきかせていた時代に、人間がいじめられたり食べられたりした記憶が、潜在意識となって残っているからだと言われています。だから、理性のうえでは、トカゲやアオダイショウは毒もなければ、かみつきもしないということをはっきり知っていても、なんとなく恐ろしく感じるのです。 このように、何十万年も前のことさえ、われわれの心の奥底にはちゃんと残っているのですから、まして何十代前とか何代前というような知い祖先のなした行ないや心の持ち方の影響は、なおさら強く残っているのです。もちろん、仏教でいう「宿業」は、そのうえにもっともっと深遠なものを含んでいます。すなわち、自分自身の魂が無限の過去から生き変わり死に変わりしながらつくってきた「業」も、それに加わるわけです。 (昭和35年03月【佼成】) 業・共業 二 ときどき世間にあることですが「自分は何も生んでもらいたいと言ったわけではない」とか、「自分の頭脳も、性質も、体格も、みんなお父さんやお母さんから受け継いだのだ。おれの責任じゃない」というような考えを持つ人があります。 これは、理屈にあっているようですけれども、至らない考えです。父母や祖先の責任もあるに違いないのですが、大半は自分の責任なのです。なぜならば、現在の自分は、誕生・生育というプロセスにおいては祖先や父母の業の影響を受けていますけれども、親子という縁をもったのは自分自身が前世につくった業の結果なのです。しかも、だいたい少年少女時代からあとの自分は、自分の「現業」の結果なのですから、父母の責任というものはほとんどなくなってしまうのです。 したがって、すべて「自分でまいた種を自分で刈り取るのだ」と言うのが「業」の教えなのです。他人のおかげでこうなったのだと考えると、ぐちが出たり、しゃくにさわったりするでしょうが、何もかも自分の過去の行ないの結果なのだと考えると、たいへんスッキリして、あきらめがつきます。 あきらめがつくばかりではありません。今後に対する希望がわいてくるのです。「善業を積めば積むほど自分はよくなっていくのだ。よし、これから大いに善業を積もう」という勇気がわいてくるのです。しかも、この世における人生の問題だけではありません。この世の務めを終わってからの自分の生命のゆくえについても、非常に明るい希望を持つことができるのです。 「死」というものは、仏の教えを知らない人にとっては、これほど恐ろしいものはありません。十人が十人、死は怖いのです。しかし、ほんとうに「業報」というものの本体を悟れば、いつ死がやってきても平気になるのです。なぜならば、次の人生に対する希望を持つことができるからです。 また、自分自身のことだけにとどまらず、自分の業というものが多少なりと、子孫にも影響することを思えば、おのずから責任を感じるようになります。そして、まず親がいい生活態度をとることによって子どもにいい影響(報)を与えようと心がけ、また常にいい言葉をかけてやり、正しいしつけと慈悲の養育をしてやらなければならないという念願が、強くわいてくるのです。 今まで「業報」と言えば、何か暗い感じにしか受け取られていませんでしたが、それは教え方や受け取り方の間違いであって、「業報」というものは、このように、積極的に明るく受け取らなければならないのです。 (昭和35年03月【佼成】) 業・共業 三 私達凡夫のやっていることを振り返ってみると、時々刻々頭の中に浮かんでくること、目の前に展開していることを見ると、仏さまの教えに相反した点が多いことに気がつきます。今や世界の情勢はどうでしょう。人類の破滅を招くような原水爆の実験が堂々と行なわれているではありませんか。しかも威嚇的に世界に声明し、大国の名をもって行なっているのです。しかし私達は、ソ連のフルシチョフ首相や、アメリカのケネディ大統領ばかりを責められません。そうした時代に生まれた共業(人々が共同して善悪の行為を行ない、それぞれ各人が共同の苦楽の果報を受ける。そうした共同の行為と責任)があるのです。 私達の心の中には自分だけがよくなりたい、得をしたい、という根性があります。そうした欲の心のかたまりが現実の社会にこうした形で現われているのです。決して人ごとではありません。私達の心が、ほんとうに人を思い、因縁因果の道理をわきまえ、自分自身を改造していかなければ、こうした問題は解決するはずがないのであります。 (昭和37年10月【佼成新聞】) 業・共業 四 信仰者の団体が、なぜ社会や政治に呼びかけなければならないかと言えば、個人の救いだけをめざしていますと、救われた個人は、つい、その安心の境地にぬくぬくと日向ぼっこをしてしまい、いわゆる“救いの再生産”が行なわれずに終わる傾向があるからです。法華経は“救いの再生産”を強調している経典であり、したがって、法華経を所依の経典とするわが立正佼成会では、お導きと手どりを重要な行法としているのでありますが、それでも個人単位の救いは広がり方が遅々としていて、世の立て直しに間にあわないのでは、という思いをすることが多いのです。そこで、個人への働きかけと並行して、社会や政治への呼びかけをせざるをえないのです。 かつて、トインビー博士が次のように話されたことがあります。「真の永続的平和には、宗教革命が欠くべからざるものと私は確信します。この場合、私の言う宗教とはどういう意味でしょうか。私が意味しているのは、個人と共同体の双方における自己中心性の克服ということです。つまり、宇宙の背後にある精神的存在と交わり、私達の意思をそれと調和させることによって自己中心性を克服することです」(京都産業大学若泉敬教授『トインビーとの対話』による)。 念のために注釈しますと、共同体というのは、会社・労組・政党・地方自治体・国家等々を指し、宇宙の背後にある精神的存在とは神・仏、すなわち宇宙の大生命を指すものと思われます。そこで、トインビー博士の言われるところを、私流に翻訳すれば、「個人だけでなく、個人が集まってつくっている各種の共同体も、相共に自己中心の考え方を改めて、宇宙の大いなるいのちに魂を通わせ、その根本道理に随順する生き方に切り替えてこそ、初めてこの世に永続的平和が現出するのだ」ということです。この「宗教革命」という言葉、「個人と共同体の双方における」という言葉、「宇宙の背後にある精神的存在と交わり」という言葉、「自己中心性を克服する」という言葉を、よくよく吟味してくだされば、私どもが今、大いに力を入れている「会員総手どり」と「明るい社会づくり運動」と「政治への働きかけ」の意味が、よくわかっていただけると思うのです。 (昭和52年03月【躍進】) 業・共業 五 また、自己中心性を克服すると言うのも、まったく無我の境地に入れと言うわけではありません。トインビー博士は、あくまでも一般大衆を対象としてモノを言っておられるわけですから、普通の在家の生活者に、そんな難しいことを押しつけられるはずはないのです。これは、仏法で言うならば「諸法無我」すなわち「持ちつ持たれつ」の法則にめざめ、それに徹せよ、と言っておられるのです。持ちつ持たれつの法則を知らないからこそ、何事も自己中心的に考え、自分勝手を押しとおそうとして、他人を損い、紛争を惹き起こし、われ人ともに不幸になっていくのです。 ですから、自分の自己中心性を払いのけようと直接的に努力するのもいいでしょうが、それよりも「持ちつ持たれつ」の法則を、しっかりと思惟し、信念として身につける方が早道です。なぜなら、それが身につけば自己中心性など、ひとりでに薄れていき、ついに雲散霧消していくからです。 そのようにして自己中心性が消散しますと、その瞬間から心身がまったく自由自在になったような解放感を覚えるのです。その解放感こそが人間のほんとうの幸せであって、これほどの幸福感は他からは絶対に得られません。 そして、このような解放された人間が世の中に多くなり、お互いが欲張らず、奪わず、お互いを立てて睦み合う社会が現出したならば、それこそが恒常的な平和世界と言えましょう。こういう世界をつくり出そうというのが私の言う仏教による世直しにほかならないのです。 (昭和52年03月【躍進】)...
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...諸悪莫作・衆善奉行 一 白楽天と言えば、中国の唐時代の大詩人として世界の文学史に不朽の名を残している人ですが、もちろん学問も深く、また役人としても重い地位にありました。この白楽天がある田舎のお坊さんと問答して、ギャフンと言わされたことがあるのです。杭州という地方の長官をしていたとき、変わったお坊さんがいるといううわさを聞きました。悟りを開いた偉い人で、諸国を巡ったのち、今は山の中の一本の木の上に住んでいて、人々は鳥窼(鳥の巣)禅師と呼んでいると言うのです。 おもしろいと思った白楽天が、ある日その山に行ってみると、なるほど大きな松の木の上に“鳥の巣ごもり”のようにしてすわっています。まず「禅師、ずいぶん危険な所に住んでいらっしゃいますね」と声をかけると、とたんに「長官の危険の方がずっと大きい」とやりかえされました。「私はこの地方を立派に治めています。どこに危険がありますか」と聞くと、「心のなかは火と薪が一緒になっているようなものじゃ。こんな危ないことはない」と、またやられてしまいました。そこで、白楽天が、「仏法とは一口に言ってどんな教えなのですか」と尋ねますと、禅師は「悪いことはするな。善いことをすすんで行ない、みずからその心を浄くしなさい。これが仏さまの教えじゃ」という答えです。白楽天がここぞとばかり「それぐらいのことは、三歳の子どもでもわかることではありませんか」と反撃しますと、禅師は「三歳の子どもでもわかるが、八十歳の老人でも行なうのは難しいことじゃ」と喝破しましたので、白楽天もすっかり頭を下げてしまいました。 そしてその後、鳥窼禅師を師として、仏法の極意を学んだと言うことです。 もちろん禅師の答えは、お釈迦さまがすべての仏さまの一貫した教えであるとして説かれた七仏通戒偈の〈諸悪莫作、衆善奉行、自浄其意、是諸仏教〉をそのまま引用されたものです。 (昭和43年11月【佼成】) 諸悪莫作・衆善奉行 二 悪いことはお互いに一つずつでも捨てていこう、一生懸命になって、もろもろの悪をなさないようにつとめましょうと、たとえば朝寝坊も、腹を立てることも、欲ばることもやめて、冷たい根性も捨てましょう、というのが〈諸悪莫作〉です。そして善根を積む……電車に乗ったら人に席を譲り、お年寄りには親切にし、おしゅうとさんを喜ばせ、病人には親切な看護をするというように、善いことを、これも一つずつ積み重ねていくことが〈衆善奉行〉です。 さらにまた、そういう行ないをとおして常に自分の心を清くしようといつも努めていく、それが〈自浄其意〉であります。自分の心を清くしようと心掛けていないと、人に親切にしてあげても「あの人はちっとも有り難いと思っていないじゃないか。なんと恩知らずなんだ」などと考えてしまい、せっかく衆善奉行を実行しながら、なんにもならなくなってしまいます。そういう心が相手にも響いて「なんだ。そんなことを言うくらいなら、なまじ親切にしてくれなきゃいいじゃないか。恩に着なきゃならないのなら、親切なんていらない」と言うことにもなってしまいます。せっかく親切を尽くしながら、あべこべにしっぺ返しをされてしまうことになります。 世の中には、ずいぶん親切な人がいますが、中には親切にしておいて、いつでもあと足で砂をかけられている人がいます。そんな人をよく見てごらんなさい。その人の心の中には必ず、「やってやった」という気持ちが強いはずです。「こんなにしてやったのにどうして恩に着ないんだろう」「どうしてわからないんだろう」という気があります。ですから親切にされた方もしゃくにさわって、じだんだをふんでいるのです。こういう人は一生懸命になってもろもろの善を行なうのですが、心を浄めていないし、きれいな気持ちになりきっていないからそうなるのです。親切に“してやった”ではないのです。“させてもらった、有り難い”という浄らかな気持ちでいないと、相手が抵抗を感じるのであります。 (昭和40年02月【速記録】) 諸悪莫作・衆善奉行 三 私達の生きているこの娑婆は、お互い同士、いろいろな因縁によって生まれ合わせています。金持ちの家に生まれる人、貧しい家に生まれる人、非常にいい頭脳を持って生まれてきた人、なかなか頭のよくならない因縁を持って生まれてきた人など、そうした因縁をそれぞれに持っているのですが、では今、現在、私達は与えられたその因縁をどうすればいいかということになりますと、「諸苦の所因は貪欲是れ本なり」なのですから、心の中をほんとうにきれいにして、欲を捨て去ることです。七仏通戒偈にも〈是諸仏教〉と言われていますように、心清浄こそ仏教精神そのものなのであります。 (昭和38年12月【速記録】) ...
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...法華経の教え 一 法華経は非常に深遠かつ広大な真理の教えであります。だからその根本精神と言っても、見方・考え方の角度によって、いろいろな言い方ができると思います。 “授記経”であると言う立場から、〈人間はすべて仏になりうる〉と言うのがその根本精神であるとすることもできます。しかし、仏となるまでの〈歴劫修行〉ということを繰り返し説かれている点から見れば、〈仏性開顕のための努力精神〉こそがそれである──と言うこともできます。 また、その題名に基づいて、〈泥水に咲く蓮の花のように、汚濁に満ちた生活をしながらも、欲望を善のエネルギーに転換することによって、上へ上へと向かっていき、また周囲を清めていくのが人間らしい生き方である〉ということを根本精神としているのだ───と見ることもできます。 一方、このお経の最大の核心である、と言うよりは一切経の魂魄である「如来寿量品」を眼目として見るならば、〈仏とは無始無終の実在であり、宇宙のすべてを存在させ、生かしている大生命である。その大生命に帰依することが人間に究極の幸せをもたらすものである〉ということこそ、その根本精神と言われなければならぬ──という論も成り立つでしょう。 それらはすべて正しく的を射た見方であると言えますが、私はここにもう一つ別の角度から見た、非常にたいせつな考えを付け加えたいと思います。それは、ほかでもありません。〈すべては一つ〉と言う精神であります。今の社会にとって、これからの世界にとって、この〈すべては一つ〉という精神こそは最も緊急かつ重要なものでありますが、法華経は実に終始その精神に貫かれているのであります。 (昭和43年04月【躍進】) 法華経の教え 二 《妙法蓮華経》のご説法の最初において、お釈迦さまは、仏に悟られた世界観、すなわち諸法の実相について「とうてい理解はできぬだろうが……」と前置きされて、簡単にお触れになりました。いわゆる〈十如是〉の法門です。 それはこの世のあらゆる現象(諸法)にはもちまえの“相(形体)”があり、もちまえの“性(性質)”があり、もちまえの“体(本体)”があり、もちまえの“力(潜在エネルギー)”があるが、その潜在エネルギーが働きだしていいろな“作(作用)”を起こすときには、その“因(原因)”“縁(条件)”によって“果(結果)”“報(あとに残す影響)”が違うけれども、それらの変化はただ一つの宇宙の真理に基づくものであり、現象のうえでは千差万別のように見えるけれども、その実体においては初めからしまいまで常に等しい〈空〉なのである(本末究竟等)という世界観なのであります。 このように、法華経の説法の冒頭から〈すべては一つ〉というお考えをうちだしておられるのです。したがって、その世界観に基づく考え方も、当然「如来は但一仏乗を以ての故に、衆生の為に法を説きたもう。余乗の若しは二、若しは三あることなし」ということになるのです。 しかし、このような哲学的な説き方では、初めから見とおしておられたように、みんなはなかなか悟りを開くことができませんでした。そこでお釈迦さまは、説法のいきかたをガラリと変えられ、たくみな譬諭と過去の事例をいろいろさまざまにお説きになり、それらのなかにこの〈すべては一つ〉という精神を暗示されつつ、次第に最高の悟りへと導かれていかれたのです。 たとえば、「譬諭品」において、子どもたちがそれぞれ羊車・鹿車・牛車をもらおうとして火宅から飛びだして行ったところ、それよりもはるかに立派な大白牛車を、等しく与えられた……というたとえ話の意味も、〈すべての教えのいきつくところはただ一つ〉と言うことにほかなりません。 また、「薬草諭品」に、「天をおおう一面の密雲から地上にふりそそぐ雨は、どの草どの木にも平等に潤いを与える。それを受ける草木には、喬木もあれば、潅木もあり、花の美しい草もあれば、薬になる草もあり、千差万別である。しかし、それぞれの草木が自分のもちまえに応じて天の潤いを受け、もちまえの価値をそれぞれに発揮するという天においては、また平等なのである」と説いておられるのも、人間の差別相の奥にある平等相を教え示されたものにほかなりません。そのたとえ話のすぐあとで、「如来は是れ一相一味の法なりと知れり。所謂、解脱相・離相・滅相・究竟涅槃常寂滅相にして終に空に帰す」とおおせられているのです。 このような例をあげれば無数にありますが、だんだんご説法がすすんで「見宝塔品」にはいりますと、お釈迦さまは、宝塔のなかに多宝仏と並んでおすわりになります。このことは、真理そのものであられる多宝仏と、この世で真理を説かれる釈迦牟尼仏が、実は別の仏ではなく、もともと一つの仏であることを象徴しておられるのです。真理の実行者・真理の説法者こそ、宇宙に満ち満ちた見えざる仏と同価値、否“一体の存在”である───と言うことを暗示しておられるのであります。 このようにして、ついに「如来寿量品」にいたり、「すべての仏は、宇宙の大いなるいのち、そもものである」ということを明らかにされ、したがって「すべての生命は、そのただ一つの大いなるいのちに生かされているのである」といあう大真理をお示しになるわけであります。 こう見てくれば、法華経は終始〈すべては一つ〉という精神によって成り立っていることが、つくづくと納得されることと思います。 (昭和43年04月【躍進】) 法華経の教え 三 このお経を理解するために、昔の偉い坊さん達がいろいろな分け方をされていますが、一番適当だと思われるのは、まず全体を二つに分けて、序品第一から安楽行品第十四までを〈迹門〉、そのあとを〈本門〉とし、それぞれ〈序分〉〈正宗分〉〈流通分〉に分けて考える方法です。 すなわち〈迹門〉においては、序品第一を〈序分〉、方便品第二から授学無学人記本第九までを〈正宗分〉、法師品第十から安楽行品第十四までを〈流通分〉とします。また、〈本門〉においては、従地涌出品第十五の前半を〈序分〉、その後半と如来寿量品と分別功徳品の前半を〈正宗分〉、そのあとを〈流通分〉とします。 ここでちょっと説明しておかねばならないのは〈迹門〉と〈本門〉の別です。 〈迹門〉というのは、〈迹仏〉の教えということです。〈迹仏〉とは、実際にこの世にお生まれになり、修行の結果、仏の境地に達せられ、八十歳で入滅された釈迦牟尼世尊のことです。ですから〈迹門〉の教えは、一口に言って、人間の理想的境地に達せられた釈尊が、ご自分の体験と覚りに基づいて、「宇宙はこんな成り立ちになっている、人間とはこんなものだ、だから人間はこう生きねばならぬ、人間同士の関係はこうあらねばならぬ」と言うことを教えられたものです。そして、人間の生きる最終の目的は、仏の境地に達することであり、しかも、あらゆる人間は、努力次第で必ずその理想に到達できるのだ、ということを力強く保証されているのです。 言い換えれば、人間はほんとうの〈智慧〉に目覚め、その〈智慧〉に基づく努力をしなければならないというのが、〈迹門〉の教えなのです。 ころが、〈本門〉の「如来寿量品第十六」にはいりますと、釈尊は、「私はかぎりない過去から、ずっとこの宇宙のいたるところにいて、説法し、衆生を教化してきた」と、お説きになります。すなわち、ほんとうの仏というのは、宇宙のありとあらゆるものを存在させ、生かし、動かしている根本の大生命である、ということを明らかにされるわけです。この意味の〈仏〉を〈本仏〉というわけです。 したがって「自分は宇宙の真理、根元的な大生命に生かされているのだ、という大事実に目覚めよ」というのが、〈本門〉の教えです。生かされている!──という自覚、これはもともと〈智慧〉に発してはいるのですが、〈智慧〉を一歩飛び越えたすばらしい魂の感動です。そこに仏の〈慈悲〉を生き生きと感ぜずにはおられません。 また、この仏の慈悲を感じとったら、その慈悲を、そのままほかの人に対しても与えるのが、人間本来の姿であり、世の中を住みよく、美しくしていく素直な道であり、すなわち人間と人間関係における最高の徳であります。そこで、〈本門〉は慈悲の教えと言うことができましょう。 (昭和39年03月【新釈1巻】) 法華経の教え 四 法華経は(中略)よき人生と、よき社会建設のための最の高指導書であります。決して、単なる信仰の書ではありません。(中略)「序品第一」には、ほんとうの智慧とはどんなものであるかが示されており、「方便品第二」では空の真理から展開する諸法実相・十如是の哲理によって、人間の本質における平等と、現象面における不平等のおこる成り行きを説かれ、「現象面における不平等は、心の持ち方次第でどうにも変えることかできるのだ」ということを教えられています。 「譬諭品第三」では、方便の教えも真実の教えの一段階であることを明らかにされるのですが、それはつまり、「人生のすべての修行において、低いと思われる基礎的な修行をもおろそかにするな、それがそのまま最高の境地につながっているのだ」という教訓にほかなりません。 「信解品第四」では、「人生に自信を持て。決して卑屈になるな。人間の本質はみんな等しい仏性なのであるから……」という激励がなされ、さらに「薬草諭品第五」において、人間の平等面と差別面を追究し、「人間はこの世における自分の存在価値をしっかり認識し、その使命に向かって精いっぱいの努力をせよ。そこにはすべての人の平等な救いがあり、社会全体の救いがあるのだ」と喝破されています。「授記品第六」では、人間の本質のすばらしさを、成仏の保証という事実によって具体化され、また、理想社会のイメージを与えることによって、今後の努力を促されます。 「化城諭品第七」では、「生命とは永遠に活動と変化を続けるものであるから、個人的な安心の境地に静止しているのは、生命の法則に反する。そういう境地から抜けいでて、自分をも人をも、世の中全体をも幸せにする物事をつくりだしていく働きにこそ、人生の意義があるのだ。そして人間のひとりひとりがそのような想像の働きを果たしていけば、それらの働きは必ず大きなところで総合され、大調和するものであって、そういう大調和の状態が、とりもなおさず人類全体の幸福なのである」と教えられています。 「五百弟子受記品第八」では、人間には間違いなく仏性がそなわっていることをふたたび強調され、「おのれの仏性の発見こそが救いにほかならぬ」ことを教えられています。 「授学無学人記品第九」では、その仏性の実在を、まだ修行のできあがっていない人々への授記によって実証され、「法師品第十」では、仏性開顕のための修行の具体的方法を示されます。この仏性開顕のための修行が、そのまま人生の修行に通ずるものであることは言うまでもありません。 そして「見宝塔品第十一」では、仏性の活現者こそが仏であることを身をもってお示しになり、また、いかなる真理を説く人もやはり仏の分身であることと、法華経はすべての真理のまったき相であること教えておられます。 「提婆達多品第十二」では、仏性自覚の教えのしめくくりとして、いわゆる悪人であろうと、無教育な者であろうと、平等に救われることを説かれ、「勧持品第十三」では、真理に向かっての不惜身命の努力が人生の大事であることを教えられ、「安楽行品第十四」では、心の持ち方、身の処し方について温かい注意を与えられ、「従地涌出品第十五」では、現実生活の体験者にこそ、この世の浄土と化する菩薩としての資格があることを強調されています。 そして、「如来寿量品第十六」にいたり、ついに仏性の活現者である仏陀の根源は宇宙の大生命であることを明らかにされ、人間はその久遠実成の本仏に生かされている永遠不滅の生命であるという真実を知らしめられるのです。 ついで、「分別功徳品第十七」「随喜功徳品第十八」「法師功徳品第十九」において、法華経の真理を素直に行ずるものに現われてくる功徳について詳説されるのですが、「法師品」のなかの「若し俗間の経書・治世の語言・資生の業等を説かんも、皆正法に順ぜん」という一句に、法華経が生きた人生の書であることが示されているのに、とくに注目すべきであります。 ついで「常不軽菩薩品第二十」では、仏性を礼拝・発掘する行ないただ一つでも、すばらしい結果がもたらされることを説かれ、「如来神力品第二十一」では、以上二十品にわたる説法を総合して、その全体を貫く真理はただ一つであることを説かれ、「嘱累品第二十二」では、この教えの受持と流布を後世のわれわれに託されております。そして、「薬王菩薩本事品第二十三」では、ふたたび不惜身命の行を激励され、「妙音菩薩品第二十四」では、「理想はそれを一歩ずつでも実現してこそ価値がある」と教えられ、「観世音菩薩普門品第二十五」では、指導者の理想像を示されます。 ついで、「陀羅尼品第二十六」では、「言葉の偉力」を、「妙荘厳王本事品第二十七」では「人を教化するには自分の行ないをあらためることが第一であること」を、最後の「普賢菩薩勧発品第二十八」では、「菩薩行の実践」を強くすすめられています。(中略)このように概観するとき、法華経がいかに広大な人生の書であるかということが認識されることと思います。 (昭和41年11月【躍進】) 法華経の教え 五 法華経の教えを現代に生かすには、どうすればよいか。現代の法華経行者は、どう生きねばならないか。答えは簡単です。「人間として生まれてきた意義を悟り、人間としてなすべきことをなす」──これに尽きます。しかし、これではあまりに茫漠としてつかみどころがないように感ずる人のために、もう一つ突っ込んで言えば、永遠の生命というものを確信し、自分の現在の人生は永遠の生命の流れの一環であるととらえる。また万物・万象の根源は、ただ一つ宇宙の大生命であることを悟り、自分という存在が全宇宙の中で抜き差しならぬものであることを確認することであります。これが法華経の教えのギリギリの核心であり、この核心をとらえて自分のものとしないかぎり、ほんとうに法華経を学んだとは言えませんし、したがって真に法華経を行ずることもできないのであります。 (昭和45年09月【躍進】)...
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...開経と結経 一 立正佼成会が、《法華三部経》と呼んでおりますのは、まず“開経”の経典、「無量義経」が一巻でこれが一部、次に「妙法蓮華経」が八巻二十八品でこれも一部と数え、最後に“結経”として「観普賢菩薩行法経」これを「懺悔経」と呼んでおりますが、そのお経が一巻で一部、合わせて三部ということになります。開と結が各一巻で中が八巻ですから、十巻になるわけです。 (昭和34年12月【速記録】) 開経である「無量義経」には、「この宇宙のすべての存在とその働きはただ一つの実在、すなわち〈空〉から生じているのだ」という根本的な世界観が教えられています。そして、その奥には、だからこそ「心が環境を変えうる」のであり、「善因には善果があり、悪因には悪果がある」のであり、「向上の意志あってこそ人間と言いうるのだ」という教えがこめられています。(中略)そして、結経である「観普賢経」において、謙虚な反省こそ人間向上のための一大要因であることを説いて、しめくくりとされています。 (昭和41年11月【躍進】) 「無量義経」に「無量義は一法より生ず」とあります。お釈迦さまが菩提樹下で悟られたのは、この一法でありました。すなわち、すべての存在・すべての現象をつくり現わしているギリギリの根源の実在と、そのはたらきの実相を、み心の中に明らかにされたのです。 人間も宇宙空間における一つの存在でありますから、そのような一法に即した生き方をするのが、最高の道であることは言うまでもありません。そこで、お釈迦さまは、み心の中に悟られたその一法に基づいて、「人間いかに生きるべきか」を四十数年にわたって説き、教えてくださったわけです。 ところが、お釈迦さまの教えは、学者が講義でもするように整然と体系を立てて説かれたものではありません。生の現実に即して、生きた人間を救うために、いわゆる“結び”を与えられたのです。たとえば、無理な苦行をしている修行者をごらんになれば、中道のたいせつなことを説かれ、子を失って狂乱している母親にお会いになれば、人間は必ず死ぬものであることを悟るように導かれ、自分を愛することに罪の意識を感じている知識人の悩みに対しては、その自愛の念を他愛にまで展開させる考え方を教えられるというふうに、人に応じ、場合に応じて、それぞれに最も適切な指導をされています。このような教えを対機説法とか随宜説法と申しますが、釈尊ご一代にわたってされたこのような説法は、ほとんど無数と言っていいのであって、つまり、一法から無量義が生じたわけであります。(中略) 繰り返し言いますが、たいせつなのは一法を思うことです。観普賢菩薩行法経にも「若し懺悔せんと欲せば端坐して実相を思え」とあります。この実相がとりもなおさず一法なのです。つまり、法華三部経は一法に始まり一法に終わっているのです。ですから、これを忘れては真に法華経を行ずることはできないのであります。 (昭和49年09月【躍進】) 開経と結経 二 順序として、まず開経の「無量義経」から説明しますと、このお経には、説法にあたって「四十余年いまだ真実を顕さず」と言われたお釈迦さまのお言葉で出ています。これまで四十年あまりも自分は説法を続けてきたが、実は私が悟ったことはまだ全部発表していないんだ、と言われたわけです。そして、お釈迦さまはれこらかいよいよ真実を説くと宣言され、開経の無量義経に、真実の法門としてこれから説法されようとする法華経に対する私どもの心構えを、つぶさにお示しになられたのであります。 (昭和34年12月【速記録】) 「無量義経」の名は、私ども人間の持っている欲望が無量であるように、義もまた無量であるということからつけられたものです。たとえば、若い男性は「自分が結婚する相手はどんな女性だろうか、こんな人ならいいな」と考えるでしょうし、若い女性もまた結婚相手の男性に対して、同じような望みを持つに違いありません。そしてまた商売不振で困っている人は、どうにかしてお金の儲かる方法はないだろうかと考え、入試試験を受ける子どもを持った親は、わが子が望んでいる学校へなんとか入学させてやりたいと思うはずです。 無量義経は人間の持っているそうした無量の願いを、すべてかなえさせてやりたいというお釈迦さまの慈悲を基として説かれたものです。このお経は、「徳行品」と「説法品」、それに「十功徳品」の三品から成り立っていますが、最初の「徳行品第一」には無量の願いをかなえていただくためには、私どもがたくさんの徳を積んでいかなければならないという教えが説かれております。また、「説法品第二」には徳の行ないを積み重ねていくうえで一番大事なのは、自分の体験を多くの人達に伝えて、認識してもらうことであると教えられています。説法というのは、自分が聞いたこと、読んだこと、お導きさせていただいた家や、自分の家庭に実際に起こったこと──そうした身近な問題を取り上げてご法を説く、そしてそれを皆さんにわかってもらうように努力することです。 さらに、これに続く「十功徳品第三」には、このお経の教えを理解し、実行した人が、仏さまからいただくあらたかな十の功徳があげられています。皆さんがいつもお読みになっていらっしゃる立正佼成会の青い経巻の、最初に納められているのが、この十功徳品の第一番の功徳であります。 (昭和33年05月【速記録】) 無量義経の「十功徳品第三」の初めに「仏の言わく、善男子、第一に、この経は能く菩薩の未だ発心せざる者をして菩提心を発さしめ」という言葉が出てまいります。私どもは普通なんの気なしに読んでおりますが、これは人さまをお導きしたり、真底から菩提を念じたりしようとする気持ちを持たない人をも、また、まだ発心していない人であっても「上求菩薩、下化衆生」ということで、このお経には菩提心を発させる力があることを説いたもので、それがまずへき頭に出てくるわけです。 この教えからもわかりますように「仏種は縁に従って生ず」で、仏心というものは、人さまからお導きを受けてご法に入り、機会を得て本部へ参拝させていただく、といった法縁に触れることによって、だんだんと成就していくのです。 (昭和34年04月【速記録】) 「十功徳品」にあげられている十の功徳を読ませていただくと、お釈迦さまは六波羅蜜を全部行じたことのない人であったも、このお経を信じて、行じていけば、たとえば、欲ばりな人間は施しができるようになり、腹立ちっぽい人間は寛大な心に変わって、人を許すことができるようになっていくと言われています。そして、それがみんな功徳に変わっていくのがこのお経である、と教えられているのであります。 (昭和49年10月【求道】) 開経と結経 三 〈懺悔経〉という別名のある観普賢菩薩行法経に「若し懺悔せんと欲せば 端坐して実相を思え衆罪は霜露の如し 慧日能く消除す」とあります。この「実相」とは「人間は仏(宇宙の大生命)の仮の現われであって、〈私〉などというものは実際にはないのだ」と言うことであります。その真実に思いを徹することが懺悔の極致であると言うのです。 どうか皆さん、あなた自身の幸せのために、そして人間みんなの幸せのために、(中略)いろいろな段階の懺悔を日夜みずからも実行すると同時に、人類最高の懺悔の教えである、仏教をひとりでも多くの人に伝えることに努力されるよう、心からお願いしてやみません。 (昭和47年03月【佼成】) 〈懺悔〉と言うことですが、これは信仰のうえばかりでなく、学業においても、技術習得においても、職業のうえにおいても、絶対に欠かすことのできぬものであります。常に理想の境地を頭に描き、その境地と現実の自分とを比べ合わせてみる──そうすれば、いやでも自分の至らなさがヒシヒシと感じられます。それを感じとることが、上へ昇るための踏み台となるのです。「これで充分だ」という油断や慢心を持っていたのでは、絶対に向上を目指すことはできないのです。 信仰の上においては、なおさらそれが必要であって、ご本尊を拝するたびごとに「自分はこれでいいのか」という懺悔をしなければなりません。「観普賢経」にも詳しく教えられているように、懺悔こそが仏道修行の絶対条件であることを、この機会にあらためて思い返してほしいのであります。 (昭和43年09月【佼成】)...
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...法華経の柱 一 ご一代のうち、五十年間を説法に費やされたお釈迦さまが、そのうちの八年間にわたって説かれたのが法華経です。このお経を説法されるにあたってお釈迦さまは、「これまで四十余年間、ほんとうのことを言わずに、それを説くための準備を進めてきた。今こそそれを説く」とおっしゃっていますが、方便品第二を読みましても、お釈迦さまがこの法を説法されるのに、なおためらいを感じられたということがうかがわれます。お弟子の舎利弗が「どうか教えていだたきたい」と、お願いしたのに対して、「止みなん復説くべからず」と三度も断っておられるのがそれです。「このことを説けば、一切世間の者がみな疑惑を持ち、法を信じることができなくなって、地獄に墜ちてしまう。そうなってはたいへんだからこれを説くことはできない」と言われて断っておられるのです。 しかし、舎利弗は「今までおっしゃったことを、みんな信じています。ですから、信じないはずがありません。どうか愍をもってわれわれのために説いてください」と、重ねて四度お願いしました。これにはお釈迦さまも、さすがに根負けなさって「舎利弗よ、それほどに言うなら説こう。しかしほかの者は聞いても疑惑を持ってわからなくなってしまうだろうから、お前だけよく覚えておきなさい」と言われて、ようやく「方便品」をお説きになられたのでした。 皆さんがお導きに出かけたとき、そして家族がご法をなかなかわかってくれないとき、そういう場合、あまり無理をすると相手はかえって心に疑いを持ってしまいます。そしてそのために地獄に墜ちてしまうわけです。そういうときはやはり、説くべからずなんです。ですから、きょうはやめておこうというその区切りの大事さを、方便品の中でよく教えてくださっているのです。そしてこちらが「説いたって無駄だよ」と言っても「いや、なんでも聞きますから、どうかお願いします」という気持ちになったとき初めて「それなら、ほんとうのことを言って聞かせてあげましょう」と言って、法門を説くのです。相手の根性を直すにしても、やたらに「ああだ、こうだ」としょっちゅう言ってはだめなのです。言われる人にとっては、一番痛いところなんですから、機会を待たなくてはいけません。仏さまは、それを方便品で教えておられるのです。 また、方便品にはお釈迦さまと舎利弗との問答がいろいろでてきますが、そこには、いよいよ説き始められると、お釈迦さまは舎利弗が聞かないことまでも、どんどん説かれています。舎利弗にもわかっていないということをよくご存じのうえで、こちらからお聞きしないことを、詳しく説いて聞かせてくださったわけで、舎利弗との問答の形で説かれているこの品の中に、お釈迦さまのお気持ちが、最もよく明らかにされているように思います。 (昭和50年07月【求道】) 法華経の柱 二 「五千起去」ということが、方便品の中に出てきます。舎利弗の請いを受け入れられて、いよいよ「妙法蓮華経」を説こう、とされたとき、五千人の信者が席を立って出て行ってしまったのです。お釈迦さまのようにお徳のあるかたでさえも、そうだったのです。で、あとに残った信者は千二百人だったと言いますから、そのとき会座には六千二百人の信者がいたことになります。法華経の説法にお入りになる前までのお釈迦さまは、信者が席を立とうとすると“いや、そういうものではない”とか“それはこういうことなんだ”と、むしろ甘い言葉を使って、その人達をとどまらせようとなさっています。そのように、信者をたいへん上手に教化されていたのでした。ところが、この時は五千人が一斉に席を立って外へ出て行ってしまっても、ただ黙ったままで、それをとどめよう、とはなされなかったのです。そして、残った千二百人に向かって、お釈迦さまは「もっぱら貞実のみ」と言われて、ここにはその“真実を聞く耳のあいた人間”だけが残っているからと、むしろ一段と調子をあげて堂々と説法されたのでした。 そんなに多くの信者が、そのときほんとうに席を立って行ったかどうか明らかではありませんが、中にはきっとそういう人もいたのだろうと思います。しかし、いくら大勢の人がそこにいても、そのうちの何人がお釈迦さまの説法を聞こうとしたかが問題だと思うのです。それと言うのも、法華経の説法に入られる前までは、たとえば「私は頭が痛いのですか、どうしたのでしょう」というような個々の質問に結びをするかたちで、お釈迦さまは説法をされていたのです。 ところが法華経では、この結びの手がかりが、腹が痛いからどうする、頭が痛いからこうする、と言うようなことではなしに、お説法の内容が、過去世から現世、そして未来世にまでわたって、〈法門の理論を説く〉ということに変わってきております。要するに、自分ひとりの生き死にの問題ではなくして、仏教の遠大さを、その始まりから未来にかけて説き明かそうとされているわけです。それはもう宇宙の根本理にまで及ぶ問題なのでありますから、お弟子の方からは質問のしようがないわけです。お説きになる事柄は、個人の頭の痛さや胸の痛みに直接関係した内容ではないのですから、それを聞いている人達にとっては、痛くもかゆくもないことなのです。 しかも、これまで人間が積み重ねてきた歴史の中にこの法門がどういうかたちで生きてきたか、また生かさなければならないかというご説法を聞いて、完璧な法門をわれわれがこの手でしっかりと握りしめるための道がどこにあるかを考えるのは、なかなか難しい問題であります。 今この会場で、私の話を聞いておられる人は、おそらく一万人以上にのぼっておられることでしょう。あるいはお釈迦さまが説法なさったときの会座よりも、ここに集まっておられる人達の数の方が多いかもしれません。しかし、たいへん失礼ではございますが、仏さまがこの説法をとおして教えようとされたことを、こうしてご説明しましても、それをほんとうの意味で受け取ってくださるかたが、果たして何人いらっしゃるか、ということになりますと、たとえどんな写真を撮ってみましても、心の色は写らないだけにその判断はなかなか難しいことであります。もちろん、これはお釈迦さまの時代と、現代との違いを比べ合わせて考えていかなければならない問題であるとは思いますが、それと同時に、ここで私達がかみしめなければならないのは、法を求めるには真剣さが必要だということです。また、そうでなければ、ほんとうのものはつかめないのであります。 (昭和42年09月【速記録】) 法華経の柱 三 お釈迦さまが五十年間説法をなされたのは、すべて「如来寿量品第十六」をお説きになるためであったと言えるでしょう。永いあいだ説法をされたあと、これで初めてほんとうのことが言えるとお考えになって、説かれたのが法華経でありますが、その中でも、とくに「自分の心をそのままに説いたのは、如来寿量品である」とお釈迦さまご自身がおっしゃっています。 この品には、「如来の寿命は無限である」ことが説かれているのですが、仏さまはそのように、真実の自分はいつまでも生き続けていることを教えられたあと「方便力をもって、実には在れども而も滅す」と、言われています。ほんとうの命は生きとおしなのだけれども、借りものの体は隠す……そして、おまえ達のそばに在って、「常に住して法を説く」のだとおっしゃっているのです。ですから仏さまは、いつも私達のそばを離れることなく、絶えずご法を説いてくださっているのですが、私達は自分自身が仏さまに監督されながら暮らしていることを、知らずに生きているであります。 (昭和48年08月【求道】) 「久遠実成の本仏は常にこの宇宙に満ち満ちておられ、すべての存在はその分身であるから、どんな不幸に陥っている人でも、自分は仏の子である。久遠の本仏に生かされているのだ、ということを思い出しさえすれば、仏の生かす力はよどみなくその人の心身に流れ込み、必ず幸せを得ることができるのだ」という真実を、ご成道四十余年にして初めてお説きになったのです。ここが、法華経の最も有り難いところです。 この真実は、普通の人間にとってはこの上もない救いです。「仏さまに生かされている」と強く、深く信じただけで、何とも言えぬ大安心が胸を満たし、生きる誘起が猛然とわき上がってくるからです。まことに〈情〉から入った〈信〉の極致です。舎利弗は、諸法実相の教えによって、同じことを知的に悟ったわけですが、一般の優婆塞・優婆夷(在家の信仰者)は、仏さまに対する恋慕渇仰の思いから、同じ境地へ達することができるのです。しかも、信が至れば、即座にそこへ達することができるのです。ここが信仰の極意であって、いつも言いますように「信仰は、早く幸せになる道」なのです。 (昭和49年02月【佼成】) 法華経の柱 四 私は最近、複雑な国際問題を見るにつけても、「提婆達多品第十二」を説かれているような心構えをみんなが持てば、世界の平和は実現できるとつくづく思うのです。 提婆達多と言う人はお釈迦さまのいとこにあたるのですが、お釈迦さまが出家をされる前、お嫁さんをもうらとき、武術や学問の競争をして、いくらか負けたらしいのです。そこで自分の望んでいた人がお釈迦さまのところへお嫁に行ってしまったために、きっとそのうらみもあったのでしょう。その後、お釈迦さまの命を九回もねらっているのです。 ところがお釈迦さまは、自分を殺そうとしたその提婆達多のことを、「提婆達多が善知識によるかゆえに、われをして、等正覚を成じて……」と言われています。自分が仏になれたのは、提婆達多が反抗してくれたおかげだと、“善知識”だとおっしゃっているのです。みんながこういう考え方に、ぜひ立ってほしいものです。 (昭和52年08月【求道】) とかく私達は、人から少しでも反対されると、それだけでもう目の色を変えてしまって、顔を見るのもいやだと、会うことさえも拒絶してしまうようなことになりがちですが、お釈迦さまは自分を殺そうとして、提婆達多が九回も繰り返し企てたことなどまったく意に介されず「前世の提婆達多はおそらく私のお師匠さんであったのだろう」とさえ言っておられます。お師匠さんだから点数もからく、これでもか、これでもかと、修行の手綱をゆるめずに、一生懸命になって追い打ちをかけてくださったので、そのおかげで自分は成仏の道が開けたのだ、というように受けとれる解釈であります。これはなかなか難しいことですが、お釈迦さまのお心の広さをとくと考えていただきたいと思うのであります。私も提婆達多品を拝読していて「相手を許すとか、堪忍するとか言うのではなしに、このような考え方がなければ、すべての人を救うことはできないんだな」ということをつくづく思うのであります。 (昭和52年06月【求道】) 法華経の柱 五 法華経も、如来寿量品以降になると、信仰のさまざまな功徳が説かれ、また、常不軽菩薩、薬王菩薩、妙荘厳王の二王子等々、信仰実践のいろいろな型が列挙されています。つまり、これまでに説かれた普通の真理(理)を、現実に現われる個々の姿(事)に集約して示されているのです。ここがまた、法華経の有り難いところです。 この〈理〉と〈事〉とを並行させて学び、修行しなければ、ほんとうの信仰とは言えません。 (昭和49年02月【佼成】)...
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...法華七諭 一 法華経には〈法華七諭〉と言って、たとえ話が七つ出てまいります(註・三車火宅の譬=譬諭品第三、長者窮子の譬=信解品第四、三草二木の譬=薬草諭品第五、化城宝処の譬=化城諭品第七、衣裏繋珠の譬=五百弟子受記品第八、髻中明珠の譬=安楽行品第十四、狂子良医の譬=如来寿量品第十六)。このたとえ話をお読みになれば、仏さまがどんなにじりじりされながら、われわれをご覧になっていらっしゃるかがわかっていただけることと思います。 生まれながらにすばらしい因縁を持っていて、だれもが仏になれる可能性を持っているのに、なすべきことをしないで、ただもう苦しみあがいている。そういう私達にお釈迦さまは七つのたとえを示されて「早く仏の子だという自覚に立ちなさい」と、おさとしくださっているのです。 (昭和45年11月【求道】) 七つのたとえを読んで気がつくのは、仏さまのお考えと、私どもの考え方との間に食い違いがあるということです。仏さまは私どもを「わが子なり」とおっしゃって早く親子の名乗りをしようと考えていらっしゃるのに、私どもの方は、「欲が深いから」とか「短気だから」「凡夫だから」と、自分の弱点にこだわって、尻ごみばかりしている。そのうえ、とうていそんな器じゃないとあきらめてしまっていて、自分から積極的に志願していこうとする気がないのです。仏さまが一番嘆いていらっしゃるのはこのことであります。それだけに、仏さまは常に、少しでも早く仏の子としての認識に立ってほしい、とおっしゃっているのであります。 (昭和48年09月【求道】) 法華七諭 二 法華経の七つのたとえのどれを読んでみても、そこで教えられるのは、「仏さまを嫌っているのは実は私どもなのだ」と言うことであります。しかし、それでも仏さまの方では、私どもを“見放そう”とは絶対にされていないのであります。 信解品に出てくる「長者窮子の譬」にしましても、長い流浪の旅を続けて帰ってきた窮子が門の前に立ったとき、お父さんの方はすぐれそれがわが子だと気づいて、名乗りをあげようとするのですが、窮子は自分の親とは知らないで逃げて行って、捕えようとすると地に倒れ伏してもがき続けます。そこで長者はしかたがないから、そのままにしておけと言って、流浪の旅をしてきた窮子と同じように、浮浪者のような姿の人を仲間としてつかわして、その窮子を自分の家へ連れてこさせます。その家では泊めてもらえるし、食事にも困らないうえに月給までもらえる。要するに衣食住に心配のない状態を、方便力をもって与えたのです。お父さんの方はそうやって、一生懸命になってわが子に近づこうと、あの手この手を尽くすのですが、窮子の方は一向に受けつけない。そこでお父さんは、わざわざ汚い着物を着て、そばまで行って、いろいろと話かけたり、一緒になって仕事をしながら、めんどうを見続け、二十年目にようやく、窮子は長者の家の蔵のカギを預かるという境涯にまでたどりついたのでした。 だが窮子は、そうなってからもまだ、お父さんの財産は自分のものじゃないからと、思い込んでいます。長者である仏さまの子だということを受け入れられる心にならないのです。しかし、いよいよ父親が亡くなるという直前になって、ようやく息子の心は次第に開けてきて、父親とごく普通の態度で話ができるようになった。そこで初めて長者は親子の名乗りをするのです。そして息子が欲しがってもいないし、求めようともしていなかったのですが、一切の財産を「お前のものだ」と言って与えられます。これは有名なたとえですから、どなたもお読みになっていると思いますが、そこに説かれている内容は、どんなことががあっても私ども一切衆生を、絶対に捨てようとされない仏さまの大慈悲心であります。 (昭和37年11月【速記録】) 私のところへ来る若い人に、いろいろな話を聞かせてあげると「有り難うございました」と言ったあとで「一生懸命やりますから、先生お見捨てなく」ということをよく言っていきます。私はこれまで人を見捨てたことなどありません。どなたに対しても、きっといい信者になってくださるだろうと期待をしていますから、全然捨ててなんかいないのです。ところが向こうでは、やはり気がかりなものですから「先生お見捨てなく」ということになるのでしょうが、とんでもない話です。どこまでも覚えています。 仏法とはそういうものです。仏さまは、われわれの生きていく先の先まで見守られて法を説かれたのであって、見捨てようなどとは決してなさいません。ですから、私達はひとりひとりが自分の立場を自覚して今、何をしなくてはならないか、今生において果たすべきことは何かを真剣になって考えなければならないのです。そのうえで、自分にできることで世の中のために奉仕させてもらうのだ、という心構えを持てば、そこには、即その人独りの寂光土ができているのです。 (昭和51年02月【速記録】) 法華七諭 三 法華経に出てくるたとえの中で一番わかりやすいのは、譬諭品の「三車火宅の譬」だと思います。このたとえについて考えてみますと、ここではおとなと子どもとの考え方が、それぞれにちょっと違っています。子どもが欲しがっているのは、自分の知っている範囲のおもちゃです。そのおもちゃ、羊の引いている車、鹿の引いている車、そして牛の引いている車というその三車が、大きな家の門の外に置いてあって、その家の中では五百人もの子どもが遊んでいる。今遊んでいる遊びよりも、家から出て行って、外に置いてある三つの車で遊んだ方が、もっとおもしろいはずなのです。ですから仏さまは、このたとえでもって、あなた方が心の中に持っている願いをかなえてくれる三つの車が外にあるのだから、早く出てきなさいと教えておられるのです。そしてそれを聞いた子ども達は、あわてて表へ出ていくわけです。 なぜ、そういう方法をとられたのかというと、その大きな家が火事で、火の手が四方からあがっているのだけれども、子ども達はそれを知らずに遊びに夢中になっている。その子ども達を危険な火事の中から安全なところへ救い出してやろう、と仏さまがお考えになったわけです。ところが、お経に「ただ一門あり」と書かれていますように、外に出られる門はたった一つ狭い門しかない。その一門から大勢の子どもを出してやろうとされて、お釈迦さまが方便力を使われたのであります。(中略) 「三界は火宅のごとし」と言う言葉もあるように、今の世の中もやはり火宅に似ています。屋根にはもう火がついていると考えて間違いありません。ですから、私どもはここで“ただ一門あり”という仏さまの教えをよく考えてみなければならないのです。いろいろの信仰がたくさんあるが、自分の信仰というのはどれでもいい、神さま、仏さまに近づこうと願ってただ一門を出ればいいのです。そうやって、みんなが信仰生活に入っていくことを、仏さまは願っておられるのです。 (昭和52年06月【求道】) 法華七諭 四 仏さまは、私達みんなを自分の子どもだとおっしゃっている。仏さまの方から「わが子」と呼んでくださって、その責任のすべてを自分の背に負われ、子どもである私達がどう目覚めればいいかを、詳しく教えてくださっているのであります。如来寿量品の「狂子良医の譬」にしましても、狂って本心を失ってしまっている子どもに対して、仏さまは薬を飲みなさいと言われています。しかし、仏さまは丁寧に調合された薬の処方箋をいくら読んで聞かせても、気が狂った子どもの方は一向に飲もうとしないのです。すると、仏さまはそこをさっと離れて、旅へ出て行ってしまわれ、旅先から使いを出して“おまえ達のお父さんは亡くなってしまった”と、知らせるわけです。 そうしますと、その知らせを聞いた子ども達は「さあたいへんだ」と言うので大あわてします。お父さんが生きておられるうちは、わがままを言っても可愛がってもらえた。そして父親の方も、だだっ子ほど可愛いものだから、わがままを言ってもなんとかしてやろうというので、聞いてももらえたし、あの手この手といろいろお慈悲をかけてくださった。ところがその父親は、もうこの世にはいないのです。 私どもも同じで、いつも仏さまのお慈悲をいただいていると慢性になって、感謝がなくなり、いい気になってしまいます。つまり、信仰の横ばいであって、よりいいものを自分から求めていこうとしなくなります。このことを、良薬を与えられていても飲もうとしない子どもにたとえられるているのです。旅先で父親が亡くなったことを知らされた子ども達は、そこで初めてかつて「おまえが今持っている病気を治すために、この薬を飲みなさい」と教えられた、父親の言葉を思い出し、薬を飲む気持ちになります。そして薬を飲んで、病気が治ったところへ、亡くなったとばかり思っていた父親が、無事で帰って来た、というのが如来寿量品の「狂子良医の譬」であります。 私どもは、身の回りに何かがあると、少しは心をピンと張りつめて精進する気持ちになり、それなりに決定もするのですが、しばらく同じ状態が続くと、またもとに戻ってしまって、善根を植え続けていこうという気持ちをくじけさせてしまいます。仏さまはそこをちゃんとご存じで、「仏世に住せば貧窮下賤にして善根を植えず」と言っておられます。仏が世の中にいつまでも生きていると、みんなはその慈悲にすがろうとするばかりで、心そのものが貧乏根性になってしまう。そのために、徳を積んでいこうというような考えを、全然持たなくなるとおっしゃっているのであります。 そこで仏さまは「実には在れども而も滅す」と、人間の姿だけを隠されたのです。久遠実成の本仏は、常に私どものそばにいて見守っていてくださるのですが、姿を見えなくして私達に恋慕渇仰の気持ちを、起こさせようとされたのです。「狂子良医の譬」は、そのことを教えられたものでありますが、私どもがこのたとえを拝読して思いますのは、いつでも真剣になって求道の精神をふるい起こしていくことのたいせつさです。きのうこれでよかったのたから、きょうもあすもこれでいい、とぼんやりしていないで、自分にムチ打ってさらに努力を続けていくことです。 子ども達をみても、小学校時代は別としても、中学へあがるといい高等学校に入ろうとしてかなり勉強しなくちゃならないという気持ちを持つようになります。そうやって高等学校に入学すると、今度はいい大学に入るために、またよけいに勉強をする。最も学校ばかりを選んでみても仕方がないと思いますが、それは別として、ごく身近にあるそうした事柄を例に引いてみても、上にいけばいくほど勉強もし、また真剣にならなくてはいけないわけです。ことに大学の段階になると、自分で何か特有のものを発見するところまで、いかなくてはなりません。修行もそれと同じにだんだんと階段を登っていくにつれて厳しさもたけなわになるのであります。 (昭和37年04月【速記録】) 譬諭品の「三車火宅の譬」も信解品の「長者窮子の譬」も、情に訴えながら少しずつ理を悟らせるご配慮です。そして、薬草諭品や化城諭品あたりから、しだいに理の色が濃くなってきますが、如来寿量品に至るやそれがまた再転するのです。すなわち、信仰者の側からすれば「一心に仏を見たてまつらんと欲して自ら身命を惜まず」という恋慕渇仰となり、仏さまの方からすれば「私の本体は“慧光照らすこと無量に、寿命無数劫”あらゆる存在を生かす大生命である」と宣言され、慈悲の極致を示されるのです。この恋慕渇仰とは、“理”がより次元の高い“情”に昇華されたものであり、慈悲は人間の情緒・情操のぎりきり最高のものであることは言うまでもありません。つまり、情→理→情の順序次第によって、すべての人を人間の理想像である“仏”にまで導こうというのが法華経の教えにほかならないのです。 (昭和48年04月【佼成】)...
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...諸法実相と一念三千 一 そもそも仏法の真理とはどんなものかと言いますと、根本仏教の三法印にしても、法華経で説かれた諸法実相(十如是)にしても「われわれが住んでいる現象の世界に絶対の存在はない。すべてものが因と縁によって生じ、滅し、またすべての存在がお互いに関係し合い、影響し合いつつ変化するものである」と説き、そして「現象世界のすべてが変化し、流動するものであるからには、それを正しい方へ、善い方へ、美しい方へと変化・流動させるのが、人間としての当然のありかたである」と教えられているのです。この世に絶対のものはないのです。ただ、「現象世界に絶対なものはない。すべては相対的な存在だ。だからこそ、それを正しく、善く、美しくすることができるのだ」ということの真理だけが絶対なのであります。 (昭和46年09月【佼成】) 諸法実相と一念三千 二 仏さまは方便品に「諸法の実相を究尽したまえり」──すべてものの本質を見極められたと、説かれています。ここで言うすべてものとは、地球上のことはむろん、人間の運命のことなども含めて、あらゆるものの真実の姿を見極められたということであります。 それが、あの如是相、如是性、如是体、如是力などの十如是です。仏が究め尽くした諸法の実相はこのとおりだと、教えられているのです。 (昭和50年06月【速記録】) 十如是について立正佼成会の会員は、ひとりひとりいろいろな体験をしてきていますが、私達のそばにいつもおいでになる仏さまの魂を、どんなかたちで認識するか、そこを考えなくてはいけません。 因縁因果の道理とはどういうことなのかを説いて人を導いたところ、相手が心を変えたとたんに病気が治り、奥さんは主人にかわいがられるようになったとか、困っていた子どもの寝小便が止まり、悩んでいた主人の浮気も止まってしまった、などさまざまな功徳があるわけです。ところがなぜそうなるのか、どこにどういうからくりがあるのか、その原理がなかなかわからないものです。そのために立正佼成会の教えには何か秘密があるらしいと考えている人も、世の中にはいるようです。 しかし、十如是の法門を聞くと、それがわかってきます。一番目の“如是相”にしても、私達は人に会うと真っ先にその人の相に目がいきます。「見聞触知 皆菩提に近づく」とお経文にありますように、なんと言っても見るのが一番早い。そして“相”のあるところには、必ず“性”がある。アメリカの第十六代リンカーン大統領が「人間は四十になったら、自分の顔に責任を持たなくてはいけない」と言っていますが、やはり如是相についてリンカーン大統領は大統領なりの体験をされていたからに違いないと思います。“相”にはその“相”にふさわしい人間の“性”があり、“性”があるところには“体”があり、また“体”があるところには“力”があるわけです。 そして“力”のあるところには“作(作用)”があります。“力”だけあってこの作用がなければ行動として現われません。これをたとえて言えば、昨夜テレビを見ておりましたところ、ボクシングの輪島功一選手が韓国の柳選手に勝ちました。以前、ひどい負け型をしただけに、「チャンピオンのくせになんということだ。どうしてあんなに下手な負け方をしたんだ」と、実は残念に思っていましたが、今回は実に見事な勝ちっぷりでした。一度負けた相手には同じ手では二度と負けないと去年の六月から大和魂をふるい立たせて、一生懸命に精進してとうとう昨夜は問題にしないで勝ちました。勝利をモノにしたその原動力は如是作です。“力”の作用です。相手も同じことをやっているのですけれども、輪島選手は向こうのパンチよりも早くストレートをくり出していきます。それがパッと当たりますと、向こうの動きが鈍る。その鈍ったところへすかさが反対側から攻め立てていく。それは如是作であると同時に、如是因と如是縁にも関係しています。“因”の一つには、因チャンピオンだったということがあげられますし、努力すればもういっぺん返り咲ける可能性があるということは“縁”と言えると思います。そうやって、一つの闘いを例にして考えてみてもみんなあてはまっているわけです。 十如是は、相、性、体、力、作、因、縁、果、報、本末究竟等という十の如是についての教えです。是の如きの相、是の如き性、是の如き体、是の如き力、作、因、縁、果、報という順序になっていくのですが、“報”とは全体の報いを指します。そして、最後の“本末究竟等”と言うことは、最初に見た“相”も今その人が受けている“報い”も、始めから終わりまで煎じつめてみれば一つだと言うことです。一つなんだけれども見方を変えていくと、ちょっと見た顔つき“相”の奥には“性”があり、さらにその奥には“体、力、作、因、縁、果、報”があるというように、ひとりの人間が持っているものを十に分けて説明し、ところどころをきちんと区別されるのでありすま。 (昭和51年04月【求道】) 諸法実相と一念三千 三 東大の名誉教授で宮本正尊というかたがいらっしゃいます。印度哲学の大家で印度学仏教学会の理事長でもある立派なかたです。今から二十年くらい前になるでしょうか、私はその宮本先生に十如是の理についてお聞き下ことがあります。そうしましたら、先生いわく「庭野さん、そんなもの説いったって、だれもわかりゃしないよ」と言われます。そこで重ねてどうしてですか、とお聞きしますと、先生はこう言われました。「たとえば、東大の生徒にいくら説いたって十如是なんてわかりゃしない。そんなものを説いて立正佼成会の信者はわかるのかい」。(中略) そのように、頭のいい人を相手に、頭の秀でた印度哲学の大家がいくら説いて聞かせてもわからないものも、お導きをした人にはその十如是の縁起がすらすら説けるのです。なぜかと言いますと、それは仏の慈悲、仏の友情から出た体験をもっているからです。この娑婆はみんなの集まり、集合体によって、成り立っています。ひとりひとりが、たいせつな友達です。人間同士がお互いに友情を持って“この人を幸せにしてあげたい”と思えばこそ、法門を説いて、自分の体験を話して導こうとするわけです。ですから、人を救うという活動をしていない人には、十如是はわからないのです。 お経だけを一生懸命に読んで、勉強しているだけの人には、いくら印仏学会の理事長が説いてもわからない。なのに、私どものような落第生が人さまに向かって説かせていただくと、みんなわかる、というのは不思議なことに思えますが、それが仏さまの法力なのです。お導きの功徳がそこにあるのです。人さまに幸せになってもらうために、手をとってさとしあげよう、と一生懸命になってご法を実践している人が、十如是の縁起を聞くと、なるほど、ここはこうなのか、そしてここはこうなっているのだ、とすぐにわかってしまう。「この人の、こういう現象の是の如き相、是の如き性、是の如き体、力、作、因、縁はこういうことなんだ。この人の力はこういうことで、作はこのようであり、それが原因となって、このような縁にふれ、このような果報を受けているのだ」と、そこまではっきりしてきます。 仏さまもそういうことを悟られて、どのように教えたら人間の、また物事の実態がよくわかるかを考えられて十如是を説かれたのです。ですからこれは、お釈迦さまの説法の中でも、最も大事な難しい教えだと言われております。方便品にある「諸仏世尊は、唯一大事の因縁を以ての故に世に出現したもう」というお言葉も、この十如是のことがわかるとはっきりしてきますし、法華経のおおよその構想までがつかめてくるのであります。 (昭和51年04月【求道】) 諸法実相と一念三千 四 伝統のあるお山で修行を続けてきた優秀なお坊さんでも一念三千の理を毎日三年間も聞かされたけれど〈理の一念〉〈事の一念〉と言っても、どちらがいったい“理”だか“事”だかわからないと言っております。 一念三千の法門を綿密に言おうとすると、それほど難しいのですが、立正佼成会が今やっているような方法で説明いたしますと、人さまの顔を見ただけでその人の一切がつかめる。十如是の因縁の意義がよくわかってくるとそうなるのです。また行動を見ればその人の因縁果報がわかり、それがほんとうにわかるようになると、人さまに対して不親切なこと、間違ったことができなくなります。こうしてその人は、ほんとうに親切な人間、ほんとうに明るい人間になっていくのであります。 (昭和35年10月【会長先生の御指導】) 〈理〉は目に見えぬ根源の実在(空・本仏)を指すのに対し、〈事〉は形のある現象を指します。つまり〈理〉の普遍性・平等性に対して、〈事〉は、それぞれの存在の固有性・差別性を指します。 したがって、人間を例にとって言えば、〈理〉が不生・不滅の人間の本性を指すのに対して、〈事〉は生き死にする現実の姿を言います。法について言えば、〈理〉は、だれにも、いつでも当てはまる普遍の真理を言い、〈事〉は、その真理が、ある個人の、ある場合にピタリと当てはまる、特殊性を持った適切な道を言うのです。 (昭和49年02月【佼成】) 諸法実相と一念三千 五 〈一念三千の法門〉を教義として説明しようとするのは、なかなか難しいことであって、少しぐらい説明しただけでは、相手を充分に得心させることはできない、と言われています。ところが、体験談をとおして説明しようとすると、まことに簡単になってまいります。と言うことは、私どもの心の中の一念が仏心に変わっていくことによって、目の前に生起する現象のことごとくが、仏さまの教えのように、自分の心のあり方そのままである、ということがはっきりと見極められることを意味しています。仏さまの教えに出てくる言葉は、まことに簡単でありますが、それがどんなに奥深さと幅広さをもっているか、また、いかに行き届いたものものであるかが、この一念三千の一言にもうかがわれるのであります。 (昭和43年02月【速記録】) 立正佼成会の会員のかたなら、学校へなんか行かなくたって二、三回法座に来られるだけで、一念三千の法門がわかってしまいます。なぜわかるかと言うと、目の前の三千ということで、自分の頭の中に描いたものが、主人の姿になって現われ、子どもの姿となって現われ、経済の貧富という現実になって現われ、社会問題になって現われ、さらには環境になって現われるというように、自分の“心の色”が目の前に次々と生起する事実であるということがはっきりと見えてくるからです。それを自分の目で、信じ確かめればいいだけでのことなのですから、めんどうなことなど少しもないわけです。 そういう大事なことをみんな難言難解と言って、“わからない”ということにしてしまっています。したがって、そこには当然、聞く方もさっぱりわからないから、じっくり人を導こうとか、仏教行事に努めようというような実践的な考えが出てこないのです。 ところが、立正佼成会の会員はそれを体験でつかんでいます。そして、実際に体験してみて、そのすばらしさに目覚め、「あの人は苦しんでいてお気の毒だ。ひとつお導きして幸せにしてあげよう」と考えます。そういう気持ちが起きるのが、人間の本性であって、仏さまが、人間みんな仏性を持っている、と言われているのも、このことであります。 (昭和51年07月【求道】) 諸法実相と一念三千 六 ほんとうの智慧に目覚めるとは、どういうことかと言いますと、 まず第一に、〈人間はすべてもともと一体の存在である〉という真理をハッキリと悟ることです。 第二に、〈すべての人間は相依り相助けて生きているのだ〉という真実に目を開くことです。 第三に、〈すべての争いは貪欲に基づいて起こるものである〉という事実を深く見つめ、反省することであります。 この第一・第二・第三の教えは、すべて仏法に示されているものです。もちろん仏法はそれに尽きるものではなく、広大無辺な法ではありますけれども、この三つの教えだけでも、この世を救い人間を幸せに導くに充分なものがあります。だからこそ、私どもは仏法の広宣流布に死に物狂いになっているのです。 会員の皆さんはほとんど在家の信仰者ですから、それぞれの仕事に精出すのはたいせつなことです。また、生活を楽しむこともあながち否定はしません。しかし、そのなかにおいても、ひとりでも多くの人に仏法を伝える努力だけでは怠らないでいただきたいと思います。 お互い死ぬときは、お金も物も持っていくわけにはまいりません。しかし、最後の息をひきとる時「私は仏法のためにできるかぎりの努力をした」という満足感があったら、これほどの幸せがありましょうか。 そして、霊界において諸仏・諸菩薩に「生前にどんな善いことをしたか」と尋ねられたとき、「法華経を弘めるために微力を尽くしました」と胸を張って答えられるとしたら、これほどの喜びがありましょうか。どうか皆さん、この一事にだけは決定を新たにしてください。その一念が定まると、それは外界のあらゆる事情に反映してくるのです。それが環境を変えるのです。〈一念〉が〈三千〉を動かすのです。 皆さんは、どうやら自分の力を過小に見積もっておられるようですが、そんなに卑下することは決してないのです。久遠実成の本仏に生かされ、その力を充分に受け取っている皆さんです。本来は大神通力の持ち主であるはずです。そういう自信を肚の底にすえて、信仰の一念をもって三千を動かしていただきたいのであります。 (昭和43年04月【佼成】) ...
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...仏教における法華経の位置 一 法華経は諸経の中の王であり、最高の教えである、と言われています。しかし、中には、この経巻を読んでみたけれども、お経の尊さだけが書いてあって、具体的になんの教えもないではないか、と言うように受け取る人もあります。なるほど、法華経にはこのご法が非常に尊いものであり、すばらしいものだというように、ほめたたえた言葉がたくさん出てきます。ですから、読み方によっては、このお経は内容がまだはっきりと打ち出されていないのではないか、と思われるふしもないではありません。しかし、法華経は仏さまが一番最後に説かれたお経ですから、一切経をとおして読んでみないと、法華経の持つほんとうの意味はわからないということになるわけであります。 けれども、今日のように非常にせわしない時代、いろいろな難しい問題が次から次へと起こる時期に、ぼう大な量の一切経を全部読もうとしても、容易にできることではありません。まして時間を見つけながら……などと考えていたら、人間一代の間にはとても読みきれないことになってしまいます。しかし、幸いなことに、この日本の国には七百年前に日蓮聖人がお出ましになっています。 大聖人は一切経を三回も読み返して研鑽され、確かに法華経の中に説かれているように、このお経は仏さまの最高の教えであると見極めてくださいました。もっとも、このことにつきましても、法華経の信仰を持たない人の中には、「日蓮聖人は独善的なかたでしたから……」などと言って、認めようとしない人もいるのですが、身をもって法華経を行じないでいて、独善であるかないかを論じるというのはおかしいと思います。聖人も「各々信心によるべく候なり」と言われていますが、過去にそれぞれの人々か行じてみた体験があって、今の世に法華経が生き続けているのであります。 ですから、自分でまず行じてみて、なるほど私達の生活の要諦は法華経によって定めるべきだ、とはっきりつかまないことには、お釈迦さまがどんなにおっしゃっても、日蓮聖人がいかに教えてくださっても意味がわからないと思うのであります。 (昭和34年09月【速記録】) 仏教における法華経の位置 二 お釈迦さまの時代インドでは、非常に宗教が盛んでしたが、それにもかかわらず、大衆は苦しみと、争いの真っただ中にあって、恐れおののいておりました。いかに多くの宗教があり、神々があり、また神力を持った行者がいろいろなかたちで祈祷を続けても、世の中の悪い状態を払いのけることができなかったのであります。 そういう時代にお生まれになって、この人生苦をどうすれば解決できるかを、どこまでも煎じつめていこうとなさったお釈迦さまのお心は、いかばかりであったことでしょう。そしてお釈迦さまは、ご自身で体験されて得た悟りの内容を、五十年間にわたって衆生の機根が進むまで、しびれも切らさず、あきれもなさらず、根気よく説き続けられたのでした。お釈迦さまの教えは、それほど豊富な内容を持った教えであったわけですが、法華経の経文によりますと「四十余年未だ真実を顕さず」とありますから、それだけの間ほんとうに言いたいこととをおっしゃらずに、どうすればみんなが飽きたりしないで、真剣になって救われの境涯を獲得できるか、ということを考えられながら、方便を説かれたのであります。 当時はいろいろな宗教がありましたので、人々もあっちの神さまがいいんじゃないか、こっちの祈祷所にいる聖者を拝むほうが功徳があるのじゃないか、と迷いがちでした。だからお釈迦さまも方便を説いて、機の熱するのを待たれたのです。そして、最後にお説きになったのが法華経でした。 お釈迦さまはこの経を説かれるにあたって「過去に説き、今説き、当に説かんと欲す」と、要するに、それまで教え続けられた四十二年間にわたる過去と、法華経をお説きになっている今、現在について語られました。さらに法華経の後に〈涅槃経〉を説かれることもあらかじめお考えにあったのだろうと思うのですが、未来をも含めてそれぞれ場所を分けて悟りの内容を教えられたのでした。そして今、こうして説いている法華経が第一の法であり、今日のような末法の時代にこの法門は弘まる、とはっきりと声明されているのであります。 (昭和34年07月【速記録】) 仏教における法華経の位置 三 お釈迦さまは、五十年間にわたって八万法蔵をお説きになりましたが、そのご法門のいわば魂とも言えるほどたいせつなお経とされているのが、法華経の「如来寿量品第十六」であります。皆さんもご法門の中から、そうした深い意味を一つ一つ読み取っていただきたいと思います。そして本質的な仏教が生きているのは、仏教の魂である教えを所依の経典としている立正佼成会であることを認識し、しっかりと観じていただきたいのです。このことは決して私が勝手に言っているのではなく、経文によって自信を持って申し上げているのであります。 皆さんが法華三部経の〈無量義経〉から、最後の〈観普賢菩薩行法経(懺悔経)〉までの全部を、くまなく読みとおしてくださいますと、私の申し上げたことすべてが、はっきりと実証されると思います。同時にそのことをとおして、この先どんな問題が起こったとしても、また社会の状態がどのように変わりましても、これからの社会に真の光明を投げかけていく使命が、私ども同志の双肩にかかっているのだという認識を深めていっていただきたいのであります。 (昭和33年03月【速記録】)...
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...末法時代と法華経 一 私どもは、とかく仏さまは遠いところにいらっしゃるように思いがちですが、十番の「法師品」を読ませていただきますと、その仏さまのみ教えは末法の時代にこそ、顕れてくると説かれています。仏さまが亡くなられてから正像二千年という永い時代を経たのちに、後五の五百歳、つまり、仏滅弐千五百年が過ぎると末法の時代と言って、いろいろな邪念が入り混じって世の中が濁りに濁ってしまう。それを濁悪の世と言うのですが、そういうときに仏さまの教えが顕れてくると言われているのです。今がちょうど、その末法の時代にあたります。教えがどのように顕れてくるかということは法華経の中にハッキリと示されています。この濁悪末法の時代には、他にいかにたくさんの教えがあろうとも、法華経によらなければ、人々の救いを顕現することはできなくなってくる、ということなのです。 日蓮聖人はことことについて、お釈迦さまがご在世中の八年間、法華経をお説きになったのとは、ご在世の時代の人々を救うためではなく、末法の時代の衆生を救うためである、と言われております。 その日蓮聖人のご指南をいただいて、今、私どもが世の中の状態を見渡してみますと、なるほどたくさんの教えがあり、また仏教にもいろいろな宗派がある中で、法華経を唱える教団だけが、まさに現在どんどん伸びていっております。そういう意味からしますと、法華経を唱えることがどんなに必要か、また、〈大集経〉の中で仏さまが予言されているような状態が今日の様相そのままであり、世の中の人々はことごとく自分のことだけを考える自己主義に陥って、人のことなどまったく考えないようになってくるということがよくわかります。こういう時代になると、ほかの教えではもう救いようがないのであります。 お釈迦さまはこういう時代がくることを、ちゃんと見通されていて、後五の五百歳の末法濁悪の世のとき、このご法によって衆生は救われる、と予言されているのであります。そして、そのお役を果たすのは、地位や名誉もない世の中の階層の一番下の位置にいる私どものような凡夫が、世を救う勢力の中心になるのだ、と言われているのです。〈涅槃経〉の中ではそのことを、「比丘・比丘尼(僧・僧尼)の付嘱しないで、優婆塞・優婆夷(在家の信者)に仏法を伝える役を付嘱する」と言われています。その私達はお互いさま金襴の袈裟を掛けているわけではありませんが、こうしてきちんと生活を営みながら菩薩道を行じさせていただいています。自分が悟るためだとか、安楽になるためだとかを考える前に、人さまのお役に立つために仏道を行じさせていただく。これこそが菩薩道です。立正佼成会には“自分より、まず人さま”という標語がありますが、菩薩道の基本と言ってよいと思うのです。 (昭和34年04月【速記録】) 末法時代と法華経 二 仏さまがいつまでもそこにおられると、だれもが「お願いします。お願いします」と頼りきって他力本願になってしまいます。お願いするばかりで、自分ではちっとも実行しようとしないわけです。そういうときには、「これじゃしようがないな。みんなもっと、おとなにならなくちゃ」と、仏さまはお考えになって、姿を隠して涅槃に入られてしまう。さあ、どうすればいいだろう、とみんなはべそをかいて大騒ぎをするのですが、お願いしようにも聞いてくださるかたがそこにはもういらっしゃらない。それまでは横着をして、結んでいただくことだけを得意にして、実践しようとしなかっただけにたいへんです。今までは「お腹が痛いんですが……」とか「頭が重くて困るんですが……」とか、あるいは借金がたまったの、いいお婿さんが欲しいのと、そのたびにお聞きして病気が治り、生活が楽になり、そしていいお婿さんを授かると、それから後は、もう“知らぬ顔の半兵衛”を決めこんできた。すると、仏さまの方ではいくらそうして救ってもきりがない。むしろ、ここらで姿を隠した方が渇仰の心を発してみんなが救われる、とお考えになって、八十歳で入滅なさったのです。 そうなって始めてみんなは、仏さまの言われたことを「あのときはこうだった」「このときはこうおっしゃった」と、一生懸命になって思い出して、教えられたことをつづり合わせました。それが今、私達に遺されているお経です。その中でお釈迦さまは「世の中は興ったり、滅びたりしながら、このように移り変わっていく。そして二千五百年もたつと、この法門はもういらない、などと言う者も出てくるだろう。そうなったときは、まただれかが出て、世直しをしなくちゃいけない。そのお役を持った者が大地の下からわき出してくるのだ」と予言されています。と言いましても、土の中から人間がわき出すはずがありません。やはり、母なる人のお腹の中に宿って生まれ出てくるのですが、要するに、それは日蓮聖人が「地涌の菩薩にあらずんば唱えがたき題目」と、おっしゃっているように、この悪世末法の時代に法を弘める者が大衆の中から、皆さんのように自分の生活は自分で守っている在家の人々、在家の仏教徒の中から出てくる、と言われているのであります。 (昭和34年04月【速記録】) 末法時代と法華経 三 キリスト教においても、人間は時代とともに神から離れていくねというように仏教の末法思想に通じることを申しております。なるほど時代とともに人間各人の自我意識がたかまり、自己を主張して互いに争う時代となり、末法の感を強く懐かせはしますが、同時に人間の知識も豊富になり、理解力も深まってきているわけであります。したがって、七百年前のように方便としてお題目だけを与えなくとも、真理を真理として説いて納得させうる時代になっているとも言えるのです。仏教では、末法時代の到来を予言してはおりますが、そこにまた、必ず“正法が顕れる”と言っているのも、単なる空想的予言ではないわけであります。 (昭和39年02月【佼成】) 末法時代と法華経 四 お釈迦さまが入滅されて二千五百年経った現在は、末法時代の真っただ中にあるわけであります。まさに今年は、仏さまの言われた後五の五百歳を迎えたのであって、年限としては最後の区切り、最後の時間を迎えていることになります。“末法万年”ともうしますから、今後こうした時代がずっと永く続くということでありますが、このような末法の世に結実する時代即応のご法として遺されたのが法華経です。したがって、お読みになればなるほど、また行じていけばいくほど、すべてに当てはめてみて、だれもが“なるほど”と、理解されるご法であります。 (昭和34年07月【速記録】)...
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...立正佼成会と法華経 一 私どもの立正佼成会では、この法華経を所依の経典とし、併せて根本仏教を学び、仏さまのお説のごとく修行に励み、多くの人を導きつつ自己の練成につとめ、家庭、社会、国家、世界の平和境建設を目ざして菩薩道に精進することを、会員の心意気といたします。 (昭和41年07月【佼成】) しばしば「立正佼成会は釈尊の教えを説いているが、日蓮聖人を信奉する教団のように見られている。その関係は如何に」という質問を受けます。その際に私は、本会が、決して日蓮宗と関係を持った教団ではないということ、たとえて言うならば、日蓮聖人は照門であって、釈尊は照星であると申し上げるのです。ご存じのように小銃で的をねらうときに、射手は照門から照星をとおして的にねらいをつけます。この照門と照星と的とが一直線上に入らないと、弾は決して命中いたしません。それと同じように私どもは日蓮聖人をとおさずして、釈尊の教えを真に理解することはできませんし、その順序をとおしてこそ、人類救済、平和世界を実現するための宗教の本義を正確に把握することができる、という意味のことを述べております。 (昭和39年06月【佼成】) 立正佼成会と法華経 二 法華経には一仏乗といって、仏さまの説かれた純粋の教えはただ一仏乗のみである、と説かれています。いろいろな方便をもって、二乗の法、三乗の法を説くけれども、実は二もなく三もない、と言うことであります。そこで私どもの信仰のあり方を一仏乗にするためには、何が必要かと言うことになりますが、これは「信仰の寸心を改めて、速やかに実乗の一善に帰す」ことをおいてほかにありません。 正しい、ほんとうの宗教は、世の中にいくつもありません。しかも、万古不変の宗教の本義はただ一つしかないのであります。ところが、その宗教がいろいろなかたちに分かれているので、そのために争いが起こるようなことになっています。しかし、人間の本質を考えますと、仏さまが「三界は皆是れ我が有なり」とおっしゃっていることからしましても、ともに同時代の世界に生まれ合わせたわれわれが、国境が違うとか、人種が違う、などとつまらないことにこだわっているのは、間違っていると言わなければなりません。ですから日蓮聖人は、すでに七百年も前に〈一天四海 皆帰妙法〉を掲げられて、世の中を人間の本質に即した真に平等なものにしなければならない、と叫ばれたのであります。 お釈迦さまが二千五百年前に説かれた〈一仏乗〉という教えが、そして日蓮聖人の“一天四海 皆帰妙法”の叫び、地球が狭くなった今日の時代を生きるわれわれに、強く迫ってまいります。法華経を唱えるこの教団の信者である私どもは、ひとりひとりが“実乗の一善に帰す”役割を担っていることを心に銘じて、真剣に、命をかけてこのこ法を民衆の中に弘めていかなくてはなりません。そのためには、他宗教をけなすのではなく、それぞれが教えを実践していくことです。そして、あらゆる宗教家がその実践のさまを見て「なるほどこれは有り難い信仰である」と認めるところまで、精進し自己を高めていかなければなないのであります。 これからの世に法華経を弘めていくには、自分の行ないを正すとともに、礼拝行をもってお互いさまに拝み合っていく、広い心をもった教団であることが必要です。立正佼成会が、お互いさまにその人その人の仏性に礼拝合掌し、ひとりひとりの正しい行ないを世に示し、人々をお導きしていますのも、この娑婆国土に楽土を築くための修行を続けていこうという願いによるものであります。 (昭和33年11月【速記録】) 法華経を読んでみますと「仏さまはいつも大乗に住して」と言われています。小乗ではないということです。ですからその仏さまのお気持ちになり切らなければ、ほんとうの仏教にならないのであります。大衆的な見地から物事を見ていくならば「みな一仏乗で、二もなく三もなく、はっきりと一つなんだ」とお釈迦さまはおっしゃっているのです。お経にちゃんとそう書いてあります。しかも学者など、どなたに聞いても、法華経というものが、お釈迦さまのご一代の説法の中で最も尊いお経であると言われています。 不思議にも、私どもはこの一番有り難い法華経を依りどころとして会の発足をしたわけです。したがって、仏さまの出世本懐の義である一仏乗、一乗法によって、私どもはすべての宗教と話し合いをする場合にも、たとえお互いがご法を固持しても、無理に先方を壊すとか、傷つけるというようなことがありません。むしろ、先方がほんとうの信心を持っている本物であれば、今のカトリック教団のように、立正佼成会と手をつないでいって間違いない、というようなことになっていただけると思うのであります。 (昭和51年04月【求道】) 立正佼成会と法華経 三 私が現在この教団の状況から実感いたしますのは「立正佼成会をもととして、世界万国に法華経が弘まる」という教団創立当時の神さまの啓示が、今、まさに実現しつつある、ということであります。 私どもは、このように大きな使命を担って、娑婆国土に生をうけました。そのすばらしい因縁を思うにつけましても、ご先祖さまからつながってきている福徳深厚な恩恵を思い、そのご先祖さまにお酬いし、ご供養申し上げるためにも「日々精進していかなくては……」と感じるのであります。 もしも「私は凡夫である」とか「因縁が悪いのだ」と考えて「つらくていやだけれども、因縁が悪いんだから信仰でもしなきゃならない。仲間に入ったからにはそうそう脱会するわけにはいかないし……」といった“いやいやがまん”しなからというような考えを少しでも持った人がいましたら、きょうただ今かぎり、そういう卑屈な根性を捨て去っていただきたい。そして心の底から“われこそは世尊の使いなり”という信念を固め、喜びを持って日々の修行に精進していただきたいのであります。そういう迫力をもった信仰生活を続けることによって、ひとりでも多くの人々をお導きさせていただき、仏さまのみ心をこの地上に花開かせようではありませんか。 (昭和50年04月【一心】) 立正佼成会と法華経 四 私どもはこれまで、大勢の人達をお導きさせていただきましたが、必ずしも入会を積極的におすすめした人だけではないと思います。入会された人の中には、隣り合って住んでいた立正佼成会会員の家から朝になると読経の声が聞こえ、夜になるとまた、おつとめの声が聞こえてくる、また立正佼成会の人達は道徳心をもち、争ったり恨み合ったりすることもなく、商いするにもまじめで正しく、そして親切を尽くす、こういう会員の姿をみて「ぜひ入会したい」とおいてになったかたもたくさんいらっしゃることだろうと思います。 さて、お互いにこうして法を行じてみてわかりますのは、お釈迦さまが二千五百年前にお説きになった法は、私達がどうしても行じなければならないものであり、定められた戒律は人間として必ず守るべきものであるということです。しかも、お釈迦さまは法華経の中で、この法は久遠の昔から未来永劫に向かって、変わることのない一貫した法則である、と教えられております。そこに思いをいたしますと、人類を導く任務を帯びた私どもの責任の大きさが痛感されます。ここで一つ、皆さんそれぞれに家中が一丸となって、家業に精進されるとともに、どなたかが奉仕できる体制を整えていただきたいと思います。お勤めのかたなら休みの日を利用するなり、家族が譲り合って、土曜や日曜を役立てるなりすれば、ひとりぐらいは法のために奉仕できるのではないでしょうか。毎日ではなくとも、家族が交代して一日置きにでも、三日置きにでも社会のために奉仕するのです。仏さまはお経の中に、はっきりと修行の方法としてご法を弘める奉仕をしなければならない、と言われています。 寝るにつけ、起きるにつけ、お辞儀をするにもご飯をいただくにも、その一つ一つが仏さまの教えにいくらかでもかなっていれば、行じたことが直ちに心の潤いとなり、安心となって自分自身の心の中にあふれてまいります。それを感じたとき、「なるほど、仏さまの教えは有り難いものだ。そして、それは絶対に生きているものだ」ということをどなたでもお感じになり、お釈迦さまの言われたとおり、この法則が普遍のものであることを、実感されるはずであります。 仏教徒の使命は、人から与えられたものだとか、無理に言いつけられたからしかたなくやるんだ、と言うような考え方でいるかぎり、果たすことはできません。皆さんが経文をよくお読みになって、それぞれに自分の因縁を悟られたならば、その使命の重大さを認識していただけると思います。また、その自覚に立ってそれぞれに精進を続けて、初めてこの娑婆国土に仏さまが理想と去れた寂光土が建設できるのであります。この建設をするのは、仏さまでも神さまでもなく、人間である私どもです。ですから一朝一夕にできることではありませんが、日蓮聖人はその方法について、行法によってのみ達成することができる、と教えておられます。私どもが所依の経典としております法華経に基づいて、お互いがその使命感に立ったとき真に法が弘まっていくと同時に寂光土の建設へ大きく近づくものと思うのであります。 (昭和35年09月【速記録】)...
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...一仏乗の世界 一 私どもは一宗一派に偏る考え方を持ってはいません。宗教の本義は、あくまでも一つだからです。そのことはお釈迦さまが、すでにはっきりと申されています。 たとえば、法華経には「諸余の経典数恒沙の如し」と説かれています。いろいろな教えはガンジス河の砂の数ほどもある、という意味ですが、仏さまはそう言われて、教えの数がいくつあってもいいし、経典がいくらあってもいい、しかし、それらはみな方便である、とされています。「如来は但一仏乗を以ての故に、衆生の為に法を説きたもう、余乗の若しは二、若しは三あることなし」と。つまり、真実は一つ、皆一仏乗であって、二もなく三もないと断言されているのです。 しかも、お釈迦さまはこのあとに「今此の三界は皆是れ我が有なり。其の中の衆生は悉く是れ吾が子なり」と、おっしゃって“わが子”である一切衆生のために、一代五十年の間、説かなくてはならないことを全部お説きになって入滅され、以来すでに二千五百年の歳月が経っているわけです。 (昭和40年05月【速記録】) 一仏乗の世界 二 “迷えば凡夫・悟れば仏”と申しますが、私どもは、だれもが仏になれる可能性を持っています。しかし、そうは言いましても愚かな私どもは、怒りを持ち、欲ばりの心を持ち、いわゆる貪・瞋・癡というさまざまの悪い根性を持っていますから、とうてい仏さまには縁がないように思うのですが、仏さまはこういう業障の私達を“わが子である”と言ってくださって、ふところに抱き込んでくださるのです。そして子どもである私どもに向かって、早く人間の本性に帰りなさい、真の人間の尊さに目覚めなさいと、五十年の間、説法してくださった。それが経典として私どもに遺されているのであります。 遠く離れたところに、絶対的な力を持った神さまがおられるという考え方をする他の宗教とは違って、仏教は仏さまご自身が、私どもと同じようにこの娑婆にお出ましになられ、二本の足で歩かれながら会う人、会う人ごとにご自分の心を、宇宙のあり方や人間のあり方を、そして人として生まれたことの有り難さ、生命の尊さを五十年間お説きになったのであります。それが経典となっているのですから、決して神秘的なもではなく、私どもの手に届かないような空論でもありません。 ですから、どなたでも仏さまと同じような考え方をし、同じようにものに対するとらわれをなくし、教えのとおりの心構えを持てば、幸せになれるのであります。みんなが一つの乗り物に乗っているのだ、自分と異なるものはないのだと言われ、「われと等しくして異なることなからしめん」と、一切衆生をして仏と同じような境地にまで導き、高めてやりたいと一仏乗をお説きになりましたのも、それが仏さまの理想であり、み心であったからであります。 (昭和45年04月【速記録】) 一仏乗の世界 三 仏さまの説法の順序次第というものは、必ず三乗を説いて一仏乗に帰せしめる、ということが言われています。したがって、お釈迦さまもこの世に出られて、やはりいろいろの法門を説き、方便をお説きになりました。この三乗と言うと〈三つ〉と言うことのようですが、中国でお経が漢訳されるとき、非常に数が多い、大多数という意味をもつ〈三〉の文字が使われたわけです。声聞・縁覚・菩薩を指して三乗という言い方もありますが、三千大千世界と言うのと同じように非常に数の多いことを表現したものです。ですから、お釈迦さまのご法門は八万四千と言いますように、華厳・阿含・般若・方等と、説明すれば難しいことになりますが、ともかくいろいろたくさんのご法門をだんだんにお説きになって、最後に人間のあり方が完全にわかるようにお説きになったのが法華経の一仏乗なのであります。 (昭和33年11月【速記録】) 一仏乗の世界 四 法華経の一仏乗の大思想はすべての教えを総合統一することを教えたもう大経典であります。(中略)本会は仏教の本質的な救われ方を認識し、今日まで正しい法華経精神の現代的役割を真摯に実践してまいりました。すなわち、世俗的欲望の旺盛なる「慳貪の者には布施の心を起さしめ、懈怠を生ずる者には精進の心を起さしめ、散乱の者には禅定の心を起さしめ、愚癡多き者には智慧の心を起さしめ」ることに努めてまいりました。言葉を換えて言えば、六邪心を改めて、六波羅蜜の菩薩道を実質的にも指導し、まず個人の人格完成をはかり、次いで家庭、社会、国家、世界の平和境建設を黙々として実践してまいったのであります。個人の完成なくして、世界の平和を求めることは、脚下を見ずして、暗夜を歩むのと同様であります。世界の全人類に必要なことは、ひとりひとりの人間が、法華経の指導原理を実践することであります。(中略) 今や全世界は対立感情を棄てて、大乗の一仏乗の教えに帰着すべきときであります。故ケネディ大統領やローマ法王等の大乗精神はともに世界の各界、宗教界の対立抗争の歴史に一大転換を惹起せしめてくれました。私は微力ではありますが、教団創立以来、このような大乗精神の発揮を熱望してきたものであります。世界は今や本会会員の活動を渇望しているように私には思えるのであります。 (昭和39年02月【躍進】)...
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...法華経の華開く日本 一 仏教はインドに発生し、支那で華が咲き、そして、その実を結んだのは日本であると言われています。 お釈迦さまは、後五の五百歳、つまり末法濁悪世の時にこの法門が弘まると、時間的に二千五百年先のことを、きちっと予言されたのであります。そして事実、後五の五百歳にあたる現代、発祥地のインドには、仏教らしい仏教はほとんど遺っておりません。百年ほど前に、ダルマ・パーラというかたがおでましになって、熱心に仏教復活に尽力され、ようやく仏教が持たれている状態です。そのおかげで今の大菩提会の基礎がつくられ、釈尊初転法輪の地、サルナートには、七百人ぐらい収容する仏教の教育機関があって、そこには熱心な仏教徒が、何人かはおられます。それが、インドにおけるただ一つの仏教徒としてのあり方と言えるもので、あとは、仏蹟参拝をいたしましても、ほとんど、仏教国らしいという様子は見ることができない状態です。 また、中国においてもしかりで、かつては、仏教の華を咲かせた時代がありましたけれども、その教えは、一般庶民に深く浸透することなくして、現代に至ったのであります。したがって、現在、世界中の人から、〈大乗仏教の国〉と呼ばれる日本で、仏さまの教えが、その実を結んでいると言われますことは、あながち間違いではありません。いや、それどころか私は「仏種は縁に従って起こる」という仏教を、仏さまのご本意のごとく、万人にお伝えし、世界平和を招来する使命は、まさに、日本の私ども仏教徒にある、と信じているのであります。 (昭和41年02月【佼成】) 法華経の華開く日本 二 日蓮聖人は「この日の本にきた月支国の仏教は、やがてまたインドに帰っていく」と言われておりますが、ほんとうの仏教、ほんとうの法華経、ほんとうのお釈迦さまの教えを守っていくための道ということを考えますと、なるほどそうあるべきでしょう。大聖人がそうおっしゃったのも、月というものは日(太陽)より輝きが弱い、それだけに、日の本の国で華開いた仏法こそ、ほんとうに三千大千世界を照らすものであるということなのであります。 (昭和37年05月【速記録】) 日本民族は、だれもがほとんど平等に、すみずみにいたるまで教育が行き届いていて、上下の差がありません。そういう優秀な民族だから、大乗仏教国として、仏教の教えが生き続けているのです。したがって、須梨耶蘇摩という高僧が鳩摩羅什の頂をなでで「此の経典は東北に縁あり」と言われて、法華経を授けられましたように、インドでお釈迦さまが平等大慧の法門をお説きになったけれども、インドから中国を経て東北方に位置する日本に伝えられ、今、現在ほんとうの仏教が、大乗仏教の神髄が生きているのは、この日本であるということなのであります。 (昭和36年09月【速記録】) 法華経の華開く日本 三 日本には大昔から神道というものがあって、固有の形を伝えております。けれども、その理論をすべての人にもわかるようにはっきりと表現する言葉がなかったために、ただ魂だけを伝えてきたにすぎないのです。そこへ仏教が入ってきて、適切な言葉をもって理論的にピシッと体系づけられたのです。(中略) つまり、日本人に大乗仏教を育てる素質がなかったなら、日本に大乗仏教は育たなかっただろうというのです。インドに始まった仏教が、中国を経て日本にきて、初めて、大乗仏教の本質が生かされたということは、日本人そのものが平和な思想の持ち主であり、大乗仏教を育てる下地を備えていたというわけです。仏教が伝来する前から、すでに日本文化が仏教文化を育てるものを持っていたということです。ただそれまでは、表現する言葉と理論を持っていなかっただけのことです。同じ種子であっても畑が違えば育ち方も違うというのと同じだと思います。(中略) よいものを育てるだけの下地のあるとこへ、たまたまよいものがきたからたちまちそれが育った、これが日本に仏教の華が開いた大きな要因ではないでしょうか。 (昭和38年08月【佼成】) 法華経の華開く日本 四 今日の日本の社会状態は、現代が、世界的に動揺を続ける時代とは言え、その様相をながめますとき、内外に向かって「大乗仏教国日本」と称するには、いささか心はばかる思いがなきにしもあらずでございます。 国家の利益と、国民の福祉を司る議会および議員のあり方は、有権者はもとより、幼い小・中学生までをも、これでも「民主政治と言えるのだろうか」と慨嘆させるほど、常識を欠いております。また年々増加する交通事故や多種さまざまな青少年問題、社会悪など、目にあまる憂うべき問題も続出しております。(中略) 現代の人達は、すぐれた文化の恩恵に浴し、知識は非常に啓蒙されてまいりました。そして大衆に向かって、たいそう修養的な、道徳的に立派な言葉を教えるかたもたくさんおられます。また、近ごろでは「戦後二十年、物質は豊かになってきたが、精神面が喪失している」と嘆くかたもたくさんいます。けれども、それでは一体どうすればよいのか、と言うことになりますと、問題点が、いたずらに責任の転嫁であったり、方法論の空まわりになったりしており、しかも、各人がそのことに気づかないたに、解決の緒は、まるで掴めないという状態になっていると思われるのであります。 しかし、仏さまはいみじくも、二千五百年後の今日を、はっきり予言しておられます。そして、このような末法濁悪世の時代に生まれ合わせる者の因縁を説き明かし、これを、どう考えなくてはならないか、また、私ども自体が、どうあるべきかを教えておられるのです。ですから私どもは、この現代の責任を、だれかに持っていって、人に任せておくというのではなく、ひとりひとりが、ほんとうに久遠実成の仏さまに直結する者であるという自覚を持って、仏法を深く学び、説の如く行じて、まず自分の中に、絶対に争い心のない、確たる仏教精神を培うという心構えにならなければならないと思います。 (昭和41年02月【佼成】) 法華経の華開く日本 五 今の時代を見るにつけましても、法華経の教えをすべての人々に弘め、まことの人間の生き方に目覚めさせないかぎり、心の安らぎを得ることはできません。地球始まって以来、今をおいて説くときはないと言っても過言ではないでしょう。すでにキリスト教の人達の間でも、仏教を真剣に研究しようという動きが起こっています。それも、単に研究するだけではなく、ローマの法王さまを中心とするカトリックの人達は、仏教徒との交流を図ろうと、熱心な働きかけを続けておられます。先日も「一緒に手をつないで、不動の信仰を持った者同士が、宗教協力を推進していくうえでの軸にならなければいけない。そのためにも、日本の仏教徒とローマのカトリック教徒が、互いに胸きんを開いて、これからの布教の方法について話し合いたい」という申し入れが、私どもにありました。 このことからもわかりますように、世界の宗教界には現在、宗教協力のために一致協力し合おうという条件が整いつつあるのであります。今回の申し入れもその前提であって、最も普遍的な信仰を強く持ち続けている日本の大乗仏教の精神と、ローマのカトリック教徒の考え方というものが、ここで、はっきりと浮かび上がってきているのであります。 そうした宗教界の新しい体制からも、私は仏さまのご本願が、今こそこの世に顕れ始めてきたと感じるのであります。 (昭和50年04月【一心】)...
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...法華経の行者 一 私どもは仏教徒であります。そして、法華経を所依の経典とする立正佼成会の会員であります。この私どもがよりどころとし、願いとしているのは、お釈迦さまがお説きになった法華経のお経文に一致した行ないをすることであります。私どもの幸福は、み教えを行ずることによって初めて得られるのであり、また、功徳がいただけるというのも、皆さんが入会されて教えのとおりの行ないを実行されるからであって、一番大事な問題はそこにあります。私どもが経文をよりどころにしておりますのは、そのためであります。 (昭和33年11月【速記禄】) 法華経の行者 二 法華経は在家の人々のための教えです。在家の人々は、出家修行者のように全生活をあげてお釈迦さまのとおりに真似ていくことは、とうていできません。また、お釈迦さまのような完全な人格者になろうと考えれば、その境地のあまりの高遠さにただ茫然となるばかりです。それゆえ法華経では、ただ一つの徳を象徴する菩薩をいろいろと登場させ、世のため、人のためになるただ一つの行ないに全身全霊を集中すれば、それだけで無我の心境にはいることができ、その心境は次第に身についてきて、いつしか仏に近い境地に達することができることを教えられているわけです。 (昭和46年06月【躍進】) たとえば常不軽菩薩は、「人間礼拝(人の仏性を拝みだす)」というただ一つの行を、一生のあいだ根気よく続けられました。その結果、まさに寿命が尽きようとするとき、宇宙の真理を自得することができ、寿命を増益されて、大衆のためにその真理を説かれたのでした。 たとえば、薬王菩薩はその前世に、仏さまと仏さまの教えを供養するため、自分の体に火をつけて千二百年のあいだ燃やし続け、その光で世界中を照らしだした……とあります。自分の体を燃やすと言うのは、自己を犠牲にすると言うことの象徴です。その光が世界中を照らしだしたと言うのは、自己犠牲の精神や行為こそ、世の中を明るくする最大のものということにほかなりません。その精神と行為が結晶して人々の病気を治すことを使命とする薬王菩薩に生まれ変わられたのです。 また、たとえば観世音菩薩は、世間のすべての人々の苦しみや願いを聞きとり、それらの人々にあまねく無畏施をされる菩薩です。無畏施とは、恐れから解放する布施ということです。宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の詩に「南ニ死ニサウナ人アレバ、行ッテコハガラナクテモイイトイヒ、北ニケンクヮヤソショウガアレバ、ツマラナイカラヤメロトイヒ」とあるような人が観世音菩薩なのです。 会員の皆さんは、それぞれに境遇が違い、性格が違い、得意とするところが違います。常不軽型の人もあれば、薬王型の人もあれば、観世音型の人もありましょう。そのほか妙音型、普賢型、文殊型などと、いろいろなタイプがありましょう。自分自身をよく振り返ってみて、自分の性によく合った一つの徳の行ないに、生活の余った時間を挙げて集中してみることです。 これこそが、法華経を現代に生かす私どもの行であり、そしてほんとうの功徳を生ずる行であると信じます。 (昭和46年06月【躍進】) 法華経の行者 三 皆さんは道場や連絡所、または本部へ、できるだけ数多く足を運ばなくてはなりません。そして、道場においては、まじめに、一生懸命にご法を求めて話を聞き、よく結んでいただいてくるのです。さらに、結んでもらったならば、必ずそれを実行することです。怠けていてはだめです。法華経というお経は行じなければ結果が出ません。このご法は、行者が拝んでくれたから結果がいただける、などと言うようなものではなく、自分で行じて自分で功徳をいただくのです。また、そうやって行じるからこそ、もう絶対にだれもが救われるのです。これは決して私だけの専売特許として申し上げていることでもなければ、妙佼先生の専売特許でもありません。また、お釈迦さまや日蓮聖人の専売特許でもないのです。 このご法門を守って行じていきさえすれば、人類全体が救われ幸せになって、お釈迦さまと同じになることができる、というのがこの法華経です。ですから自分は行じないでいて、功徳だけをもらおうなどという、とんでもない考え方をしている人がいるとしたら、早速きょうから改めていただかなくてはなりません。 (昭和34年09月【速記録】) 法華経の行者 四 日蓮聖人は、「どんなことでも法華経行者にとってかなわぬことはない」と言われました。法華経を正しく行じたなら、仏さまのお言葉のとおりに必ずなるのです。 聖人は、法華経信者とはおっしゃらないで、法華経を行ずる者、法華経行者と言われています。信者という言葉は私どももよく使いますけれども、信じて行じなければ結果は出てこないのです。日蓮聖人はその法華経行者として強い信念を持っておられました。たとえば、竜の口の刑場に向われる途中、鶴ヶ岡八幡宮の前で馬からおろしてもらって「法華経行者日蓮坊が、今、首を切られようとしている。八幡大菩薩はまことに在わすのか」と、大声で叫ばれたという話が残っています。そのくらい法華経を唱える者は、諸天善神が守護することになっているのに、その約束はどうしたんだと、畏れることなく神さまに詰め寄られたわけで、六波羅蜜を徹底的に行じられた、大聖人であればこその大信念であります。 そして、竜の口に着いて首切り役人が刀を振り上げていよいよ聖人の首をはねようとした、その刹那、刀が三段に折れ、日蓮聖人のお体にはかすり傷一つなかった、という奇跡が現われたのです。これは八幡さまがお働きになったものか、それともほかの竜神さまのおはからいか、それはともかく、その聖人のお姿に私どもが教えられますのは、法華経の行者であるからには、神をも畏れず、堂々と自信をもって振る舞えるような行じ方をしなければならないということです。ものの道理が全然わからずに、憍慢な態度をとるだけではいけませんが、仏勅、すなわち仏さまのお言葉に一つとして違うことなく、法華経に基づいて行じられ、気慨をもって法に生きられた日蓮聖人のような大信念を、私どもも持つようでなくてはならないのであります。 (昭和34年12月【速記録】) 法華経の行者 五 宗教は、人間の視野を、小さな自己中心の世界から全人類的な世界へ広げさせるものです。もっと厳密に言えば、宇宙全体へ広げさせます。法華経の説法会に、天上の神々から地に潜む竜神まで、三千大千世界の生きとし生けるものが参集した、とありますが、これは全宇宙的なものの考え方の象徴にほかなりません。法華経の信奉者である皆さんは、宇宙船にこそ乗らないけれども、宇宙的視野から地球をながめ、人類を見ることができるのです。それがすなわち平等大慧にほかならないのであります。 皆さん、どうかそのような立ち場から、改めて世界の現状をながめ、人類の行く末をつくづくと考えてみてください。そうすれば「これは、放っておかれない」「自分一身の成功や安楽どころではない」という気持ちが、全身から惻々とわき上がってくるにちがいありません。それこそが、法華経行者の不惜身命の気慨なのであります。 第二に、そのような気持ちが起こったら、どんなことでもよい、どんな小さなことでもよい、それを行動に現わすことです。(中略)とにかく“種をまく”ことです。忍耐強く非暴力を実行し、他にもそれを勧め、平和の大事さを人に説き、そうして、次第に同志をふやすことによって、世界を動かす心の力を養わなければなりません。それが、われわれに課せられた最大の菩薩行であると知るべきです。 自分独りがやってみてもどれほどのことができようか、などと考え込んだり、現実の壁はあまりにも大きい……と、しりごみしてはなりません。だれかが始めなければ、事は起こらないのです。独りが始めれば、必ず、あとに続く者ができるのです。(中略)塩が塩辛さを失ったら値打ちがないように、法華経行者が行ずることをしなければ、もはや法華経行者ではないのです。しかし、もしみずからを燈明として不惜身命の菩薩行をするならば、それは必ずこの世の中を照らし、人々をして仏法をあがめるように導くものであります。 (昭和45年12月【佼成】) 法華経の行者 六 法華経二十八番の「普賢菩薩勧発品」に〈四法成就〉という教えがあります。まず最初に〈一には諸仏に護念せらるることを為〉とあります。これは、仏さまが守ってくださるような信仰を確立するということです。そして〈二には諸の徳本を植え〉とありますから、「一生懸命で功徳を積み、親孝行をし、社会奉仕をするというように善い行ないをしなさい」とすすめられているわけです。そして〈三には正定聚に入り〉〈四には一切衆生を救うの心を発せる〉とあります。正定聚というのは、皆さんのように崇高な気持ちを持って信仰する人達の集まりです。ですから、その中に入って修行しなさいということです。独りだけで偉がってみせて、本か何かをひっくり返して、理屈ばかり覚えてもだめなわけです。 豆を煎るときだってそうです。一粒の豆だけころころ煎ってもうまくいきませんが、ある程度の量の豆を入れてがらがらやっていると、うまく煎れます。修行もそれと同じで、大勢の人達が一つの道場に集まって修行することが大事なのです。また、そういう雰囲気の中に入って修行すると、自分が改めなければならないところに気づきますし、改めなくてはならない責任も感じてきます。中には相当に強情な人がいて、いろいろ因縁を聞かせてもらっても、「それは自分には当てはまらないことだ」と、頭から突っぱねようとするのですが、一緒にいる人達のうちで、甲にも乙にも丙にもそれがちゃんと当てはまっているということがわかりますと、「自分にも当てはまらないわけがないんだな」と胸に手を当ててよく考えてみようという心を起こさせます。すると、やはり思いあたるところがあって、「改めなければならないんだな」と初めて気がつくわけです。このように仏さまは、私どもの修行の方法についても、親切に教えてくださっています。 (昭和34年10月【速記録】) 法華経の行者 七 信仰の仲間に入って、一緒に修行するということは、科学者が集まって、たくさんの試験管を使って研究するのと同じです。独りでいくら研究を重ねても、はっきりしたものを突き止めるのはなかなか難しいもので、わからないことも多いのです。やはり正定聚として、皆さんとともに試験管に入り、一緒に決まった行動をしてみると、仏さまの教えの功徳、経文の功徳がはっきりとわかってきますし、法力も顕れてまいります。そういうことを体験しなければいけません 私が初めて法華経に遇ったのは、三十歳のころでした。ですからもう四十年以上になりますが、それくらいの期間の体験はたいしたことではありません。ほんのわずかなものです。しかし、その法華経の法門を一万人、二万人という多くの人に当てはめてみますと、ちょうど試験管をとおして科学の理法を眼で確かめることができますように、法華経の働きがわかり、経力が観えてきます。ですから、わずか四十年ほどの体験であっても、何百年も生きたのと同じに、多くのことがわかってくるのです。そのように、信仰は体験の世界なのです。空想の世界では決してありません。 (昭和52年02月【求道】)...
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...五種法師の修行 一 法華経の中でお釈迦さまは、仏弟子の修行の具体的な道として、五種法師をたびたび説いておられます。たとえば、法師品第十には「若し人あって妙法華経の乃至一偈を受持・読誦し解説・書写し、此の経巻に於て敬い視ること仏の如くにして……」、また法師功徳品第十九では「若し善男子・善女人是の法華経を受持し、若しは読み、若しは誦し、若しは解説し、若しは書写せん。是の人は当に八百の眼の功徳・千二百の耳の功徳・八百の鼻の功徳・千二百の舌の功徳・八百の身の功徳・千二百の意の功徳を得べし。是の功徳を以て六根を荘厳して皆清浄ならしめん」とあります。 この両方ともに「若し人あって」「若し善男子・善女人……」とあるように、これは出家修行者のためというよりは、むしろ一般の仏弟子に勧められた修行と受け取らねばなりますまい。法師と言えば、後世では出家の僧侶を指す言葉となってしまいましたが、法華経においては人に対して法を説く者すべてをこう呼んでおり、前掲の文証のように、どちらかと言えば、在家信仰者の方に重点が置かれていると考えざるをえません。 (昭和50年06月【佼成】) 五種法師の修行というのは、教えを深く信じてその信仰を堅く持ち(受持)経典をしっかり読み(読)、繰り返し繰り返し誦んじて心に植えつけ(誦)、そらに書き写すことによってその精神を全身全霊にしみとおらせ(書写)、そして人に解りやすく説いてあげること(解説)です。 これを、現実的に具体化して言えば、朝夕のご供養、教学の勉強、法座での修行、教会や大聖堂への参拝、それにお導き、この五つを心から真剣に行なうことであります。これが五種法師の現代的なかたちであり、いわば、立正佼成会会員の五種法師であると言ってもいいでしょう。 ところで、今「心から真剣に」という条件を付けましたが、これが修行の最大の要件なのであります。ただ形式的に、ぬるま湯につかっているようなやりかたをしていたのでは、ほんとうの修行とは言えません。ほんとうの修行でないから、結果も現われないのです。 (昭和45年04月【佼成】) 五種法師の修行 二 この五つの修行の中で一番たいせつなのは受持です。受とは教えを深く信ずること、持とはその信を常に堅く保つこと。これが信仰の根底をなすものであることは、今さら言うまでもありません。澄み切った無我の心で教えをそのまま有り難く受け取り、いつ、いかなる時でも「自分は仏さまの子だ。仏さまのいのちによって生かされている身なのだ。自分は仏弟子だ。仏さまのみ教えのままに生きているのだ」という信念を持ち、感激を持つ、これが受持です。信力によって受け、念力によって持ち、常に歓喜・勇躍する、これが信仰の絶対鏡なのです。 この受持が完全に成就されているならば、あとのいろいろな行は、そこからあたかも泉のように自然とわき出てくるものです。ところが、現実の問題として、受持の完全な成就というのはなかなか難しいものです。仏道に入ったばかりの人にそれを求めるのは無理ですし、また、求く教えを学んでいる人でも、ときおり疑惑を生じたり、感動を失ったりすることがありえます。そこで、どうしても受持を助ける修行を兼ね行なうことが必要になってくるのです。その修行が、読・誦・解説・書写にほかならないのであります (昭和50年06月【佼成】) 五種法師の修行 三 信仰を持つのはいいことだけれど、お経を誦げなくてはならないのでたいへんだ、などと言う人がいます。そのような人は信仰のうわっつらしか知らないから、そんなことが言えるのです。信心が本物になると、お経を読ませていただくのが楽しくてしかたがなくなります。そのための時間は、仏さまがちゃんと皆さんに与えてくださっています。洗たく機ができたり、掃除機ができたことにしてもそうです。スイッチを入れておきさえすれば洗たくができるし、掃除もわずかな時間ですむ。便利になったことによって、それだけ落ち着いていられる時間ができたわけです。しかも、明治憲法によって義務教育制が布かれてから、だれもが教育を受けて、読み書きができるようになりました。その落ち着いていられる時間も、仏さまが私達にお与えくださったものだし、教育も仏さまのおはからいであります。 まして、こういう繁雑な時代に生きている私達です。仏さまは、伊達に教育の普及を“おはからい”になったのでもなく、遊んでいてもいいということで、時間を与えてくださったわけではないのです。その仏さまのおはからいを充分に感じとって、われわれは仏法に示された仏さまの理想に向かって、一歩一歩向上していかなくてはなりません。教育が行きわたり、お互いに文化的な生活を営むようになると、人間の考え方も進歩していきます。そして、進歩すればするほど、仏さまはわれわれを導いて、理想とされている境涯のところへ、どんどん上らせてあげようと願われているのです。時間もたっぷりあることだし、字の読めない人はいないのですから、これはどうしたって、きちんとお経をあげなくてはいけません。今日のような世の中にあってお経をあげないのは、やはり法を守らないという部類に入ると思います。 そしてお経を読んで、人さまに説き、さらにお導きした人が、ほんとうに幸せになるまで教育をするのです。それにまたお経の一文一句を書き写してみる。そうやっていくと、お経の有り難さが心の底にずっしりとしみこんで、お経がだんだんと身について自分のものになっていくのであります。 (昭和40年12月【速記録】) 五種法師の修行 四 五種法師の修行を一心不乱に続け、加えて、人のため世のためになる徳の行ないを日々の生活に実践していくならば、われわれの本質の上を厚く蔽っている、煩悩の垢が少しずつ溶け去っていき、中にある仏性がしだい、しだいに輝き出してくるのです。 この「少しずつ、少しずつ」「しだい、しだいに」ということを軽視してはなりません。これが凡夫としては非常にたいせつなことなのです。禅の言葉に「一寸坐れば一寸の仏」というのがあります。線香が一寸燃える間だけ坐禅をすれば、その時だけは仏と同じ境地になれると言うのです。その一寸一寸の積み重なりが大事なのであって、「一寸だけではつまらない」と考える人は、永久に救われない人なのです。 とにもかくにも修行することです。努力することです。(中略)自分の“分”に応じた修行をバカのようになって実践すること、これが仏性を開顕する大直道なのであります。 (昭和50年05月【佼成】)...
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...法華経の功徳 一 法華経を読ませていただくと、どこを見ても功徳ばかりのような気がいたします。たとえば「信解品第四」には「長者窮子の譬」が出てまいります。「無量の珍宝求めざるに自ら得たり」とありますように、自分では望んでもみない、たいへんな宝が自分のものになった、大きな功徳をいただいた、という話であります。 この窮子は、父親と別れて五十年もの間、乞食をしながら流浪の旅を続けて、ようやくそのお父さんの家へ帰ってきます。それを見た親は、わが子が戻ってきたと喜んでいるのですが、窮子の方は父親に会っても自分の親とはわからない。なにしろ、父親は大名のように偉い人で、その人の家にやってきたのですから、父親などとは思いもよらないわけです。そこで、田舎の農家で言えば物置の隅のようなところに住み、父親の家の一番汚い場所を掃除する人達の仲間に入って、それでもごまかしたり怠けたりすることなく二十年間、まじめに働き続けたわけです。糞を除う役を務め続けたというのですから、たまったごみをかたづけたり、肥しを担ぎ出して百姓仕事もしたのでしょう。 そういう修行を続けて、やがて父親が歳をとって臨終が近くなったとき、初めて親子の名乗りをすることができ、そして自分の物とは思ってもいなかったし、望んでもいなかった財産のすべてを得た、というわけです。法華経にはこのようなたとえによって、だれでも、たとえようのない有り難い功徳がいただけるということが説かれています。 (昭和42年03月【速記録】) 法華経の功徳 二 功徳というのは、梵語のグナ(guna)の訳で〈功能福徳〉の意であるというのが、昔からの定説です。約千四百年前の中国の名学僧であるか慧遠という人の著した『維摩経義記』という本に、次のような一節があります。原文は漢文ですから、現代語に訳しますと、こういうことになります。 「功徳は、また福徳と言ってもいい。福とは福利のことである。善い行ないは、その行ないをなした人自身の人格にしみわたって、それを向上させ、結局はその人のためになるゆえに、福と言うのである。また、福というものは、それ自体が善い行ないをなす人の徳にほかならないから、あわせて福徳と言うのである。これをたとえて言えば、清く冷たいと言うことが水の持っている徳であるようなものである。 功というのは、効能のことである。善い行ないには、他を助け、うるおし、利益を与える働きがある。ゆえに功と名づける。しかも、善い行ないは、他を利益するばかりでなく、自分の身にも返ってきて、自分の徳となるものであるから功徳と名づけるのである」 功徳という言葉の持つ意義は、ほとんどこの解説に尽きると思います。たいていの人が、功徳とは他から与えられるものと考えていますが、そうではなく、功徳とは自分が他に与えると同時に、自分自身に与えるものだというのです。 右の「善い行ないは、その行ないをなした人自身の人格にしみわたって、それを向上させる」と言うのは、原文では「善能く資潤して行人を福利す(行とは施すという意味)」となっています。「資潤して」とは、実にいい言葉です。善い行ない、善い思いというものは、知らず識らずのうちにその人の全身全霊にしみわたって、その人の人格を潤し、高めるのです。すなわち、徳となるのです。 こうして形成された人格ないし徳は、ひとりでに外面に表われて、ふたたび他の人を利益する働きをします。お釈迦さまの三十二相・八十種好という尊いお姿は、つまりその積まれたお徳の外面への表われであり、その尊いお姿が多くの人々に帰依の心を起こさせたのです。また、その徳は八万四千の法門となって外へ流れいで、無数の人を教化する働きに変わったのです。 このように、自分から他人へ、他人から自分へ、それからふたたび他人へと無限の循環を繰り返す徳の力、それがほんとうの功徳と言うものです。 (昭和46年06月【躍進】) 法華経の功徳 三 お釈迦さまが説かれた法門は、だれが、どこで聞いてもよくわかり、だれでも行ずることのできる教えであります。しかし、二千五百年も前に説かれたものが、なぜ世のすみずみにまで弘まっていかないのであろうか。ということを考えてみますと、人間がだんだんに本能的になっている、ということがあげられます。人間らしい、仏さまの子としての考え方や行動へ向かおうとせず、しかも、「仏さまが守護してくださっている」ということも忘れ、自我ばかりを主張して、もがき、迷ってきたその結果が今日の状態であります。 このような人間の状態が気の毒であるから「八万の大士」が大衆を救うために世の中に出てくるのである、と言われていますので、これは、皆さんのひとりびとりが八万の大士の一員である、という決定をしていただかなければなりません。そうでなければ、仏さまの二千五百年前の予言がいくら確かだと言っても、その証しとはならないのです。本能のままに行動し、そのために苦悩する現代の人々に救いをもたらすのは、他の人ではなくて、私ども自身です。仏さまのお言葉のとおりに行じている仏教徒が、真に正定聚であるところの教団が活動を推進していかなければならないのであります。 したがって、私どもは経典に忠実に、純真な気持ちでご法を信じなければなりません。仏さまの方では、功徳を与えたくて、こうすればわかるか、ああすればわかってくれるか、と方便力をもって説法、教化を繰り返してくださっているのです。法華経を読んでごらんなさい。法華経の中は全部方便です。なぜ方便が説かれているかと言うと、すべてのものに救いを顕現する真実経であるからです。世の中の状態、人心の混乱がここまできたからには、どうでも、皆さんに仏さまの教えを信じていただかなければ、どうにもならないのであります。 (昭和38年04月【速記録】) 法華経の功徳 四 法華経の内容について、難しい言葉で言えば、非常に難解なことになりますが、一言にして言えば「人間がどうしても守らなければならない道」であります。この道を守って行じていけば、どなたであっても幸福になる、という道であります。私どもひとりびとりが幸福になるということは、とりもなおさず社会、国家が安泰になり、世界は平和になるということです。人間ひとりびとりが争う気持ち、怒る気持ちをなくすれば、世界中がほんとうに仲よく、この娑婆国土が真に寂光土のように成り、お互い人間同士が生きがいを持って、楽しく生きられる世界となる、ということが経典の中にちゃんと示されています。こういう世界は、天から来るわけでもなければ、地からわき出るわけでもありません。私ども人間に課せられた使命であります。 私どもがほんとうに手をつなぎ、輪になって、お互いの人格を尊敬し合い、また尊敬されるような人間になって、そうして普く人々に正しい思想を植えしめて、ひとりびとりが完全なる人間になる──そのような人々の住んでいる状態を寂光土と言うのでありますが、そういう状態をこの世につくり現わすのは、他人ではなくて私達なのであります。 (昭和34年09月【速記録】) このような使命を私どもは仏さまから課せられて、この末法の時代に人間として、時を同じくして生まれ合わせたわけであります。皆さんとともに一生懸命に精進を重ねて、私達に課せられた大使命を果たしていきたいと願っているのであります。 (昭和34年09月【速記録】)...
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...地涌の菩薩と八万の大士 一 法華経を読誦いたしますと、序品第一から、安楽行品第十四までの前半では、声聞、縁覚、菩薩のお弟子達が、未来に対する仏さまの授記(成仏の保証)により、歓喜勇躍してあらゆる困難を乗り越え、仏さまの念願をこの娑婆国土に実現しようという決定をされています。そして、お釈迦さまに「後の世をどうぞ私どもにお任せください」と誓願を立てられる順序が出てまいります。 ところが、お釈迦さまはこれに対して「善男子達よ、お志は有り難いが、それはお断りしよう。なぜならば、末法時代になって、非常に難しい世の中になると、お前達のような結定では、とてもその役ではない。私の滅後、末法の娑婆世界に、正法を護持し、読誦し、説き弘める役目の菩薩は、もはやすでに準備ができているのだよ」と申されました。すると途端に、世界中の地面が激しく震動して、中から金色に輝く菩薩が無数に涌き出でるという現象が顕れました。これはまさに、形では現わせない真理をだれにも理解できるように劇的な形式をもって表現されている、法華経のすばらしい一場面であります。 仏さまは、自分のそばで修行された古いお弟子がたをしりぞけて、地の中から涌き出た無数の菩薩を「八万の大士」というお言葉でほめ、「地涌の菩薩」と呼んで尊ばれました。そして末法時代に仏の理想を実現できる者は、地涌の菩薩をおいてほかにはない、というお言葉を賜わったのであります。 永年娑婆国土にあって、苦しみや悩みの多い現実生活を経験し、いろいろの艱難辛苦をくぐり抜けて修行を重ね、堅い決定を得た地涌の菩薩に、この娑婆世界をお任せくださったという、このことには、仏さまの深い大慈大悲がこめられているのであります。すなわちそれは、自分みずからが煩悩の中で生活経験を持つ者こそ、ほんとうに人さまの苦しみ、悩み、喜びを共に身に感じとれる人だとおおせになっているのであります。そしてそういう人こそ、それに密着した法を説き、人々の胸に明るい法の燈を点ずることができるということであります。 (昭和41年03月【佼成】) 日蓮聖人は「地涌の菩薩にあらずんば、唱えがたき題目」と言われております。その地涌の菩薩に託された正法を、今の時代に説く人々を、八万の大士と言うのであります (昭和43年01月【速記録】) 末法濁悪世に生まれて、しかも、法華経に遇い奉った私どもは、仏さまのお言葉を信受して「在家仏教徒」である自分は、どうあるべきか、また、何をなすべきかという、はっきりとした自覚に立たねばならないのであります。 (昭和41年03月【佼成】) 地涌の菩薩と八万の大士 二 本化の菩薩と言うのは従地涌出品第十五にありますように、どんなことがあろうとも、不退転の精神で菩薩道に生きようという心構えを持った人のことです。一方、迹化の菩薩と言うのは、調子のいいときはいいけれど、にわかづくりの付け焼き刃、いつどうなるかわからないというような人を言います。しかし、本化の菩薩、迹化の菩薩と言いましても、別に印が付いているわけではありませんから、これは本人の自覚の問題であります。 私事ではありますが、実は私、家内が最近そうした点でたいへんおとなになったな、と感心しているのです。と言いますのも、これまでは本化と迹化のことを言う度に家内は機嫌を悪くしたものです。ところが、機嫌を悪くしているうちは、また、そのことに触れられることが多いわけです。しかし、最近は家内も自分が迹化であることを自覚して、何かあると「私はほんとうに迹化ですね」と言うのです。こういう自覚ができてまいりますと、そのときからもう本化になってしまいます。迹化になり切れば本化になるのです。この体験からもわかりますように、「永い間修行したんだから、おれも本化だ」などという気持ちをもっているうちは、まだまだ迹化そのものなのです。そこがまたご法の不思議なところであります。 (昭和51年09月【速記録】) 地涌の菩薩と八万の大士 三 自分は八万の大士の一員なんだという気持ちになり切りますと、精進することにも自然に気合いが入ってまいります。そして、そういう自覚ができますと、家庭の中で起こったごたごただとか、導きの子のところに残っていた難問題だとかが、風にでも吹き飛ばされたように、いっぺんにすーうっと消えて、身の回りがきれいになってしまいます。それが世直しの奥義であります。そうなるためには、まず自分の心の中がスキッと救われていなければなりません。 人から言われたから「ここはまあしかたがない。悪うございました、と言っておけばすむんだから」などと考えているようではだめです。因果の道理を「なるほど」と胸の底から悟るところまでいかなくてはなりません。そこにある真理を悟らなければほんとうに救われたとは言えないのです。 (昭和52年05月【速記録】) 地涌の菩薩と八万の大士 四 仏さまの大慈大悲をいかにして表現するか──なかなかに難しい問題であります。お経を読んでみますと非常に文章が難しく意味を汲みとるにも難解なところが多く、どうしてもわからないと、言うところがたくさんあることだろうと思います。「法も法の中に住せず」というようなことを言われますと、「ご法だ」「ご法だ」とよく言われるけれどいったいどうすればいいのだろうという疑問が出てきたり、いろいろのことがあると思います。そのうえ「退くのでもなければ、進むのでもない」「丸くもなければ四角でもない」などと、禅問答のようなことを言われますと、これはもう何がなんだか、さっぱりわからないということになってしまうこともあります。 これは、世の中の現象と言うものは、紋切型のように、たとえば、四角なものが四角のままで、どこまでもとおるものではなく、丸いものがそのままいつまでも丸い形ではいないように、生あるものは死に、形あるものは変化していく、ということです。つまり、この世の一切の物事、現象の奥にある実相を説かれたもので、諸行無常なんだということであります。では、その中にあって私どもは何を目標にしていくか、と言いますと、「念念に生滅する」、つまり、一切のものが一瞬一瞬に生じたり滅したりを繰り返している現象界にあって、私どもは深重の因縁によって、そのとき、そのときに与えられた自分のお役、使命を担って生まれている、という真実であります。 今、非常に大事な時期に生まれているという因縁を考えたとき、八万の大士という者の因縁をどのように解釈し、自己の深重の因縁をどのように自覚するか、ということが問題であります。私ども法華経行者として、最も価値のある、また諸仏・諸天善神も歓喜されるような修行をしなければならないわけですが、それができるか、どうかということは現世において今現在、与えられている使命をどう自覚しているかにかかっています。その自覚のおきどころによって一切の物事が〈ご守護〉となって現われるか、〈お悟り〉となって現われるか、ということになるのであります。 (昭和36年11月【速記録】)...
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...摂受と折伏 一 日蓮聖人が強く叫ばれたことは、各宗各派に分かれた当時の鎌倉仏教のありさまをみて「仏教徒はその宗派意識を捨て、釈尊の真精神にかえれ」と言うことでした。 本会が創立以来、説いていることは、釈尊の教えをその教えのままに行ずるということです。法華経を所依の経典とし、根本仏教を重んじていることはその意味にほかなりません。 こうした点からみるならば、本会は、日蓮聖人の精神をもっとも忠実に遵奉している、と言うことができましょう。 (昭和43年08月【佼成新聞】) 摂受と折伏 二 「安楽行品第十四」には、「他人の好悪長短を説かざれ」と、人の善悪を言わないで、ただひたすら自分の行なうべき役割を果たし、なすべきことについて行を修めていけば、どこからも難はこないと説かれています。今日のように、大言壮語して他集団をけなしても、一向にその反応が出てこないという時代であれば、いっそう、この教えを大事にする必要があります。ほんとうに安らかな心を持ち、人さまがその後ろ姿を見て、ああいうすがすがしい気分になりたい、心を落ち着かせて苦労をなくしたい、と思うような状態にならなければなりません。そのように人さまが自然に寄り集まって来られるような修行を私達はしていかなければならない時代になってきているのであります。 (昭和46年03月【速記録】) 摂受と折伏 三 私が「世界宗教者平和会議」を呼びかけ、話し合いを重ねておりますのも、大きな意味からすれば日蓮聖人の遺された《立正安国論》の精神にのっとったものであります。したがって、この正法を立てていくためには、あるときは他宗の誤りをあげて、それではだめだと決めつけることも必要でしょうし、またある場合には、「安楽行品第十四」の教えのように、他宗の間違いを指摘するより、まず自分を正して見せ、皆さんがその姿に惚れ込んでついてこられるようなことも必要であります。 日蓮聖人は時代に即して、「勧持品第十三」を中心に法門をお説きになりました。いろいろの法難に遭遇されたのはそのためですが、当時としてはそれよりほかに方法がなかったわけです。しかし、今はそれから七百年を経ています。もし今日「念仏無間、禅天魔、真言亡国、律国賊」と、ムシロ旗を押し立てて叫んだとしても、だれ独り振り返って見ようとしないでしょう。せいぜい、「威勢のいい坊さんが出てきたな」と言うくらいのものです。それでは、意味がありません。やはり、法をほんとうに行じた人が救われ、それを見た周囲の人達が、自分もあのようになりたいと、慕い寄ってくるようになることがたいせつなのであります。 (昭和49年05月【速記録】) 摂受と折伏 四 天地自然のすべてを、ありのままに認めているのが仏教ですから、仏教徒は円満で協調的でなければいけないと思うのです。排他独善は、宗教の本然の姿ではありません。三年前の九月、(注・昭和40年)ローマのバチカン公会議に招待され、パウロ六世猊下とお会いしたとき「キリスト教徒が仏教徒のために祈り、仏教徒がキリスト教徒のために祈る」ということを述べられたのですが、これは、日ごろ私の考えていることと、まったく同じことなので、非常に感銘しました。このように宗教者が、宗派や国境を超えて、心から協力、団結しなければ、人類の福祉も、世界の平和も実現できないのであります。 (昭和43年12月【佼成新聞】)...
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...法華経と日蓮聖人 一 日蓮聖人がお寺に入られたのは十二歳のときでしたが、十六歳のときには清登山で、“日本第一の智者となし給え”と祈願されたということが、ご一代記に書いてあります。 聖人は、仏教のもつ奥深さに気づかれ、その意味する奥底にあるものを汲みとっていくには、非凡な知識がいることを痛感されて、自分を日本第一の智者に……と、虚空蔵菩薩に願いをこめられたのです。 それにまた、今でも清澄山へ参りますと「凡血の笹」と言うのがありまして、これにも伝説が残されております。おそらく断食をなさったか、あるいは難行苦行をなさったのでしょう。祈願をこめて行を続けられた三七日間、つまり二十一日目の満顔の日に、血を吐かれたのです。そしてこの時、凡夫の血を残らず吐き出して、清浄な身になって出発されたと言われているのですが、私はそれも仏さまから大智を授けていただかないかぎり、難解な仏教を解き明かすことはできないと思い立たれた聖人が、そのためにまったく清廉潔白な気持ちになろうと精進された結果であろうと思うのであります。 以来、聖人は三十二歳になられるまで、仏教学を究めるための真摯な努力を続けられました。一切経を三回も読み直されたと言うのですから、どれほど熱心に勉学に打ち込まれたかが偲ばれます。そして到達されたのが《法華経》であります。 聖人はこの法華経を、それから約三十年にわたって解き明かされたのですが、ご自身の心構えとされていたのは、仏教の中で法華経の占める位置の大きさを思い、この経典を説かれたお釈迦さまのお心持ちをそのままに伝えるということでした。ですから聖人は、それまでのしきたりや伝統にとらわれず、むしろそれらを一切排除することによって、お釈迦さまのふところの中に、まる裸で飛び込んでいこうとされたのでした。それはまた、仏さまのご本懐である法華経に直結し、仏さまとまったく心身を一つにしたような境地に到達されて、仏法をお説きになった、ということが日蓮聖人のご遺文を拝読しますとよくわかるのであります。 (昭和42年03月【速記録】) 日蓮聖人ご自身が「大難四箇度、小難数知れず」と言われていますように、いつ殺されるかわからないような、命をねらわれたことがご生涯のうちに数知れずあったわけであります。ところが聖人はそういう危難にも一向とん着されず、堂々と自分の主張を声高らかに掲げられて、池上の本門寺において六十年のご生涯を終え、大往生されました。法華経をほんとうに行じている者は長生の実を得る、大往生を約束されている、という大信念があればこそ、これほどの大業を成就されたのだと思うのであります。 このような日蓮聖人のご生涯は、私達に「ご法門というものは、口先だけではだめだ、法華経は身を張って行じ、自分の行為に表わす、つまり自分で体験したことを自分でちゃんと言葉に表わしていかなければ救われないんだ」ということを教えていただいていると思うのです。 (昭和48年12月【求道】) 法華経と日蓮聖人 二 日蓮聖人は、実にこまやかな人間愛の持ち主でありました。(中略)信者達にとってすばらしい人生コンサルタントでありました。そのことは、数々のご消息によくにじみでています。たとえば、病気の南条兵衛七郎に与えられた切々たる教訓、七郎に先立たれたその母に届けられた慰めの手紙、大学三郎夫人の、女としての信仰上の小さな質問に対しても理を尽くしてじゅんじゅんと答えられた《月水御書》、性欲というものに大乗的解釈を与えられた《煩悩即菩提御書》、家庭生活と信仰との関係を幅広く説かれた《四条金吾殿御返事》等々、どのご遺文も実にシミジミとした愛情のなかに広大な智慧をひそませたものばかりです。 後世のいわゆる日蓮主義者達は、国家諫暁や四箇の格言といった聖人の激しい面ばかりを見て、このこまやかな人間愛を見過ごしているのではないでしょうか。 (昭和41年03月【躍進】) 日蓮聖人は、信仰と生活を切り離して考えるようなことを、決してなさいませんでした。それとまったく正反対の宗教観をもっておられたのであって、信仰を全生活に浸透させ、全生活を正しい信仰のうえにうち立てるように、弟子・檀那の指導をされたのです。そのことは、《四条金吾殿御返事》の中にある「ただ女房と酒うちのみて南無妙法蓮華経と唱え給え。苦をば苦とさとり、楽をば楽とひらき、苦楽ともに思い合わせ、南無妙法蓮華経とうち唱えさせ給え」とか、「宮仕え(職業)をば法華経とおぼしめせ」というお言葉に、端的に表われています。 (昭和41年03月【躍進】) 法華経と日蓮聖人 三 日蓮聖人は、信仰を改めることによって国家社会を立て直そうという信念のもとに、激しい諫暁を行なわれましたが、みずから政治の場に立とうとか、政権を笠に着て教線を伸ばそうとかいうことは、絶対になさいませんでした。北条執権も最後には折れて出て、法門の弘通は許すけれども、そのかわり四箇の格言だけはひっこめてくれ、そうすれば荘田十町を寄進し、大きな寺を建ててあげようと言ってきたのですが、日蓮聖人はそれにつけいるどころか、さっさと身延の山にこもってしまわれました。 ここが聖人の偉いところです。宗教というものは本来、政治に動かされるようなチッポケなものではありません。政治家とは、いわば人間の幸福という家屋のほんの一部分の造作を直す大工であります。もちろん、それも必要な存在ではありますが、宗教家は、そのもう一つ上に立つものでなければなりません。すなわち、政治家をも、国民をも、みんなひっくるめた一切衆生の心を改造することによって、土台ぐるみ世界を建て直そうとする大建築家こそ、真の宗教家なのであります。 お釈迦さまも、ビンビサーラ王やハシノク王などを教化され、またその遺教・遺徳によってアショカ王のような名君を育てられました。けれども、ご自分では政権などに一指をもお触れになりませんでした。日蓮聖人も、またしかりです。これが宗教家としての正しい態度なのであります。 (昭和41年03月【躍進】) 法華経と日蓮聖人 四 日蓮聖人は、仏さまを自分の真の親である、と言われています。主・師・親の三徳を兼ね備えられたお釈迦さま以外に、自分のほんとうの主とも、師と、親とも言えるものはない、と言うことを非常に強くおおせになっています。そして、いろいろの仏さまは、お釈迦さまの説法の中に生きているのであって、この娑婆国土にお生まれになったお釈迦さまの説法に間違いがないのである、ということを日蓮聖人ご自身が、一つ一つみずからの現証をもって、お説きになっているわけであります。また、六十年の生涯を「自分のやってきたことに一分の誤りもない」という自信に満ちたお気持ちで過ごされたのです。しかし、当時はほんとうにたいへんな時代でしたから、日蓮聖人のように、正直な表現をする者は「仏法の敵である」というので、島流しにされたり、首切りの座に乗せられたのであります。 (昭和48年12月【求道】) あすは竜の口で首を切られるという、鎌倉の土牢の中にあっても、日蓮聖人は、「法華経のおんためにこの首を切られるという、これほどの喜び、これほど名誉なことはない」と言って、むしろ喜んでおられるのであります。しかも、太陽がのぼって、明るくなってからでは醜いというので、「頸切るべくば急ぎ切るべし、夜明けなば見苦しかりなん」と言って身を投げ出しておられます。この日蓮聖人の心意気というもの“法華経をほんとうに自分の身で体得した”というあの自覚と悟り、これを私はほんとうに手本にしなければならないと思うのです。日蓮聖人はいつでも「法華経のおんために」と、こう言っておられます。法華経のために一切を捧げる──もう人間としての身体を全部、仏さまにささげている、というその心意気が、日蓮聖人の信心であったわけであります。聖人のこの死身弘法の信心をこそ、私達はお手本にしなければならないと思うのです。 (昭和50年07月【精進】)...
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