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...入会者即布教者 一 お導きは、人に言われたからするということでなく、自発的に、自分の心からするのでなければなりません。言われたことが、すぐにピンときている人は、きょう入会して、きょう結果をいただいて、きょうからいくらでも人を導くことができるわけです。 ですから、お導きができない人の心の中を分析して「あなたは信じていないんだ」と、こう私がはっきり言うと、たいていの人はあまり機嫌がよくないのですが、これはだいたい間違っていないと思います。なかには縁故がなかったり、性格からそうしたことができないという人もあるかもしれません。 しかし本当に信ずると、お導きはすぐできるわけなのです。 (昭和34年09月【速記録】) 入会者即布教者 二 信仰に入ったばかりで、法の順序も分からない。しかも、うちに病人がある。手間がない。こうした状態の人が、病人を家に寝かしておいて、お導きをしたり、人さまをお救いしたりして、盛んに一歩踏み出した生活をしている。向上した生活にどんどん入っている。 ところが信仰のおかげで、その家がじつに幸せになった。病気もなければ災難もない。お金にも困らない。主人もひじょうにまじめで、奥さんを可愛がってくれる。こうなると、みなさんは安定してしまって、すっかり冷静になりきって、いっこうにお導きの活動をしないという傾向になりがちです。 (昭和28年04月【速記録】) 最近、信仰が本当にありがたいという気持ちが盛り上がり、真剣にご法活動にとびこんで、どんどん布教されているかたの布教力はたいへんなものです。こうしたかたは、既成教団の僧侶のかたほど、宗教について理論的なものは持っていないという傾向があるのは、やむを得ません。それは私どもも認めるところです。 しかし信仰というのは、たんに知識だけですむものではなく、常識だけでどうにでもなるものでもありません。やはりなんとしても、本当に自分が「信」をもって、行じていくことがたいせつであります。本当に噛んで味わってみるところに、はじめて信仰の尊さというものがあるのであります。 新しい宗教では、きのう入会して、きょうはふたりも三人にもすすめた、などという人があるものです。こういう人が、いっきょに、仏教の大学を出て一応僧侶として人さまの指導にあたる、説法台に立って型のごとく説教をするといった人のようなわけにはまいりません。これは当然のことであります。 (昭和29年05月【速記録】) 入会者即布教者 三 茨城教会長の野崎さんは、入会後半年で、支部長になった人であります。 終戦の年、奇しくも日蓮聖人の亡くなられた十月十三日の入会でございます。いちばんはじめに、私と妙佼先生と出会い、お話ししました。 入会後、野崎さんは、不思議に三日ごとに男性をふたりぐらいずつ連れて上京してきました。それも、壮年部にあたるぐらいの男性です。自分が本部で話を聞き、分かったことだけをその人たちに話しても、理屈を言われてとても受け答えができない。そこで、私では分からないけれども、東京の先生に聞けば分かるから、ということで、とにかく上京する気持ちになるところまで納得させてきたというのです。 野崎さんは、茨城県の大津町に生まれ、学校時代はひじょうに成績がよかったそうです。同級生の男性は、野崎さんが優等生で、信仰はしていなくても、ふだん人さまの手本になるようなりっぱな心の持ち主であることを知っていたのです。 ですから、野崎さんを知っている男性は、「あの人が信頼しているのだから、どんなものか、ひとつ行って話を聞いてみよう」ということで、上京してくるわけなのです。一週間に二回ぐらい上京してくる。来るたびに新しい人がまじっている。一回ですまないで、二度来る人もありました。 そういうことをしばらく続けているうちに、みなさんが入会していったわけでございます。 この例をみても分かりますが、お導きの第一歩は、自分の行ないがきちんとしていて、「あの人の言うことなら大丈夫」という人さまの信頼をかち得ることなのです。野崎さんは、それができたから、入会者がどんどんできたのです。 こうして、入会半年にして支部を設定され、その支部長に任命されたのです。 そして早くも三十周年(昭和五十一年)を迎えたわけですが、その間、昔の工場を改造した道場で、みなさんよく辛抱してくださいました。 野崎さんの導きの子どもから、三十人ぐらいの教会長が生まれているかもしれません。この人はそのくらいの影響力をもっているわけであります。 入会当時、野崎さんは何の変哲もない一家の主婦でしたが、男まさりの仕事達者でもあり、長ぐつをはいて、メザシやサバやアジの開きなどをつくっていました。 神さまのお手配というのは不思議なもので、このかたが支部をつくってどんどん活動をはじめたら、魚がとれなくなってしまった。仕事がさっぱりなくなったというのです。魚が上がってこないから、製造もできないので仕方がない。そこで、どうせ休んでいるのだから、ご法の話を聞きに行こうというので、みなさんがつぎからつぎへと上京し、本部へ来られました。 このように、神さまがなさることというのは、先の先まで読んでいるようでございます。そして、みんなが入会してしっかりやるようになったら、また魚がどんどんとれるようになった。そのように、手でこしらえたようなことで、信者ができて今日に至ったわけであります。 東京の教会長にもそういうかたが大勢おりますが、お導きは、その人の毎日の私生活や、人格が、人さまの手本になるようにきちんとしていないとだめなのです。 導きたい導きたいという気持ちからあせっても、あの人のやっている信仰ではどうかな、と疑いを持たれるのでは入会してもらえません。 (昭和51年06月【求道】) 入会者即布教者 四 私どもはとかく「だれそれが導いてくれたから、この信仰に入った」というふうに考えますが、よく考えてみますと、お導きをされるということは、けっしてそんなに簡単なことでなく、また、きのうきょうの仏縁ではないのです。前世からの深い縁によるものなのです。 お互い「如来の知見を志願」して、これから一生懸命精進をしようという自分の心を認めた結果、入会をしたというのが本当なのです。 そのような自覚をもたないで、ただむりやりに縄をつけて引っ張ってくるようなことをされてお導きを受け、「道場へ来なさい」と言われて来たということだと、とかく不平が出るわけです。 私どもは自分自身で、自発的に道場に来て勉強させていただくのです。大いに精進しようと誓い合って、前世からの約束がここに熟して、そういうご縁によって、ようやく仏道に入ることができたのです。お経に明記されているとおりだと思います。 (昭和31年12月【速記録】) 「我等、如来の知見を志願す」(法華経・化城諭品第七)とありますように、私どもが修行するのは、志願でなければなりません。とかく押しつけられて導かれ、それではやってみようといった了見だから、少しばかり熱心に修行しても功徳がないというと、「なに言ってるんだ。功徳があるというから入会したのに、さっぱりじゃないか。功徳をもってこい」などと言う人も出るわけです。 もともと私どもは、如来と同じように、三界のすべての人を救うような大きな心になりたいと、この道に入った志願兵なのです。 「深心の所念は仏自ら證知したまわん。爾の時に転輪聖王の所将の衆中八万億の人、十六王子の出家を見て亦出家を求む」と「化城諭品」に説かれてあります。 大通智勝如来の王子たちが「わたくしどもの心の奥深く念じておりますことは、仏さまがよくご承知のことと存じます」と、仏さまと同じような智慧を得ようと志願されたのですが、そのとき、王子たちの祖父にあたる転輪聖王のひきいる家来衆のうち八万億の人、つまり大変な数の人びとが、自分たちも出家したいと申し出られ、仏道に帰依されたのです。 十六王子の出家を見て、八万億の人が、自分たちも出家をしようと志したというのですから、私どもの行動が正しければ、いかに感化の力が強いものであるかということが、このお経にうたわれているのであります。 ですから、私どもがつねに、経文に示されたとおりのご法にかなった行ないをしたならば、足をすりこぎのようにすり減らして歩かなくとも、人さまがみな、ありがたがって入会してきます。ぜひお願いします、と入会してまいります。 とにかく、わずか十六人の王子が八万億の人に出家をさせる気持ちを起こさせたのですから、驚くべき感化力があるのであります。 (昭和31年12月【速記録】)...
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...導きの子に見せられる 一 私は自分で一生懸命に信仰を研修し、霊友会に入って、妙佼先生をお導きしたわけです。 私はまだ迷っている人間でしたが、妙佼先生はどんどん結果が出て幸せになりました。そこで導いた私が幸せにならないはずはないと考え、負けては残念だと一生懸命、競争で精進したのです。そのおかげさまで、今日こうして幸せにならせていただいたのです。 このようにお導きをすると、それまで業障のためどうにもならなかった人でも、幸せになってくる。どんどん幸せの向こう岸へ行ってしまうのです。そうなると、お導きをした手前、こちらもどうしても負けてはおれないと、その人の後についていくようになります。駆け足で一生懸命ついていくようになります。 昔の人は“牛に引かれて善光寺参り”と言いましたが、妙佼先生は奇しくも丑年生まれでした。妙佼先生に引かれて、私は一生懸命善光寺参りをさせてもらったようなものなのです。 (昭和34年06月【速記録】) 導きの子に見せられる 二 教え説かれることが、はっきりした一つの形となって現われ、形となって示されないと、なかなか信ずることができないのが私ども凡夫の心であります。 お導きをしなさいと言われるのも、これは会員の数を増やすためのものでなく、お導きによって私どもの心や姿を教え示してくださるのであります。肺病であった人は肺病の人を多く導くように、また後家になった人は後家の因縁を持った人を多く導くように、だいたい自分と同じ因縁、同じ表情の人を導くようになるものです。 お導きをしてみて、悩んでいる姿、考えている気持ち、迷っている姿を見ると、初めて自分自身の姿を鏡にうつし出されたごとくありありと見ることができるのであります。お導きをすることによっていろいろな体験を得るとともに、自分の姿をかえりみて把握することができるのであります。 一方、お導きされるほうはどうかと申しますと、どぎもを抜かれるように自分の間違った心を衝かれ、腹を抉られるような思いをさせられるので、初めは驚いたり疑ったりもするでありましょうが、話をする人は自分の体験を通して仏教の教えを説くだけなのであります。 (昭和27年07月【佼成】) 導きの子に見せられる 三 正則高校校長・今岡信一良先生のお話の中に「先生は子どもに教えられる」とありました。 お導きをするという縁を結ぶことによって、導いた相手から自分の修行や、自分の心のあり方をどんなに教えていただいたことか。どんなに尊い体験を、今日までさせてもらったことか。─── 法華経の従地涌出品第十五には、二十五歳になる人が百歳の人を指して「わが子なり」といい、百歳の人が二十五歳の人を指して「わが父なり」という譬えが出てきます。 そのことを、もう一度掘り下げて考えてみますと、負うた子に浅瀬を教えられる、という諺のとおり、お導きをすることにより、自分自身がはっきりと分かってくるのであります。 (昭和31年12月【速記録】)...
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...足しげく通う 一 私が法華経に出遇ったのは昭和十年ですが、その時代は、精神異常か、医者の力では治らないような肺病の人でないと、入会してこなかったのです。 入会すると、精神異常が治るまで来てくれというのですからたいへんです。毎日毎日夜になると、自転車の後ろに妙佼先生を乗せては、その人の家に行き、一生懸命九字を切ったり、お経をあげたりしました。その当時、どんな病気でも、不思議によく治ったものです。 すると「あそこで治してもらったら」ということを、どこからか聞きつけて、また別な人が訪ねてくるのです。「それっ」というわけで、さっそく出かけます。毎日のように患者の家を、昼間二、三軒、夜また二、三軒回るのです。お導きは結構なのですが、家業のほうがほとんどできなくなってしまうほどでした。 私の商売は当初漬物屋でしたから、朝から晩まで真剣に働かなければうまくいきません。また妙佼先生は、夏は氷屋、冬は焼芋屋の店をやっており、卸もしていてひじょうに忙しい。その忙しい中を、人さまのために歩き回るのですから、妙佼先生は、旦那さまに小言を言われたり、たいへん叱られたこともありました。そうしたことを何回も繰り返したものです。 ところがそのうち、ご主人も「これはなるほど、ただごとではない。不思議だ。これは毎日出かけてもらわなくてはならない」というようになり、こんどはご主人も一緒に出かけてくださるようになった。そんなふうにひとりひとりお導きをさせていただきまして、今日に至ったわけです。 (昭和32年04月【速記録】) 足しげく通う 二 私の秘書のひとりから入会した動機を聞きました。お父さんがソ連に抑留されて、昭和二十三年に帰国したが、肺病で寝込んでしまった。栄養失調みたいになって帰ってきたのですから、たちまち病気が進んだのです。 そこへ導きの親御さんが、明けても暮れても、雨が降ろうが、風が吹こうがやってきて、一生懸命、半年にわたって入会をすすめたというのです。 本人は「おれは治らなくてもいいんだ」などと言って、捨て鉢になって寝ていたのですが、あまり熱心に来るものですから「あのおばさんのために、一回ぐらい、その水原の道場というところに行ってみなくちゃ申しわけないかな」という気になったのです。 ちょっとでも体を動かせば、すぐに熱が出る、具合が悪くなるという状態、一進一退の状態でした。終戦直後のことですから、まだ医学の力がそれほどでなく、肺病がどんどん治る時期ではなかった。そういう時期に、毎日毎日一週間、自分からなんとなく道場に行ったというのです。 ところが、それが病院に知れ、「あなたの結核は陽性で、菌がどんどん出るのだから、人の集まる場所へ行くなんて、いくら宗教団体でも、とんでもないことだ」と、たいへんお叱りを受け、看護婦さんが病院へ引っ張って行き、検査をしてみたのです。 陽性の結核で、たんは出る、菌はばらまくという病人、右の肺はもうすっかりやられていたのが、検査の結果がどうもおかしい。レントゲン写真で見ると、どうやらもう治っている。そういうことで治ったのだそうです。信心気のない人が、半年通ってもらって、やっと信心気を起こし、懺悔されると、こういう素晴らしい結果が得られたのでした。 そのお父さんは「私は半年もかかって入会したのだから、私が人を導くときは、一年ぐらい通わないと入会してもらえないだろう」と、心を締めながら、どんどん布教に歩きました。直接に百五十軒も導いたというのです。 われわれが人さまを導くとき、声をかけてみても、なかなか入会してもらえず、いいかげんサジを投げたくなることがあります。先ほどの導きのおばさんも、途中で短気を起こしてサジを投げていれば、お父さんの入会はなかったでしょう。その人のふたりの子どもも、妹が佼成病院で治療の仕事につき、兄が秘書として、私と一緒に歩く仕事をしてくれていますが、それもなかったでしょう。 このように、生きた事実を一つ一つ噛みしめてみますと、不思議でもなんでもない。それは当たり前のことです。先祖を拝むことにしても、きわめて当たり前のことであります。これらのことは結局、お釈迦さまが悟りを開いて、実相を見抜かれ、縁起の法則として教えてくださっていることなのです。その法則をあてはめて調べてみれば、世界中の人の因縁が、はっきりと分かってくるのであります。 ですからこの真理を、まだご縁を結んでいない人びとに、いっそうの真心をもって、真剣に呼びかけなければならない。先ほどの、腹も立てずに百八十日も通った導きのおばさんのように、足を運ばなくてはならないわけであります。 これはなるほど歴劫修行だなあ、お経に偽りはない、と思うのです。「仏の金言にて候へば疑ふべきに非ず」(『国府尼御前御書』)と日蓮聖人がおっしゃっているとおりであります。 (昭和52年05月【速記録】) 足しげく通う 三 まことに修行というものは、ばかばかしいことが多いのでありまして、そんなに思うようにはまいりません。一に一を足して二になり、二に二を足して四になるというようなわけにはいかないものです。 きょう一日来たから、つぎの日から病人が治ったとか、二日来たからつぎの日から商売が繁盛したとか、三日来たから就職が見つかったとかいうわけにはまいりません。しかし、一に一を足して二、二に二を足して四という計算以上に、私どもが真心で動くことが尊いのです。 「あの人は気の毒な人だ。なんとか救ってあげよう」という心、そういう真心の動きというものは、一つもむだにはならないのであります。全部仏さまが帳面につけておいて、私どもに幸せをもたらしてくださるわけです。 こういうことが分からないと「何を言ってるんだ。道場に奉仕させようと思って、会長はうまいことを言ってるな」といった気持ちが起きてきます。 本当にやってみなければ分からないことなのですが、少しでも人のために真心を動かした、ということが尊いのであります。たとえば、気の毒な人にチャンチャンコの一枚でも持って行ってあげるのは、これはこれでひじょうに結構なことであります。けれどもそういう気持ち以上に、その人を本当に救ってあげようという真心の発露が、いっそう尊いのであります。 (昭和30年11月【速記録】)...
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...先祖供養 一 私どもは何のために先祖の供養をするかということを一応考えてみたいと思うのであります。そうしますと、まず第一に私どもは人間としてこの娑婆に生まれたということを喜ばなくてはならないと思います。 法華経の「法師品」の中には、過去に十万億の仏の供養をしたその功徳によって、人間となって世の中に生まれると書いてあります。初め私どもはただ人間に生まれたありがたさで先祖の供養をいたしておりましたのですが、人間と生まれるのには十万億もの多くの仏さまを供養して、仏さまの教化を身にうけているのであります。 そこで私どもは、朝に夕に一生懸命に仏さまを供養し、自分の先祖にお給仕することは、人間に生まれたことに対する感謝を形に現わしているわけであります。 (昭和31年04月【佼成】) 先祖供養 二 自分がこの世に生まれてきた縁というものを考えると、ご先祖さまがあって、はじめて自分が生まれたのですから、そのご先祖さまを心から回向申し上げるのであります。 しかし、私たちはいいことをしたかと思うと、反面、どこかでから回りしている。ご先祖さまが成仏できるようなりっぱな行ないをしていないのが常です。 そこで、私どもが朝に夕にお経を読み上げるときに、過去帳にある「今日命日に当る精霊」に、心から成仏を願うわけであります。 (昭和31年01月【速記録】) 先祖供養 三 立正佼成会の戒名には「生」「院」「徳」の文字が必ず入りますが、こうした戒名をつけることに対しまして、会の認識の足りないかたは「戒名を変えてくれなければいいのだが……」と思われることでしょう。 お寺にお付き合いのとくに深かったかたほど、いろいろ悩みをもつと思います。お寺に無関係な、これまであまり信仰に縁のなかった人は、こうした問題がないと思いますが、なかには、「お寺のほうはそのままにしておけば、面倒がなくていいのだが」という人もあるだろうと思います。 しかし、入会したならば、新しい信仰体制に入り、戒名を変えて、仏さまの教えを本当に信奉するのだという気持ちになることがたいせつです。そうでないと、「導きの親が言うから、戒名願いを出した。そうしたら、こんなに長い戒名をつけられた。過去帳に写すだけでもたいへんだ」ということになるのです。 「生」「院」「徳」の戒名の現われ方、意義を、お互いが本当に確認することがたいせつです。 霊界のかたがたに喜んでいただける戒名を、真心をもってお贈りし、それを心をこめて拝むことによって、ご先祖さまが本当に成仏に向かうのだ、というはっきりした自信をもって戒名をつけると、戒名をつけただけでも、本当に顕著な結果が出てくるのです。 「戒名をいただけ」と言われるので、よく分からないままに、しぶしぶ戒名のお願いを出す人もあるかもしれません。それでも仏さまは、その戒名の尊さを、至らない凡夫に知らせようとお慈悲をくださり、戒名をつけていただいただけで、病気が治ったという経験をした人もたくさんいるのです。 最高の数である九文字の生院徳の戒名を、よく読み味わって、それが、一切衆生を救うために、仏さまが定めた戒名だということを、理解しなくてはならないと思うのです。第一段階で、まずそのことが分かると、ご先祖さまの祀り方も、それまでと違ってくるはずです。 位牌の数が多くなると仏壇に入りきれなくなります。数多い位牌の中で、最近亡くなった自分の可愛いい子どもであるとか、ご主人の位牌は前のほうに出して大事にしているけれども、肝心の元のご先祖さまは隅のほうに押しやられて、すすだらけになっている。 本来、その元のご先祖さまがたいせつなのに、形にとらわれて、最近亡くなった人に感情が移って、心が注がれます。子どもは、自分が骨折って育てたというだけで、家のためには力になっていない。その位牌を大事にして、命日には、ミカンが好きだった、ダンゴが好きだったと、供える。 ところが、自分がこの世に生まれてくるのに、肝心な本元であるご先祖さまのほうは隅っこに押しやられて、ゴミがたまりすすけている。もし戒名が息でもしていようものなら、すすくさく、呼吸もできない場所に押し込まれている。 こういうことではまことに申しわけありません。戒名の文字には、魂が移っているのです。 ですから、私どもはみずから戒名を過去帳に書き込んで、ご供養申し上げる。法華経の経文を、本当に心から読経させてもらう。また日々、法華経の教えを身をもって行じていく。さらに人さまにもつねに口で伝える。その身口意の三業に行じていくようになりますと、ご先祖さまは毎日、命日に過去帳が開かれて読み上げてももらえるし、拝んでももらえるようになります。 なるほど過去帳というものは、ひじょうにありがたいものです。お経を読むとき「過去帳一切の精霊。別しては今日命日に当る精霊志す所の諸精霊」と、読み上げますから、必ずご命日になると諸精霊はそこに呼び出されて、ご供養を頂戴できるのです。 (昭和30年12月【速記録】) 先祖供養 四 ご先祖さまが生きている状態を想像してもらうとよく分かると思うのですが、このご法は徹底して、ご先祖さまに安心していただけるようお仕えし、お給仕させていただける教えであると思うのであります。 ご宝前をお掃除させていただく場合でも、そういう気持ちで朝夕、あの過去帳に接していかなければなりません。粗末に扱うようなことがあってはならない。粗相があってはいけない。不浄であってはいけない。ご宝前の前に行くときには口をすすぎ、手を清めて、お給仕をさせてもらいます。 なかにはご宝前の中に何でも放り込んで、物置のようにしている人もいるのではないかと思います。「忘れてはいけないから、仏さまへあげておけ」などと考えて、税金の受け取りまで仏さまへあげておく。そうなると、ご宝前が乱雑になって、掃除もできなくなる。物の重なった下のほうはごみばかりになってしまう。そういうことでは申しわけありません。世俗的なわずらわしいものは、ほかの引き出しにでもきちんとまとめて入れておきたいものです。 ご宝前には新鮮な若水をあげ、清らかなお花をあげる。掃除のふきんは特別にきめておく。お勝手で使うようなふきんや変な臭いのするようなふきんではいけない。毎日隅から隅まで手を通して掃除をさせてもらう。 そのようにして、仏さまにお給仕申し上げると、日々が朝起きてから夜寝るまで、なんともいえないくらい楽しいものです。 過去帳には、遠い昔からの血すじのご先祖さまがつながっているのです。私どもはご先祖さまに過去の業障を懺悔し、心を改めて、日々ご供養をさせていただいているのであります。 ところでみなさんは「救われた」「救われた」と、功徳をいただいた話ばかりされますが、どうして立正佼成会に入会したら、こんなに功徳が現われるのか、という原理については考えないようです。 今までお話ししましたように、霊界までふくめ、一切のことに真に和合した、調和のとれた、合理的な生活が、入会することによって初めてできるようになったということには、思い至らないようです。仏さまは、どうしてもなさねばならぬことと、してはならぬことを、はっきり教えてくださっています。 どろぼうや色香の迷い、人を恨んだり、嫉妬心を起こしたり、増上慢の気持ちになったり、といったことはしてはいけないことです。 早起きをしたり、人に親切にしたり、自分が毎日毎日きめられたところのお役をつとめることは、なさねばならないことです。 この世に生きているものがお世話をしなけれは、霊界のご先祖さまにとどきません。私どもは、そのお役をつとめるために生かしていただいているのです。 少し早起きをして、お役をやらせていただくだけのことで、ご先祖さまがみな喜んで「お前は感心な嫁だ」とか「お前は感心なせがれだ」とかいったお気持ちで、陰でほめていてくださるのです。これまでは、毎年しわが増えて、ひじょうに年寄りくさくなっていた人が、信仰に入って気持ちがさわやかになり、しわがのびてきた、という例があっても少しも不思議はないのです。 法華経の薬王菩薩本事品第二十三の中に「不老不死」という言葉がありますように、本当に生きがいのある生活をしていると、いつまでも若々しくしていられるのです。 私は昭和十三年に立正佼成会を創立して、昭和十六年ぐらいまでは、ほとんど一晩に二時間か三時間しか寝ないような修行を、妙佼先生とともにやりました。当時は体重が十五貫(約五十六キロ)ぐらいしかなかったのですが、今は十八貫七百(約七十キロ)あります。 三十二から三十四歳のころは、今よりよっぽど年寄りじみていました。妙佼先生は「あのころから十八年も経っているのに、このごろのほうがかえって若くみえる」と、よく言われます。 年はとっても、根がのんびりしていて、何の苦労もなく、仏さまにつながる、あの歓喜を味わわせていただいているため、年寄りくさくならないのです。 法華経の「如来寿量品第十六」の中で、仏さまは業障なお前たちのために「常に此に住して法を説く」とおっしゃっておられます。 仏さまは、つねにこの娑婆国土において法をお説きになり、私どもに聞かせてくださっているのです。 仏さまのみ教えの道に本当に目覚めて入れば、すぐに仏さまは、「ああ感心だな。お前はもう気がついたか」と、すみやかに功徳を授けてくださるのです。功徳をいただく原因はそこなのです。 (昭和30年12月【速記録】) 先祖供養 五 日蓮聖人は『開目鈔』の中で「愚人に誉められたるは第一の恥なり」と言われております。仏さまに誉められるのなら最高の喜びであるが、愚人にほめられることは恥の中の恥、第一の恥であるとおっしゃっているのです。 少々精進したとか、話が上手だとか、そうしたことでほめられて喜んでいるようでは、真の仏道修行者ではないと思います。少しでも自分に間違った点がないか、あるなら一時も早く改めようという強い反省の気持ち、それがあってこそ、はじめて少しずつでも人格が完成に近づくのではないでしょうか。 こういう意味から、立正佼成会では絶対にほめないのです。徹底的にその人の悪いところを叩いて、反省、懺悔のいとぐちを与え、みずから悟って、人間として行くべき道を敢然と把握し、人格を完成していくのが立正佼成会の教えであります。 人格完成のために、自分が真に懺悔し、反省した生活をすることは、とりもなおさず、先祖に対する回向になるわけであります。私どもは豚にも猫にも生まれずに、人間として、万物の霊長として、この世に生を受けたのです。 この父母の恩、ご先祖の恩に対して、私どもは本当に正しい反省をし、懺悔のすべてをし尽くして完成した人間をつくり上げ、その功徳をご先祖さまにご回向申し上げる。これが立正佼成会の先祖供養であります。 (昭和31年04月【速記録】)...
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...信者のつとめ 一 立正佼成会はみなさまもご承知のとおり、二十年前の三月五日に在家仏教教団として発足したのであります。今日まで釈尊の説かれた真実の第一義、実践の教法でありますところの、難信難解といわれる法華経の教えを行ないまして、一歩一歩菩薩道の実行に努めてまいったのであります。(中略) 私どもはたとえ在家の仏教教団でありましても、真に仏教の本義に徹するために、経典の教えを素直に実行することによりまして、真の法華経信者としての資格を得るように努めているものであります。 (昭和32年09月【佼成】) 信者のつとめ 二 お釈迦さまのみ教えの中に「自ら仏に帰依せば当に衆生、大道を体解して無上意を起さんと願うべし」(『華厳経』・「浄行品」)とありますが、仏の教えに帰依すれば、すべての衆生が大道を体得して、それを解釈していけば、無上意を起こすというのであります。 また「自ら法に帰依せば当に衆生深く経蔵に入りて、智慧海の如くならんと願うべし」ともあります。私どもはともかく、少しものが分かりますというと、もうこれでたくさんだ、信仰を少しやりますと、もうこれだけやったんだから、と導きの親御さんに「家では家族みんなでお経をあげていますから見てください」といって、みんな分かったような顔をして、つぎの修行をみずから求めない人もございます。これではご法をやる資格はない。 私どもの体験した範囲などはひじょうに狭いものでありますから、その範囲内に満足して、それ以上精進のできないようなことでは、本当にご法に帰依したとは言えない、ところが経蔵に入れというのですから、いろいろの意味を深く味わって仏智を得ないことには、本当のご法どおりにはなれないのであります。 またお釈迦さまの教えには「自ら僧に帰依せば衆生を統理して一切無碍ならんと願うべし」とあり、これも信仰の集いに自分が僧となって、その正しいご法に入れば多くの人が一つ旗印のもとに集まってきて喜んでご法がやれる、その正しい集まりに来る衆生を統理できるというのであって、正しい行ないであるからこそ人が集まるというのであります。 (昭和32年05月【佼成】) 信者のつとめ 三 「晨朝に目覚めては迷える人を目覚めしめんと願い、昏夜に寝りては悪を息めて心の穢れを浄めんと願うべし」(『華厳経』・「浄行品」)とある。これは、私どもが朝起きてから夜寝るまでの間、寝ても覚めても悪いことをやめて心を清め、清らかなことをしようとすることがたいせつなのである。 すなわち「手を洗う時には信仰の清き手を以って生死を越えて善き行を行わんと願う」のであって、自分が手を洗うときも足を運ぶときも清らかな信仰をもって、仏のみ教えを持とうとする。また足を運ぶときにもいろいろの災難やら苦労がかかってくるという変化にもとらわれず、それを乗り越えて善い行ないをしようとつねに願わなくてはならない。 また「衣服を着る時は道徳の衣を着、慚愧を知らんと願い、食事をとるときは、み仏を供養して仏道を励まんと願う」ともあります。すなわち着物を着るときも食事をするときにも、自分たちが人間として世の中に生まれ出ている以上は道徳を守らなければならない。とかく道徳などと言っても、宗教とは別物であると言って軽蔑する人もありますが、仏道を行ずるものはまず、道徳律を守らなくてはならない。人間として定められた道徳を守らぬようでは、ご法の衣を着たとはいわれないので、まず道徳の衣をまとって自分の慚愧を知らなければならない。 つぎに「父母に仕えるときは一切の人を養い、守らんと願い、妻子と集っては愛欲の牢獄より出でんと願う」とあります。父母に仕えるときには一切の人をも養い守ろうと願うのです。私どもは自分の親は養う責任があると考えても、人さまにはなんの関係もないと考えている。そういうことでは仏の願いには叶わない。孝養するときには一切の人を養い守ろうとすることがたいせつであるという教えであります。 「悲しむ人を見ては無常なる世界を逃れんと願い、喜ぶ人を見ては常住なる涅槃の楽しみを得んと願う」ともありまして、仏さまの世界は“我此土安穏、天人常充満”であるが、人間世界は無常でいつも落ち着かないのでつねに変化するのである。この不幸な人を見ては、そこから脱出させようと努めるべきであるというのであります。 また「高き山を見てはよき行を積み重ねんと願い、流れる水を見てはみ教えの流れに入りて、智慧の海に至らんと願う」とあります。とかく私どもは信仰に入りましても、ギコチなくて素直に教えのとおりの行ができません。それをちょうど水の中に溶け込んだように素直になって、智慧の海に至らんというような願いを持ちまして、私どもは信仰せよと仏さまがおっしゃっているのであります。 (昭和32年05月【佼成】) 信者のつとめ 四 三部経をあげておられるかたはご承知のとおり、この経の中には「仏・法・僧・戒・施・天を念ずべし」(仏説観普賢菩薩行法経)という、いわゆる「六念の法」が説かれてあります。 すなわちわれわれ法華経を信奉する者は仏・法・僧の三宝を敬い、五戒すなわち殺生、偸盗、邪淫、虚言、飲酒などの戒律を守り、布施すなわち悩める人びとには物を与え、精神的にはご法に導いて、ともかくも人さまのために身をもってお尽くしする心にならせていただき、また天を念ずる心、すなわち天地神明に恥じざるりっぱな行ないを持ち、菩薩行を実行させていただくことの心構えが説かれてあるのであります。 また「此の如き六法は是れ菩提心なり、菩薩を生ずる法なり。汝今応当に諸仏の前に於て、先の罪を発露し至誠に懺悔すべし」とありまして、過去の罪を心から懺悔してふたたび過誤を犯さぬように戒めております。 これを日本の現状に当てはめてみまするならば、ふたたび自分の国から戦争などを起こさぬように努め、世界中の国々から文化的平和国家として信用されるような国となり、さらに世界二大勢力の渦に巻き込まれることなく、むしろ進んでは積極的にこれらの抗争対立の緩和に努め、絶対に永久平和確立の覚悟を固く持することがたいせつであると信ずるのであります。 立正佼成会の真の使命は仏さまの本願でありますところの“菩薩を生ずる法”、菩薩をたくさんつくることであります。 (昭和29年01月【佼成】) 信者のつとめ 五 卑近な例でありますが、こうした大勢の集まりのあった場合に、起ったあとがキレイになっていることが感じがいいか悪いかを考えてみますと、そこにはやはり、すべて善いことの実行ということにかかってくるのであり、要は大きな題目だけを掲げないで、手近な身の回りのことから実践しなさいというので、まるで親から言われるように先輩から注意される。そういう細かい教えの結果がこの集いの終わったあとは、キレイになって気持ちがよいということになるのであります。 また自分そのものが下がって、本当に若い者は若い者らしく、年寄りを敬い仏さまに向かうと同様の礼をもって、真心を尽くすことが肝心なのであります。 これはちょっと見ると、ばかばかしい教えをする会だと思うでしょうが、よくよく考えてみますと倫理道徳にもかない、自分自身の信仰生活を基礎づけてくださるところの、真理であるということが分かるのであります。そして、りっぱなご法はそんなに手の届かないような遠いところにあるのではないことが分かるのであります。 すなわち自分で善いことを実行することがたいせつなのであります。 (昭和30年02月【佼成】) 信者のつとめ 六 親に孝行をするとか、ご先祖のご供養をするとか、神仏を尊ぶとかいうことは、人間として当然のことであります。この筋道の通った人間らしい自然の道を歩むことが、立正佼成会の教えでございます。 最初はともかく、先祖のご供養とか、人さまのために少しでも善いことをしようとかいったことが土台です。そうしたことから順々に功徳を積むことによって、機根が進んで、ひいては国土を浄土とし、世界を平和にするために、一切を投げ出してご奉公させてもらうということにもなるのです。 (昭和32年04月【速記録】) 信者のつとめ 七 私どもは法華経によって自分だけが救われているから大丈夫だということではいけない、この教えをもってひとりでも多く正しい人をつくることによって、平和が得られることを悟らなければならないのであります。すなわち、二千五百年も前に釈尊がお説きになられ、また七百年前に日蓮聖人が大きな声で叫ばれたのはこれであります。 日蓮聖人は釈尊の本懐経である法華経を力強く叫ばれ、理論的な折伏をもって正法弘通の手段とされたのでありますが、今日ではこのような理論上の折伏は時世に合わないのであります。それで今われわれは、自分の行ないを模範としてひとりひとり手近いところから教化していく──つまり見る人、聞く人、触れる人に“菩薩道”を知らせることが、私どもの使命であります。 (昭和27年06月【佼成】)...
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...道場での修行 一 昔からの諺に“楽は苦の種、苦は楽の種”ということがあります。私どもの十四、五歳のころ新磯節という歌がはやった時分にも“楽は苦の種、苦は楽の種、楽をする気でいるからつらい、苦を苦とせぬのが、じつは楽の種”という文句があったように憶えています。 仏教の教えもやはりそうでありまして、お釈迦さまはこの娑婆は苦である。幸福で楽々と享楽的に生活するのでなく、ひじょうに苦の娑婆だと、こうおっしゃったのであります。 ところがその苦というものをどういうふうに自分たちが受け取っているかというと、苦はやはり苦で楽はやはり楽なのですけれども、その苦を楽とするにはどういう方法が必要か。こういうことになると、歌の文句ではないが“苦を苦としないのが楽の種”だという意味になるのであります。 卑近な例ですが、いつもみなさんは道場の中に大勢お座りなっている、座るということは立っている人にくらべると楽でございます。お立ちになっているかたはご苦労さまでございます。 ところが、座るのもあまり長くなるとありがたくなくなるのであります。座るということは楽のようですけれども、座っただけでいると苦になる。こんどは反対に立っている者もつらいようだけれども、座ると楽になるのですから、楽というものを引き延ばしていくと苦になり、苦というものを延ばしていくと楽になるのであります。 世俗に“寝るほど楽がある世の中に、浮世のバカが起きて働く”なんていうことを言います。起きて働くのがどうもつらい、骨が折れると解釈するのですけれども、考えてみますると炎天下にちょっと骨を折って田草取りでもして相当腰が痛くなるほど頑張って、そして家の日陰へでも入って昼寝をするということはひじょうに楽でございます。 ところが、この暑いのに三日も四日も毎日寝ているというと、これはもう楽ではなくなって骨が折れてしまうのであります。なかなか容易な修行ではありません。 そういうように、要するに仏教の「苦の娑婆」であるという、その苦の娑婆をどういうふうに受け取るかということが、お釈迦さまの一代の説法なのであります。 (昭和31年10月【佼成】) 道場での修行 二 みなさんが道場においでになることでも、相当に骨が折れるわけであります。みなさんの中には旦那さんが反対するのを押し切って出てくる人もあるだろうし、奥さんがグズグズいうのを尻目にかけて出てきた旦那さんもおいでになるでしょう、これは一応家の玄関を出るときは苦なのです。ところが味わいが忘れられないでまた来たということです。 お互いさまに持って生まれたところの因縁というものは、なかなか性格は変わらないですから、悪いくせというものは変わらないでなかなか直し切れない。 ところが多少の苦を押し切ってもおいでになりまして、道場で修行を重ねていきますと、ご法というものの線があって、信仰も無軌道にやったのではいくらやっても完全なものにはならぬことが分かります。芋洗いにいたしましても、磨き合わなくては皮が剥けないように、いくらワアワアいって道場に来て修行しても、それは完全な人にはなれない。 ところが道場というものがあって、気ままな気持ちを規制する器の中に入って、その中に法というものの潤いがあって初めて完全な人間ができる。 芋洗いにしても「芋と桶と洗う人」だけでは洗えない、やはり水がなくては洗うことができないのであります。同様に人と道場だけあっても、ご法というものがなければ人格の向上も安心立命も得られないのであります。 ご法があって初めて、道場へ来て人間が洗われるわけなのであります。垢が落ちるわけであります。しかもご法が本当に正しい清らかなご法でなければ人をも世をも救うことができない。 そのようなご法に照らして見ますると、生・老・病・死というような人間苦は、人間が「オギャア」と生まれたときから運命づけられ、生きている生身のからだですから患うこともあり、最後にはだれでも死なねばならないのであります。これがまことにいちばん怖しいのでありますが、仏教の教えの根本的な問題を考えますと、これが一つも苦にならないのです。 お経の中に「生・老・病・死を度し涅槃を究竟せしめ」(法華経・序品第一)とありますように、私どもは初めは本当に四苦に悩みますが、最後には修行によりまして悟ることができるのであります。 (昭和31年10月【佼成】) 道場での修行 三 悟りということは(中略)苦というものの受け取り方によって開けるのであります。たとえば真夏に道場へ大勢集まるということは暑くて相当に苦しいのですけれども、みなさんはご法を聞いてこれを自分の生活の要諦とし、潤いのある人生観をもつようになるのであります。ひとりも不平顔をせず満足していなさるのであります。暑いということは苦でありますけれども、その苦なるものは、楽につながっていることを悟るという受け取り方の態勢が自然とできているのであります。これを一つ一つよく分析して考えるというと、世の中のすべての機構がこういう状態なのであります。自分の心の置き所さえハッキリしていればチャンと仏さまは「今此の三界は皆是れ我が有なり。その中の衆生は悉く是れ吾が子なり」(法華経・譬諭品第三)とおっしゃっているくらいなのであります。お釈迦さまの持ち物なのであります。お釈迦さまはみんなを幸せにするようにチャンとお膳立して手のひらへ乗せて大事にしてくださるのでありますが、こちらがヤンチャ坊でわけが分からぬものだから、ひねくれて暴れて、そして災難を受けたり間違ったことをして刑務所へ行ったり、いろいろの罪を犯す人が出てくるのであります。また法律的には間違わなくても、心の中でいろいろと葛藤を描いて、親子兄弟の間で争い、夫婦で争い、隣近所で争いを繰り返しているのがこの娑婆の状態なのであります。そこで、人間の本性というものはどういうものかとよく考えて、常不軽菩薩さまが人を拝まれたように、だれにも仏さまになれるような尊い仏性があることを悟り、その仏性をこの道場のような所で修行し磨かなくてはならないのであります。つまり人間の本性を磨き出せというのが仏教の教えなのであります。 (昭和31年10月【佼成】) 道場での修行 四 私どもはお導きをした人に、「道場においでなさい、おいでなさい」と、あまり強く言うというので批判もありました。けれどもそうした批判にもかかわらず、家をあけて本部に来る気持ちをもったかたは、五年、六年たつうちに、不思議に、そのかたが家にいなくても困らない、という例がたくさんできたものです。 しかしそれをどこまでも推し進めて、現在全国で四十万世帯もある会員の主婦が、みな家をあけて、本部や支部に来るということになると、これはやはり社会問題になるでしょう。 そうしたことから現在は、在家仏教であるという、立正佼成会のいちばん最初の出発点にもどることがたいせつだと考えています。幹部として指導する立場の人は“在家の出家”としての修行方法を、また一般の家庭の場合は、一生懸命働き、そして時間をつくって、宗教的な雰囲気にふれ、自分の心の修養をする道場に、なるべく来られるようにしなさい、と私どもはすすめてきたわけです。 この問題は、外国のように、たとえば週に一日半の休みをつくって、その日にこそ道場に集まって、みなさんが一週間、いろいろな欲のために汚された気持ちを清める機会にすれば、どこからも小言も来ません。また自分自身も、信仰にあこがれて一週間、一生懸命仕事をし、その休みの日を楽しみに、心の洗濯においでになれます。 こんなふうに生活の方法を変えることができれば、これはまことにスムーズに、みなさんの精神生活、宗教的な生活ができるのではないかと考えます。 (昭和33年08月【速記録】) 道場での修行 五 みなさんは道場においでになり、輪になって、お互いにいろいろな体験を話します。自分が迷ったとき、こういう高望みをして、さらに苦しみに拍車がかかった体験や、結びをいただいて心を変えたら、こういう結果を得た、といった体験などを、お互いに語り合います。 その語られた内容と、経典に定められた菩薩行の規範をよくにらみ合わせて「こうしなければならない。私は間違っていた」というような認識を得ることができるのです。 現在はお百度参りより、こうした道場での話し合いで心底から菩薩行のあり方を悟り、功徳をいただけるというような時代であります。 (昭和28年09月【速記録】)...
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...家庭での修行 一 日蓮聖人の書き遺された『撰時鈔』の中に「衆流集りて大海となる、微塵積りて須弥山となれり。日蓮が法華経を信じ始めしは、日本国には一渧一微塵の如し。法華経を二人三人十人百千万億人唱へ伝ふる程ならば、妙覚の須弥山ともなり、大涅槃の大海ともなるべし、仏になる道は此より外に又求むる事なかれ」と申されて、一滴の水が大海を成し、一微塵が集まって須弥山を作ると同様に、自分ただひとりが法華経を唱え始めたのが、二人三人、百人千人万人億というように多くの人びとが唱えるようになることをお説きになっているのであります。(中略) このように個という問題がいちばんたいせつであります。完全な個の集合が良き社会を形づくり、ひいては平和世界をつくるのでありまして、これは迂遠で消極的のようではありますが、じつはかえって積極的であると思うのであります。 (昭和30年01月【佼成】) 家庭での修行 二 私どもの日常のすべてのことを考えてみますというと、自分個人というものが世界を形成する単位のいちばん小さいものでありますが、この個人が集団の根本となるものは家庭であり、家庭の和やかさというものが、本当に自分を自分たらしめるゆえんであるのではないか。(中略) こういうふうに考えてみますると、この大宇宙、この世界に住んでいる私どもでも自分というものがいちばんたいせつなことでありまして、自分というものから家庭というものに、家庭というものがだんだんに集合して、社会国家というものができ、その国家というものが集まって世界ができるわけでございます。 (昭和29年11月【佼成】) 家庭での修行 三 日本では古来家族制度を中心といたしまして上長を恭敬する美風があったのですが、戦後は自由主義的思想の影響によりましてこれが薄くなったようであります。 しかし、つねに平らな気持ち、拝み合う気持ち、人さまを立てる気持ち、自分を下げて素直になる気持ちが第一番に家庭を和やかにするのであります。世の中はまず家庭の和から平和にならなければならないのであります。 (昭和30年07月【佼成】) 家庭での修行 四 家庭の不和ということも、ただお互いが相手が悪いと言って現われた一部分だけを見て、現在やっていることだけしか責めない。現在の悪というものだけを責めているから、どうしても解決がつかない。 ただ苦しんだり、怒ったり喧嘩をしたり家がもめたりするのですが、そういう人たちは修羅の状態に自分が苦しんでいなければならない、人間らしくなれない、人間は地獄、餓鬼、畜生、修羅という四悪趣の中の修羅のところや地獄や餓鬼、畜生のところへ人間面をして苦しんでいるわけなのであります。 それがご法というものによって仏さまの慈悲と教えというものが、浸透して人間らしい人間になれば、特別の神力がなくても、神さまにならなくても自分の欠点を見出して懺悔をするような気持ちになれて、初めて一家の和合もできるのであります。 また、いろいろの病気をしたり災難に遭ったかたがたが、自分の心の転換によって身体も健康になり物質的にも恵まれて幸せになったというようなかたがたは、その体験をありのままに道場で語り合い、それを聞いた他の人びとがやはり心の転換によりましてそういう状態に変わっていく、こういう役目を私どもの会ではやっているのであります。 (昭和30年10月【佼成】) 家庭での修行 五 みなさんの中には、新興宗教は現世利益だというので簡単に入会なさったかたもあるでしょう。その他いろいろの動機でもって入会されたかたもおるでしょうが、人間の心の悩みというものは、仏さまがみなさんを本当の正法に入れるための方便であると考え、そしてそれは仏さまの深いお慈悲でもあるというふうに悟ることがたいせつであると思います。 この仏さまのお慈悲が分かれば処世上の百般のことも解決できます。また職の無いかたでも、真に世の中のためになろうという勇猛心を起こして、我儘を捨て、最低限度の生活にも感謝して、喜んで社会のために、ご法のために尽くそうと決定できれば、一家を支えるくらいのことは仏さまからお手配をいただけるはずであります。 法華経の「常不軽菩薩品」にあるように、罵られても罵られてもその人にも必ず仏性があり、いずれ成仏できる人であるといって、相手を礼拝讃歎した常不軽菩薩のような気持ちで、たとえご法をけなされても、その人はご法を批判するだけにいつかはこのご法につかまる時機が来る、自分が真に救われればその姿を見て、その人も救われるのです。 みなさんは家庭と宗教と一致したところの正法を布教しないことには、ご法の力が全国的に社会のためにならないのであります。 (昭和30年03月【佼成】) 家庭での修行 六 最近はだれでも口を開けば世界平和、原水爆反対というような言葉が出るようでございますが、個個の人間がチャンと身を修め、和やかな家庭、健全な社会を形造らなければ、世界平和を叫んでもいたずらに空疎な響きを伝えるだけであると考えるのであります。 ところが、私どもの教団のように個人の人格の完成を強調し、一家というものをたいせつに考えるという、こういう行き方を、今日の時代に合わんと言うような人があるのでありますが、これはたいへんに私の考えからいうと間違いじゃないかと考えるのであります。 私どもの社会生活も出発点は個人であり、自分・一家という単位でありますから、家の中にいろいろの不満や病人があれば、やはりその個人に響いて、その人が十分なりっぱな活動ができないということになり、どうしても自分というものが根本となるのであります。自分の一家が治まらない旦那さまが、外に出て世間の人を指導するとか、いろいろとりっぱなことをいってみても意味がないのではないかと思います。 この家庭を集合した社会国家、すなわち日本という国家を一つの単位と見て考えてみますと、世界に向かって世界平和を叫ぶには、日本の国家が本当に治まるように、指導する者と指導される者が和になっていなければなりません。 (昭和29年11月【佼成】)...
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...ご守護尊神・お曼荼羅の勧請 一 お経をみますと、三世諸仏の説法の儀式は、無数の方便をもって衆生を済度して、最後に一仏乗にきている、とあります。 われわれが仏さまと取り組んでいけるような境界まで精進をしていれば、仏さまの思うとおりのことをご指導申し上げていけばよいのですが、なかなかそこまでは至っておりません。そういうかたには方便力をもって、つまりこうすればこうなる、ああすればああなるという手だてをもってお導きするということが、三世諸仏の説法の儀式にあると、お経に述べられています。 そういう意味から、お互いさま、方便のお曼荼羅を頂戴することによって、さらに精進を重ね、それが真実のご本尊としての価値を発揮するところまでいかなければならないと思うのであります。 (昭和28年06月【速記録】) ご守護尊神・お曼荼羅の勧請 二 お経を拝読いたしますと、この法華経を持つことはなかなか難しい。ただし、この経を持つ者には功徳がある、と説かれています。「若し能く持つことあるは、則ち仏身を持つなり」(見宝塔品第十一)といわれております。 私どもは、本当の仏身を持つために、ご法をはっきりとつかまなければなりません。 日蓮聖人の定められた図顕のお曼荼羅は、中央にお題目があり、その尊形に照らされて、釈迦、多宝の二仏が中央の上座に位置し、四大菩薩が左右に並んでおります。 この状態を見ますと、私どもはどこまでも法と一体にならなければならない、自分は自分だというような考えでなく、本当に法華経の教えのとおりの行ないをしなければならないのであります。お題目があらゆる方向に伸びているように、法の光が一切衆生を照らしているのです。ご法のとおりの行ないをするという姿が、本尊にあらわれているわけです。 ところが、仏さまや神さまのほうから、私どもを見捨てる、などということはないのでありますが、私どもは迷って、神を忘れ、仏を忘れて、勝手気ままなことをしがちなものです。法の受けとめ方が、その人の幸・不幸をきめるのです。 私どもは仏さまのお慈悲を固く信じて、仏さまの定められたみ教えを、戒律を、ひとりひとり間違いないように実行しなければならないのであります。 (昭和30年10月【速記録】) ご守護尊神・お曼荼羅の勧請 三 ご勧請とは一つ階段を登ることです。適切な言葉でないかもしれませんが、きのうまでは、平信者であった人が、本日からは“お曼荼羅以上”となって、幹部の末席につらなります。 これからは、お曼荼羅を勧請した信者のひとりとして、はっきりした立場をとらなければなりません。自分がお導きをしたかたがたに対しても手本とならなければなりません。こういう段階を一つ登るわけです。 なんのためにお導きをしたのかの自覚がなく、知らず知らず導いているうちにお曼荼羅をいただいてしまった。こういうかたも、なきにしもあらずでしょう。 勧請式という、本日の縁は、あだやおろそかなものではなく、軽い気持ちで、なんのためにいただくのか分からないで、ご本尊(お曼荼羅)を勧請するというようなことがあってはなりません。 ご本尊をごらんになれば分かりますように、このご本尊は、法華経を唱え、法華経を行じようとするかたがたであれば、どうしても勧請申し上げなければならない一つの方式であります。 (昭和29年03月【速記録】) ご守護尊神・お曼荼羅の勧請 四 ある教団では、「本尊は尊いのだから、これを祀りさえすれば救われる。これは幸福製造機だ」といっているそうですが、こんなふうにこの本尊が幸福を持ってきてくれる、などと思うと、とんでもないことです。 いつか妙佼先生が大黒さまのあの槌の話をしたことがあります。大黒さまの打ち出の小槌は、打つと宝が出るのでしょうと、大黒さまに尋ねたところ、あにはからんや、あれは怠け者の頭をこづく槌だと言われたということであります。 同じように、みなさんがきょう本尊を勧請したことを、もう幸福製造機をうちに入れたから、あしたからは、脱穀機で稲こきのはかがいくように、どんどん幸福がくるかと思うと、そうはいきません。 本尊を勧請したということは、自分もいよいよ本格的な修行に入ることを、はっきり意識することです。人に言われたからやるとか、人に押されたから向こうへ歩むとかいうのではなしに、自分自身が、この法華経の本当の道を歩まなければならないという自覚に立ち、自分が布教していることに、はっきりした意志をもって、そして人さまにも指導するというのでなければなりません。 今までは何もかも他力本願で「結んでください、聞かせてください」ということだったのですが、いよいよこんどは、少しは人にも結んであげなくてはならない。人に結んであげるためには、自分自身がはっきりした意志をもっていなくてはならない立場になったのであります。 ですから、心から信仰への確信をもち、本質的に法華経行者として再出発する第一日としてほしいと思います。 (昭和31年11月【速記録】) ご守護尊神・お曼荼羅の勧請 五 立正佼成会では、なぜ入会したときにご本尊(曼荼羅)を勧請しないのでしょうか。 日蓮聖人が三十二歳のとき、法華経を広宣流布する大誓願を立てられ、清澄山の旭森で大声明を発せられました。以来、いろいろのご法難を受け、最後には重い流罪の刑を受けて佐渡に流されました。その佐渡でのご修行中に『観心本尊鈔』を著わされました。そして本尊をしたためられたのであります。 このことは本当に法華経の修行をしっかりとやって、本尊の必要性をはっきりと認識できたかたに与えられるのであって、やたらに与えてはならないということを象徴しているのだと思います。日蓮聖人が法華経を唱えたその最初に、曼荼羅を図示して、拝み始められたのではなく、佐渡まで行かれた最後の修行で、曼荼羅を具現されたのであります。 そういう意味から、私どもは、いやしくもこのご本尊(曼荼羅)をご勧請申し上げるのは、絶対に不退の精進のできるというところまで、はっきりと見定めのついたかたにだけということで、そこまでいかないかたにはあげられないというわけであります。 (昭和29年03月【速記録】) ご守護尊神・お曼荼羅の勧請 六 みなさんがたは、お曼荼羅、さらにご守護尊神という段階を上られますと、とかく幹部になったような気持ちになる人もありますし、また諸天善神のご加護がありながら、いっこうに、まだ赤ん坊のように、先輩から結んでもらうことばかり考えていて、自分でものの順序、道理を悟ろうとしない人もあります。 段階を上ったところで、注意しなければならない二色の型があります。 一つは、もう幹部になったというので増上慢になって、「先輩のいうことなんか聞かなくていい、おれはもう分かった」と考える、浅はかな人です。いま一つは、相当分かっているにもかかわらず、分かったという自覚に立てないで、いつでも親から聞かなければ、何もできないような意志薄弱な人です。 せっかくみなさんが精進して、ここまでおいでになったのに、こんなことを申し上げては失礼かもしれませんが、これは法華経の中にはっきりと、そういわれているのです。 日蓮聖人の『開目鈔』の中にも、これと同じことが出ております。 初心のかたにひじょうに功徳があるというので、自分で法華経を拝読して、この教えに入ると、つまり何もわからない人が、お題目を唱えて、仏さまに帰依すると、顕著な功徳があらわれる。すると、「そんなばかなことがあるものか。そんな簡単な修行で功徳が出るはずはない。新興宗教では功徳を甘く考えて現世利益ばかりねらうから、世間の人から迫害されることになるのだ」などという人がでてきます。 ところが、『開目鈔』を拝読しておりますと、日蓮聖人がそういう批判が出るのではないかと、俗衆増上慢、道門増上慢、僣聖増上慢の三つの増上慢を指摘しておられます。 その中で日蓮聖人は、初心の者に功徳が出るということが、ひじょうに顕著であるというので、いろいろそのような世間の人が批判をしたがるという点に、とくに釘をさしておられるのです。これを見まして、私はまったくそのとおりだなと感じたのであります。 実際、入会してひとりかふたりお導きをしてみたときのご功徳というのは、驚くほどいろいろな結果が出るものであります。お曼荼羅をいただくあたりで、ひじょうに功徳をいただくかたもあります。 立正佼成会の曼荼羅勧請のテストのレベルは高く、他の宗教と違って、ひじょうに難しいのです。願いがかなって、本日みなさんはそのお曼荼羅をちょうだいするのですから、そのお喜びは、この上もないものでしょう。 しかし、入会してから相当の年月をかけて、いろいろの体験をへて今日まできているが、最近はさっぱりご利益が出てこない。そんなことで少し気がゆるんでいるところへ、たまたま支部長さんから、お曼荼羅を勧請させていただけるという話をいただいて、びっくり。同時に家の中にたちまちいろいろな夜叉が現われ、家内が反対するとか、主人が反対するとか、ごたごたが起こったというかたもいらっしゃると思います。 勧請式にこれだけ大勢のかたがおいでになったのですから、その中には、さまざまな事情があったと思います。 そうしたことを思いめぐらしてみますと、日蓮聖人が『開目鈔』の中で「法華文句記」の言葉を引きながら、法華経の経力は、悪世末法の機根の低い者や、修行の浅い者にひじょうに功徳が出る。そして、だんだんに修行し、何かの位をもらった人には、さっぱりご功徳がわからない、といったことをいわれておりますが、なるほどと胸を打たれたしだいであります。 (昭和32年07月【速記録】) ご守護尊神・お曼荼羅の勧請 七 最近では、修行の方法もひじょうに徹底し、分かりやすくなっております。とくに道場では、すべての現われ方を説明してくれますので、だいたい分かったような気がいたしますが、同時に、一方ではぜんぜん分からない世界がたくさんあり、分からない点が無数に出てくると思います。分かれば分かるほど、分からないところが多くなってくるのであります。 たとえて申しますと、小学校の一年生は、一に一を足して二、二に二を足して四、というようなことを教わります。ひじょうに簡単でやさしいことです。 まさしく真理であって、なんら疑うところのない、簡明、平凡な、まじりっけのない真理であります。小学校の時代には、こうした真理だけを、一つ一つ覚えればよいのです。文字を一字ずつ覚えたときの感激は、ひじょうに大きなものであります。 ところが、だんだんに中学、高校、大学と進んでいきますと「絶対というものはありえない」などと考え込むようになり、何がなんだか、複雑微妙で分からないことが増えてきます。 信仰も、それと同じことがいえます。みなさんが最初に「お経をあげなさい」と教えられ、あげてみると功徳が出る。「仏さまをきれいに片づけなさい」と教えられ、掃除すると功徳が出る。「お導きをしなさい」といわれて、そのとおりすると功徳が出るのです。 ところが、しだいに大勢のかたを導いたり、さまざまな状態を見たりして、種々雑多な、いろいろな因縁にふれてくると、何がなんだかさっぱり分からないようなことにもなってくるのです。 そこで、妙佼先生がお話しなさったように、みなさんは、いまいよいよ一段階上がって中学校、高等学校に入り、上級になって一歩先へ進まれたわけであります。ですから、これからは、どういう方向に進んだらよいのかを考えてみなければなりません。 それは、法華経とはどういう法門なのか、日々夜々指導を受けて行じている行ない、自分たちの実践しなければならないことを、しっかりと把握していただくことです。 日蓮聖人が「法華を識る者は世法を得べきか」(『観心本尊鈔』)とおっしゃっている言葉にかなうには、自分たちのやっていることに対して、はっきりした筋合いを把握しなければならないのです。 何がなんだか、さっぱりわからないけれども、右へというから右へ行った、左というから左へ行ったといった初歩の時期に満足してはならないのです。 もっともっと深く、この修行に食い入って、一歩上がったら、上がっただけ深い意味を悟るということでなければなりません。そして、それが仏教のたいせつなところであります。 多くのかたがたがこうして信仰が進み、不退転の境地に向かって、いっそうの精進をされることは、まことにおめでたいことでございます。 ところが、こういう機会にはややもすると魔が入りやすいものであります。自信のない魔とか、増上慢の魔とか、いずれかの魔に左右されがちです。もうお曼荼羅までいただければ上等だという気持ちになって、それっきり進歩が止まってしまう人もあれば、ひじょうに増上慢になってしまう人もあります。 法華経のいろいろな解説書を読み「十界互具」とか、「一念三千」というような法華経の言葉を聞くと、仏さまも、私たちも、時々刻々に変わるところの一念の中においては同じである。十界互具であるということで、自分が即座に仏さまになってしまったような錯覚を起こして、増上慢になる人がいます。とんでもないことであります。 お釈迦さまが、死にかわり、生まれかわって、長い間修行に修行を重ねられ、その積まれた功徳によってお悟りを開かれ、私どもをお導きくださっているのです。 その教えが尊いからこそ、私どもがわずかな修行をしても「衆生を悦ばしめんが為の故に無量の神力を現じたもう」(法華経・如来神力品第二十一)というように、諸天善神がご加護をくださるのです。 初歩の者であればこそ、天気までも明らかにしてみせて、いろいろな顕著な功徳をくださるのであります。 そういうことが、一歩二歩と順々に分かってきたら、いったい、仏教というものが生まれた因縁はどこに根本があるのか、各々、ひとりひとりが仏さまのお教えによって、修行をしなければならない宿命があって、この世に生まれたという、因果の法則をはっきり認識することです。 無量劫の昔から、未来永劫に向かって、お釈迦さまがいろいろと姿を変えて世の中に現われ、その人その人を導いてくださっているのであります。 そういう大因縁を、ここに本尊を勧請するという現象にあらわして、ご功徳をくださったのでございます。 (昭和32年07月【速記録】) ご守護尊神・お曼荼羅の勧請 八 みなさんがたは、一段階を上がられたのですが、ここでけっしていい気持ちになっていてはいけません。 「勝ってかぶとの緒を締めよ」という言葉があります。みなさんは上がれば上がるほど、実りが大きければ大きいほど頭をたれる稲穂のように、謙虚であってほしいのです。 むしろいっそう真剣になって、仏さまにいちいちご報告し、「正しく自分はこういうことをさせていただきます」「こういう人の悩みを、いかに解決するか、及ばぬ私でございますが、どうかこの人を満足させられるような言葉が言えますように」と念じて、実行してごらんなさい。必ず仏さまは力を貸してくださり、そのことができるようにしてくださいます。 みなさんに恥をかかせるようなことは絶対にない、と私は信じております。 どうか、ご法のために一生懸命に精進しようと、本日本部において、神仏の前にお誓いして帰っていただきたい。 本日勧請なさったかたがたが、本当に目ざめて、この悪世末法の世を、真に明るい世の中にしようという決心をされたなら、たちまちに、これだけ数多い灯がこの世に出てゆくことになり、人びとの依り所になることができる、と私は信じているのでございます。 一生懸命にご法に精進して、仏さまのみ心を少しでも多く、この世の中に弘めさせていただくことを、みなさんとともに神仏にお誓いしたいものでございます。 (昭和30年12月【速記録】)...
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...信仰即生活・生活即信仰 一 立正佼成会が今日の発展を見ました理由は、実生活に即する生きた仏教すなわち法華経の教えをみなさまに分かりやすくお伝えしたことと、みなさまは私どもの指導のままに、ご法の教えを行じていることに対する結果であると申し上げても過言ではないと思います。 過日も申し上げましたが、法華経は、平等大慧と申しまして、特定の人にご功徳があるとか、特定の人が支配者の位置に立つとかいうのではなくして、現象界のすべてのものがこの法によりまして、秩序を整然と保ち私どもの行動も律せられているからにほかなりません。 私どもは法華経の正しい実践によって、敗戦後の人心の動揺や道義の退廃、そのほかいろいろの社会的病弊を癒やすべく、相当の貢献ができたと自負するものであります。私どもはかような思想的混迷の中でまっしぐらに一仏乗の教えを順々に行じた結果、まことに顕著のご守護をいただいたのであります。 これはお釈迦さまが二千五百年も前に予言されましたとおりに、正法が消えて世の中が真っ暗闇のようになっている時代にこそ、法華経が弘まるということを如実に表わしているのであります。 (昭和32年04月【佼成】) 信仰即生活・生活即信仰 二 現在、外見だけでは自由主義と共産主義が抗争しているようでありますけれども、その根本にさかのぼりますと、人間というものの自己主義とか個人主義というような各々が持っている立場において、権力のあるほうがその威力を揮ってほかの弱いほうを圧迫する。これは個人対個人の場合も、国家対国家の場合も同様なのが現状であります。 地球上に現われる争いというものが、現在ひじょうに深刻化してまいりまして、お釈迦さまが二千五百年前におっしゃられたとおり、まさに悪世の様相を呈しております。私ども仏法に帰依しているものは、とかく末法であるとか、法の末の時であるという言葉を使うのでありますが、何ごとも物に拘泥し物で解決するという唯物的思想が争いの根源を成しているのであります。 また今日の世界は思想的二大潮流によって支配されているように考えておる人が多いのでありますけれど、本質的にはやはり人間そのものの個人主義的な、また唯物論的な物の考え方と根源を同じくするのでありまして、たとえば箸の太いほうの端と先の細く尖った端の部分の違いはありますが、箸そのものはまったく同じ物であると思うのであります。 このように考えてまいりますと、仏法で使う物心一如というような言葉は、だれにでもよく当てはまるような気がいたすのであります。 (昭和31年09月【佼成】) 信仰即生活・生活即信仰 三 私どものやっております仏法というものは、一般世間の人びとの仏法でなければならないのであります。私どもは日々ご法の中にいるからというので、多少でも優越感をもったり、信仰をしていない人を目していちがいに正しくない人であるなどと、自分よがりの独善的な考えに陥ってはならないのであります。(中略) 法というものの真価を生かすためには、やはり政治の力も必要ですし、経済、科学、教育などにも負うところが多大であると思います。要するに正しい宗教の教えをそのまま、多くの人びとに正しく聞いてもらうためには自分そのものを深く内省し凝視して、いったい自分はどういう人間で、どういう性格であるかということを考えてみる必要があります。また自分のやっていることはいったいどうであるかをよく検討し、同時に世間の人びとの行ないを見ますときに、まだ信仰に入らない人の中にもひじょうにりっぱな人格の人が相当にいることが分かるのであります。 ところが、法の力が偉大であればあるほど、法だ法だといいながら、法を笠に着て人に物を言ったり人を動かしたりして、しかも案外にその責任を感じない人があるということは、私どもの最も反省しなければならないところであると存じます。とくに私どもの教団は前にも申しましたとおりひじょうに急速度に伸びた結果として、法の力、教団の教化力というようなものだけにとらわれて、真のご法から離れたところの、自我が勝手気ままに動きやすいのでありますから、こういうことをお互いさまに反省し戒め合い、人間の本性というものを分析してみなければならないのであります。 そういたしますと、信仰人でありながらも、自分の都合だけの考えしか持っていない場合が多いことに気づくのであります。そこでそのような気持ちを正しい方向に導き磨いてくれるのが法華経の聖典であると思うのであります。それを定規として、私どもはつねに本性を正しくみつめて、その欠点を指摘して直していかなくてはならないのであります。 すなわち仏教の聖典を通して、私どもが自分の本性というものを見つめるというと、アアあれも足りなかった、これも足りない、こういうことではいけない、これは改めなければならないということを自分でも気づかなくてはならないのであります。これが一般社会へ出てみまするとひじょうにハッキリと眼に映って、自分でもビックリするのであります。 (昭和30年08月【佼成】) 信仰即生活・生活即信仰 四 信仰生活に入って、なぜ救われるのかというと、私どもの気持ちが素直になるからであります。なんといっても、信仰生活、また家庭生活、すべてにわたって、私どもが素直であることはたいせつなことであります。 科学者が研究をするにも、ものの見方があまりひねくれていてはいけないので、やはりまず素直にものの現われ方を観察し、そしてだんだん工夫し、発明にまでいきつく、という結果が得られるのだそうです。 われわれの宗教の世界でも、人さまの体験談の聞き方や、さまざまな現象に対する考え方に、つねに素直であることがたいせつです。そのことによって、信仰生活が高まるのです。信仰が高まらないことには、救われた境界にはなれないものであります。 みなさんが、人から話を聞いて「何言ってるんだ」といって、腹を立てれば、もうつぎからは道場へ行かなくなったでしょう。しかしみなさんは、道場の話に対し「なるほど、自分の精進の仕方が足りなかった。もう少し奮闘すればよかった」というように、素直に受け入れたから、今日こうして、かくも大勢おいでになっているのです。そして劈頭から、たいへんご精進ができて結構だという、お褒めの言葉をいただいたわけです。 これはひとえに、教えを素直に実行した結果であります。 私どもの人生観は、難しく考えていけば、きりのないことでありますが、嫁と姑の話にしても、一方が素直になって譲る気持ちになり、許す気持ちになると、たちまち双方が和合して、手を握り合うことができるのです。 私どもが日々読経しております、法華三部経の開経『無量義経』の「十功徳品第三」に、「嫉妬を生ずる者には随喜の心を起さしめ」とあります。嫉妬心を出している人にとっては随喜の心などは、まったくかげりもない状態であります。さらに「慈仁なき者には慈心を起さしめ」「懈怠を生ずる者には精進の心を起さしめ」と示されています。 この「十功徳品第三」の教えを、一つ一つ実行すると、家の中はたちどころに円満になります。それまでのすべてのもやもやしたものがすっかり消えて、晴れてしまうわけであります。 (昭和28年06月【速記録】) 信仰即生活・生活即信仰 五 科学的に解釈のできないような宗教は迷信であり、邪教であるかのどこくに思っておる人がありますけれど、宗教には、何かそこに精神的な不思議な働きというものがあることを気づかれていると思います。 法華三部経の「無量義経十功徳品第三」にありますとおり、私どもが発心さえできますれば、自分の心の場が一変いたしまして、きのうまで姑と嫁と啀み合っていたのが、お導きを受けご法を聞くことによって一つのカボチャにさらに砂糖まで入れて、嫁さんがお母さんおあがりなさい、と言って差し上げるという親切の心「発心の場」ができてくるのであります。 これは科学でいう宇宙の微粒子につながる波動のように、信仰も科学的に解釈ができ、自分たちの五臓の波動、発心というものがいかにたいせつであるかということが、おのずから分かるようになるのであります。 そういうことを考えてみればみるほど、二千五百年前にお説きになった物心一如の教えが、今日のわれわれの実生活の上にも大きな意義をもたらしているのでありまして、自分の肉体というものもしょせんは即空であるという考え、また何も見えない所には魂がないかというと、空の中からも色が現われてくる、つまり色即是空、空即是色でありますから、これはまったく『般若心経』にある言葉が現在の科学万能時代、物質文明の急速に上昇している二十世紀の後半期に入りましても、人類を救うに足る一つの奥義であるということができると思うものであります。 (昭和31年09月【佼成】) 信仰即生活・生活即信仰 六 私ども現在の考えから申しますならば、たとえ唯物論的であるとしても、それが信仰の上にどのように生かされているかということであります。われわれは一応、唯物論的な解釈の上に立った信仰も成り立つということで、けっして歴史の逆転ではないのであります。 歴史は一つの経路を辿って、このように世の中は進んでいるのでありますから、進んできたものを元にもどして、前と同じ気持ちになって、たとえば山の中にすわって坐禅を組んで悟りを開くというような時代では、今はないのであります。 私どもは物心一如という考えに立って信仰することよりまして、二十世紀のこの混沌たる思想界の中に、二千五百年以前の仏さまの教えをいただいて、徳を磨けば光るということを悟るべきであると思うのであります。みなさんは信仰なさる上におきまして、盲目的デタラメになんだか分からないが行ってみようというような頼りない怪しげな気持ちでなく、本当に人間の心を磨くために修行するつもりで道場にもおいでになっていただきたいのであります。 もちろん、現在自分の抱いている思想を捨てる必要はないのであります。むしろ現在持っている思想を正しい信仰によって真に生かすことが必要なのであります。 そしてお釈迦さまの教えは過去、現在、未来を通じて絶対に変わることのない真理であるということを認識していただきたいのであります。 (昭和31年09月【佼成】) ...
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...お悟りとご守護 一 入会したてのころ、神聖な、崇高な気持ちで、「すべてのことを聞こう。先輩のいうことを聞こう」という気持ちのかたがたには、神さまが続々と功徳をくださいます。 ところが、少し分かって、なまはんかな修行をして、分かったような顔をして、増上慢になるというと、びしっと手きびしい悟りが出てくるのであります。 (昭和28年06月【速記録】) 私は初めてのかたなどに、よくこんな話をいたします。それは、不思議なことに、家に病人が寝ている、そういう家庭をかかえたかたで、道場に日参をする人があるということです。病人がいて手がかかるような人が日参をされるのですから、家族が健康ならば、当然毎日来られるわけです。 ところが、病人のあるうちは日参をしたのに、治ってしまうと、さっぱりお参りに来なくなる。これがよくありがちなことです。なんという不合理な話でしょう。 よく考えてみると、来ようと思えば、いくらでも来られる。その気になれば、そういう境界がちゃんと得られるのに、なかなか実行できない。病気を治してもらったんだから、もう行く必要はないと、すぐにエンコしてしまうのです。 そして、かなり日がたってから、「こう忘れていたのでは救われない」と、仏さまのお慈悲がかかり、お悟りを頂戴する。すると、またあわてて飛び出してくる。それがじつに型どおりなのです。まるで起き上がり小法師のように、年中ころんころんとやっている。仏さまからお慈悲がかからないと出てこられないのです。 まことにこれは不合理な話です。 (昭和32年12月【速記録】) お悟りとご守護 二 だんだん慣れてきて、すべてのことがひじょうに順調に進んできますと、気持ちがゆるんでまいります。信仰の中だるみがきます。 朝のおつとめのお経を読むのでも、初めは四十分から五十分ぐらいかかります。お経の文は、なかなか読みにくい。普通はお目にかかったこともない「阿耨多羅三藐三菩提」などという、何が何だかさっぱりわからない文句をぼそぼそ読んでいる。そういうときには功徳がたくさん出る。 しかしだんだん慣れて、立て板に水を流すようにスラスラ読めるようになる。しかし、少しも芯が入っていない。 本当のおつとめ主義で、会社にちょっと顔を出すような状態で、お経をあげている。うまく声だけは張り上げ、リズムに乗っているのですが、本当の読経というところには、なかなかいけないのであります。 そこで仏さまから、「その懈怠の気持ちを締めなさい」というムチがくるわけです。そのときに自分が本当に目ざめて「なるほど、これは気持ちがゆるんだから、仏さまのお慈悲のムチがかかったのだ」と考え、たちどころに心を引き締めてくだされば、まことにありがたいのです。 が、なかなかそうはいかないようです。どうにか自分で処理できる間は、「お悟りをいただいたというと、導きの子どもにまで笑われはしないだろうか。最近、少しなまけていることは、自分でよくわかっているのだけれど、こういう不祥事が起こったことを発表すると、どうも具合が悪い」というので、隠して切り抜けようとします。 人さまに見せないで、自分だけで懺悔すればなんとかなるだろうと、勝手な解釈をし、小細工をしてみるが、いっこうに解決しない。そのうちだんだん収拾がつかなくなって、初めて支部長さんに指導をいただくとお目玉を頂戴する。 そのとき、目の玉が飛び出て、ここで善意の解釈をすればいいのですが「もうそのくらいのことは分かっています。私が何年修行していると思いますか。いつでも、その手で結ばれる。だから私は支部長さんに話さないのです」などといって、腹を立ててしまう人さえあるのです。 そんなふうにして安楽になれない原因を、自分からしだいしだいにつくってしまうのであります。 (昭和28年09月【速記録】) お悟りとご守護 三 感謝もなければ随喜の気持ちも知らずに、ぽかーっとした気持ちでお経をあげているうちに、子どもが戸外に出て転び、コブをつくった。「ほら、いわないこっちゃない。お経なんかあげているから、子どもが外に出て転んだのだ。自分が子どもを見ていればよかったんだ」などと思ってしまう。読経のせいにしているが、じつはお経をあげることに嫌気がさしている自分に気づかないのです。 たいせつなことは、自分がいったいどんな心でお経をあげていたのか。だからこそ、子どもが転んだのだというふうに、根本を考えることであります。 どんなに自分が一生懸命子どもを見ていても、けがをするときはするものです。 目に見えない神仏のご加護がいただけるように、本当に従順な気持ちで神仏に合掌し、お経をあげていたら、子どもはけっしてけがなんかはしないものです。みなさんが合言葉のようにいっている神仏のご加護を信じて、自分はとにかくなすべきことを徹底して実行するということが肝心です。 すると、お経を読んでいるとき、ガタンという物音がするたびに、子どもがどうかしたか、泥棒ではないか、などと思って戦々恐々としなくとも、ゆっくりお経があげられると思います。 (昭和28年06月【速記録】) 昔からよく坊主の不信心とか、医者の不養生とかといいます。専門家になって、職業化してしまうと、感激がなくなってしまいがちです。お経を読むのも時間で読むとか、ページの数で読むとか、そういうことでは信仰にならないのであります。 たとえお題目を三べんでも、本当の真心をもって、真に心の底に生きたものを感じて、唱えるなら、必ず仏さまに通じるのです。 これはまことにつまらないことのようですが、まじないを唱えるときに、「阿毘羅吽欠娑婆訶」という妙な言葉があります。 昔、まじないのお婆さんがいて、その言葉を知らず「油おけ、そい桶、油おけそい桶」といってまじなっていました。お婆さんが人に「油おけ、そい桶」といってやると、どんな火傷でも、むし歯でも、痛みが止まったというのです。 ところがある坊さんが「それは油おけ、そい桶というんじゃない。阿毘羅吽欠娑婆訶というんだ」と教えた。婆さん「そうかい」と「油おけ、そい桶」をやめて「阿毘羅吽欠娑婆訶」と、苦労し、考え考えしながらまじなってやると、ちっとも利かない。 本当の呪文が利かず、それまでの「油おけ、そい桶」という間違っている言葉が利いたのは、信念が届いているからです。 これは少しおかしいようですが、昔から白紙の信仰からとかいうのは、そこなのであります。宗教は、本来、人に布教する元の教えが正しくなければなりませんが、自分の信じていることに対しては「油おけそい桶」でも結構なのです。 本当に信じて、神さまに通じる真心をそこへ集中して唱えれば「油おけそい桶」でも、ちゃんとむし歯の痛み止めのまじないができたというわけです。信仰というものはそういうものなのです。 (昭和31年06月【速記録】) お悟りとご守護 四 ちょっと風邪をひくと、「そら、お悟りだ」「ばちが当たった」という人がよくあるのですが、ばちなんか当たるはずはありません。 要するに、ご法に逆行したときに、「早く思い直しなさい。心を直しなさいよ」と仏さまのお慈悲がかかってくるわけです。立正佼成会でお悟りといっているのはそこなのです。これによって悟りを開けというのだからお悟りといっているのであります。 (昭和31年05月【速記録】)...
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...切れば血の出る教え 一 ご法は、本当に百千万劫にも遭遇難いものであり、「切れば血の出る、打てば響く」「生きている」といわれます。 しかし、法華経が生きているのか、死んでいるのかということは、ひとりひとりが自分で体験しないことには分からないことです。先輩がいくら「尊いご法だ」と叫んでも、なんにもならないことです。 自分で行じてみる、休む、ふたたび道場に出てきてみる、立正佼成会の悪口をいって歩くようなことにまでなり下がる、しかし謗法の罪に気づき、また真実を知りたいという気持ちになり、懺悔をして出てくる。そうした経験をし、だんだん修行を重ねているうちに、幸せになってくる。 すると、知らず知らず修行がだらけてきて、しばらく休んでいるうちに、何かショックを受けることがあって、また道場に出てくる、といった順序をたどる。 「自分は仏さまの手の中に入っているので、いくらだだをこねてみても仏さまはお放しにならない。どうしても仏さまのお慈悲にすがらなければならない」と認識するまでには、三、四年はかかり、その間、こうした経路をとらなければならないようです。 (昭和30年11月【速記録】) 切れば血の出る教え 二 信仰がありがたいものか、ありがたくないものか、などということは、自分自身が本当に実践してみて分かるものです。 「ははあ、なるほどここにご守護があるのだな」「ここに神の存在があるんだな」「自分の本性はここにあったんだな」と分かるのは、信仰に入ってから、かなり後になってからのことです。ちょいと道場にきて、すぐ分かるなどということは、おそらく宗教の世界にはないと思います。 論理の世界はぴったり割り切れるものですが、宗教の世界で理屈だけを教えるのは間違いであります。 (昭和30年01月【速記録】) 切れば血の出る教え 三 法華経は最も功徳の顕著なお経です。お経を拝見しますと、あらゆるところに功徳が説かれています。功徳の山積みされているお経なのです。 日蓮聖人の『法蓮鈔』に「一一文文是真仏」と天台大師の言葉を引用してありますように、法華経の一字一句は真仏でありますから、このお経のとおりに行じますと、お経に示されたとおりの功徳が、どの家庭にももたらされるのは、当然のことであります。 ところがややもすると、私どもは口では唱えても、心には少しも真に感じてはいません。あるいは心になるほどと感じても、それを行ないに現わすことはなかなか難しいことであります。 入会して何年か経過いたしますと、いちいち幹部のかたちから結んでいただかなくても、自分の家に何か事があれば「これはお悟りなのだ」というようなことは、どなたでもあっさりいっているようです。 お悟りという言葉は簡単に出ますけれども、どこに原因があって、どう直すべきかということになると、なかなか難しいものです。これは本当にお悟りを噛みしめていないからであります。 何か起こった場合、この事柄の原因をつかんで、なるほどこういう順序だからこうなったという悟りがはっきりと開けるようになるには、やはり責任をもって多くのかたをお導きをさせていただき、いろいろな角度からの体験をふまえないと、なかなかできないものであります。 また、人さまのことについてはかなり冷静に結びがつくようなかたでも、わがこととなると、どうしても結びがつかなくなってしまうのであります。 これはなぜかというと、自分のことになると、お互い欲の権化で、腹の中にまず自分に都合のいい定規を置いているからです。この定規がいけないわけです。腹の中に自分勝手なものさしを置いて、それから悟ろうというのですから、けっして本当の悟りにはならないわけです。 自分を空しくして、自分の才覚を無にして、無欲になって、その問題とがっちり取り組んでいくと、すぐに分かるのです。 みなさんが先輩のかたに結んでいただくことの意味はそこなのです。自分自身では、我欲を捨てたような顔をしていても、なかなか捨てきれません。ですから、どう結ぼうと思ってもいっこうに結びがつきません。 ところが道場に来て、先輩のかたに結んでいただくと、そのような本人の気持ちはいっこうにおかまいなしです。その人がつらかろうが、悲しかろうが、みっともなかろうが、そんなことはおかまいなしです。もう最初から、仏さまと直結した言葉をひょっと出すのですから、結んでもらうと、すぐ結果が出ることになります。 仏さまのお慈悲が、即座にその人の因縁にぴしゃっととどくからなのです。 (昭和32年12月【速記録】) 法華経の中に「義に随って実の如く説かん」(如来神力品第二十一)とございます。 ですから、現われた状態を見て、一つ一つ反省の糧とし、目の前に現われる数々の事柄をすべて善意に解釈し、しかもこの問題はこういう順序からこうなっているという具体的な筋書きまで、道場では指導しています。幹部のかたがたは、豊かな体験を通して、法華経の真のあり方を指導しているのであります。 新しく入会したばかりのかたは、ややもすると、どうも道場に行くと同じことばかり言われる、と感ずるかたがあるでしょう。たとえば「我が強い、我が強い」とか、「欲を捨てろ、欲を捨てろ」とか言われる人があります。同じことを毎日言われるのはつまらないと考えるかも知れません。 しかし、このことを本質的に考えてみる必要があります。 問題は一度言われた、二度言われたということではなく、言われたことに対して自分が本心から「なるほど」と思うか、どうかということであります。 「なるほど」と思わない人は毎日同じことを言われるのです。「こんなに私は我を捨てているのに、あれも、これもみんな我慢して、主人に一つも口ごたえもしないし、素直に実行しているのに、私の顔さえ見れば我が強い、我が強いと言われる」と、不満を持つのであります。 元来我の強い習性に生まれついた、その人の性格は、一つの方面を捨てれば、別な一つの方面に張っていくもので、なかなか我を捨てきれないのが人間です。われわれお互いに、そういう存在であります。 仏教では縁起ということをいいます。「仏種は縁によって起る」(法華経・方便品第二)といいまして、自分がとらえるべきその言葉を、ぴったりと心の中にとらえる縁のないときは、何回聞いてもむだに通りすぎているだけなのです。 ところが、時が熟し、因縁が熟しますと、言われたことが「なるほど、これが私の我が強いということだな」「これが私に欲を捨てろということなのだな」と思いあたるのであります。 (昭和32年04月【速記録】) 切れば血の出る教え 四 支部長さんの朝の会議にうかがいまして、最近ほうぼうで利益が顕著に現われていることを聞きます。 入会して、まだわずかな日数しかたっていない人が、東京から布教班が来るというので、初めて連絡所まで行った。奥さんが神経痛で悩んでいた。「奥さんはひじょうに強情で、気持ちの冷たい人だ。その気持ちを直せば、神経痛は治る」、こういうことを布教班のかたが言ってきかせた。 その人は学校の教員をしているかたでした。布教班の人に聞いたことを、家に帰って奥さんに話してみたが、奥さんはなかなか納得しません。それまで聞いたことがないことですから、ポカンとただ聞いただけで、すぐのみ込むことができなかったようです。 ところが、ご主人はひじょうによく出来た人で、身体の不自由な奥さんを手伝って、ご不浄まで連れていく。奥さんをご不浄に置いて、こんどは夕飯の支度です。 ご不浄に入っていた奥さんは、布教班の人にいわれたことを静かに考えてみました。 自分の心の中を見つめてみたところ、いかにも指摘されたとおりだということに気がついたのです。「ああ、申しわけなかった」という気持ちになった。主人は親切な人だから、こうしてご不浄までちゃんと連れてきてくれる。勤めから帰ってきて夕飯の支度もやってくれている。主人の温かい慈悲の心に対して「もったいない」という気持ちが起き、突然と悟れたのです。 するとどうです。奥さんがひとりで用便をすまして台所にやってきたというのです。不自由だった身体がしゃんとして、主人の手をかりないで、自分でスタスタと知らないうちに出てきてしまったのです。 その先生は、翌日は月曜日で学校があるところでしたが、もう一度会って、お礼を申し上げたいと、休みをとって、その連絡所においでになったというのです。この間、こういう報告がありました。 (昭和32年12月【速記録】) 自分が自覚して、一つでも自分の体験を振り返ってみるならば、「なるほど生きている法だ。自分の思ったこと、願ったこと、実行したこと、みんなこのとおりに現われているのだな」ということが、ピンと頭にくると思います。 (昭和30年12月【速記録】)...
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...現世利益 一 新しい、古いにかかわらず、本当の宗教であるならば、現世そのものを救います。しかも現世が救われたその状態が永遠に続くなら、未来も救われることは明らかであります。 現世がぜんぜん救われないで、苦しんで、迷って、そして争って、くだらぬ原因から血で血を洗うようなことをやっていて、なぜ未来が救われましょうか。 (昭和32年12月【速記録】) 現世利益 二 最近私は、「中外日報」という宗教専門の新聞紙上に発表された記事をひじょうに興味深く読んだのであります。それは大阪市立大学の大西教授が、中学校や高等学校の生徒に神仏を信ずるかという質問をし、その答えをパーセンテージに現わしたものでありまして、面白い結果が出ているのであります。 生徒が神仏を信じないという理由を検討したところによりますと、第一に信仰には科学的根拠がないという点なのであります。すなわち今日の学生の大多数は合理主義的、現実的に完全に説明できないものは信じられないという傾向が強いということであります。現代はりっぱなおとなでもこのような考えでいる人が多いのですから、若い学生がこのような単純なものの考え方をするのも当然でありましょう。 大西教授の調査によりますと、神仏を信じない生徒が六六パーセントもあることで、その理由の一つとして既成宗教は形式に流れていて、いくら拝んでも祈っても何の効果もないじゃないか、と考えているというのであります。それでは神仏以外のものは何を信ずるかという質問を出した結果は、中学生では一〇〇パーセント何も信じないのであります。ところが高等学校になりますと六七パーセントとなり高学年の三年生になりますと四四パーセントというパーセントが出ているのであります。 つぎに、現在は神仏を信じないが将来は信ずるかという質問に対する答えとして、中学校のほうが二五パーセントもあるにもかかわらず、高等学校になりますとわすが八パーセントに減っているというのであります。 ところでさらにこれを追求いたしまして、ひじょうに困難なことに遭遇したときに神仏に助力を求めるかという質問に対して、助力を求めるという人が五〇パーセントから六五パーセントもあったということは、注目に値すると思います。すなわちこれで見ますと、いよいよ困ることができると、神仏が頼る人が全体の半数以上もいるということになるのであります。 このことを言いかえると、なんでもないときには、両親の温かい膝下で現在の学校教育を受けているうちは神仏を信じる必要がないが、一人前に大きくなって学校を出てから信ずるという人も、相当にあることを意味するのであります。すなわち、苦しい時の神頼みで、困難に遭遇して初めて神仏に頼るようになることを意味するのであります。 (昭和30年05月【佼成】) 現世利益 三 お題目を口ずさみ、人さまのために法華経の一文一句でも、自分のわかっただけのことを説かせてもらう。そんなふうに、つねにご法を持っていると、あまり苦しんだり、骨を折ったりしなくても、自然に、人さまのため、世のためといった気持ちが、不思議と自分に備わってくるものです。 「自然に備わってくる」などというと、何か独断的な感じがいたしますが、本当に自分の心の中で念じて行じてみますと、ひじょうにありがたい功徳がいただけるものです。 たとえば、今まで始終胃が悪く、痛んでいたかたが、二、三年信仰をしているうちに治ってしまった。すっかり忘れていたころになって、ぱったりお医者さんに出会い「あなたは、最近いらっしゃいませんがどうしていますか。どっかよその病院にでもいっているのですか」「いや、このごろは丈夫になって、病院にはちっとも用がなくなりました」というようなことにもなります。 そして「ははあ、やっぱりご供養をして、因縁がとれ、ご先祖さまがお喜びになったおかげが、私の身体に現象となって現われたのだな」「なるほどありがたいものだな」と分かってきます。 こうした一つ一つの功徳の現われたことを顧みて、自分の過去と現在をくらべてみると「なるほど、正直者が得をするのだ」とか「正しい行ないをする人が、ご守護をいただけるのだ」といったことが、はっきり分かってくるのです。 (昭和32年04月【速記録】) 現世利益 四 信仰の道に入りますと、仏さまが、私どもに分からせるために方便を説いて、あらゆる角度から悟らせてくださっていることが、だんだん分かってまいります。 まず、信仰に入ると自分の心の変化に気がつきます。それまでいろいろな動機から修養しよう、心を直そうと考えたが、なかなか直らなかった。ところが、不思議なことに、先祖の供養をするようになって、朝な夕な仏さまに読経をして、法座に通っていると、けっして特別に修養をしたわけでもないのに、腹が立たなくなってきた。 また、とくに子どもを丈夫にしてほしいということでなく、別な問題でたいへん悩んで信仰に入ったのだが、願ったわけでないのに子どもがちっとも病気をしなくなった。あるいは、三、四年法座に通っているうち、たまたま家計簿を見たところ、その間、医療費の支出がなかった。 じつは、自分は精神的な悩みを解決するために入会したところ、それまでちょいちょい病気をしていた子どもが、いつの間にか丈夫になって、かぜ一つひかなくなっていたことに気づく、といったふうです。 仏さまは「三界は皆是れ我が有なり其の中の衆生は悉く是れ吾が子なり」(法華経・譬諭品第三)とおっしゃっているのですから、私どもが朝起きてから夜寝るまでの行じ方のことごとくが、三界のありとあらゆることが、みな仏さまのお働きによって展開されているのです。 このお経を読誦し、ありがたいお経を持ち、さらに人のためにそれを説いて、二陣、三陣と後に続く人たちにつないでいきなさい。伝えていきなさい。このような修行をすると、こういう功徳があると、お経に示されているのです。 法華経を「序品第一」から「普賢菩薩勧発品第二十八」まで読みますと、私どもの人生の指針、私どもの進路がはっきりと明かされているのであります。 (昭和32年04月【速記録】) 現世利益 五 どなたにでも納得していただける仏法の法則を行じた人には歴然と現証があらわれるものであります。 この現証について「新しい宗教団体は、現世利益ばかりねらっている。現世利益だけでなく、未来の世界も尊いのだ」ということをよくいわれます。 われわれも死後の世界に対してけっして無関心でいるわけではありません。とくに立正佼成会のみなさんは、ほとんど自分と関係のないかたのお戒名まで、過去帳に書いて、朝な夕なに真心こめてご供養なさっております。 死後の世界というものを考えないなら、現世利益だけを考えているのなら、われわれはそのようなことをいたしません。 死後の世界を認識しているから、私どもは、亡くなった人に対して、心からご供養申し上げ、霊界のかたがたとともに、日々生活を営んでいるわけです。 現世利益というのは、目標ではないのですが「現世が救われないような宗教だったら、宗教の価値はないのではないか」私はそう考えるのです。 現世で、自分の努力によって心を変える。自分が生まれ変わり、心が生まれ変わることによって幸せがくる。 今まで地獄だと思っていたところに、極楽を招来する。そこに、宗教の尊さがあり、教えの偉大さがあるのではないかと私は思うのです。 (昭和29年10月【速記録】)...
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...証明役 一 この会に入会なさったみなさんは、大きな役割を持っているのです。 お経をよくごらんください。お経には、人間として生まれるまでの過去からの因縁が説かれています。人間として生まれるということは、めったに来ない生です。人生という生はやたらに来ない生であります。人間となって生まれてきたということを考えるだけでも、責任はひじょうに重大です。 百千万劫にも遭遇がたき仏さまの、真の心のこもった法華経を唱える縁につながったということは、さらに重大なことです。今日の時代が緊迫した時代であればあるほど、私どもは安閑としていられないわけです。本当に真剣に立ち上がり、正しいご法を正しく伝えなければならないのであります。 (昭和31年02月【速記録】) 証明役 二 過去から現在まで、さらに未来に向かって、はっきり仏縁を結ばなければならない役柄の人は、必ず結ばれるようにできているのです。 お釈迦さまは、このことについて法華経の中で「是の諸人等は已に曽て十万億の仏を供養し、諸仏の所に於て大願を成就して、衆生を愍むが故に此の人間に生ずるなり」(法師品第十)とお説きになっているように、私たちはこの悪世に出て、ご法を説く、そういうお役目をさせてもらうという誓願を立てて生まれているわけです。 そうした誓願を立てた役のかたがたが、今ここに集まったのです。だからけっしていがみあったりする性質のものではありません。 業障な人だからといって、恨む必要もない。悟れない人だからといって、じれったがることもない。分からない人であればあるほど、どこまでも深い慈悲をかけて、本当の仏さまの教えのあり方を示し、そしてその人を悟らせるということが、私どもの使命なのであります。 (昭和30年12月【速記録】) 証明役 三 つくづく考えますと法華経の「常不軽菩薩品第二十」に説かれておりますように、お互いに仏性を認め、あなたも仏さまになるかたであると、心の底から拝み合って、助け合って、異体同心の気持ちで精進することによって、はじめてお釈迦さまの大理想がこの世に実現するのであります。 常不軽菩薩さまは、どういうことがあろうと、人を合掌されました。人びとは気持ちの悪い、薄気味悪い坊主だというので、かわらをぶつけたり、石をぶつけたり、なぐったりしたということです。 ところが常不軽菩薩さまは、そういう人びとから逃げ、遠く離れて「我敢て汝等を軽しめず、汝等皆当に作仏すべし」と言われたのであります。 どんなに法をけなす人間でも、愚かなものと考えないで、つねに人を軽く見ないということです。 しかし、私たちはとかく人さまを軽く見たがるものです。「あの人は信仰しないから、あれは凡夫だ。おれは法華経を唱えているから聖人だ」などと考えるのは、とんでもないうぬぼれです。 みなさんは、因縁があってこの世に生まれたのですから、みなさんに仏道を分かっていただくようお導きする先輩は、責任があるだけで、特別に偉いわけでもなんでもないのです。 お経の中にときどき虚空という言葉が出てきますが、この宇宙、地球をおおっている虚空は、お互いに、分かった人も、分からない人も、罪人も善人も、少しもへだてなくおおっているのであります。仏さまも、同じようにすべての人をふところに入れて、必ずりっぱな人にしてあげようという大慈悲で、働いておられるわけであります。 そういう仏さまの魂のこもった法華経を受けつぎ、行ずるものは、常不軽菩薩さまのように、他人がけなせばけなすほど、そしればそしるほど、けっしてその人を軽しめることなく、まだまだその人が目ざめる縁が来ていないのだと考え、自分たちの修行を深めなければなりません。 その修行を通して、神通力を見せ、不思議な結果を見せ、自分の家庭を円満にしてみせ、一生懸命努力してくらしを豊かにしてみせて「ああやっぱり、法華経を読み行じているかたは幸せになってくる。幸福な家庭をつくっている」と分からせる。そのようにして、人びとが必ず同じ道に入り合掌の気持ちを起こし、教えてくださいといってくるように、みなさんがいっときも早くならなければならないのであります。 (昭和31年02月【速記録】) 証明役 四 私どもは、釈尊の遺された法華経、日蓮聖人が流布された法華経を未来永劫に向かって布教しなければならない大使命を負っているのです。真の仏教のあり方、真の宗教のあり方を布教するために、お互いに立正佼成会に籍を置いて、分に応じた修行をさせていただいているわけであります。 どうか、敢然と法華経に取り組み、真の修行をして、本当に何も恐れることのない世界をつくっていただきたい。そういう世界ができるか否かは、私どもがこの娑婆国土において、宗教の本義をはっきりと現わすか、現わさぬかということにかかわっているのであります。 今日の時代に、教義の上で地獄へ行くの、極楽へ行くの、といったことだけでみなさんが喜んでついてくるでしょうか。自分の日常生活を安心して送るための指針、行くべき道を教えるところに、特別の布教宣伝をしなくとも、人びとがついてくることになるのです。 (昭和30年12月【速記録】) 水戸支部の支部長さんは、入会して五年ですが、このわずかな間に、支部全体で三千世帯もの入会がありました。現在の普通のお寺ですと、四百軒の檀家を持つとりっぱなほうだそうです。四百軒の檀家を擁しながら生活のためにアルバイトをし、どこかに勤めているというような例を、たまたま見ることがあります。 私どものほうは、そうしたお寺とはまったく違って、まだご法を知らぬ大勢の人にその縁を広げ、同じ心の人を増やしてゆきます。ですから、二人、三人と支部長がつぎつぎとでき、それらの支部が三年か四年のうちに、三千、四千という世帯になるのです。 しかも在家仏教ですから、特別の形、特別の儀式、特別に高い教養というのは必要ではなく、どなたでもでも、どなたでも行じられるものです。どなたにでも功徳の出る方法をはっきりと説明できるのです。 こういうところに私どもの宗教の本当の値打ちがあるのではないでしょうか。 (昭和28年06月【速記録】) 証明役 五 二十世紀以後、世の中を救うものはやはり東洋思想の心の受け取り方と悟り方、すなわちこの苦の娑婆の受け取り方だということがだいたい世界万国の人びとに分かり、仏教という教えを重んじ、ひじょうにその本質を研究しはじめているのであります。 私どもはその本家本元の東洋人でありまして、そしていちばん正しい最勝無上の法華経に縁を結ばれるということは、それだけ私どもに使命があるわけであります。それも自分だけ喜んでいるのでなしに、それだけの大使命のあることを自覚する必要があると思います。 そういう意味におきまして、いっときでも早く法華経に入ったものがひとりでも多くの人を導いて、世の中に争いのない、また人さまにウソを吐くとか、騙すとか押し合うとかいうつまらない争いのない世界を作らなくてはなりません。また今日の状態は利害損失だけで争いをしているありさまですが、人間そのもの、宇宙そのものの大生命という大きな問題を考えた場合に、各々がその尊い生命をもってお互いに同じ時期に生まれ合わせた因というものは、そう簡単なものではないのであります。 (昭和31年10月【佼成】) お釈迦さまは法華経の中で法を滅してはならない、とお教えになっているのであります。 たとえば、永い間仏さまの目の前で仏さまをけなした罪よりも、後の世の法が滅しようとするときにその悪世末法のときに法を弘めようとする人を誹謗する罪はさらに重いということ、また法華経の精神をこの世の中に永くとどめなければ、必ず収拾のつかぬときが来るということが経典の中に書いてあるのであります。すなわちその収拾のつかない時代というのが現在の世の中であります。 このことはお経を熟読し、日蓮聖人のご遺文をよく拝読してみますると、はっきりと分かるのであります。現在原子爆弾とか水素爆弾とかいうような怖しい殺人兵器が出来、またはテレビやラジオによりまして、世界の隅から隅までみんな手にとるように分かるようになりましたので、いい加減のことではもう通らない時期になったのであります。 しかし、どなたでも口を開けば政治家でも教育家でも宗教心を背骨とした教育でなくてはならないとか、政治家は宗教心の最も強い持ち主でなくてはならないとか、そういうようなことを言いもし、また事実、今日のような濁悪世の時代にはその必要を痛感しているのでありますが、その政治家や教育家が本当に宗教心に目覚めて世のため人のために、みずから身に心に行じているというような人はほとんどないと言ってもよいのであります。口では平和を叫び宗教に救いを求め人類の幸福を念じ、偉大な宗教家の出現を叫んでいるのでありますが、どれもこれも人まかせの態度にとどまり、また人ごとに考えておる傾向が強いのであります。 私どもは教主釈尊の誓願であられましたところの一切衆生に正しいご法を知らしめるために、お互いさまこの悪世末法のときに、期を同じうして生まれ合わせたのであるという自覚に立ちまして、ひとりひとりが日蓮聖人の貴いご精神や天台、伝教大師のお気持ちを思い、振るい起たなければならないのであります。 (昭和31年02月【佼成】)...
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...仏に出会う喜び 一 お釈迦さまは八十年の生涯を、国王の家柄に生まれながら、乞食に身をおとし、一生懸命に修行されたのでございます。 私どもは今日、お釈迦さまの一代記を聞いて、随喜の涙を流しておりますが、では、人ごとでなく自分が一介の乞食となって、正しいご法を布教できるか、自分の身体を羅刹に食わせても、後の世の人を救うご法を体得して残さなければならない、というような崇高な気持ちになれるかというと、お互いに恥ずかしいしだいであります。 (昭和31年01月【速記録】) 仏に出会う喜び 二 お釈迦さまは、何も困ることがない、いっさい自由自在に、思うままにできる国王の家柄の境界を捨てられて、自分の身体を苦しめる苦行に入られました。 ところが、どんなに身体を苦しめてみても、いっこうに悟りを開くことはできない。むしろ身体が衰弱し、気力がなくなって、娑婆に対する役目を果たせないような状態にだんだん陥っていることを覚られ、苦行をさっぱりと捨てられて、出てこられたのです。 一切の世俗を断った清らかな修行、六年間の苦行をされたお釈迦さまは、牛を飼っている女の人から、牛乳を入れて炊いたおかゆを馳走になられました。当時のインドは階級のたいへんやかましい時代でしたが、下層の女から、乳がゆを頂戴されたのです。 お釈迦さまがお城にいた時分からの家来で、六年間もともに苦行を続けてきたお弟子さんたちは、そのありさまを見て、お釈迦さまが堕落したと、あざ笑ったのでした。 衰弱した身体に栄養一〇〇パーセントのおかゆが入ると、めきめきと体力が回復しました。今までは苦行をして、食べるものも食べないで、腹の皮が背中にくっつくありさまでした。ところがこんどは、苦行をやめて、いよいよ菩提樹下で悟りを開かれ、雄大な気持ちになられました。 青ざめた汚い人相から、こんどは血色のよい生き生きとした顔になられたのですから、言葉に表わすならば、後光がさしたといってよいと思います。 (昭和28年06月【速記録】) 仏に出会う喜び 三 お釈迦さまは三十歳で成道されまして、自分が悟られたことを、いかにして一切衆生に伝えるかということで、ご苦心なさったのでございます。自分だけ分かっていても人に分からせなければだめです。 そこで五人のお弟子さんの前に、このご法を披露されました。五人のお弟子と自分をあわせると六人です。いよいよここで、お釈迦さまが悟りを開かれると同時に、和合僧が六人になったわけです。 こうして法輪を転じましたところのご法が仏法でございます。 (昭和32年04月【速記録】) お釈迦さまは、祇園精舎と王舎城の間、約二百里(八〇〇キロメートル)の道のりを何回か往復され、いよいよ不退転の境地になったお弟子さんがたを教化されたのであります。 当時のお弟子さんがたには、のんびりと勝手なことをいっているようなことを許さず、一応分かった人には「お前はもうひとりで大丈夫だ」といわれて、殿堂の中にじっと座っているのでなく、ひとりで南のほうに布教しなさい、西のほうへ布教しなさいと指示されました。そのお弟子さんたちは現在の立正佼成会でいうと支部長さんのような立場の人といえましょう。 お弟子さんがたは、定住することのない、安住の地のない出家の境界に身をおいて、ひとりひとりが昼夜兼行で、お釈迦さまの理想を布教するため精進をされたのでした。 お釈迦さまは、七十歳を越えて初めてお伴がつくというほど、ほとんど人さまの厄介になりませんでした。自分自身のすべてを一切衆生に施され、身をもって教えられたのが仏教であります。 (昭和31年01月【速記録】) 仏に出会う喜び 四 因縁・因果の関係、業の思想というものは、今日どんなに学者がうまい言葉をもってしても、くつがえすことができないものです。 そうした真理を、お釈迦さまはちゃんと二千五百年前にお説きになっているのであります。 (昭和32年01月【速記録】) お釈迦さまのお説きになったご法は、きわめて自然のことであって、特別なものをもってきて、とってつけたようなものではないのです。 みなさんが、ご先祖さまをご供養する、親に孝行する、これは自然で当然のことであります。親に対する孝行を通じて、ご先祖さまにご供養申し上げる。さらには仏さまや神さまの念願どおり、仏さまの悟りの境地を、あらゆるかたがたにお伝えする。こういうことが信仰の本義でございます。 みんさんが入会なさるときは、自分の災難とか、不幸とか、病気とかが動機となることが多いようですが、だんだん信仰が進んできますと、親に対して孝行しなければならない、ご先祖さまにご供養しなければならない、神仏を本当に崇拝しなければならない──ということが分かってまいります。 これは自然の道で、特別にこしらえたわけではありません。お互いに自然の道を自然のとおりに歩めば、必ず幸福がくるのであります。 ところが、正しい道は分かっていても、ややもすると曲がったほうへ行ったほうが得だと考えたり“正直者がばかをみる”といった言葉がはやるように「本当にまっ正直に正しいことをしたのではうだつがあがらない」などと考える人さえあるのであります。 お釈迦さまはそうしたものの本質をはっきりと見極められ、いいことをした人は必ずよくなると、善因善果、悪因悪果の理を説かれました。また自分たちがこうしてご法に縁があり、こういう縁に触れてご法に精進できるようになるという縁起説を説かれました。 さらにお釈迦さまは、四諦の法輪といって、生老病死、すべての苦の根元を、修行によって悟られ、私どもの幸せになる道をお説きになりました。それが、このご法であります。 (昭和32年04月【速記録】)...
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...大慈大悲 一 お釈迦さまが八十年のご生涯をこの世にお過ごしになって後、肉体的には消滅したのでありますけれども、お釈迦さまがご自分でお悟りになって私どもにお示しになったご法というものは、未来永劫になくならないのであります。過去、現在、未来を一貫していささかの狂いもない万古不滅のみ教えとして、私どもが帰依してやまないものであります。 この二千五百年前にお釈迦さまがお説きになったご自覚の道を、私どもはお経によりまして教えていただいているのであります。 これも自分が得たという考えでなく、すべて仏さまからの、如来からの賜物であるという謙虚な気持ちになりさえすれば、増上慢にもならず顛倒もしないのであります。 (昭和32年08月【佼成】) 大慈大悲 二 あの人がいじめたから私が意地が悪くなったとか、この人が憎らしいことをしたから、憎まずにいられないのだとか、周囲の環境によっていろいろの条件がありましょう。 ところが、そういう状態がどこから来たか、どういうわけでそんなことが起こったかということを、だんだんせんじつめて掘り下げていくと、やっぱり元は自分なのです。結局は自分に行き当たるわけです。 その自分のあり方を本質的に現わし、世の中の人を全部、真に安心できる境界にしてあげたい、というのがお釈迦さまの念願でございます。 (昭和31年02月【速記録】) 大慈大悲 三 病気が治ったとか、ものに恵まれたとか、いろいろな功徳話がたくさんありますが、その人、その人の因縁因果によるいろいろな悩みは、せんじつめれば仏さまの大慈悲なのです。 それを本当にありがたく受けられるような素直な気持ちになりなさい。そういう気持ちをふるい起こしなさい、というのが、仏さまのお心なのであります。 (昭和30年08月【速記録】) 大慈大悲 四 みなさんは、合言葉のように、いとも簡単に「お悟りでしたね」といっています。ところで、仏とは何かというと凡夫の悟ったのが仏でありますから、お悟りでしたね、ということは、そのことの次第をはっきりとつかんだ状態をいうのであります。仏さまはお慈悲がその人に悟りを得させるために現象を現わしてくださっているのであります。 風邪をひいたとか、熱を出したとか、口争いになったとか、商売がうまくいかないとか、いろいろ形はありますけれども、その万象ことごとくが、仏さまのお慈悲なのです。 私どもの反省をうながすところの慈悲の現われであるということを、痛切に感ずるのです。 (昭和32年03月【速記録】) 大慈大悲 五 これは過日、第一回宗教者世界会議(昭和三十年八月一日〜四日)で、セイロン(現・スリランカ)から来たかたが、「地球上の全部の人に分けてやっても、まだ余るほどの、大きな仏さまのお慈悲を、みなさんにお分かちして話したいと思って来たら、こちらのほうでも、そういう気持ちの人がたくさんおいでになって、ひじょうに心強い」というあいさつをされました。 物質、たとえばお米はどんなに多量にあっても、世界中の国に、好きなだけ分けてやるということは、たいへんなことでしょうが、セイロンのかたが言われたように仏さまのお慈悲は、世界中の人に一切衆生ことごとくに分けてやっても、まだ余るほどに大きなものであります。 (昭和30年11月【速記録】) 仏さまのお慈悲というものは、まったく広大無辺で、私どもが少々疑惑をもったから罰を当てるとか、ちょっとぐらいのことで、どうするこうするといった、そんなけちなものではありません。 本当に“救わずんば措くべからず”で、仏さまは一切の人をみな幸せにしてあげたいというお心であります。 (昭和31年12月【速記録】)...
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...衆生済度 一 お釈迦さまは、ただ正法のみがあるのだと、おっしゃっています。 そして「正法によって、あらゆる仏さまはみな悟りを開いた。自分もそのとおり正法によって悟りを開いた。のちの仏さまも、やはり正法によって正覚を成ずるのである」 と『阿含経』の中でいわれております。 過去の仏も正法、正しい法則によって成仏された。自分も正法によって、悟りを得て、この法を説いて聞かせている。後の世でもやはり、この正法によってのみ成仏が可能であるということを、はっきりとおっしゃっているわけであります。 (昭和31年11月【速記録】) 衆生済度 二 この世の中のあり方をひじょうにご心配になってお説きになったお釈迦さまの一代記を読んでみますと、お釈迦さまが各地をお歩きになられると、そのあとから出家されたかたがひじょうに大勢集まったと書かれております。 これはお釈迦さまのご人格の尊さがしからしめるものでしょうが、それだけではなく、当時の世の中にあって、人びとの知恵ではどうにも解決のつかないことを、お釈迦さまが一つ一つ納得のいくように、本当に安心できるようにお話をなさったからこそ、大勢の人が随いてくることになったのではないでしょうか。 (昭和31年04月【速記録】) 衆生済度 三 この間『阿含経』を読んでみましたところ、ひじょうにありがたいことが書いてありました。 ヒンギ(賓耆)というバラモン教の少年が、お釈迦さまのところにきて、お釈迦さまのやっていることを、めったやたらにけなしたというのです。 お釈迦さまが腹を立てるだろうと思ったところが、返事をなさらないので、少年は「返事ができないのか」とお釈迦さまをゆさぶったというのです。それでもいっこうに返事をなさらない。 ヒンギはさかんにいきり立って、お釈迦さまを誹謗し、腹を立てさせようとするが、お釈迦さまは沈着冷静でいる。「どうして返事をしないのか」と、だんだん問いただしたところ「それじゃ返事をしよう。よく聞け」と、お釈迦さまはこうおっしゃったのです。 「あなたがたとえば、自分の親戚を招待して座敷へお招きした。そして、ごちそうをどっさり出した。ところが、客が食べなかったら、どうなさる」と、ヒンギの質問とはかなり違った譬え話をもち出されたのです。ヒンギはうっかりと「ごちそうを出しても客が食べなければ、自分で引き取るよりしようがない」と返事しました。 そこでお釈迦さまは「あなたが一生懸命、私の前で、悪口をならべるけれど、私は少しも受けつけない。ごちそうにならない。ごちそうにならなければ、あなたのところに、その言葉が返っていくのだから、あなたがいくらけなしても、私には通用しないんだよ」とおっしゃるのです。 どうです。お釈迦さまというかたは、なるほどありがたいかただなと、私は『阿含経』を読んで、自分の愚かさを懺悔したわけであります。 みなさんもごぞんじのように、立正佼成会では、祀り込みに来た導きの親に、ごちそうを出しても、ちょうだいしません。いかにすすめても、さっさと帰られてしまう。するとごちそうを出したかたはポカンとして、あとは仕舞い込むよりしようがない。 それと同じで、お釈迦さまは悟りを開いているものですから、どんなに面と向かってそしられても動じません。 そしてその答えが、じつにふるっているではありませんか。 そのヒンギという少年は、歓喜し、たちまちお釈迦さまに帰依して、お弟子になったということです。 ですから、「お導きができない」というみなさんの悩みをよく耳にすることがありますが、お導きができないとか、自分の主人を導けないとかいうことを、根本的に分析してみますと、こうした、お釈迦さまのような方便が足りず、活用していないからではないでしょうか。 (昭和31年11月【速記録】) お釈迦さまのように心の中に慈悲があって、すべてのことを正しく見る。これが八正道の最初の正見であります。このものの見方が正しく、考え方が平らで、日常の行為がきちんとしていて、そして自分の分かっただけのことを、なまけず、休まず、連続して精進すれば、どなたでも必ず悟れるわけであります。 そのことをお釈迦さまは、四諦・八正道という言葉で教えておられるのです。 同じことを立正佼成会では、いろいろな言葉に替えて教えております。みなさんが道場で、「下がれ」とか、「捨てろ」「とらわれるな」といわれる言葉がそれです。 ですから、みなさんは知らずにすでにやっていることですが、お経をお読みになるとき、そういう意味で四諦・八正道という言葉をご覧になると、なるほどここに書いてあることだな、ということがお分かりになると思います。 (昭和31年11月【速記録】) 衆生済度 四 お釈迦さまは私どもに五戒というものを説かれました。その五戒についての話が『阿含経』に出てきます。 バラモン教の信者で跋提という長者がいました。お姉さんは難陀といい、ふたりともたいへんな財産家でした。しかし、ふたりともいっこうに施しをする気持ちがありません。 このふたりに、なんとか施しをさせようというので目連尊者が話しに行きました。お導きに行ったわけです。 ところが、お釈迦さまはよく布施をさせるという評判が立っており、そのお弟子が来たものですから「布施をしろ」といわれるに違いないと跋提さんは思い「布施なんてまっぴらだ」と、欲の塊のようになって耳を横に向けておりました。 すると目連尊者が、いきなり「仏教には五大施というのがある」と話したものですから「そーら見ろ、また布施の話が始まった」と、耳に栓をせんばかりの気持ちで聞いています。 「それじゃ第一の布施は何だ」といったところ「生きものの生命を取らないということだ。不殺生だ」という答え。「何も生きものの生命を取る必要はないじゃないか。おもしろい布施だな」と考えて聞いていました。 「そのつぎは何だ」というと「盗みをしないことだ」と尊者が答えました。「ははーっ、自分は盗みなどぜんぜんしようと思っていないし、そんな必要もない。そんなことが五大施の一つなら」というので、さらに尋ねました。 「つぎには不邪淫だ」「自分にはりっぱな妻があるから、何もめかけや、てかけをつくる必要はない。これも私には守りやすいことだが、こんなことが布施なのかな」と、これも抵抗なく聞きました。 つぎは何か、と訊くと「不妄語。うそをつかないことだ」という。「これも自分にはぴったり。自分は多くの人間を使って、日ごろからみんなに、うそをついてはいけないと訓戒を与えているくらいだから、自分がかつてうそをついたことはない。そんなのが布施かね」と、すっかり喜んで、まっすぐに、素直に聞き入れたのです。 「五大施の最後は不飲酒。酒を飲んではならないことだ」「自分は酒があまり好きではないから、これも私には守りやすいことだ。お釈迦さまはそんなことを教えているのか」と、跋提長者がいいます。 尊者は五大施について諄々と説きますと、長者はたいへん喜んで「なるほど、五大施を守れば、世の中に罪をつくらないで、りっぱな行ないができるのか。これはありがたい話だ」と、さっそく「きょうは一つ朝めしを食べてください」と目連尊者にごちそうをしました。 目連尊者はまた二大施という区別もあり、法施と財施をいい、法施はご法を弘めるという布施、財施はものを施す布施だと、ひとしお深い意味を説きました。目連尊者は神力があって、跋提長者の腹の中を見通しておりますから、そういう話を諄々と聞かせたのです。 長者はすっかり喜んで、目連尊者が帰るときには「敷物を、おみやげにやろう」と蔵に入りました。敷物を出してみると、大きくて良すぎるので「こんなに良いのでなくてもいいんだがなあ」と、別なのを出してみると、また良すぎる。「小さい、おかしなものをやろう」と探しても、長者の蔵の中だからいい物ばかりしか出てこないのです。 ところが、尊者は長者の心が手にとるように分かるのです。そこで「今は闘いの時期ではない」と申しました。つまり、あれこれ迷って、心の中で闘っているべきではない。施しに闘いは禁物だというのです。長者はびっくりして、腹の中をすっかり見通されたことがわかり、その敷物を差し上げたのでした。 こうして目連尊者のお導きで、跋提と難陀という姉弟のふたりの長者は、やがて大いなる解悟、五果得の道をりっぱに果たすことになったということです。 このように私ども人間は、とかく強情で欲ばりで、物に執著するものです。そこで、みなさんがお導きがうまくゆかない場合は、あの人にはどんな方便を説いたら入会してくれるか、どんなことを言ったら話に聞き入ってくれるか、自分がどんな行ないをしたら、その行ないに感動して入会することになるか、といった方便がひじょうに難しいのじゃないかと思います。 さきの話のようにお釈迦さまのお弟子さんがたは、お師匠さんがりっぱなら、お弟子さんもりっぱなかたがたですから、どんな人の腹の中も見通して、欲深い人には、その欲が大きければ大きいほど、布施の行をさせて功徳を積ませ、諄々と悟りを開かせたということが『阿含経』の中にくわしく書かれているのであります。 (昭和31年11月【速記録】)...
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...縁起観 一 信仰をしていないかたは因縁なんていうと、すべて悪いことばかりを考えてしまいますが、実際はそうでなくて、不幸があっても信仰している人にはうまくすらすら物ごとが運ぶのであります。 ついせんだっても新宗連(新日本宗教団体連合会)の楠事務局長のお坊っちゃんが、オート三輪車にはね飛ばされ大怪我をいたしました。舌を幾針も縫い左腕を折ってしまったほどの大事故で、本当にお気の毒なことでしたが、不幸中の幸いとでも申しましょうか、いろいろのお手配がすらすらとついて迅速に傷の処置ができたのであります。 事故の現場を折よく自動車が通りかかりましたので、ただちに佼成病院に運ぶことができたのですが、時間がもう夕方でしたので、いつもならば宿直の先生しかいないはずのところ、ちょうどこの日に限って外科のお医者さんがたが帰り仕度をしているところだったのであります。そこでお医者さんの手が揃いましたので、時を移さず手術室にはこんで、とどこおりなく傷の手当ができたのであります。 このようなことは偶然といえばそれまでですが、自動車が折よく通りかかったことといい、手術の運びが迅速にできたことといい、まったくちゃんと予定していたように準備が整っていた、と言ってもいいほどだったということは、やはり縁につながっていたと言えると思うのであります。 ですから“大難が小難”ですむということも、この因縁を説いた言葉でありまして、最悪の事態の場合でも縁によってこのように良い結果を得るのであります。そこに信仰があり感謝の気持ちも起こってくるのであります。 このように、世の中のことはすべて助け合い、寄り合いの縁につながるものであるということをお釈迦さまがお説きになっているのでありまして、その現象の因をたずねてみますると、すべて自分の心の働きであるということが分かるのであります。そこで私どもはつねに正しい心を持って、正しい願いを持って行けという仏さまの教え、ご法というものもおのずから分かってくるのであります。 (昭和32年05月【佼成】) 私どもは時々刻々に自分に現われてくる問題を、仏さまのみ教えのとおりに解決しておけばいいのであります。ですから朝起きたならば朝の行ない、昼になったなら昼の行ないを懈怠なく、自分が本当に神仏のご加護がいただけるような心構えに、それを処して行く素直な気持ちになれば、自然に因縁も解決されるのであります。 (昭和29年12月【佼成】) 縁起観 二 みなさんが“自分よりまず人さま”ということと、宇宙全体がかかわりあい、もちつもたれつの関係にあることを、分かっていただき、悪いことをすれば必ず悪いことが起こるという因縁因果の法則を心の底から認識されれば、本来悪いことができなくなるものです。 ところが「正直者がバカを見る」などということを平気で言って、それが常識になっているような時代なのですから、そういう人に、本当は正直者が得をするのだということをよく教えなければなりません。この因縁因果の法則を教えたお経を読んで、そのことがよく分かると思います。 ものには必ず順序があります。宇宙では無数の星が一糸乱れず、衝突することなく整然と動いています。太陽系では地球も、他の惑星も太陽を中心として動いています。同じように人間も、自分の置かれた条件の中で、自然の法則どおり順序よく動けば、幸せになることは当たり前なのです。 お釈迦さまは、みずから人間の姿でこの世に出て来られ、その当たり前の道をお説きになったのです。それが経典となって示されているわけです。 (昭和31年06月【速記録】) 縁起観 三 十二因縁と申しますと、三部経を読んでいられるかたはすでにお分かりのことと存じますが、「無明」ということがいちばん初めに出てまいります。 つぎは行・識・名色・六入・触・受・愛・取・有・生・老死というように十二に分け、その中で「無明」という字は明らかでないと書いてありますから、(中略)この「無明」といういちばん根本となるところの始まりがわけの分からないものであります。そして行というのは、その「無明」というものに立っての行でありますから、(中略)今世には努力なさるけれどもいっこうに救われなくて、いろいろの困難な問題が相次いで起こるのであります。 このような人は、人さまから見ればひじょうな努力家でも、自分がうまく行かぬときには、世をはかなんで恨んでみたり、最近ではすぐ「社会悪」の影響だとかと騒ぎ回り「こんな弱い身体や運の悪いのは自分のせいではない」と親を恨んだりするのであります。 しかし、これはけっして親を恨む筋合いのものではなく、自分そのものの魂の中に、元やった行為が自分についているのであって、それは親の胎内にやどを貸してもらったけれども、親が悪いからではなく自分自体がそういう因果を持ってきているのであります。 魂が人間になるということは、母親の胎内に宿ったときに胎児という形ができて、識別がつくことを「識」というのでありまして、これが今世のいちばん初めになるのであります。 この「識」のつぎが「名色」となるのでありまして、仏教で「色」というのは物質(肉体)のことであります。そこでその「名」というのが心の問題を指していうのでありまして、「色」が体でありますから、心と身体であり、魂と肉体ということであります。 いよいよ魂があって身体ができて、母体の胎内にだんだんと成長してくるわけであります。しかも胎児は目も耳も口もちゃんとできて生まれるのであります。 この「名色」のつぎが「六入」であります。要するにこれは目ができ耳ができることでありまして、お山詣りをするときに、よく六根清浄と唱えますことは、お経にある眼・耳・鼻・舌・身・意のことであります。この六つがチャンと区別がついてハッキリすることを「六入」というのであります。 「六入」に入って目鼻がつくと、いよいよこの娑婆すなわち今世へ生まれ出るのであります。今世に生まれるやいなや自分自身の感覚的な触感の生活が始まるのであります。「触」というのは三歳ぐらいになって物心がつくと、冷たいとか熱いとかいうことがますます分かってくるのであります。 そのつぎが「受」でありまして、五、六歳から十五、六歳ぐらいになりますと、こんどは人さまの感化と影響を敏感にドンドン受け入れるようになるのであります。要するに親や先生の教えを受け世間のすべてのことを覚えるという働きを十五、六歳ごろまでは「受」という問題で経験するのであります。 さらに十七、八歳の思春期になりますると、精神的にも肉体的にも普通に発育した人ならば異性を求める「愛」という問題が起こるのであります。これはだれでもそういう心理状態になるのでありまして、お釈迦さまはこれを「愛」という言葉で表現されておるのであります。 「愛」のつぎには「取」という問題であります。すなわち愛情だけでなく、そういう人を自分が取ったらということで、つぎが「有」となると、取りたいというのではなく、もう自分の主人なり奥さんになってしまった問題をいうのであります。するとそこに欲望が起こり、物欲・色欲・名誉欲等、五欲が起こるのであります。 このように考えてまいりますと、最初の「無明」と「行」と「識」と「名色」と「六入」ということまでは胎内における五つの問題で、「触」と「受」と「愛」と「取」と「有」との五つは現世の問題であります。 すなわちそうした行為が自分たちのすべてを決定するわけでありまして、自分のものにするのに手段を選ばずということになると、同じ「取」でも本当に純粋のものでなくて、ひじょうに深い罪を作ることになるのであります。(中略) つぎに母親の胎内の問題と、生まれ出てからの問題と、さらにつぎの世に生まれる問題がでてくるのであります。中でも四苦という問題は、お釈迦さまも生老病死をお説きになり、涅槃を究竟せしめるとありますように、四諦の法輪をお説きになる根本はここにあるのであります。 生老病死の問題は人に責任をもってもらうことのできないことで、自分自体で解決しなければならない問題をいかに処理するかということが、お釈迦さまでもいちばん大きな悩みの根本であり、それはまたわれわれ一切衆生の悩みであるわけであります。 これは、お釈迦さまご自身がお悟りになったことを、一切衆生に認識させたいという大慈大悲のお気持ちが四諦の法輪となり、さらにその意味をよく分からせるために十二因縁の法をお説きになった。前世から生まれて物心がついてからおとなになるまでの間の問題を十に分け、さらに来世に生、老死・憂悲・苦悩の二つをお説きになったのであります。 (昭和32年01月【佼成】) 縁起観 四 因果の法則については、最近出てくるいろいろの問題を考えて見ますると分かるのであります。 たとえば母の胎内におったときの「名色」「六入」というような問題で、名は体を表わすというが、みなさんの知らないうちに名前がついたとする。親御さんは子どもを幸せにしたいと思って選んでつけたところが九画とか四画であったりして画数がよくない、こういうようなことが知らないうちにきまっているのでありますが、やはり前世からそういう名前がつく前に、親の心をそのように動かすものなのであります。 十二因縁のほうから言いますと、心の動きというものや前世の行為というものからだんだん成長して今世になってくる。今世になってしだいに物心がついておとなになってみると、私どものすべての行為が全部総決算されて、自分の因縁として出てくるのであります。すなわち名前までもそういうふうにつくということは、十二因縁の法則から申しますとなるほどと分かるのであります。 最近日本では太陽族などと言いまして、青少年の問題で指導者がひじょうに悩んでいるようでありますが、人間は母体の胎内にいるうちに「識」からその問題が起こって、だんだんと「名色」「六入」というような問題が現われてくるのですから、母の胎教が悪いと似てくるのは当然であります。 仏教の教えからすれば子どもは授かりものであると考えることがたいせつであると思います。人間の霊魂を無視し、生命というものの神秘を認めない唯物的生物学的な考えしかもたぬ親から生まれた子どもは、大きくなっても人格の優れた人物になることは少ないのであります。 要するに親たる者は胎内に子どもが宿ったときに、すべてのことを善意に解釈するような心、すなわち深い信仰を持ち修養をしなければならないと思います。(中略) 因縁という言葉を聞くと何か抹香臭いような感じがするという人もございます。立正佼成会ではその上に名前や行為や病気についてまで因縁という言葉を使いますが、お釈迦さまは二千五百年も前に十二因縁ということを説いておられるのを見ましても、今日そのとおりになっているのであります。 お釈迦さまは過去・現在・未来を一貫したところの法を、この十二因縁という言葉をもってお説きになっているのであります。実際に二千五百年前にお釈迦さまがご自分で悩みを抱いて、この悩みを解決するために精進された結果、これを理論的に説明されたこの十二因縁によりまして、前世から今世にいたるまでの関係が分かり、現在の心根性や境遇というもののすべては、自分自体でだんだん積み重ねてきたものであることが分かるのであります。 さらにまた来世においての生と老死というものを説いているのであります。すなわち無明は行に縁たり、行は識に縁たり、識は名色に縁たり、名色は六入に縁たり、六入は触に縁たり、触は受に縁たり、受は愛に縁たり、愛は取に縁たり、取は有に縁たり、有は生に縁たり、生は老死・憂悲・苦悩に縁たりとありますように、私たちの苦しみの根本不幸の根は正しく最初の無明にあるのであります。 なぜ無明が苦しみや不幸の根本なのかと申せば、初めの無明と最後の老死・憂悲・苦悩とが縁によってつながるからであります。縁と言いますのは因と果との仲人のような役をするもので、親子の縁にしても夫婦の縁にしても、縁によって固く結ばれております。 それと同じように無明から行に縁があり、行から識にという順に、終わりの憂悲・苦悩と離れない縁があるのであります。 しからばいかにすれば苦を除いて真の幸福が得られるのでしょうか。(中略) 無明滅すれば則ち行滅す、行滅すれば則ち識滅す、識滅すれば則ち名色滅す、名色滅すれば則ち六入滅す、六入滅すれば則ち触滅す、触滅すれば則ち受滅す、受滅すれば則ち愛滅す、愛滅すれば則ち取滅す、取滅すれば則ち有滅す、有滅すれば則ち生滅す、生滅すれば則ち老死・憂悲・苦悩滅す、と教えられております。滅するということは断ち切る、なくするということでありまして、(中略)私たちの心の暗であるところの根本の無明をなくしさえすれば順々に因縁がなくなってまいります。(中略) 仏教はどこまでも自分自体が悟るための奥深い人間的内省の教えであります。しかし私たち凡夫は、自分では正しいと信じても、とかく間違った道に入ってしまうものであります。 そこで本会で結んでもらうということをつねに申しますように、へりくだった気持ちで、先輩から自分で悟るためのヒントを与えていただくのであります。結局ご法の根本は「無明」という分からない問題を自分で掘り下げて悟ることであると思います。 それをハッキリと識り、それが行為となって現われ、さらに識別されなければ、いかに仏教を信仰し立正佼成会に入っても、すべての幸福感というものは出てこないものであります。 これを要するに因果律とか、因果の法則とか、すべてお釈迦さまのお説きになったご法を根本的な指針として、自分の行為を考えなければ救われないのであります。 (昭和32年01月【佼成】)...
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...因縁果報(四諦の法門) 一 四諦の法門とは、苦・集・滅・道ということをお説きになったものです。 まず「苦」。 「苦」はなぜ生ずるのか、苦はなぜ苦なのか。“人生は苦である”とか“苦の娑婆”とかいわれているけれども、人間お互いがわがままをし、勝手なことをして、案外世の中の実態を深刻に考えないようです。 簡単に苦とはいっても苦らしく真剣に考えないようです。 苦にはまず、生老病死があります。だんだん年をとり、やがて病むこともある。どうかすると死んでしまう。これは人間である以上避けられない、仕方のないことです。 ところが、日常は、そういうことをあまり考えないで、ぼやっとしているものです。 お釈迦さまが四諦の法門をお説きになった趣旨は、つまるところ人間の苦の実態をはっきりわかるように示されたのだと思います。 いわゆる四苦・八苦という言葉がありますが、生老病死が四苦、そのほかに、私どもが求めているものがなかなか手に入らないという苦もあれば、自分の不心得から出てくる煩悩によって生み出される苦もある。 また、いつまでも可愛い人に会っていたいと思っても、なかなか一緒にいられないという苦、会いたくない人に会わなければならない苦といったいろいろの苦があります。 それを大別して四苦・八苦といいますが、まだまだたくさんあります。 (昭和30年07月【速記録】) お釈迦さまは人間の苦の中で最も大きなものとして、生老病死の苦を挙げておられます。これは人さまに責任を転嫁することのできないもので、自分がこの娑婆に生まれた以上だんだん年をとるということは当然であります。永い一生の間には病気にもなるわけであります。 たとえ患いがなくとも、人生の最後には総決算としてだれでもが貧富の別なく彼の世に行かなければならない。この生老病死という苦は、だれにもどこにも責任を負わせることはできない。人間生まれたときからみな自分で背負ってきたものであることを、お釈迦さまはよく説き明かされているのであります。 お経を見ますと、お釈迦さまはこの問題をいちばん最初にお悟りを開かれたとき、五人の比丘に生老病死ということと涅槃の境地とについてお説きになったのであります。 (昭和31年07月【佼成】) 因縁果報(四諦の法門) 二 「苦」の実態を説かれたあとは「集」であります。 苦が重なっている状態を調べてみると原因があります。それが集です。その苦の出てくる根拠は何かということを調べてみると、知らず知らずのうちに苦の原因を自分たちが作っていることが分かります。 たとえばみなさんがよく懺悔話をされますが、親を親とも思わなかったとか、主人を立てないで、いろいろと因縁を出して、自分勝手なことをしていたとか、主人のほうでも二号をもったとか、自分で苦の原因を作っているわけです。すると苦がますます集まってきます。 よく考えてみると、初めは面白いと思って始めたことが、じつは苦の「集」になっているのです。要するに苦の根本を自分で作っているわけです。こういう原因があるから、こんなふうに苦がだんだん濃さを増してくる。それが集であります。 つぎに「滅」です。苦をなくすためには、どうしたらよいか。どういう気持ちになったらよいか。 私どもにはわずらわしい名誉欲とか、物質欲とか、驕慢の欲とか、いろいろの欲があります。そういう欲を抱いているのが集諦の根本であり、苦の原因をつくっているわけです。 そうしたことに対し、心を本当に清浄にし、もののあり方を真に悟ると、これが滅の状態であります。安楽の涅槃寂静の状態になります。その境界を寂光土とか、安楽世界とかいうのです。 (昭和30年07月【速記録】) 因縁果報(四諦の法門) 三 滅のつぎは「道」です。 これは順序からいうとちょっとおかしいようでありますが、最初に苦諦を説き、つぎに集諦を説き、つぎに滅諦、さらに道諦を説いておられます。 いちばん最後の道諦というのは、悟りを開いて本当に安楽な気持ちになるには、どんなことをしたらよいかを説かれたのです。道であり、つまり道であります。こういう修行をすれば、こういう悟りの境界に到達できるのだという生き方を説いたものです。 ここでも苦集と同じく、滅道というように、結果のほうを先にお説きになり、つぎにその原因を説かれています。私どもが毎日こうして道場に集まり、お互いに暑い中で一生懸命お導きをして仏道修行に励んでいます。これが道諦です。道を守るのに欠かせないのが導きです。 お互いに、この導きというのは楽ではありませんが、これを深く考えてみますと、お導きをしてだんだんに修行させてもらううちに、今までひじょうにたいせつに思えていたものが、まったく何の価値もないことが分かってきます。 たとえば、主人が幾ら稼いでも足りないような生活をしていた人が、生活の実態を調べてみると、そのことがつまらない虚栄心のために、まったく無価値なものを求めていたことが分かってくる。 そのつまらない虚栄を張る金を、電車賃に替え、毎日人さまをお導きする。そしてひとりひとり安心立命の人をつくっていく。これが自分の真の行くべき道であり、その道なんとしても守らなければならない、歩まなければならない道だということを悟ると、その生活、心の状態はまことにのんびりしたものになるわけです。 また、おれがおれがという気持ちが強く、自分の思うようにならないで苦しんでいた人が「自分よりも、まず人さまのために」という気持ちになって一歩を踏み出す。 するとすべてのことが少しも苦にならなくなるわけです。「ああ、こんな境界があったのか。こういう道があったのか。こういうことをすればよかったのか」というような順序で悟れるわけです。 本部や道場においでになるみなさんは、ひじょうに明るい顔をなさっています。これは苦集滅道という四諦の法門の最後の道諦の修行をさせてもらって、いくらかでも悟りを得られた結果であると思います。 お釈迦さまは、この四諦の法門を、まっ先に説法されました。このことから考えてみますと、やはり凡夫には結果を先に説かなければだめなのです。こういう結果がある。ではそのもとは何か、ということをだんだん説いていく。 そのように私どもが納得のいくように、お釈迦さまがお説きになったからこそ、当時の人びとがつぎからつぎへと出家をされ、その後について行き、大きな人の列がインドに展開されたのであります。 (昭和30年07月【速記録】) 因縁果報(四諦の法門) 四 本会の行学園正面頂上の鼓楼は、みなさまもごらんのとおり、八角形になっておりますが、これはお釈迦さまのお説きになられた八正道を形に現わして作ってあるのでございます。(中略) これはお釈迦さまが涅槃に入る“道”を正道と言って、その道に八つあることをお説きになり、正しい人生の道の根本をお示しくださったのであると言われております。 八正道と言いますと、文字だけをちょっと見ますと簡単のようですが、考えてみればみるほど、味わってみればみるほど、また実行してみればみるほど難しいのであります。 そしてまず第一に、「正見」──すなわち物を正しく見るということをお説きになっております。 これは自分自体を正しく内省しなくてはならないでしょうし、自分の周囲の具合もよく見なくてはならない、それもみな、自分たちの我見や邪見の眼で見てはならない。私どもの見るところは、ややもするとひじょうに偏見的になりやすいからであります。 自分をなるべくりっぱに見せたい。自分の立場をよくしたいというような考えが先に立つのであります。これでは正見でなく邪見になってしまうのであります。また自分の知っている範囲のことだけにとらわれて、ほかにもっと求め、もっと奥の真の意義を悟ろうとしない偏見の見方をしておるものであります。 そういうようなことでは八正道の第一歩の”正見”からしてすでに落第なのであります。 第二には「正思」ということであります。 すなわち物の考え方が正しいことでありますが、つねに心を正しく持つことは第一番の正見がパスしていれば、自分自体を正しく見、また周囲の環境をも完全に見ることができるのであります。さもないと正しいことを考え、心の働きを正しくすることは不可能であります。その正しいところの正思、心を正しくすることに努めて、間違った考えはただちに直すことがたいせつであると存ずるのであります。 人間というものは何かに突き当たってどうにも解決のつかないようなときには、ご法に縋って案外簡単に陰を信じたり、神仏にたよる気持ちにもなるものでありますが、どうにか勝手なことができるうちはなかなか正しく考えないで、自分の考えがいちばんよいのだという気持ちになるのであります。 たとえばお参りするということがなんていやなことだろう、科学のひじょうに発達した今日の世の中に、医者にかかれば病気は治るのに、なぜお参りなんかに行くのか、またお医者が絶対に安静だというのに道場に通って病気が治るのかというような考え──これは正しく思う、すなわち正思に至っていない証拠ではないでしょうか。 正しく思っているならば、本当の安静というものはまず心が正しくなって、物の見方をもっと深く考え、すべての物のあり方を正しく思惟することによって、なるほど本当の安静は信仰を元として得られるものだということを自覚するはずであります。 これが理解できれば、肉体だけを休めておいてもけっして安静にはならず、逆に心を正しくするようなご法を実行し、神仏にお誓いをしてなんら動揺することのない境地に到達した気持ちになるというのが、真の安静であると理解できるのであります。 第三の教えは「正語」であります。 これは言葉に現われるところが、すべて正しいということであります。 観普賢経(仏説観普賢菩薩行法経)の中に「舌根は五種の悪口の不善業を起す」とありますように、禍いというもののほとんどが口から起こると申しても過言ではありません。ご法にも聞法と言いまして、私どもが最初に認識させていただくためには、なんと言ってもお話を聞くことが第一番に必要であります。聞くということは言葉を聞くのでありますから、この言葉ほど大事なものはないのであります。 みなさんは道場で「お体裁じゃいけない」と言われますが、お体裁なんということもみんな口からであります。心にもないお世辞をいう、真実でないのに真実のような顔をする、このお体裁の本家本元は口でありますが、自分の心に、はっきりと意識して言っているならば、まだお体裁とは言えないかもしれません。本当にありがたいと思ってありがたいというのは、お体裁ではないのであります。 逆に心ではありがたく思わないのに、この場合ありがたいと言ったほうが都合がよいから、ちょいとありがたいと言っておこうというのがお体裁であります。そこで、「舌根は五種の悪口の不善業を起す」と言いますと、口で言う五つの悪いことで、妄語、悪口、両舌、綺語、誹謗であります。 すなわち妄語は嘘を吐くこと、悪口は人の悪を挙げること、両舌は人を離間するようなことを言い、こちらの人にうまいことを言って、向こうの人に行ってまたうまいことを言い、ぜんぜん正体はどこにあるか分からないようなことを言う、行き当たりバッタリのことを言って世の中を惑わし人びとを争わせるのであります。 綺語とは人を挑発煽動するように誇張して言うこと、誹謗は人の欠点をさがし、正法の行なわれることに妨げをすることで、要するに闘争というものの大部分はこの五種の悪口から起こるのであります。 このように、正しい言葉を吐くことはなかなか難しいものであります。正見と正思が完全にできれば正しいことをいつも考え、心の働きが正しいものでありますから、自然に正しい言葉、すなわち正語が口から出るわけであると説かれているのであります。 第四には「正業」であります。毎日の行ないが正しいことでありまして、私どもは頭の中でこれはよいことであると判断し、よいことをすべきであるということは分かっても、これを実践に移さなくてはなんにもなりません。みなさんが道場におきまして、「懺悔は実行ですよ」と支部長さんや幹部さんから言われるのがこれであります。 どなたでもとかく話を聞けば、なるほどごもっともであると感じますが、感心するだけでは駄目なのであります。それを聞いたなら自分の行ないに現わさなければいけない、分かったことを自分の行ないに現わすことが大事なのであります。 つぎに「正命」であります。 ある仏教学者の説に従いますと、これは正精進、正念とともに生命の要素でもあり、これによってわれわれの人格が築かれていくとしてありますが、正命の命には職業の意味も含まれ、世の中に害毒を流すような職業をえらばず、つねに悪をなさず正しい生活に徹することを意味するとあります。 新しい信者さんが本部へお参りして、信者同士が合掌し合う姿を見てまず第一にひじょうにありがたいところだと言いますが、実際にお互いが敬虔な気持ちで拝み合うということは貴いことであります。こうして拝み合うところには拳骨が飛びっこないのであります。 このように正しい行ないが実行できれば、すべての物ごとがすらすらと運ぶわけであります。商売も繁盛するでしょうし、家庭の不和もなくなり完全の生き方ということになります。 これに反しておいしい物ならば出鱈目に食えるだけ貪り食おうということですと、腹痛を起こしたりする。これでは正しい生き方とは申されません。自分の身体に適当なだけ食べて、おいしい気持ちのうちに止めて“腹八分目に医者いらず”という生き方が大事です。 そういうように私どものすべての生き方、生活の仕方には以上のべた五つの教えが根本となるのであります。 第六は「正精進」であります。すなわち正見、正思、正語、正業、正命というような五つの生き方を一時も休まず、つねに怠慢の心なく全力をそそいで実践するのであります。これが正しい精進、すなわち正精進であります。 このように教えをよく味わってみますると、「八正道」と口で言うのはすこぶる簡単でありますが、ゆるみなく精進していくということはまことに難しいのであります。 第七は「正念」であります。 自分が正しいことに信念をもって精進することを実行しなければなりません、正しいことを絶えず念じて忘れないことが肝心なのであります。 たとえば「毎朝お経をあげて夕方にはお水を取り替え、読経三昧に入りご先祖さまのご供養をしなさい」と申されても、本当にありがたいかありがたくないか、その心に念ずる力があるかないかによりまして、その値打もちがうのであります。 私どもはこのご法に掴まる機縁を得て、お経をあげさせていただいたことをよく考えてみますと、こういう境界にならせていただくまでには大勢のかたの慈悲をわずらわしているということを考え、経典の意味をよく味わいまして、不動の精神で正しいことを念じつつお経を読むようになれば、これはもうご功徳の出ることは間違いないのであります。 このように正しいことに対して信念ができて不退転の気持ちになってはじめて、正念の教えに徹することができるのであります。 最後は「正定」、すなわち正しいことによりまして心が決定するのであります。この境地になりますと、本当にだれがなんと言おうと、どういうことがあろうと動揺することもなく、自分というもののやっていることに人さまがどうこう言っても、けっして迷うことのないようになるのであります。そこに仏さまの智慧が自然にわきいで、行動に現わすことのすべては、ご法にあてはまるようになるのであります。 このように八正道の教えをお釈迦さまは私どもにお説きになり、これを行ずることによって、人間として逃れることのできない生老病死の四苦に対しても、心を煩わさないような悟りが開けることをお教えくださったのであります。 (昭和29年07月【佼成】)...
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