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伊那教会 お会式 市民祭 参加
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荒川教会運動会 子供たちの綱引き競技
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石巻教会 運動会
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開祖(19731012A) お会式
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開祖(19731012A) お会式
1
...法話コード=開祖-1973-10-12-A 先生名=庭野日敬開祖 行事名=第24回本部お会式 日 時=1973(昭和48)年10月12日 録音分=24分 場 所=大聖堂 出席者= ...
開祖(19731012A) お会式
2
...○庭野会長 (一同 拍手) 皆さま本日はご参拝いただきまして誠にありがとう存じます。 ご承知のように、ことしは、日蓮聖人ご生誕750年という、60年の生涯をご法のためにささげられた、きょうのお会式のこの行事と致しましては、692回目だということんなっております。で、こういう行事が、わたくしどもお互いさまに、お祝いを申し上げるといっても、本来はご入滅の日でありまするから、お逮夜で涙を流すということに、情の上ではなるかと思うのであります。しかし、日蓮聖人とか、またはいろいろの、聖者といわれるようの方々は、この、生身(なまみ)の体、肉体がなくなられてご入滅になさっても、魂はいよいよ永遠の魂に、生まれ変わるというこの入滅ということのこの大きな問題は、逆に、い、永遠に生きるという生に変わっていくということで、ある意味では、も、不変の魂、不変の、お、働きということでありまして、そういう意味からいうとおめでたいともいえないことはないわけであります。しかしご入滅のお逮夜ってことですから、手放しでおめでたいだけを、おめでたいというわけにはいかんと思うのであります。 いつも申し上げますように、正法を守るという、正しい法を堅持するということはたいへん難しいことでありますが、真っ向からこの正法護持という問題を掲げられた日蓮聖人、その日蓮聖人の正直さといいますか、ひとつもその臆面(おくめん)なしに自分の信ずるところを、発表されたと。過日もバイブルの中のお話をちょっと、増谷先生の、お、法話から申し上げましたように、人間というものが本当に、信ずるところに、その信というものから義があらわれるという、義というものは信からあらわれる。その、あらわれてくる義というものをこんどは人さまに言い表すことによって救いとなると、ま、そういう言葉がバイブルにもあるということであります。言い表すということでありますが、日蓮聖人のいい表わし方は非常に痛烈でありまして、時の執権に対しても、汝(なんじ)信仰の寸心を改めて速(すみやか)に実乗の一善に帰せよ、と、こういうふうに命令をされるような、強い語気でおっしゃってるわけであります。信仰の寸心を改めなきゃ駄目だと、ま、こういうことを、お、700(ななひゃく)年前におっしゃったわけでありますが、いままた人類がたいへんそれから進歩したように一面は見えております。 科学的の問題は長足の進歩を遂げまして、日本(にほん)などでも、そのおかげで、たいへん人間の長生きということもできて、寿命の伸びたことはたいへんにもう伸びたようであります。そういう、う、一面があるかと思うと、たいへんにまたもう、お、すぐそこに危険性が来ておると、ともいえるのであります。...
開祖(19731012A) お会式
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...少し、全然風のない日になるというとスモッグ、なんで光学スモッグなんというともう、何か息が詰まるような、せっかく学校の生徒がこの体育祭を始めておっても、お-、ただちにその活動をやめるというような、誠に、有り難くない、も、何かこう胸の詰まるような問題がそこに来てる。で、そういうことになりますると、いよいよ日蓮聖人の言葉のこともういっぺんこのう思い起こしてみなくちゃならないというようなことになると思うんであります。で、聖人は、一人ひとりの信心強盛(ごうじょう)にして、ということもいっておるんでありますが、いつも時の執権に向かって、信仰の寸心を改めろ、と言われると同じように、天下万民諸乗一仏乗と成って、というような言葉で、妙法が独り繁昌する時に万民一同に南無妙法蓮華経と唱え奉れば、吹く風枝をならさず、というようなことをおっしゃった。すべての自然というものもお題目を唱えるということから決まっていくんだと、というように天下万民に要するに呼びかけてるわけであります。いままたこの、お、世界中の人類が、ここで信仰の寸心を改めて、本当の信じられるものをはっきりと、お、ごまかしでない、これはこのとおりであるという、このとおり歩まなければならない、このとおり行じなければならない、そういうものをはっきりとつかまなければならない。で、いまとなって初めて、この日蓮聖人のような大きな号令が、もう、お、万民が心得て、何かその本当の救いってものはないかと、そういうような時代になってきたのであります。 で、そういうことになりますると、お、過去の日本(にほん)のお祖師さまといわれる方の中で、お祖師さまというと不思議に、まあこの真言宗の方にすれば弘法大師さまがお祖師(「そす」と発音)さまだし、浄土真宗にすればお祖師(「そす」と発音)さまといえば親鸞聖人、念仏宗にすれば法然上人ってことなんですが、不思議にお祖師さまとこうただいっただけでは、万民がこれ等しく日蓮聖人をお祖師さまとこう思うというんですねえ。これは無理なくそこへ皆、どの宗の人も行ってしまうという、それほどの祖師の力を持っておる、そういう日蓮聖人。どうしてそんなに力があるかと、こう考えてみますると、非常に正直に信じておった、そしてまたその正直に言い表しておったと思うんです。ご法というものを守れば必ず、すべてにかなわないことはない、というような強い言葉で、法華経行者のかなわぬことはない、という強い言葉でいう。また万民が一同にお題目を唱えれば、吹く風も枝をならさず、というように、すべてのことがそれによって決まると。代は義農の世となって人生に長生の術を得る、人間の長生きの術もそこから始まってくるというような、素晴らしい言葉で、教えているわけであります。 ...
開祖(19731012A) お会式
4
...で、そういう正直の、また信じたことを本当に真っ向から表現をされた、言葉に表して、そこに救いがあると思うのであります。 でー、日蓮聖人は、非常に、たくさんの言葉が残されておりますが、ほかのお祖師さま(「おそっさま」と発音)は大体、例えば、真宗の『歎異抄』というようのあれも、法然上人が、話されたことをあとで書いたんだというようのことになっておりますが、日蓮聖人の御遺文というのは自分でお書きになって残されて、それがいま現在でも厳然と500余編あるわけですね。ですから、だれが聞いて、書いたというようなものではないので、ま、それはどちらが、うーん、どちらでなくちゃならんということもないわけでありまするけれども、皆さんもお聞きんなっていると思うのでありまするが、きのうときょうでございますか、如是我聞という問題、是の如き我聞ききという問題を、『人生読本』でお話があります、あしたもう1日あると思うんでありますが。その如是我聞、わたくしはこのように仏さまの言葉を承りましたということから、お経は始まるわけでありますが。それと同じように、どなたか確実にご説法なさるときそのまま書いておいて残してあれば、それでもいっこう差し支えはないわけ、自分で書かなくちゃならんということはないんですけれども、日蓮聖人の御遺文だけは自分でお書きになって残されてありまするから、例えば、あとから付け加えてまねをしても、それはどうにもならない。もうお聖人さまのお書きになったものが、厳然と、その筆跡がそのままに残っていらっしゃる、こういう祖師はまたこれどこの祖師も、どの祖師にもまさった素晴らしい、厳然となさったことが皆実力として、真のそこへ記録となって残っているという、そういう、祖師であります。で、わたくしどもはそういう意味で、この、法華経というお経を所依の経典とさしていただいている。で、法華経の有り難いってことは聖徳太子以来、日本(にほん)では伝教大師もおっしゃっておりますし、たくさんの方が、あ、法華経に帰依されたわけでありまするけれども、この日蓮聖人ほど、はっきりと力づおく、このとおり行けば間違いないというような、この、力をこう、息吹を与えてくだすった方はないと思うんであります。 で、そういうきょうはたいへん、その日蓮聖人のご入滅のお逮夜ということで、わたくしども、こうして一つの、1年のうちの大行事の一つになっておるわけであります。お互いさまに、たいへんにこの、仏教というものは、どこまででも、そのいろいろの問題が、例えて申し上げますと、方便力ということになりますれば、観音経にありますように、三十三身を現じて法を説くというので、わたくしどもの目の前にあらわれたところのすべての現象界は、皆、仏さまの説法であるというふうに受け取れるようにならなければならない、ていうことでありまして、問題はたいへんに広範でありますけれども、しかし、また率直にそのまま拝読して、そのまま正直に受け取れば、その言葉自体がもうはっきりと救われていく。...
開祖(19731012A) お会式
5
...わたくしどもの安心ができる、信じられる、う、そういう問題がたくさんあるわけであります。仏さまを、親と、自分の真の親であるという、この主・師・親の三徳を具えたお釈迦さま以外に、自分の本当のこの、お、師とも、主とも、親とも、頼むものはない、そういうことを日蓮聖人は非常に強く仰せになりまして、いろいろの、仏さまはお釈迦さまの説法の中に生きているのであって、で、この娑婆に生まれて出たお釈迦さまのお説法に間違いがないんだと、こういうことを身をもって、一つ一つ、現証を挙げて、ご説法をなすっていただいているわけであります。 そして60年の生涯を、本当に自分のやってることに一分(いちぶん)の誤りもないという自信たっぷりのお気持ちでやっておるのでありまするが、当時は本当に、たいへんの時であったわけでありまして。日蓮聖人のようの正直の表現をするというと、仏法の敵だというので、島流しにされたり、首切りの座へ乗ったりしるような、大難四箇度、小難は数知れず、というので、いつやられるかわからないようにねらわれたことがもう数知れずあったわけでありまするが。そういういろいろのことがあっても、いっこうにそういうことにはもう頓着なしに、堂々と自分の主張を声高らかに掲げて、60年の生涯を、池上本門寺におきまして大往生をされたわけであります。ですから、法華経を本当に行じている者は、確かに長生の術を得(え)るという、大往生を約束されているというところの、あの大信念、そういう信念があればこそあれだけの大業ができたわけだと思うのであります。そういうことをきょうはしっかりとお互いさまにかみしめまして、ご法門というものは口先では駄目だ、体でやらなければ駄目だ、身をもってやらなければ駄目だと、法華経というのは、あ、行じなければ駄目だと、自分の行為にあらわさなけりゃだめだ。仏法というものは自分で体験したことを自分でちゃんと言葉に表して表現をしなければ救われないんだと、こういうことを教えているわけであります。 どうかひとつ、う、皆さんこの万灯(まんど)行列、万灯(まんど)行列というのはご承知のように、あの、お釈迦さまの説法の場所に、この、立派の、お金持ちの人の、お、たいへんの、万灯につけたところの明かりと、貧者(「ひんじゅ」と発音)の一灯というので、貧乏ではあるけれども自分の頭の毛を売ってまで、ともしびとしてお釈迦さまの説法に歩きなさる足元を照らそうという、その真心のあらわれ方をおほめになられたり、お釈迦さまがお喜びになったと。そして、立派な万灯は風が吹いたら消えてしまったけれども、その貧者の一灯は、真心であげたところのともしびというものはお釈迦さまの足元を本当に照らして、どんな風にも消されなかったと。...
開祖(19731012A) お会式
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...ま、そういうような、ことわざも残っておりますように、わたくしどもの真心のともしびというものは、かっこうよく立派に、大げさのことをすることだけが決して喜ぶことではないわけなんであります。そういうわたくしどもの真心の一灯が、このご法の、ご法を説くお釈迦さまの足元をよく照らして、どこまでもこのご法が広まるようにという意味が、きょうの万灯(まんど)行列にも含めてあるわけであります。法の広まるところ、法の広める場所を明らかにしておる、いうことは、そういう大きなひとつの信心、信心から出てくるところの身をもっての布施というものがいちばん大事だと、こういうことをも含めたひとつの、万灯(まんど)の行列になるわけであります。 どうかひとつきょうは、そういうことをもういっぺん思い起こして、自分の真心のあるところの法華経を広めるところの役目というものが、いかに大事であるか、そしてその役目を本当に果たすというところに真の救いがあるので、これを信じて本当に行じている人には、今日(こんにち)のようないろいろの世の中の変化、動揺、いろいろのことがございまして、何もかにも信じられないような世の中の、お、考え方によってはそういうことんなっております。ところが、仏さまのみ教えを本当に信じて行じてる人にしてみれば、たいへん結構の世の中で、正しいことを堂々と臆面(おくめん)なしに天下に向かって、叫んでも、日蓮聖人のときのように、島流しに遭うこともございませんし、刀で首を切られるようのこともないのであり。ですから、いまこそ正法を本当に叫ばれるとき、そして叫んでもそれに決してそういう被害、う、その弊害が伴うようの時でなく、そしてしかも大衆がこれをどうしても守らなければ、仏さまの仰せのとおりの、殺されるようのことはないけれども、下手をするというと人類滅亡の方向に行きかねないような、そういう条件もまたいま出てるわけであります。そういう間違った条件を正す意味から、お、その意味でも、正法(しょうほう)を守るということはいかに難しいことであるかっということであります。どうかそういうお気持ちで、きょうの万灯(まんど)行列、またきょうのお参りを一つの、起点と致しまして、法華経に対する信心をつおく起こしていただきまして、信心のつおいところには救いがある。自分が絶対安心であるという、これはいくら高いところからわたしが強調致しましても、自分の信心によってのことでございまして、信心のある人は、一つも動揺なく心は安らぎを持っていられるわけで、大安心(だいあんじん)を持っていられるわけです。信じられない人は、ああじゃねえか、こうじゃないかという、ご苦労が多いわけであります。...
開祖(19731012A) お会式
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... きょうは、日蓮聖人は首切りの座へ乗っても、これほどのよろこびを笑えぞかし、といって、日朗聖人をいさめるというような、非常に胆(たん)のすわった、度胸のすわったあの竜ノ口(たつのくち)の牢屋において、首切りの座へ乗せられて、あした朝になると見苦しいから、夜のうちに早く首をはねなさいと、こういってこの、首切りをとにかく自分のほうから、どうせ殺すんなら昼間になって、この首を切られたのはみっともないから、夜のうちに切って片づけなさいという請求をする、そして法華経のおんために命を捨てるということならば、これは、海の、この砂の、砂と小判を交換するよう、というような言葉まで吐いて、金(こがね)に沙(いさご)をその、あきなうようのもんだと、それほど法華経のためには命なんというものはなんでもない、このくらい命を捨ててとにかく正法に懸けておったわけであります。ですから日蓮聖人は、どんな難が幾度来(こ)おうとも、そういうことには決して心配なく、60年の生涯が堂々と、阿弥陀さまのお迎えをうけて大往生されたわけであります。 これはまたお釈迦さまがご入滅のときに沙羅双樹のもとで亡くなられた、これがやはりこの、お悟りを開いて法を説かれたところから、ちょうどこの丑寅(うしとら)の方向行って、大往生を、80年の生涯を、お、遂げられたわけであります。その儀式に従って、知らずに来たか知って来たか知りませんが、身延から池上へお越しになりまするとちょうど、丑寅(うしとら)のほうの同じこの鬼門の線でございますね、そこへちゃんと、お歩きになって、そして池上へ来て大往生をされたという、これは如来の、お、このお経の中にありますように、三世諸仏の説法の儀式によって、三乗を説くというようの言葉がありますが、如来の入滅もそのような一つの、お、儀式があるということもいわれておりますが。その儀式をとろうというお気持ちであったか、なかったか、あるいは本来は常陸のお湯に行って、温泉に行って少し養生をしようという目的でお出ましになったのでありましたが、如来の法則に沿って池上において大往生を、60年の生涯を閉じられたと。こういうことも、いかにご法のとおりの歩みをされておったか、その歩みのとおりに歩んでおれば、そのように危険の場所がどんなにあっても、最後にはちゃんと大往生、大自然の天寿をまっとうして、非業の死でなく、堂々と大往生が遂げられると、こういう大功徳をいただいて、仰せになったところの法華経行者のかなわぬことはないというそのことを、また、臨終の事を習ふて他事を習ふべし、と自分で叫ばれたその言葉のとおりに、臨終のときにはお弟子さんがまくら元へみんな、あ、そろって、そして大聖人を囲んで、本尊を飾って、そこで御題目(おんだいもく)を唱えながら大往生をされたということであります。 誠に、一代がそのように、法華経のために、めでたく大往生がされたと、こういう意味からも、ある意味では、大きくいえばおめでとうという言葉もまたそこに当てはまると思うのであります。どうかそういう意味をかみしめて、このお会式を通じてまた一段と大聖人のみ跡を慕い、2陣、3陣つづけぞかし、と号令をされました日蓮聖人のみ跡を、わたくしどもが、一人でも多くの人に呼びかけて、一人が一人を導くというこの、仏国土の、けんせん、建設、その仏さまの本願成就という大誓願のもとに、皆さま方の今後のご精進を、お、お願いを申し上げまして、本日の説法を終わりと致します。ご清聴ありがとうございました(一同 拍手)。 ...
人間釈尊16
【機関紙誌】
阿摩羅識に合致した菩薩の魂
人間釈尊16
阿摩羅識に合致した菩薩の魂
1
...人間釈尊(16) 立正佼成会会長 庭野日敬 阿摩羅識に合致した菩薩の魂 悪魔が攻撃してきた 菩薩がピッパラ樹のもとで禅定に入っている夜半に、この欲界(欲望を離れることのない者の住んでいる世界)に大きな勢力を持つ魔王が手を替え品を替え悟りの邪魔をしたことが、どの仏伝にも述べられています。 まず若くて美しい自分の娘たちをやって誘惑させます。しかし、菩薩は少しも心を動かさず魔女たちをやさしく諭しましたので、かえって菩薩の立派さに感服してしまい、父のもとへもどって「ムダな反抗はおよしなさい」といさめます。 怒りたけった魔王は、今度はおどろおどろしい怪物たちをやって苦しめようとします。しかし、菩薩は恐れもしなければ、敵意もいだきません。怪物たちはむなしく引き返してしまいました。 そこで魔王は戦法を変え、ずる賢い知恵をはたらかせ、問答のペテンにかけて菩薩の精神を引きずりまわそうとしました。しかし、これも失敗に終わりましたので、絶望した魔王は気を失って倒れてしまったのです。 この魔王の攻勢の順序を日常的な事象に置き換えて考えてみますと、まず物質的・肉体的な欲望への誘惑をこころみ、つぎに暴力によって脅迫し、最後に知的なワナにかけて理性を混乱させようとしたのです。現代のわれわれの周囲には、これとそっくりなことが起こっているわけです。 降魔の二つの解釈 さて、夜半に菩薩を襲った悪魔を降伏させた事実については、二つの解釈が考えられます。 第一は、見えざる世界にこうした魔、すなわち心魔があるけれども菩薩は強い精神力によってそれを寄せつけなかった……という解釈です。つまり、次のようなわけです。 ――座禅のような精神統一の行を適当な指導者なしで行えば、誤ってただポカーンとした恍惚境に入ることがある。そうした精神の空白状態の場合に憑依(ひょうい)することが往々にして起こる。 菩薩の場合も、まだ十分な三昧境に入りきらぬ時そうした憑依が起こりかけたのではないか。幸い菩薩はそれまでに十分な修行を積んでいたために、見事にそれらの悪霊らを撃退し、かえって聖者たるの自信を得たのではないか――と。 第二は、深層心理学的な解釈である。 ――人間の表面の心(顕在意識)の下には底知れぬ隠れた心(潜在意識)が存在している。それは、表面に近いほうから末那識(まなしき)・阿頼耶識(あらやしき)・阿摩羅識(あまらしき)の三層から成っている。 いちばん上にある末那識は、自己中心の心情を引き起こすもので、すべての煩悩の根源である。その奥にある阿頼耶識はあらゆるものごとから受けた印象をそのまま貯蔵し、一切の心作用の原因となるものである。いちばん底にある阿摩羅識は宇宙の大生命に直結する清浄無垢の魂である。つまり仏性です。 さて、禅定に入った菩薩の心がまだ澄み切らぬうちはその末那識からさまざまな迷妄がわき上がって精神をかき乱した。菩薩は冷静にその迷妄の一つ一つを吟味し、しょせんそれらが空(くう)であることを悟った。それが(降魔)である。 そうすることによって潜在意識の底の底までが清まり、菩薩の魂はついに阿摩羅識に合致してしまった。宇宙の根源と合致してしまった! それが仏の悟りの境地である―― この第二の解釈のほうが現代人には納得できるのではないかと思われます。 題字 田岡正堂/絵 高松健太郎...
人間釈尊17
【機関紙誌】
宇宙の全存在の実相を実感
人間釈尊17
宇宙の全存在の実相を実感
1
...人間釈尊(17) 立正佼成会会長 庭野日敬 宇宙の全存在の実相を実感 この世の実相は光明だった それは十二月八日の朝まだきでした。 深い紺青の空に金星がキラキラと輝いていました。その神秘的な光明を見た瞬間に、宇宙の全存在の実相がアリアリと見えてきました。それは何ともいえず美しく光り輝く状態だったのでしょう。 そのうち夜が明けてきました。静かにあたりを見わたしてみますと、すべての風景が昨日までとは打って変わっているのです。空も、森も、山も、川も、すべてが光り輝いています。野良へ出て行く村人も、たきぎ拾いをしている農婦も、尊く輝いているのです。 天地すべてのものが清らかで、美しく、完全な調和の姿でした。ああ、これがこの世の実相というものか! 菩薩は長い間うっとりと大いなる歓喜にひたっていたのでした。 悟りの内容は何だったか 世尊(すでに仏の悟りを得られたのですから、これからは世尊・仏陀とお呼びしなければなりません)は、うっとりした大歓喜の心境からわれに返られると、こうつぶやかれたといいます。 「奇なるかな。奇なるかな。一切衆生ことごとくみな如来の智慧・徳相を具有す。ただ妄想・執着あるを以ての故に証得せず」 ――不思議だ。不思議だ。一切衆生はみんな仏と同じ智慧と徳との姿をそなえている。ただ残念なことに、仮の現れである自分の体(からだ)が自分自身だという妄想をもち、その仮の現れに執着しているために、本来の自分というものが証(さと)れないでいるのだ―― これです。これが仏教の源流なのです。後世の人はこの(如来の智慧・徳相)を(仏性)の一語に凝縮しました。そして八万四千の法門といわれる仏の教えは、つまるところその仏性を覆いかくしている妄想・執着を取り除くという一点に帰着する、と要約したのでした。 世尊ご自身も、ピッパラ樹の下に座したまま、そのことについての瞑想・思索の跡をじっくりと振り返ってみられました。 最後の禅定に入られてから、まず心中に確立した真理は(縁起の法)だったでしょう。縁起の法というのは(存在の法則)です。万物・万象はどのように存在するのか。――此れあれば彼れあり。此れ生ずれば彼れ生ず。すべては相依相関して存在し、生滅する―― ――宇宙間のあらゆる物象はこの法則によって発生し、存在し、消滅する。したがって、人間にとって最大の問題である生・老・病・死の苦も、その他のもろもろの憂悲苦悩(うひくのう)も、この法則によれば必ず解決できるものなのだ―― この悟りに基づいてさらに思索を重ね、憂悲苦悩の原因である妄想・執着の発生の順序を悟られたのが(十二因縁)の法門であり、その解決の道を見いだされたのが(四諦)(八正道)の法門だったのでした。 仏の悟りを得られてから七日の間はピッパラ樹(その下で菩提を成ぜられたので菩提樹と呼ばれるようになった)のもとの金剛宝座に座したまま、静かにその悟りをかみしめておられましたが、やがて宝座から立ち上がられると、東の方へ数十歩の間をゆっくりと往復しながら七日間瞑想を続け、その経行道(きょうぎょうどう)の東端からさらに七日の間じっと菩提樹をみつめておられたのでした。 いまもブッダガヤ大塔にお参りしますと、その場所に純白の小さな塔が立っています。観樹塔と名づけられています。七日の間ここから菩提樹をみつめておられた世尊のみ心には正覚を成ずるまで仏身を守護してくれた菩提樹に対するしみじみとした感謝がこめられていたのです。 思うだに美しくも尊い情景です。 題字 田岡正堂/絵 高松健太郎...
人間釈尊18
【機関紙誌】
五比丘より先に在家の信者
人間釈尊18
五比丘より先に在家の信者
1
...人間釈尊(18) 立正佼成会会長 庭野日敬 五比丘より先に在家の信者 最初の信者は商人だった 世尊は悟りを開かれてから四十九日の間菩提樹下やあたりの林の中で静かに悟りの喜びをかみしめておられましたが、その間にいろいろなことが起こりました。 第二週目に一人のバラモンが通りかかり、問答をしかけました。 「あんたはバラモンでもないのに、そんな姿をしている。どうしてだい」 世尊は答えられました。 「バラモンとは生まれによるものではない。その人の徳性によってバラモンと呼ばれるかどうかが決まるのだ」 傲慢なそのバラモンは、フフンと鼻で笑って行ってしまいました。世尊の第一番目の弟子となるべきチャンスを、傲慢さのゆえに逃がしてしまったのでした。 そのチャンスをつかんだのはタプッサ、パッリカという二人の旅の商人でした。成道されてから七週目のことです。何台もの牛車に商品を積んで林の中を通っていますと、先頭の牛が急に立ち止まって動こうとしません。不思議に思っていますと、林の神が現れてこう告げたというのです。 「心配することはない。ゴータマ・ブッダという尊師がこの林の中におられる。四十九日のあいだ何も召し上がっておられない。行って麦菓子と蜜団子を差し上げなさい。そのお布施は長年月の間そなたたちに利益と安楽をもたらすだろう」 二人はさっそく世尊をさがし出し、麦菓子と蜜団子をご供養しました。世尊は石の鉢でそれをお受けになり、召し上がってくださいました。二人は世尊の両足に額をつけて礼拝し、 「尊いお方よ。わたくしどもは世尊と世尊の教えに帰依いたします。どうかわたくしどもを在俗信者としてお認めください」 世尊はおうなずきになり、人間としての生き方をわかりやすくお説きになりました。二人は喜びを満面に現しながら、ふたたび世尊の両足を拝しました。 「よろしい。そなたたちが仏と法に帰依したことを認めます」 出家修行者としてお弟子となったのは(初転法輪)のときの五比丘ですが、それより先に在家の者がまず信者になったこと、これは後世のわれわれにとって大いに考えさせられる事実です。 次に女性が在家信者に 右の事実は『五分律』巻十五に明記してありますが、つづいて女性の信者も現れたことが述べられています。 世尊はかつて六年のあいだ苦行されたウルヴェーラーの村に托鉢され、セナーニーというバラモンの門前に立たれました。すると、その家の娘(先に、苦行をやめた菩薩に乳粥を供養した)スジャータはただちに仏鉢を受け取り、おいしい食物を盛ってご供養しました。世尊はそれをお受けになりますと、 「そなたが仏に帰依し、法に帰依することを許します」 と仰せられました。これが女性の信者としてのナンバー・ワンです。 その後、世尊はたびたびこの家に托鉢され、四人の姉妹みんなに同じ許しを与えられました。 のちに僧伽(サンガ)が出来てからは、三自帰(帰依三宝)が仏教信者としての証(あかし)となりましたが、この時期まではまだ(仏)と(法)への二自帰だったわけです。 それにしても、お釈迦さまとその教えに帰依する真心を表した最初の人間が商人だったこと、その次が四人の女性だったことは、大変重要な事実です。のちにお説きになった六波羅蜜の教えの最初に(布施)をあげられたこととも思い合わせて、大きな示唆を感じとらざるを得ません。 題字 田岡正堂/絵 高松健太郎...
人間釈尊19
【機関紙誌】
成道後の二つの決意
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