開祖さまご法話テキスト『求道』 1985年
開祖会長先生銅像除幕式
除幕式における長沼理事長挨拶
開祖会長先生の銅像除幕式にあたり、教団を代表して一言ご挨拶を申し上げます。昨日は、本会創立四十七周年の記念日を教団を挙げてお祝いしましたが、引続いて、本日は、開祖会長先生の銅像除幕式を挙行することになりまして、誠に慶賀の至りであります。また、銅像製作者の北村西望先生の代理に橋本先生がわざわざ除幕式にご来賓としてご出席を賜わりましたことを、厚く御礼申し上げます。
皆さんもすでにご存知のように、北村西望先生は現代の日本彫刻界の巨匠として、また、文化勲章受章者・文化功労者として近代日本彫刻史に偉大な足跡を残されておられる方であります。北村先生がこれまで手がけられた作品の総数は、およそ千点にも達すると言われ、その中にはみなさまご承知の長崎の平和祈念像、熊本城の加藤清正像をはじめ各界著名人の銅像・胸像など枚挙にいとまがない程であります。
北村先生は現在満百歳になられますが、こんにちなおかくしゃくとして壮者をしのぐ創作意欲を持たれ、現役の彫刻家として日夜、製作に打込んでおられます。お聞きする処によりますと、長生きの秘訣は、腹を立てないこと、他人と諍(いさかい)をしないことだそうです。先生のこのような信条は、私たち信仰者も手本としなければならないとつくづく思う次第であります。
開祖会長先生が北村先生とのご縁を持ちましたのは、昭和五十七年十一月、機関誌『佼成』に掲載するため会長先生と対談をされたときからであります。この対談を通して北村先生のお人柄と作品を知る機会を得た会長先生は、感銘を深められ、何度か北村先生のアトリエを作品鑑賞のために訪れました。当時、北村先生は百寿(ももじゆ)のお祝いを一カ月後に予定されておられ、会長先生も喜寿のお祝いをなさろうとされていた時でありましたので、慶事が重なるおめでたい年に、会長先生の銅像を北村先生に製作して頂いたらと周囲からのおすすめもありました。その後、責任役員会の審議を経て昭和五十八年二月、正式に本会から北村先生に銅像の製作をご依頼申し上げ、同年三月より北村先生のアトリエで銅像ヒナ型の製作に入り、昭和五十九年三月にはヒナ型をもとにして銅像本体の原型製作に入り、同年七月に原型が完成。約三ヶ月に及ぶ鋳造工程を経て同年十月に鋳造が完了。入念な仕上げ工程での作業の後、同年十二月に銅像が完成し、本日の除幕式を迎えるに至ったわけであります。高さ二・五四米、左手に法華三部経を持たれ、右手に数珠を持たれ、毅然としてお立ちになっておられる会長先生のお姿を拝しますとき、皆さんは「妙法蓮華経見宝塔品第十一」の偈文の一節を思い出されるでしょう。その偈文の一節には、「此の経は持ち難し 若し暫くも持つ者は 我即ち歓喜す 諸仏も亦然なり 是の如きの人は 諸仏の歎めたもう所なり 是れ即ち勇猛なり 是れ即ち精進なり」とあります。
会長先生は本会創立以来、一貫して「法華経」を受持し、読誦し、説法するという難事を続けてこられ、本会を今日の発展へ導いて下さいました。私たちは、会長先生からこの教えを学ばせて頂き、それを胸に刻み、できうる事からその教えを実行しようと努力することによって、私たちにもこの難事をやりとげる可能性のあることを分らせて頂いております。ここで、私たちもお互いに勇猛心を奮い起こし、更に仏様に喜んで頂くようになりたいものと思います。私たちは本日の除幕式を契機と致しまして、世界平和達成・常寂光土建設のため、文字通り勇猛精進することをお誓いしまして、ご挨拶とさせて頂きます。有難うございました。開祖会長先生挨拶
本日はみなさま方の真心によりまして銅像をつくっていただきまして、私は本当に幸せ者だと思います。自分の一番好きな信仰をさせていただき、そしてみなさんから、いつか申し上げましたように、私のような在家のものでありましても、宗教者としての末席にみなさんの力で押し上げていただき、四十七年の間のみなさんの精進が、今日では外国の方々までがお祝い下さるようのことになりまして、すべてのことが、本日ご参列をいただきましたこの佼成会の幹部のみなさま方の真心、精進によりまして、今日のこの除幕式を迎えることになったわけであります。
お経の中にありますように、この法は持(たも)ち難いと仏さまはおっしゃっております。しばらくも持つものがあるならば、神さまや仏さまがお喜びになると、こう仰せになっております。みなさま方の精進は、私ばかりでなくて、諸仏諸天善神がお喜びになっていらっしゃる。今日またこうして除幕式をさせていただくようなお手配になりまして、見ますところちょうど、このむこうの慈雲台の山に梅の花が紅梅と白梅が満開でお祝いして下さっているようであります。このように仏さまもお喜びいただく普通では持ちがたい法だと仰せになっておりまするが、行じてみますると、すべてのことが仏さまのお説の如くに成就しますので、この道を行くならば、世の中にはいろいろの変化がありますけれども、私どもこの法を持つものには諸仏、諸天善神が本当にいろいろの角度からご守護をくださいまして、安泰でございます。
そういう意味で、また今月はずっと、今月も先月も、きわめて天候が不安定の状態であります。しかしながら今日はこうしてみなさまの心が天に通じまして、こうしてお日さまがお昇りになって煌々と照らして下すっております。
このように私どもの歩む道は、また一人でも多くの方をお導きをさせていただくということがいかに大切なことであるか、そしてまたそのことが、自分を大切に導いて下さることであるということを私が身をもって体験をいたしておりますので、みなさんのご精進は、必ずや、神さま、仏さまがお喜び下すっておりまするから、願いが成就してこの法を持つ場所には必ず幸せがおとずれるわけであります。どうか今後もますますご精進いただきまして、みなさま方のご家庭のみなさま、信者のみなさまのご多幸をお祈り申しあげまして、ごあいさつに代える次第であります。ありがとうございました。製作者メッセージ(北村西望師)
祝辞
本日は会長先生の銅像の除幕、まことにおめでとうございます。本来ならば、出席させていただき、直接お祝いを申し上げるところ、先日来より体調をくずし、医師より外出を控えるよう言われており、残念でなりません。老齢のこととて、なにとぞお許し下さいますよう、他日、像の前に立って見ることもあると思いますが、本日のところはお祝いのことばを託して失礼をいたします。
今日はほんとうにおめでとう存じました。祝賀会開会挨拶(内田常務理事)
本日は開祖会長先生銅像除幕式まことにおめでとうございます。奥さま、日鑛先生、ご家族のみなさま、まことにおめでとうございました。教団の幹部のみなさま、本日はまことにおめでとうございました。さきほど、除幕の式典の中で、長沼理事長さんから、開祖会長先生の銅像を建立させていただく意義と、また先生の銅像がなにを意味し、私たちに教えていただいているかということをお祝辞の中で、よく教えていただきました。また先生からも銅像のもつ心を私たちに教えて下さったと思います。
先生のお言葉の中に、ちょっと天候にふれた部分がございました。たしかに最近の天候はまことに不順でして、こういう天気のことを先日、天気の相談所でうかがってみますと、春霖(しゅんりん)、こう申すんだそうでございます。まあこの時期は、大陸から低気圧が日本のほうに流れてきまして、本土の沿岸をあらう場合は雨、そして遠く太平洋岸の父島のほうを流れていくときには曇り、まん中を走るときには、雪もしくは雨と、そういうことで非常に雪になったり雨になったり、たいへん寒い気候なんですが、しかし冬の雨とは違い、春のぬくもりと春の明るい光をもった雨のことを春霖と、こう申すんだそうでございます。
今日は先生のお言葉にもありましたように、本当に私どものこの精進いかんによりましては、天も寿ぐと。しかも、私は慈雲台上にお立ちになられました先生のご尊像を拝しまして、厳しい中にも、この春の温かい光、木々も芽がふくらんでまいりますし、今日は、啓蟄(けいちつ)ということで、この日から土の中に冬ごもりしている虫たちも一斉に行動を起こすのだそうでございます。そしてさらに、先ほどの話にもありましたように、紅梅がなんと美しく咲いておったことでしょう。これらは、みんな、六難九易のこの法門を今後真剣に私たちも、しっかりと受けとめて修行精進するところに、末法万年にわたって、我も人も救われる、世界も救われるということを、今日の銅像の建立を通しまして、またご尊像を拝しまして、しみじみと私の心に深い感動を与えていただいたことでございました。
今後私たちは、先ほどのお言葉にありましたように、先生はいつもきっとここに住して法をお説きになって下さっているんだと、しかも立っていらっしゃる、行動していく先生のお姿、そこに我々の今後の修行精進も大いにあるかと思います。そんなことを感じましたことを一端申し述べさせていただきまして、今日の先生の除幕の儀を心からお祝い申し上げ、みなさまと喜びをわかちつつ、末法万年の法華経受持、これを深く決意いたしまして、一言開会のあいさつに代えさせていただきます。
本日は誠におめでとうございました。祝賀会における日鑛先生挨拶
本日は会長先生の銅像の除幕式、昨日は創立記念と、まことにおめでとうございます。銅像の建立ということで、一般にはその在世中に建立ということの賛否はいろいろあるようでございますが、そうしたことはまたそうした問題といたしまして、創立四十七周年記念の年にあたりまして、このような銅像建立ということが行われました。そもそも創立ということはそうした新たなことがらを成立させていく、立てていく、起こしていくという意味合いがあるわけでございます。こうして会長先生の在世中に銅像の建立がなされ、私どもは、神道のほうのことばでございますが、天地(あめつち)の初めはきょうを始めとすることわりなり、というような言葉がございますが、天地開闢(びやく)というのは決して昔のことではなくして、今日がはじめであるというような意味でもあります。
創立精神という言葉も四十七年経った現在、その精神というものは今も私どもがしっかりと受持させていただいて、いよいよきょうから新たなスタートであるという、その精神を失わずにこれからの精進をさせていただくというところに大きな意義があるんではなかろうかと思います。
そんな意味合いで、この銅像建立、そして創立というこの記念すべきときに、全国を代表されるみなさま方とともに、ここにお祝いすることができますことを、心から深く感謝申し上げる次第でございます。新たなる創造に向かって、また創立の精神をお互いさまにしっかりと自覚いたしまして精進をさせていただきたいと思います。ありがとうございました。庭野常務理事開会挨拶
銅像除幕式ということで幹部のみなさまにお集りいただきましてありがとうございました。私はきょうは親族代表と会員代表のあいさつと、二つのあいさつをさせていただきたいと思います。
親族として、おやじの姿をよくまあここまで見抜いて下さったなあということで、北村西望先生に感謝申し上げたいと思います。(拍手)私どもは、お役と私生活の中で、いつも会長にふれるわけですけれども、まさに私生活においても、三部経を片手にお数珠を片手にわれわれに話をする。われわれが物心ついた時から今日まで、おやじの姿は一貫してそれ以外にはないのです。まさに法華経に生き、法華経によって自分の人生を確立し、それをまた多くの方々に伝えることの使命感だけを持つおやじであると、こんなことがおやじの縦、横、斜め、下から眺めた姿でございます。
さて、この法輪閣にこの銅像が建立されたということは、法輪というのは法を転ずるということで、しかも三部経を片手に、立像でこの像が建立されたということは、この法を転ずる役割をお前らもせよと、こういうことの姿だろうと思わせていただくわけでございます。(拍手)いろいろおやじととっくみ合いをしてみても、この、今申し上げた基本的な精神というのは変わらないわけです。その姿がいよいよこの銅像になったということは、まさしく我々もこの銅像のごとく我々の決意をそのように不動のものとして固めなければいけないんではないかということを感じさせていただきまして、私も、弟子の一人として、そんな決意を今日固めさせていただきたいと、こう思っておるわけです。おそらく会長の人生で創立して以来、全然変わらない姿というのはあの姿じゃないかなあと、おれは創立以来、今日まで、この姿でおれは来たんだと、こういうことをお示しいただいているんではないかと思いまして、その心を私自身も固く決定を、確立させていただいて、これからの精進をお誓いさせていただきたいと思います。
どうもありがとうございました。