開祖さまご法話テキスト『一心』 1980年06月
「釈迦牟尼仏ご命日」式典
皆さん、本日はご苦労さまでございます。われわれが送り出す先生方は「靖国法案などを通すなどというようなことは言わないこと、金権政治や汚職に関係のある人は推さないこと」ということを皆さまの前で、また御本尊さまの前で、ある意味では誓っていただくということで、こういう催しをしたんではないか、と思うのです。
日本宗教界「四つの柱」
衆議院選挙となりますと非常に近いところで、何人かを紹介しますと何か平等でない、ということで、皆さんに出てきてもらうと、大変なことになります。
そういう意味で、佼成会の主としてやるのは参議院の全国区。この参議院の全国区、地方区ぐらいの程度でしたら、非常に大きな意味で、あまり細かなことにこだわらないで「信教の自由」であるというようなこと、「宗教協力」という生き方を示唆していけるわけであります。
私共は、この何でもないようですが、政教分離とか、宗教協力とか、信教の自由とか、国民皆信仰とか、ということをずっと唱えて、日本宗教界が団結していくために、この四つの柱を建てて努力しているわけです。皆さん、本日はご苦労さまでございます。われわれが送り出す先生方は「靖国法案などを通すなどというようなことは言わないこと、金権政治や汚職に関係のある人は推さないこと」ということを皆さまの前で、また御本尊さまの前で、ある意味では誓っていただくということで、こういう催しをしたんではないか、と思うのです。
日本宗教界「四つの柱」
衆議院選挙となりますと非常に近いところで、何人かを紹介しますと何か平等でない、ということで、皆さんに出てきてもらうと、大変なことになります。
そういう意味で、佼成会の主としてやるのは参議院の全国区。この参議院の全国区、地方区ぐらいの程度でしたら、非常に大きな意味で、あまり細かなことにこだわらないで「信教の自由」であるというようなこと、「宗教協力」という生き方を示唆していけるわけであります。
私共は、この何でもないようですが、政教分離とか、宗教協力とか、信教の自由とか、国民皆信仰とか、ということをずっと唱えて、日本宗教界が団結していくために、この四つの柱を建てて努力しているわけです。イランと政教一致
私は先般、イランへ行ってまいりました。イランという国がアメリカの大使館を占拠して、そこに五十三人の人質を取ったということで、世界中に大きく肝を冷やすような感じがいたしました。こういう国を見ますと「政教一致」なんです。「政教分離」じゃないわけです。宗教即政治だから、一つの権力の座にそういう人が付きますと、その人の権力と宗教の権威、つまり、神の権威と権力が一緒になる――そうなると抜き差しならぬ、窮屈なものになってしまうのです。
また、それだけに一人の人を口説けば何とかなるだろう、ということで、私共日本の宗教界全体、また世界宗教者平和会議のメンバーの方々は、何とかホメイニ師に会って説得して、人質を解放したいという願いをもっていたわけです。お会いして話をすればわかることだろう、ということで、いろいろやってみたのですが、日本の外務省といえども、政府サイドでは、日本もアメリカの政治勢力によって押さえられているため、なかなかうまくいかないのです。
ですから、政府サイドでは、どうにもならない状態。しかし、宗教がそういう形のところで妙なことをして、人権に関することがもし起こったら、宗教の信頼を世界中の人から失う、そういう意味から、何とかホメイニさんに、どういう理由があるのか、ひとつ理由を聞いて「もしどうしても問題があるのならば、日本から私共が人質の代わりに行って入るから、そっちは開放してもらいたい」という思いであったわけです。イランと政教一致
私は先般、イランへ行ってまいりました。イランという国がアメリカの大使館を占拠して、そこに五十三人の人質を取ったということで、世界中に大きく肝を冷やすような感じがいたしました。こういう国を見ますと「政教一致」なんです。「政教分離」じゃないわけです。宗教即政治だから、一つの権力の座にそういう人が付きますと、その人の権力と宗教の権威、つまり、神の権威と権力が一緒になる――そうなると抜き差しならぬ、窮屈なものになってしまうのです。
また、それだけに一人の人を口説けば何とかなるだろう、ということで、私共日本の宗教界全体、また世界宗教者平和会議のメンバーの方々は、何とかホメイニ師に会って説得して、人質を解放したいという願いをもっていたわけです。お会いして話をすればわかることだろう、ということで、いろいろやってみたのですが、日本の外務省といえども、政府サイドでは、日本もアメリカの政治勢力によって押さえられているため、なかなかうまくいかないのです。
ですから、政府サイドでは、どうにもならない状態。しかし、宗教がそういう形のところで妙なことをして、人権に関することがもし起こったら、宗教の信頼を世界中の人から失う、そういう意味から、何とかホメイニさんに、どういう理由があるのか、ひとつ理由を聞いて「もしどうしても問題があるのならば、日本から私共が人質の代わりに行って入るから、そっちは開放してもらいたい」という思いであったわけです。そこで、日本に来ているイラン大使さんにお願いして、いろいろお話をしてみたのですが、全然会ってくれそうもない状態でありました。
ところが、大使さんに会って一週間ぐらいのうちに、ホメイニ師から「私を招待する」という手紙が来たと言うんです。
これはまた誠に不思議なことで、世界のWCRPの最高幹部だけが十五人ほど、バンコクに集まってイランの問題、アフガニスタンの問題などを今後どのようにするか、またWCRPの活動に対して私共に打つ手はないものか、ということを最高幹部の関連委員会で話そうというのが六月二日から五日まで、イランで宗教会議を開くために私に出席してくれ、というのが二日から五日までと同じ日にピタッと合っているんです。
聞いてみると、日本から六人宗教者が来るということで、私一人ぐらい行かなくてもよいだろう、と思ったのですが、世界宗教者平和会議の皆さんに、失礼なことはできないと思って「日本のどなたですか」と聞いてみても、濁していてだれだとは言わない。そして最後に「あなたが一人来てくださればいいんだ」と人間を限定してきたわけです。いよいよこれは困ったことで、「私が行かなければだめだ」ということになり、そのWCRPの会議は皆さんにお願いしようと、事務総長のジャックさんに連絡して聞いたところ、「いや、それはほかの人ではダメなんだから、それはやっぱりあなたが行ってきてくれ。管理委員会の方は、私共があなたの意思を間違いなく、ちゃんとうまくやるから」ということで、行ってきたわけであります。
ところが行ってみて、「信教の自由」とか「政教分離」とかいうことが、こんなに生活に関係して大変な問題なのか、ということを、つくづくとわからせてもらいました。そこで、日本に来ているイラン大使さんにお願いして、いろいろお話をしてみたのですが、全然会ってくれそうもない状態でありました。
ところが、大使さんに会って一週間ぐらいのうちに、ホメイニ師から「私を招待する」という手紙が来たと言うんです。
これはまた誠に不思議なことで、世界のWCRPの最高幹部だけが十五人ほど、バンコクに集まってイランの問題、アフガニスタンの問題などを今後どのようにするか、またWCRPの活動に対して私共に打つ手はないものか、ということを最高幹部の関連委員会で話そうというのが六月二日から五日まで、イランで宗教会議を開くために私に出席してくれ、というのが二日から五日までと同じ日にピタッと合っているんです。
聞いてみると、日本から六人宗教者が来るということで、私一人ぐらい行かなくてもよいだろう、と思ったのですが、世界宗教者平和会議の皆さんに、失礼なことはできないと思って「日本のどなたですか」と聞いてみても、濁していてだれだとは言わない。そして最後に「あなたが一人来てくださればいいんだ」と人間を限定してきたわけです。いよいよこれは困ったことで、「私が行かなければだめだ」ということになり、そのWCRPの会議は皆さんにお願いしようと、事務総長のジャックさんに連絡して聞いたところ、「いや、それはほかの人ではダメなんだから、それはやっぱりあなたが行ってきてくれ。管理委員会の方は、私共があなたの意思を間違いなく、ちゃんとうまくやるから」ということで、行ってきたわけであります。
ところが行ってみて、「信教の自由」とか「政教分離」とかいうことが、こんなに生活に関係して大変な問題なのか、ということを、つくづくとわからせてもらいました。「宗教協力」の柱
「政教分離」という問題は、人類が長い間の経験の中から「権力」と「権威」の二つを握ったら大変なことになる、ということから「政教分離」があり、「政教分離」というものに付随して「信教の自由」があるわけです。この「信教の自由」と「政教分離」というような、どこの国へもっていってもあてはまるようなものでないと、宗教協力はできないわけで、柱は四つなのです。四つなんだけれども、煎じ詰めると一つになるのです。「政教分離」で「信教の自由」で、そして公平な目で、どこの国の宗教でも宗教というものができるのには、できるだけの因縁があってできている、というように見ていくわけです。よその宗教はけなして、「自分の宗教だけがよい」という考えでは、宗教協力はできないわけなのです。
日本の神道というものの性格は、八百万の神を祀るということで、一つの神さまでなく、いろいろなものを皆拝んで、すべてのものの生命というものを尊ぶ、形のあるものはすべて生命があるわけだから、その生命のあるものを皆尊ぶ、というその心境にあるわけです。
この神道の教義というものがあるところに、仏教というものが今より千四百年ほど前に入ってきた。入ってきたところが、仏教というものは、日本の八百万の神と、その教義と同じ意味のことが、もっと教義的に明文化されて、お祀りする方法から、われわれがいろいろの行事をする方法から、すべてのものが実によく整っていたのです。
ですから日本人は、それを見た時に「これは私共の信じていた八百万の神を拝むのと、何ら変わりなくて、しかも高尚で理論的で、合理的に実によく、疑る余地もないようだ」と、そこで日本人は利口ですから、たちまち受け入れて日本の宗教の神さまと仏さま、神仏一体になった。そして幸せなことに、神仏一体という言葉で日本人は表しているように、「神さまだ」「仏さまだ」と分離して、「どうだ、こうだ」と理屈を言わない国民です。
そういう考え方でないと、国民皆信仰にもなれないし、宗教協力も不可能なのです。その基(もと)はというと、「信教の自由」と「政教分離」ということが基礎にないとできないわけです。「靖国法案」の廃案
「靖国神社を天皇陛下がお参りしたり、総理大臣がお参りしたりするのを、公に堂々とやって欲しい」という遺族会の方の言うことも悪いことではないんです。ここに祀られている御霊は、国家のために戦死した人々ですから、私共も決してお参りすることに〝やぶさか〟ではないのです。
ところが、日本の政治家とか、日本の天皇陛下とかがお参りしたということになりますと、そこのところだけ特別の宗教ということになり、信教が自由でなくなってくる。権力者がそこへお参りするのに、ちゃんと予算を取ってお参りをする、ということだと、これはうまくない。これを私共は、いつもそういう問題が起こるたびに、政治家に向かって十年間説明してきたのです。それが今日まで、靖国法案が五回も廃案になって流れている現状となり、「政教分離」が保たれてきたのです。「宗教協力」の柱
「政教分離」という問題は、人類が長い間の経験の中から「権力」と「権威」の二つを握ったら大変なことになる、ということから「政教分離」があり、「政教分離」というものに付随して「信教の自由」があるわけです。この「信教の自由」と「政教分離」というような、どこの国へもっていってもあてはまるようなものでないと、宗教協力はできないわけで、柱は四つなのです。四つなんだけれども、煎じ詰めると一つになるのです。「政教分離」で「信教の自由」で、そして公平な目で、どこの国の宗教でも宗教というものができるのには、できるだけの因縁があってできている、というように見ていくわけです。よその宗教はけなして、「自分の宗教だけがよい」という考えでは、宗教協力はできないわけなのです。
日本の神道というものの性格は、八百万の神を祀るということで、一つの神さまでなく、いろいろなものを皆拝んで、すべてのものの生命というものを尊ぶ、形のあるものはすべて生命があるわけだから、その生命のあるものを皆尊ぶ、というその心境にあるわけです。
この神道の教義というものがあるところに、仏教というものが今より千四百年ほど前に入ってきた。入ってきたところが、仏教というものは、日本の八百万の神と、その教義と同じ意味のことが、もっと教義的に明文化されて、お祀りする方法から、われわれがいろいろの行事をする方法から、すべてのものが実によく整っていたのです。
ですから日本人は、それを見た時に「これは私共の信じていた八百万の神を拝むのと、何ら変わりなくて、しかも高尚で理論的で、合理的に実によく、疑る余地もないようだ」と、そこで日本人は利口ですから、たちまち受け入れて日本の宗教の神さまと仏さま、神仏一体になった。そして幸せなことに、神仏一体という言葉で日本人は表しているように、「神さまだ」「仏さまだ」と分離して、「どうだ、こうだ」と理屈を言わない国民です。
そういう考え方でないと、国民皆信仰にもなれないし、宗教協力も不可能なのです。その基(もと)はというと、「信教の自由」と「政教分離」ということが基礎にないとできないわけです。「靖国法案」の廃案
「靖国神社を天皇陛下がお参りしたり、総理大臣がお参りしたりするのを、公に堂々とやって欲しい」という遺族会の方の言うことも悪いことではないんです。ここに祀られている御霊は、国家のために戦死した人々ですから、私共も決してお参りすることに〝やぶさか〟ではないのです。
ところが、日本の政治家とか、日本の天皇陛下とかがお参りしたということになりますと、そこのところだけ特別の宗教ということになり、信教が自由でなくなってくる。権力者がそこへお参りするのに、ちゃんと予算を取ってお参りをする、ということだと、これはうまくない。これを私共は、いつもそういう問題が起こるたびに、政治家に向かって十年間説明してきたのです。それが今日まで、靖国法案が五回も廃案になって流れている現状となり、「政教分離」が保たれてきたのです。