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心が変われば世界が変わる4

  • 心が変われば世界が変わる
     ―一念三千の現代的展開―(4)
     立正佼成会会長 庭野日敬

    心の平和を保つには…

    病気を忘れる事が一番の薬

     心のもち方が身体の健康にどれぐらい大きく影響するか、これについては、私が信仰活動を始めてからきょうまでの約五十年間に、数え切れないほどの体験例をもっているのですが、そのホンの一部を紹介してみましょう。
     ストレプトマイシンとか、パスとかいったような特効薬のなかった戦前では、肺結核が若者の生命を奪う最も恐ろしい病気でした。療法としては「栄養のある物を食べて安静にしていること」、これよりほかにはなかったのです。それで、お金のある人は暖かい海岸地方に転地したり、サナトリウム(療養所)に入ったりして、寝たっきりの、もしくはブラブラした生活を二年も三年も続けたものです。
     しかし、いくら身体は安静にしていても、精神はなかなか安まりません。いつも体温計をまくら元に置き、一日何回も熱を計っては、「一度下がった」「二度上がった」と、一喜一憂したものでした。体重もまた病勢を計るバロメーターとされ、しょっちゅう体重計に乗っては、これまた一喜一憂していました。そうした精神の不安定の底には「結核は不治の病」という通念がわだかまっていて、これが患者の心をいつも暗くし絶望的にしていました。たいていの結核患者は、その心に負けて死んでいったのです。
     その反証が私の手元にはたくさんあります。戦争中や終戦直後のころは、肺結核の人がずいぶん佼成会に入会してきました。その人たちに、仏の教えを話してあげたり、礼拝・供養といった宗教的な行をキチンとさせたりすると同時に、畑仕事やら本部の廊下ふきなどの軽労働をしてもらいました。大変な食糧難で、栄養物などはほとんど手に入らない時代でしたが、青い顔をして入会してきた人たちが、芋を食べ食べ、畑の草取りをしいしい、ほとんど治ってしまったのです。一番の薬は、そうした毎日の中で、これまで自分の病気は不治だと悲観していた人たちが、いつしかその病気を忘れてしまったことだったのです。今でも元気に働いている生き証人がたくさんいます。

    自然界と調和して共存する

     結核菌やコレラ菌はドイツのローベルト・コッホ博士によって発見されました。それは人類のための大きな貢献には違いなかったのですけれども、しかし、残念なことには、こういう病原菌が発見されると、とかく人間はそれを絶対視してしまいがちなのです。菌もわれわれ人間と同じく、諸行無常・諸法無我の法則を受ける生きものであり、決して絶対の存在ではないのですから、極端に恐れることはないのです。
     現実にわれわれは、口や喉や鼻や腸内には、いつもいろいろな細菌を持っており、また、悪い細菌やビールスを絶えず吸い込んだり飲み込んだりしているのですが、心身共に健康であれば、それらに侵されて発病することがありません。つまり人間は、自然界に存在する無数のバクテリアやビールスとも調和しながら共存しているのであって、この調和が崩れると、病気になるわけです。
     普通には、そうした病原菌を頻繁に、あるいは濃密に吸い込んだり飲み込んだりすると発病すると考えられていますが、必ずしもそうとは限りません。もしそうだとしたら、毎日毎日病原菌の中で生活している医師や看護婦など、命がいくつあっても足りないはずです。医師や看護婦がなぜあんなに強いのかと言えば、普通人のように病原菌を極度に恐れないからだ、と私は信じています。そのことについて面白い話があります。
     今から百年ほど前、前記のコッホ博士がコレラ菌を発見し、コレラはこの菌で起こることを発表しました。ところが、ペッテンコーフェルという学者は「それが第一義的原因ではない」と猛烈に反対し、コッホ博士との間に激しい論争が繰り返されました。そのあげく、ペッテンコーフェル博士は「私が実験台になって証明してみせる」と言って、何十億というコレラ菌を飲んでみせたのです。それは千人以上の人を感染させるほどの量だったのですし、すでに七十四歳という老齢だったにもかかわらず、わずかに軽い下痢をしただけでピンピンしていたというのです。便を調べてみると、コレラ菌がウヨウヨしていたそうですけれども。

    心の平和を保つ11ヵ条

     信念とか精神力とかいうものは、これほど強力なものです。もちろん、コッホ博士の説のほうが正しかったわけですが、ペッテンコーフェル博士の実験結果にも学ぶべきところが大いにあると思います。われわれは、ともすれば心のほうから先に負けて病気になってしまいがちです。この点をもう一度しっかり考え直す必要があると思うのです。
     現代は、ストレスに満ちた時代です。とりわけ都会で働き、生活している人は、職業上の心労や、人間関係の摩擦などで神経をすり減らし、常にイライラしがちですから、そうしたストレスに負けず「心の平和を保つ」ことが何よりもまず大切な要件です。
     それには一体どうしたらいいのか。ちょうど、アメリカ精神医学会の前会長で、世界精神保健連盟総裁のジョン・スチプンスン博士の提唱しておられる次の十一ヵ条が、表現の上ではともかく、根底においては仏教の説くところや、佼成会の行法ともほとんど一致しますので、これを手掛かりとして、私の考えを述べていくことにしましょう。

     一、率直に打ち明けること。
     二、しばらく逃避すること。
     三、怒りは仕事で消すこと。
     四、ときには譲ること。
     五、他人のために尽くすこと。
     六、一時に一事を。
     七、超人的な衝動を避けること。
     八、批評はのんびりやること。
     九、相手にも機会を与えること。
     十、自分を(役立てる)こと。
     十一、レクリエーションを予定すること。
     次回からこれらについて逐条的に考えていくことにしましょう。
    (つづく)
     目犍連像(興福寺)
     絵 増谷直樹