開祖 (19640304A) 大聖堂入仏式

  • 法話コード=開祖-1964-03-04-A
    先生名=庭野日敬開祖
    行事名=大聖堂入仏式
    日 時=1964(昭和39)年3月4日
    録音分=19分
    場 所=大聖堂
    出席者=

    掲 載=『』
     見出等

  • ○庭野会長 (一同 拍手)(咳払い)皆さま、本日はおめでとうございます。(咳払い)待望の(咳払い)大聖堂が、本日、ご本尊の勧請というお手配まで(咳払い)、予定のとおりの進行をみまして、先ほど、委員長からのご報告にありましたように、非常に(咳払い)困難がたくさんありましたにもかかわらず、その困難を完全に克服して、着々とわたしどもの理想実現に向かって、8年間の精進が、ここに実を結びまして、久遠実成の釈迦牟尼世尊をここに勧請申し上げた訳でございます。
     (咳払い)本日は、もう何を申し上げましょうか、(間)ただわたくしから申し上げることは、皆さま方の今日(こんにち)までの、ご精進に対してあつくお礼を申し上げるほかはないのであります。
     (咳払い)この大聖堂は、皆さまもういろいろの角度から、今日(こんにち)まで8年間、夢の中の理想像を、どんなふうにできあがるか、そういうことであったわけでありますが、本日はそれが、すっかりと、形となって現われ、え、ただいま、錦戸先生からのお話のように、このご本尊は、え、三国仏教史にかつてない、久遠実成の釈迦牟尼世尊を、法華経の教説によるところの本尊を建立したのでありまして、どこにも、この、おー、図顕されたものは、まだかつてないのであります。
     お釈迦さまの像というのはあちらにもこちらにもございますが、久遠実成の釈迦牟尼世尊を図顕したということは、かつてないのであります。
     え、そういうご本尊を、わたくしどもの決定(けつじょう)によりまして、わたくしどもの真心の結集(けつじゅう)によりまして、つくり上げたわけであります。
     読経(どっきょう)を致しますところの最初に、三帰依文を読誦致します。あのご文章にありますように、わたくしどもはまず第1番に、仏に帰依ということから始まりまして、え、最後には「僧に帰依」というところで三宝になるわけでありますが、その最後の三宝でありますが、こういう大きな仕事、仏さまの理想を実現するというのには、一人や二人、特定の人の力でやるというようのものでなくて、多くの人がその仏さまのご理想を、達成するという心の集まり、その精神の結集(けつじゅう)、わたくしどもの物心両面にわたっての、この献身的の努力が、本日ここに聖堂を完成させ、ご本尊の勧請という順序になったわけであります。(間)
     最近に至りまして、ようやく、わたしどもの叫びが、だんだんと、政治家の胸の中にも芽生えてまいりまして、人づくり、国づくり、しかもその人づくりの根底をなすものは、道徳教育、さらには、道徳ではまだもの足らない、宗教をバックボーンとしたところの道徳教育をしなければならないと、え、そういうようなことを、だんだんと、政治家が口にするようになってくる。

  • これに呼応して、各学校でも、教育施設はことごとく、宗教に対する関心をもってきている。
     え、こういう順序に、だんだんとお導きをいただいたということは、これはとりもなおさず、わたくしども、正法を護持する者、正法を護持する者が、どういう生活をしておるかと、信仰をもつ者が、どういう活動をしておるかと、え、そういうことを、たくさんの方にご覧になっていただいて、わたくしどもの生活と、信仰のない者の生活と、そういうことを、よく比較対照致しまして、だんだんと心ある人は、宗教の必要性、教育というものもただ知的だけでなく、知情意に満ちたところの、知情意円満なるところの教育、そういうところに初めて人間ができる、そういうことが、だんだんと、わかっていただくような状態になってきたわけであります。
     しかしながら、わたしどもは、この大殿堂をつくり、教義的の本尊の勧請を完成し、え、しかも、教団は全国津々浦々、現在では、一応、アメリカにも、支部をもち、だんだんと世界的の宗教にも発展しようという、そういうところまで、ようやくこぎつけたわけであります。
     ただし、過去の宗教、過去の宗教の在り方を見ましたときに、今日(こんにち)までのジンクスといいますか、宗教団体は大きな殿堂(「でんとう」と発音)を建てるというと、大きな伽藍、大きな建物、本部というのを建てると、布教がにぶくなってくる、大きな建物ができたときにはもうすでに、布教の意欲がなくなって、そういう大きな殿堂(「でんとう」と発音)を必要とするような形になってくると、もう宗教はだんだん、堕落しつつある、とまで、過去の宗教の歴史は言ってるのであります。
     どうでしょうか。このジンクスを破って、この大聖堂をして、いよいよ、本仏の理想を実現するということでなければ、今日(こんにち)この大聖堂を建てた意義はないわけであります。(一同 拍手)
     仏国荘厳であるところの、ご本尊をここに荘厳なる殿堂(「でんとう」と発音)に勧請申し上げ、いよいよ信仰の対象がはっきりと致しまして、これからが本当のわたくしどもの宗教活動である、今日(こんにち)まで満26年間、満26年間のわたしどもの修行は、これからの修行をする土台つくり、礎を築いたにすぎないのでありまして、いよいよこれからが本当の意味の宗教活動としての活動であります。
     そういう意味におきまして、いよいよ本日このあとで、辞令を差し上げるわけでありますが、布教態勢は、いままでの、この建造物、この教育施設、現在の佼成会の医療施設、教育とか医療とか、そういういろいろの施設を今日(こんにち)までいよいよ、一応の形はつくったのでありますが、成果はこれからであります。

  •  しかも宗教活動は、いよいよ、この大聖堂ができて、きょうからが、いよいよ、活発に、その宗教活動の、本義を、わたくしどもは、守らなきゃならないと思うのであります。
     そういう意味におきまして、理事長さんはじめ各理事さん方が、全国の各地に、じかに自分がその地に行って、その土地の皆さま方の、いろいろの気風とか、その習慣とか、その状態に、身をもって触れて、全国の、かつ、宗教活動をまず第1番に、活発にする。国際布教ということもありますけれども、それはだんだんとわたくしどもの力に応じて、まずとりあえず、わたくしどもは、日本の国というもの、日本の国というものの立場を、はっきりとしないことには、ただむやみと場所を増やしたり、ただむやみと、太平洋を泳いでいくような考えでは、ならないと思うんであります。
     え、そういう意味におきまして、宗教活動を全国的に活動は、いよいよきょうから始まるわけであります。
     幸いにして、この聖堂の完成と、ともに、幹部の皆さんが非常に歓喜勇躍して、いよいよこれからやるんだという気構えで立ち上がってるわけであります。
     過去にありますところのジンクスを、佼成会をして、完全に、宗教活動が殿堂ができて、とどまると、いうようのことを、破る。これは、歴史は何か繰り返すというようなことも言いますが、仏さまのお説から言うならば、諸行無常で、同じ状態ということを考えておったのでは、本当のその意味を理解してないと思うのであります。
     そういう意味で、釈尊の予言に、わたくしどもが応えるならば、後五の五百歳、その末法濁悪のときには、法華経を唱えるところには、雲のごとく、たくさんの方が集まってくる、そういう現象を、予言されているわけであります。
     現在、この、聖堂を中心としたところの、佼成会のこの周辺、約2万7,000坪の地所を、現在では獲得したわけであります。この地所にあふれて、収まららないほど全国から、参拝者が、ここに集まってくる。
     そして、ここで、その根本道場としての使命をわたくしどもが、完全に果たすか果たさないかっということが、仏さまの予言のごとく、この後五の五百歳の、非常に、大量殺戮(「せつりく」と発音)が行なわれ、そうの、救いか滅亡かというような二つの岐路に立つところの人類が、ここに、救われるか救われないか、食うか食われるかという問題だと思うのであります。
     そういう意味におきまして、仏さまの予言が、正しいものであるならば、わたくしどもの今日(こんにち)からの修行が、いよいよ約束された、ひとつの宿命とわたくしどもは考えるわけであります。
     どうか、この、入仏式の、この日を記念と致しまして、いよいよ26年間の、活動は、まさに、今日(こんにち)、これからの、ための準備、活動であったので、、本格的の活動はこれからである、こういうふうにわたくしどもは心を新たに致したいのであります。(一同 拍手)
     幸いにして、まだわたくしも、非常に健康にも恵まれておりますし、理事さん方がみんな地方へ出ましても、大いに本部におって、留守番をがんばるつもりでございます。
     そして、全国の状態を、つぶさに、各理事さん方が、把握して、そして皆さまの本当に求めとるものを与えていく、え、そこに大乗仏教の、わたくしは在家仏教としての使命があると思うのであります。(一同 拍手)
     どうか、この、わたくしどもの感激、意義ある今日(こんにち)を迎えまして、いよいよ、決定(けつじょう)を新たに致しまして、あすからの精進をここに、ご本尊の御前(みまえ)にお互いさまにお誓いを致しまして、活動に励んでいただきたいことお願い申し上げまして、ごあいさつに代える次第でございます。(一同 拍手)
    ○司会 ただいまは、会長先生(音声途切れ)